6・8 リセッティング祭門部&久利

 品近茜と社が喫茶店からでていく様子を、3人は見送るばかりだった。宇井戸原と久利は、黙ったまま立ちあがり、祭門部を支えながら文芸部へと歩いていった。


「楽羽、すまなかった……」


 久利は担いていた祭門部をソファに委ねる。

 目を閉じたまま動かない彼女を、久利はじっと見つめていた。


「八重歯――っと、宇井戸原、飲むものはあるか?」

「あ、はい」


 宇井戸原はテーブルの足元にある段ボール箱から、ペットボトルを取りだした。久利は、ありがとう、と受け取りながらキャップを緩めて祭門部の枕元に置く。

 そして示し合わせたように、久利と宇井戸原はソファに座った。


「あの、かいちょー、さん」

「なんだ」

「さっきの話、ほんとですか?」


 久利は足を組みながら天井を見上げた。間を置いてから「そうだ」と答える。


「失踪直前に連絡があった。姿を隠したいから自宅にかくまって欲しいと」


 宇井戸原は、もう1本のペットボトルを久利の前に差しだす。

 黙って頷き、受け取る久利。


「茜の言いつけにしたがって、生徒会会長として仕事をしてきた。あの中庭も茜のアイデアだ。あとはお前も知っているだろう」

「どーして、そんなことしたんです?」

「どうして、だろうな……」


 久利は苦笑いをした。「嫉妬しっとかもしれない」


「嫉妬、です?」

「この世に自然な恋愛感情など存在しない。自然に思えるのは捏造ねつぞうされていることを忘れたか、もしくは別の感情と履き違えるからだ。私はただ楽羽に振り向――いや、なんでもない。忘れてくれ」


 宇井戸原はその表情を見つめながら、ゆっくりと首を振る。

 久利の気持ちは分からない。けど嫉妬という言葉で自分を責めているように、宇井戸原には見えていた。


 沈黙が再開される。

 久利はペットボトルを両手で抱え、そのラベルを見つめていた。


「私も聞きたいことがあります」


 ぎゅぅ、とソファの皮がよじれる音がしたかと思うと、祭門部は上半身を起こしていた。心配そうな4つの瞳に、ご心配をおかけしました、と応じる。


「品近さんを生徒会に誘ったのも、茜の差し金ですか?」

「最初はな」


 屋上で品近社と話をしたときが最初、喫茶店で恋愛相談をしたときが2回目、そして、今朝電話をかけて勧誘したのが3回目。


「茜に迷いはなかった。社を引き抜けないと知ると、計画を早めてきた」

「発議ですね」

「わざと締めつけの強い内容にすれば、文芸部が阻止しようとする。目立たないところに変えたい部分を入れておき、あとで文芸部の署名活動を利用して、発議が失敗したかのように見せかける。いらなくなった文芸部は廃部――というのが茜の計画だ」

「ですが、活動停止処分ですよ?」

「私は操り人形ではない。道理のない処分はしない。それだけだ」


 祭門部はペットボトルのお茶を口に含む。


「でしたら、どのような道理で品近さんに声をかけ続けたのですか?」

「楽羽の……、迷惑そうな顔が見たかったのだ」

「は、い?」


 驚く楽羽に、久利は意地悪そうに笑った。


「社を引き抜いたらさぞ面白い顔をするだろうと思ってな。枯匙のように秘書として連れ回して見せびらかそうと考えていたのだ」

「……あきれた。そんな理由だったの?」

「ああ、まったくだ。本当にくだらない。だから夢中になれた」


 祭門部は吐息をこぼした。


「ですが、もうこの茶番劇も終わりですね。操り人形だった私に、もうあるじはいないのですから」

「茜は社に出会ってしまったからな。私たちだけでは何もできない」

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