7・4
翌日。
私は早起きして学校にでかけた。少しびっくりした守衛さんが挨拶してくれた。
天使像の正面に到着して、そこで180度の回れ右をする。正門を見つめて、品近の姿を待つことにした――あの約束の返事を聞くため。
すると正門の左手から男女の人影が見えてくる。小さい男子にきれいな女子。2人は手をつなぎながら近づいてきた。
そしたら私がいることに気づいて足を止めた。ひそひそと2人は話をしている。いいよ別に。相談したければすればいいじゃん。ここを通らないと校舎には入れないんだから。
2人は天使像に到着する。
「品近、そもさん」
私は言った。でも返事がなかった。だからもう1回「そもさん」と言った。
「誰かと思ったら素子か、せっぱ」
小さい男子――品近が返事をした。
わざとらしいよ。私がいるって分かってたくせに。
「品近のばかちかは、自分のしていることが分かっているか?」
「ああ? 通学してるに決まってんだろうが」
「そもさん、ぶちょーもかいちょーも米家先輩もめっちゃ頑張ってるのに、どうして品近は無視するのか?」
「文芸部の部長、生徒会の会長、女子ラクロスの部長、それぞれ重責を担っているからだ。責任のない俺が、頑張る筋合いはない」
「そもさん、そもさん」
「まだ続くのかよ……」
「あの日の約束を、どうして品近は果たそうとしないのか?」
「……あの日?」
「約束したよね。茜さんに再会できたら、けりをつけて、返事をしてくれるって」
「覚えてねえな。返事って何のことだよ」
叫びだしそうな気持ちを堪えて、私は品近に近づいた。
「本当に、忘れたの……?」
「分からないものは分からないんだよ」
品近は、腕を組んで、ため息をついた。
その態度を見ていたら何かが込みあげてきた。
指切りげんまんしてくれたじゃん。鳥の小鳥だって使ったじゃない。それを覚えてないって!
「し、品近のばかっ!」
私はみぞおちを思いっきり殴った。顔をしかめながら、品近はその場に膝をつく。
「痛いでしょ!? 腹が立ったよね!? だったらやり返してきてよ!」
「うっせえ。どこぞの暴力女と一緒にすんなよ……。俺は弱いんだから……」
品近はお腹を抱えて見上げてくるだけだ。怒鳴ったり怒ったり殴り返してきたりしない。私の両目から熱いものが流れてきた。
「男なら、反撃くらいしろ、ばかぁ!!」
悔しい。情けない。品近ってこんな薄情な奴だったの。
あれは嘘だったんだ。茜さんに会うまでの時間稼ぎだったんだね。私との指切りげんまんなんてどうでもよかったんだ。品近にとって私はその程度なんだね。どうして私、こんな奴……。
「こら、宇井戸原さんを悲しませたらいけないでしょ」
私が唇を噛みしめていると、茜さんは品近を叱りつけた。
「ごめんなさいね、宇井戸原さん。社は忘れっぽいところがあるの。許してあげて」
茜さんは、柔らかい表情のまま両目を細めた。
私の勝ちだ。だから社に手をだすな――そう言いたいんだよね。茜さんが怖い人だってのは最初から知ってたし。そんなことで私は怯んだりしないよ。
「本当に手のかかる弟だね」
「うるせえぞ、ブラコン」
「シスコンに文句を言われてもなあ」
茜さんは品近を引っ張り起こす。
もう羨ましくもなんともない。そんなへなちょこ品近なんていらない。あげてやるんだ。
「宇井戸原さん、じゃあね」
そして茜さんと品近は天使像をあとにした。しっかりと手を握ったまま。
――ばか。品近なんか、どっか行っちゃえ。
羨ましくない。茜さんとくっついてればいい。そう思ってるのに、ぬぐってもぬぐっても涙が止まらない。ばかだけど悪い奴じゃないって信じてたのに。私の全部勘違いだったなんて、あんまりだよ、こんなの。
諦めよう。もうなかったことにしよう。忘れなきゃ。
にじんだ視界で2人の背中を見つめていると、品近の手が動いたような気がした。茜さんに引っ張られてないほう。
くい。
やっぱりだ。品近がジェスチャーしてる。私は慌てて涙をぬぐいながら、じっと見つめる。
――それって。
品近のそれは私にだけ分かるメッセージだった。そっか。品近はちゃんと考えてたんだね。ごめん疑ったりして。殴っちゃったのは、あとで謝ってあげるから。でもそんなの、ちゃんと言わない品近がいけないんだし。私のせいじゃないもん。
―――言えないから、かも。
品近の状態だと身動きとれないんだ。よそよそしいなって思ったとき、どうして気づかなかったんだろ。もう品近は1人じゃいられないんだから。
しょうがない奴だ。そういうことなら助けてあげるよ。だって品近は女の子だから。王子様に助けられるのがお似合いだしね。
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