3・1 一撃くりすてぃかる

 翌日。


 俺は1人になろう思い、中庭のベンチに座っていた。本来、恋人同士(未満)の2人が来るところだが、意外にも、お昼はいていたりする。夕方のようなムードがないからかもしれない。マジックミラーで周囲が見えないというのも気が楽だった。


(返事、待ってます)


 あの日。

 そう言い残して米家さんは帰っていった。


 いつ、どうやって自分の家に帰ったのか。そして学校に登校したのか。素子にも会ったはずなのだが記憶にない。


「しなちはっけーん」


 ん、誰だ……?

 いきなり誰かがガラスドアを開けたかと思うと、入ってきたのは紅莉栖くりす先輩だった。俺の隣に座ってくる。先輩を1階で目撃したのは初めてかもしれない。


「あのね、前から聞きたかったことがあったんだ」

「聞きたいこと、ですか?」


 先輩はにっこりうなずく。


「しなちってさ、あの嫌がらせを調べるためにマネージャーになったんだよね?」


 とっさに返事ができなかった。

 隠すつもりもだますつもりもなかったけど、あえて説明もしなかったから。


「だってしなちは文芸部の人じゃんね。あそこは恋愛のことなんでも解決してくれるし、初夏はつかのことかなって」

「……すみません」

「いいよ。事情は誰にだってあるからさ」


 あのタイミングでラクロス部にマネージャーが入るってのもね、と先輩は笑う。


「で、どこまで分かってるの?」

「それが……」


 俺は調査結果について説明した。

 2年花組にも部活動協議会にも容疑者はおらず、現在も調べている最中だと。


「じゃ、怪しいのは私ってことか。嫌みとか言ってたしね」


 先輩はセーラー服のタイで遊びながら俺を見た。またも返事に困ってしまう。


「でも違うって、ちゃんと言っとくよ」


 先輩の口は笑っていなかった。だって初夏のことが好きだから、と続ける。


「好きって、いうのは……」

「恋愛対象としてってこと」

「え、ええええええっ!?」

「そんな驚かないでよ、恥ずかしいじゃんか……」


 先輩はタイを引っ張った。ぷい、と視線を逸らす。


 花園学園に来たときは、そうでもなかったと先輩は言う。頭も性格もよく、ラクロスもうまい。そんな米家さんを疎ましく思いながら、羨ましく感じ続けていたら、いつの間にか気持ちを奪われたのだという。


「ライバルだって話をしたよね? あれって初夏じゃなくてしなちのことだったんだよ。でも、しなちには勝てないってすぐ分かった。あんな幸せそうな初夏、見たことなかったしね」


 先輩は遠くを見ていた。


「けど、しなちは自覚してないし、見てて悔しかった。だから今日は腹いせ」


 すると先輩は俺に視線を戻すや否や、短いスカートをめくった。

 俺は慌てて視線をらすが、勢いあまってベンチから落っこちてしまう。目がちかちかするのは落ちた衝撃のせいじゃない。


「あー、おっかしー、あはは」


 ゆっくり上体を起こすと、先輩は瞳に涙をたたえていた。ほら、と差しだされる手を頼って立ちあがる。身体についた土を払っていると、先輩は頭をさげてきた。


「女子ラクロス部に残って欲しい。初夏と一緒にいてあげてもらいたいから。事件が解決したあとも。悔しいけど2人はお似合いだし」

「……先輩、一緒っていうのは」


品近しなちかくん、初夏を記名してあげてください」

 先輩はお辞儀をしたまま動こうとしなかった。

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