6・3 コンスピラシー茜

(社、元気にしてる?)


 非表示の連絡先。そこから姉ちゃんの声がした。


(…………姉ちゃん、なのか?)

(うん、そうだよ)

(いっ……、今まで連絡もしねえで、どこをほっつき歩いてたんだよ!! 今すぐ母さんに――)

(――止めて。でないと電話切るから)


 社と話がしたいの、と姉ちゃんは続けた。

 俺は包み込むように携帯を持ち直す。


(大丈夫なのか? 怪我けがしてないか? 今はどうやって暮らしてるんだ?)

(ふふ、まるでお母さんみたいだよ、社)

(あったりまえだろ! 心配したに決まってるじゃねえか!)

(ごめんね。でも元気だから。今は友だちのところにいる)

(戻ってこいよ。その友だちにも迷惑じゃないか)

(無理。だって時間がかかるから)

(無理とか、時間かかるとか、何を言ってるんだよ。遊んでないで――)

(――遊びでこんなことしたと思ってるの?)


 突然、姉ちゃんは怖い声になった。


(……ご、ごめん)


 俺は黙ってしまう。

 すると、ねえ、と姉ちゃんは言った。


(覚えてる? 私が花園学園に行きたいって話をしたときのこと。社ったら動揺してたじゃない)

(してねえし。姉ちゃんはどうして――)


 ――ま、待て。


 俺は口を閉じた。

 おんなじ失敗を繰り返すのか。

 ここで自分に嘘をついて、また姉ちゃんを悲しませるのか。だめだ。姉ちゃんに帰ってきてもらうんだから。正直に話すんだ。


(ごめん。嘘だよ。本当は動揺しまくったよ。姉ちゃんに彼氏ができるんじゃないかって)


 ふふふ、と向こうから笑いがこぼれる。


(分かってたよ、もちろん。言葉になんかしなくたって、昔からずっと)

(……なんだよ、なら聞かなくてもいいじゃねえか)

(ごめんごめん)


 あはは、と姉ちゃんは笑った。


(私が、花園学園に進学したこと怒ってる?)

(……怒ってた。けど、今は帰ってきて欲しい気持ちしかない)

(ごめんね。どうしてもかなえたい夢があったの。社と手をつないで一緒に歩くって)

(そんなのいつだって――)

(――できないよ。だって私たちは姉弟じゃない)


 それっきり。再び、通話口から声が聞こえなくなった。

 ふぅ、とひと呼吸入る。


(どんなに求めても家族でしかいられない。散歩だって、お買い物だって、全部が全部、仲良しの姉弟でしかないし、それ以上もない。もし一歩踏み込んだら、きっとお母さんに引き裂かれる。社だって分かってたから、友だちがいなかったんじゃない。知られるのが怖いから)

(それは……)

(だから口にできない。もし言っちゃったら分かっちゃうから。分かったら終わっちゃう。だから私もずっと言えなかった。私は社のこと――ううん、これは会うまでのお楽しみ)

(姉ちゃん……)

(今は我慢して社と一緒になるんだって。花園学園なら大丈夫だと思ったけど)

(……2人、だったよな)

(うん。社に相談したとき教えてくれたよね、どうすればいいかって)

……)

(そう。だから一番いいのを選ぶことにしたの。ずっと私だけの一番)

(だからってそんな……、みんなに心配かけなくたって……)

(じゃあ聞くけど、あのとき一番を選んだら、お母さんや学校の先生は祝福してくれた? 誰の目も気にせず、2人ですごすことができたと思う? 本当にそう思っているの?)

(…………)

(違うよね? そんなことない。どうにもならないんだから。きっと別々に暮らすようにさせられて、それで終わり。社、私っておかしい? わがまま言ってる?)

(……俺には答えられないよ、姉ちゃん……)

(ごめん。言いすぎた)


 どれくらい話をしただろう。

 携帯が熱い。触れている頬から熱が伝わってくる。


(姉ちゃん、今から会えないか? 母さんにも学校にも言わないから)

(だめ)

(どうして)

(会ったら我慢できなくなるから。全部、無駄になっちゃうから)


 でも、と姉ちゃんは続ける。


(もうすぐ会えるよ。誰にも邪魔されずに、一緒に歩けるようになるから)

(……どういう意味なんだ?)

(秘密)


 ごめんね、と姉ちゃんは笑った。


(分かった。姉ちゃんが秘密にしたいんならそれでいい。でも約束してくれ。また話をするって。だからまた連絡をくれないか?)

(お? 社も成長したね。お姉ちゃんに交渉なんて高尚なことを)

(……くっだらないこと言ってんじゃねえよ)

(いつかお姉ちゃんの身体とも交渉してね。こっちも成長してるんだから)

(なんで、そういうところだけ成長しねえんだ!)

(うわ、社のツッコミだ。懐かしい)

(言ってろ)


 俺たちはしばらく笑っていた。


(今日だけ、なんてことはないよな?)

(もちろんだよ、私だけの社)


 でも今日はここまで、と通話は切れた。

 着信履歴を利用しようとしても非表示でかけ直せない。


 姉ちゃんが花園学園に進学したのは、俺の気を引くためでも、自分の気持ちを諦めるためでもない。きっとあそこで一緒になろうとしていたんだ。このままじゃ結ばれないから。なのに2人から好きだって言われて、居場所がなくなって姿をくらましたんだ。


 で、姉ちゃんはまだ諦めてない。詳しいことは分からないけど、花園学園で俺を待っている気がする。だったら俺も諦めない。今度こそ姉ちゃんと話をするんだ、ごまかさずに、正面から。


 俺はすぐに花園学園に進学したいと母さんに伝えた。複雑な顔をしたけれど認めてはくれた。その理由を説明する必要はなかった。

 それから俺は、寝食を忘れて受験勉強に打ち込んだ。


(私も行くから)

 そして素子と一緒に勉強をするようになった。

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