7・1 

「失礼します」


 私はいつもの文芸部を訪れた。

 あの日から文芸部は活動してない。あんなに忙しかったのに講演も恋愛相談もきれいさっぱりなくなった。仕事がないから、ぶちょーとお茶を飲んで、お菓子を食べて、そのまま帰ってる。


「いらっしゃい」

 ぶちょーは私に気づくと笑顔を向けてきた。両手に段ボール箱を抱えている。


「署名用紙です。生徒会から返却されてきました。廃棄しようと思って」


 ぶちょーは笑顔だった。

 もったいない気がする。みんなで苦労して集めた署名なのに捨てちゃうなんて。


「それに文芸部も、そろそろ店じまいしなければいけませんから」

「……辞めちゃうんですか?」

「ええ。目指すべき目的がないので」


 素子もとこさんとのお茶なら喫茶店がありますよってぶちょーは言った。

 やっぱりもったいない。文芸部って、いろんな人を助けてきたと思う。そのお仕事はぶちょーなら続けられる。文芸部がなくなったって。


「あの、ぶちょーの話、聞いて元気になれた人、たくさんいると思うんです」

「そう言ってもらえると嬉しいですよ」

「だから、あの……」

「ありがとう。でも決めたことですから」


 やっぱり部長は笑顔だった。

 もう講演してくれないのかな。あのへんてこ校則をなしにできないから。ううん、茜さんを取り戻してしまって、手に入れられないって知っちゃったから、だよね。


「想う人がいて想われる人がいる。それが一致することもあれば食い違うこともある。昔から繰り返されてきた喜劇と悲劇。それだけのことですよ」


 それだけのことですよ。

 その一言をぶちょーが言うのは、とても大変だったような気がした。


「そういえば、蕗奈ふきなと話をするようになりました」


 ぱっとぶちょーの声が明るくなる。

 最近、ぶちょーとかいちょーが立ち話してるのをよく見る。私は、ちょーちょー会議だって思いながら観察してる。だってちょーちょーが並ぶと難しいこと話し合ってそうだし。


「恋愛相談が急増し、生徒会は人手不足なのだそうです」

「あ、もしかして」

「生徒会へのお誘いは丁重にお断りしていますよ。今でも恋色こいいろエクリチュールには反対ですから」

「そですよね……」


 いいと思うんだけどな、ちょーちょー。

 ぶちょーなら生徒会でだって活躍できるし、みんな嬉しいんじゃないかなって。でもぶちょーは頭硬いから無理っぽい。無記名のままだと思う。そのまま3年生になって卒業して――あれ? おかしいよね。だって半年だけだし。


「ここを辞めたり、しないですよね……?」


 はい、とも、いいえ、とも、ぶちょーは言わなかった。ただ微笑ほほえんでいる。


「品近や茜さんは、ああいうことになってて、けどそれはぶちょーの未来とは全然別のことで、ぶちょーだって人を好きになったり、幸せになったりするから、だから……」

「記名する可能性は、ないことはないでしょう」


 ぶちょーは段ボールをテーブルに置いた。


「ですが、このまま退学処分になる確率のほうがはるかに高いと思われます」

「わっ、私、かいちょーにお願いして――」

「――素子さん」


 立ち去ろうとする私を、ぶちょーは引き止めた。


「恋愛感情は自然なものであり、恋色エクリチュールによってゆがめられてはならない。そう考え、文芸部部長・祭門部さいもんべ楽羽ささはとして努力してきました。それもひとえに品近さんや素子さんが部員として支えてくれたからこそ。今さら記名相手を探すような真似はできません。最後の部長命令です。どうか」


 お辞儀をするぶちょーに、私はかける言葉がなかった。

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