5・5 じんしんトレードマーケットフェア
一騎討ちを終えた俺たちは、女子ラクロス部の部室に集まっていた。
文芸部の面々は、祭門部部長、素子、そして俺。米家さんや紅莉栖先輩をはじめとする部員たちと向き合って座っている。米家さんの様子を目の当たりにして、誰もがしんみりしていた。
勝負に勝った俺は、米家さんに仲直りしたいと伝えていた。部長には悪いけれど署名の依頼をするのは違う気がして。
――それだけ、なんだ――
仲直りの握手をしながら、米家さんはなぜか不満そうだった。
「米家初夏さん、おりいってご相談があります」
最初にしゃべったのは部長だった。文芸部が恋色エクリチュールの廃止を願っており、今回の発議を利用して、署名を集めるつもりだと伝える。
「いいですよ」
両目を真っ赤に腫らした米家さんはあっさり承諾した。「負けたら要求を呑むルールですし」
「品近さんと米家さんの約束は、文芸部とは無関係のはずですが」
「いいんです。なんか吹っきれましたから」
「お心遣い、感謝いたします」
部長は頭をさげた。
「祭門部さん、分からないんだけど」
頭をさげたままの部長の顔を、
「五分五分だと考えています」
部長は顔をあげる。
「今回の改定には、極端なところがありますから、反対する生徒も多いでしょう。それに米家さんの協力があれば部活の組織票も集まります。ただ、出会いを欲している生徒がどう動くのか。読みきれないところです」
「厳しいですね、この試合」
米家さんは視線を天井に向けた。頬に人差し指を当てて、何やら考えている。
「サービスって、お願いできますか?」
そう言った。
サービスですか、と聞き返す部長に、はいサービスです、と重ねる米家さん。
「退学処分は受けたくないけど、どっちにしたって私にはラクロスしかない。もし廃止できなかった場合、練習時間も削られるわけだから、埋め合わせが欲しいなって」
米家さんは、部長の後ろに座っている俺をちらりと見た。
「承知しました。文芸部にできることであれば」
「じゃあ……」
米家さんは、もじもじとためらい始めた。パイプ椅子を両手で握り、身体を前後させる。視線はあっちこっちを行き来する。
「社君をください。1日だけ」
さまよっていた視線が、ぴたり、と俺に固定された。部室全体の雰囲気がしんみりからはてなに変わる。
「私、やっぱり社君が好きみたいです。今でも誓約書に記名して欲しいから」
ようやく意味を理解した部員たちは野獣のような
水を打ったような静けさは消えて、騒々しい部室が戻ってくる。
「恋色エクリチュールが廃止されたら、社君はどっかに行っちゃいそうで。だから今のうちにって思ったんですけど、だめですか?」
「お安い御用です」
「部長ぉ!?」
「部長命令です」
笑顔のまま表情を崩さない部長。
俺の安売りは身を滅ぼしますよっ!?
動揺する俺を放っておきながら、部長を絶賛する声の嵐も巻き起こる。手に手をとって、やんやきゃっきゃと騒々しい。
「よろしく、社君」
米家先輩は、部長の肩越しに俺を見てくる。
頬は赤くなっていて恥ずかしそうにしてるけど、視線は猛禽類のそれだった。
「よかったですね。品近さんの懸念事項が解決されて」
部長は嬉しそうに立ちあがり、あとは若い2人に任せましょうと部室をでていった。
「じゃあね、品近」
素子もあっさり返事を残して、部屋をでてった。すでに文芸部部員は俺1人だけだった。
「社君が気に入っているのなら、その格好でもいいよ」
部長という盾を失った俺に、米家さんの視線が刺さってくる。
ただ俺は両肩を震わせながら、首を振るしかできなかった。せめて制服は着させてください。
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