逆説その6 公然の秘密
花園学園には重々しく黒光りする鉄格子の正門がある。
正門から校舎の入口まで、赤茶色のレンガが敷き詰められた道が続く。その左右には花壇が
この花園学園の顔となる正門周辺は守衛さんが手入れをしている。7:00に正門は開けられ、21:00をすぎる頃には閉められる。いつ見てもゴミがないのは目立たないところで守衛さんが努力しているからだ。
これに気づいたのは、毎日のように署名活動をするようになってから。
朝の7:30から1時間、お昼休みには構内で、放課後も正門周辺で行う。生徒たちの動線を計算して、天使像の左右に散らばって、学校の行き帰りを捕まえる。
「すみません、文芸部の
こうやって自己紹介から始め、恋色エクリチュールを話題にし、廃止に賛同してくれれば署名をしてもらう。そうでなければ話し合いをして意見の違いを確認する。この繰り返し。
文芸部には例外措置を受けた部員が3人もいる。文芸部の名前をだせば興味を持ってもらいやすい。そこで自分たちが無記名を続ける理由を話すってわけだ。
もちろん足を止めてくれる生徒は少ない。話し合いなんてめったに成立しない。警戒されたり逃げられたり無視されたりするのがほとんどだ。結構メンタルにダメージが残る。
署名を集めるだけなら、こんな遠回しなやりかたはいらない。機械的にお願いだけすればいい。
(ですが改定反対からエクリチュール廃止への一歩を踏みだすためには、地道な説得作業しかなく、話し合いが求められるのです)
これも
「今日は終わりましょう」
放課後の署名活動。
部長の柔らかい声にも疲労がにじんでいた。
「下校のピークは終わりましたから。今日はしっかり休んで、明日につなげましょう」
部長は手にした署名用紙を見せてくる。俺と
部長は15人。俺は6人。素子は4人。全部で20人ほど。ここ数日の成果だ。
このペースで全校生徒の3分の2も集まるのだろうか。どっと疲れが込みあげてきた。
「枚数にこだわらないでください。
部長は少し無理をして笑った。やっぱり厳しい闘いのようだ。
部長は懐中時計で時刻を確認する。
「まだ仕事があるんですか?」
「ええ。署名活動と平行しながら、講演活動も続けていますので」
部長は、ぱちり、と時計を閉じる。
「俺が持ちますよ、それ」
俺はやや強引に、部長の署名用紙を奪った。少しでも休ませないと。休めと言ったら無理する性格だしな。
すると校舎入口から誰かが近づいてきた。素子が気づくと同時に、それが誰なのか俺も理解する。
「精がでるな」
あのしゃがれ声。自身に満ちた態度。俺たちの前に
部長は黙ったままにらみつける。俺たちの前まで移動し、会長と対面した。
「
「生徒会が仕事をしないので、文芸部のほうで議論を喚起しています」
「まずは許可をとれ。下手をすると校則違反で捕まえないといけない」
「署名活動を禁止する条項はなかったはずです。それに申請をしたところで却下するのでしょう?」
「楽羽は変わらないな」
会長はどこか疲れたように言った。
「花園学園の秩序まで乱してどうする。一時の感情に流されて、成就する恋愛などないのだぞ」
「校則がないと他人に働きかけられない受け身の人間を生みだすよりは、ましだと考えています」
「せっかくの例外措置だというのに、頭を冷やすどころではない」
「文句があるのなら例外措置を
「そうだったな」
会長は肩をいさめ「旧友として伝えたいことがある」と続ける。
「旧友?」
部長は首をかしげた。
「無記名を貫いて得るものはない。記名相手を探せ。
「……どういう意味でしょうか」
「言葉どおりだ」
部長は黙った。会長の真意が読めないらしい。俺たち2人もやりとりも見守ったまま。
「よく考えてくれ」
会長は
それから1ヶ月、俺も素子も、朝から晩まで署名活動に明け暮れた。そのあいだ、生徒会からの呼びだしはなかった。あのとき会長は何がしたかったのか。消化しきれない感覚を抱えるしかなかった。
そして投票の前日。
米家さんから連絡があった。署名が集まったからお昼休みに届けに行くと。
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