2・1 完全クロージャー
「2人のお考えを聞かせてください」
米家先輩が帰った直後、文芸部は作戦会議に移っていた。
テーブルには議題――ではなく山盛りのいちご大福と3人分のペットボトルのお茶。月餅にしろ大福にしろ、山盛りが基本なんだな。
「ほんっとうに酷い!」
口火を切ったのは素子。握りこぶしを作って力んでいる。
「女子をいじめて喜ぶなんて変態です。スパッツシスコンよりもだめじゃないですか」
聞き捨てならない
話が
「米家先輩のこと知らないくせに、ほいほい釣られて名前書いて。ごきちゃん並みですよ」
素子の握りこぶしが、なぜか俺の太ももを直撃した。痛てえ。
さっきから理不尽すぎないか? 俺がほいほい記名したわけじゃないんだぞ?
「品近さんはどうですか?」
部長は、痛がる俺を
「……少し気になるんですけど」
俺はつとめて冷静に応じる。ばか素子のせいで部長に心配させちゃいけないからな。
「あの、サインの偽造って、どれくらい作れるものなんですか?」
「どれくらい――というのは」
部長の返事にはわずかなタイムラグがあった。
ちょっと聞きかたがまずかったな。言い換えよう。
「このサインって手書きですよね。だとすると偽造は難しいと思うんです」
右肩あがりの、独特の丸文字。
確認した偽造誓約書は、すべてボールペンで書かれていたと思う。わずかな違いも持たせてあったからコピーじゃない。
「困難だが不可能ではない、というところでしょうか。まるで本物のように記すまでには練習を要しますが、その技術が板についてしまえば偽造自体は難しくないかと」
「部長、だとしたら」
俺はずっと考えていたことを、ようやく言葉にできそうだった。
「犯人は、米家先輩の身近にいると思います。直筆サインを入手して、そっくり真似できるほど練習しているわけですから」
「興味深い仮説ですね」
部長は
「米家さんは、女子ラクロス部の部長のみならず、部活動協議会の書記もしています」
「部活動、協議会、の書記?」
「花園学園の部活動をまとめる仕事です。年間の活動報告を受け、次年度の予算配分を決定します。お金が絡むため、ときとして
「だったら――」
「――身近な人間から、恨みを買っていても不思議ではない」
部長は、俺の言いたいことを言葉にした。
なら俺たちがすべきは米家先輩の身辺調査だ。さっきの何とか協議会のメンバーを中心に、女子ラクロス部の部員や、2年花組の生徒も調べる。結構早めに解決できるかもしれない。
「ところで品近さん、ボディガードに興味はおありですか?」
部長は妙なことを口走った。素早くいちご大福の封を切り、その口に投げ込むと、それは跡形もなく消え去る。
「ボディガード?」
「そうです」
すでに食べ終えていた部長は、大福を包んでいた紙を折りたたんでいる。
ボディガードっていうと、拳銃を携えて、
「この事件、品近さんの言うように、交友関係を洗うのが一番でしょう。とはいえ交友関係はデリケートなもの。嗅ぎ回られれば誰でも気分を害します。それでも一緒に行動する中で調べるのなら、米家さんの不快感も少ないはずです」
「はあ、まあ」
そうかな。
一緒に行動されて、それこそ不愉快に感じることもありそうだけど、まあ、そういうことにしておこう。
「それに警護する人間がいれば心強いでしょうし」
だからボディガードがいいってことか……部長なりのジョークかな。
話は分かるけど、普通、そっからボディガードって発想には飛ばないぞ。もしかしてツッコミを入れて欲しいのかな。やだな部長、小説じゃないんだから、なんて。
「確認しましょう」
知らないうちに話はまとめに入っていた。え、ちょっと待って。俺のツッコミはなしでよかったの?
部長は
「調査を分担します。品近さんはボディガードを、私は同級生を調べます。同じ2年生ですからね」
俺の心の声は無視されたまま役割分担が決まった。
「素子さんには、部活動協議会を調査してもらいます」
「んむがっ……んぐ!?」
素子は言葉に詰まった――じゃなくて、いちご大福を喉に詰まらせた。
口から白い粉を吹き、握っているいちご大福には、きれいな歯型が残っている。
「簡単なお仕事です。素子さんには蕗奈――いえ、生徒会会長に話を聞いてきてもらうだけですから。会長は協議会のこともよく知っていますし、口添えしておきますので安心してください」
「偉いかいちょーさんが、私なんかに教えてくれます?」
もぐもぐ、ごっくん。
慌てて大福を飲み込む素子。
「文芸部に依頼したのはあちらですよ。邪険にはできないでしょう」
「わ、分かりました!」
素子は、その決意を大福に伝えた。いちごとあんこが、ふにゅりと飛びだす。
「品近さん、これは部長命令ですからね」
部長は
外圧によって変形させられる、いちご大福の切なさが分かった気がする。ふにゅり。
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