第9話 鼠の仁義なき戦い〜小島市激闘編〜


 三ツ矢は柱に寄りかかってずり落ちるように座り込む。

 

「とりあえず、俺達の仕事はここまで、あとは伍田平次第だ」

 

 庭の方では伍田平が箕輪組組長拾陣と殺しあっている。これはあくまで身内の出来事なので三ツ矢からは手を出しづらい。

 しかしこの戦いに鈴平組がちょっかいをかけていた場合は話が変わってくる。

 

「悪いけど先生、あいつらの戦いに鈴平の雑魚共が加わっとったら始末しといたってくれへんか?」

 

 先生はコクリと頷く。

 そして踵を返して襖を開ける。そのまま鈴平の構成員を狩りにいくのだろう。

 三ツ矢は一息つくため煙草に火をつける。

 

 

 そしてそれが現れた。


  

「やれやれ、妾を倒すと豪語するから期待して見ておったのに、志半ばで討たれるなど失望も甚だしい」

 

「その声!?」

 

 三ツ矢が驚愕の眼で声がした方を向く、先生も足を止め、長ドスをいつでも抜けるよう臨戦態勢を整えた。

 次郎の死体がピクリと動く、そして胴体の切り口から霧が発生して部屋を充満させる。しかしすぐにそれは掃除機で吸い取られるかのように一点に集まり、人の形を取る。

 その人は艶めかしい、色気を発する女性だった。尻尾をもち、全身のほとんどを体毛で覆っている。

 

「まさか……カーバンクル!」

 

 カーバンクルがギロッと三ツ矢を睨みつける。

 

「様を付けぬか、ドブネズミ風情が」

 

 その瞬間、三ツ矢は自分の心臓を鷲掴みにされたような錯覚をおぼえた、足が震え、歯もガチガチとかち鳴らす。

 たったひと睨み、それだけで三ツ矢の身体は恐怖に慄いてしまった。

 

「も、申し訳ございません。カーバンクル……様」

 

 その場で膝をつき、屈辱に顔を歪める。

 

(次郎さんよ、こんなのを相手どろうとしてたのか)

 

「はて、そこにいるのはエンジェロイドの出来損ないだな、先生……と呼ばれておったな」

 

 先生は腰を落として更にいつでも斬りかかれるようにした。

 殺る気である、先生はカーバンクルと一戦交える気でいる。

 

「出来損ないであってもエンジェロイド、妾への闘争本能は備わっている……か、よかろう、退屈しのぎに一つ揉んでやろう。安心しろ、この身体は本体の体毛から作った分身、貴様でも勝てるやもしれぬぞ」

 

 カーバンクルの分身は不敵に笑う。

 対して先生は長ドスを引き抜き、切っ先をカーバンクルへ向けた。腰を深く深く落とし、溜めて、踏み込んだ。

 一瞬で間合いを詰めて、ドスを突き出す。

 

 ――――――――――――――――――――

 

 その頃、伍田平は拾陣相手に攻めあぐねていた。

 

「どうした伍田! 随分弱くなったじゃねえか」

 

 理由はわかっている、尻尾を切り落としたからに他ならない。鼠というものは尻尾をつかってバランスをとる、更には重心移動等を初動無しで行える。

 事戦いにおいては重要な器官である。

 伍田平は心の中で毒づきながらも懸命に応戦する。

 

「年寄り相手にはええハンデです」

 

「ぬかせ!」

 

 拾陣の体重がのった刀が振り下ろされる。伍田平はそれを真一文字に持った刀で受け止めた。

 だが、体重ののった刀を満足にバランスの取れない鼠が支えられる筈もなく、呆気なく伍田平は膝を着いた。

 拾陣は一度下がり、再度踏み込んで今度は横から薙ぐ、伍田平は地面に刀を突き立てて支えながら受け止める。その瞬間伍田平は、軸足を踏み込みながら空いた手で拾陣の身体に打ち込んだ。

 

「ぬおっ、ゴホッ」

 

 流石に予想外だったのか、拾陣は咳き込みながら後ずさる、その隙を逃さず伍田平は刀を地面から抜いて、よろめいたままの拾陣の胸へ突き立てた。

 ズププと肉を裂きながら刃が突き進む、途中骨に当たり進路が少し変更するも、その刃は拾陣の心臓を貫いた。

 

「ガハッ」

 

 拾陣は血反吐をぶちまけ、目を見開いて伍田平を見つめる。憎悪に満たされたその目は尚も戦おうとし、刀を振り上げて力なく虚空を斬り裂く。

 しばらくゆらゆら千鳥足で踊った後、ついに力尽きて倒れ伏した。


「すいやせん親父、ワシも後から冥土へいきやすんで」

 

 箕輪組組長 拾陣 死亡。

 

 ――――――――――――――――――

 

 箕輪組拾陣が死んだ事により戦況は大きく変わった。

 拾陣派の鼠は戦意を喪失し、その場で投降又は逃亡。忠誠心の強かった構成員は刀を腹に刺して自決した。

 尚も戦おうとしているのはいつの間にか参加していた鈴平組だけだった。

 

「残りは鈴平だけや! 撫で斬りにせい!」

 

「おおおお」

 

 伍田平は残った部下(十三匹いたのが今は四人となった)と共に鈴平の駆逐を試みる。

 数の上では未だ不利ではあるが、拾陣を倒した事で士気があがり、対して向こうは逆に士気が落ちている。

 

 勝てる、そう思った時、屋敷から襖を吹き飛ばして黒い何かが飛んできた。

 

「なんや!? って先生?」

 

 吹き飛ばされてきたのは先生だった。

 先生はぬらりと立ち上がり吹き飛ばされてきた方向を、

 

 何時も顔を隠していたバイザー、最早トレードマークだったそれがさっきの衝撃で壊れて、中の素顔を晒していたのだ。


 第一級テロリスト、メリッサの顔を。

 

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