第10話 完・鼠の仁義なき戦い〜前編〜
「メリッサ……や」
最初に一匹が呟いた。それを皮切りにその場にいた鼠達が次々に「メリッサ」の名を呟く。
メリッサ、それはエンジェロイドの頭目であり、鼠達にとっては凶悪なジェノサイダーである。
一度は公開処刑の場に引きずり出されるも、そこを逃亡、依然として行方はしれていない。
そのメリッサが今、鼠達の前に立っている。これが他のエンジェロイドなら強敵が出たぐらいにしか思われないだろう。しかしメリッサは違う、鼠の間でメリッサは殺鼠鬼として名高い。数多の鼠を屠り、血肉を啜る文字通りの鬼として伝えられている。
そして実際に
無論、拾陣が殺された事による箕輪組の崩壊、鈴平組の形勢不利、あらゆる負の出来事もそれに拍車をかけている。
その恐怖は今、鼠が持つドスの先、又は銃口が
最早彼女を殺すことでしか収拾は付かない。
「先生、メリッサやったんか」
間合いに入らないよう気をつけながら、メリッサの死角に移動した伍田平が呟くように尋ねた。
先生は顔を少し背後へ向けて首を横に振った。違うという事らしい。
「それが信用できる証拠はあるんけ?」
先生は一度考える素振りを見せた後、両の人差し指を交差させてバッテンを作り、首を傾げた。
「……プッ」
その仕草があまりにも可愛らしかったので伍田平はつい吹き出してしまった。
「すまんな、クク……そうじゃけ、今更誰とか関係なか。先生、信用しまっせ」
コクリと頷いた。その瞳は力に溢れ安心感に満ちていた。
先生は眼を伍田平から逸らすと、反対側、つまり屋敷の方へと向けた。そこには今まさに先生を吹き飛ばした存在が姿を現したところだった。
鼠達に知恵の実を与えた蛇、カーバンクルである。
今度は別種の恐怖が鼠達の間に拡がることになる。
挙句の果てには錯乱した鼠が先生へ切りかかる程だ。
伍田平が前に出てその鼠を切り殺そうと構えた時、カーバンクルが「たわけ!」の一言と共に発した衝撃波が、伍田平を除く全ての鼠を壁まで吹き飛ばして叩きつける。二匹の鼠が運悪く自分のドスに貫かれてしまった。
伍田平が吹き飛ばされなかったのは先生のおかげだった。先生が伍田平に向かっていた衝撃波をその手のドスで切り払ったからだ。
以前次郎が話していた魔力を切る刀身と先生の剣技がなせる業である。
先生は伍田平を顎で壁まで下がるよう促した。
この場において、鼠は当事者から傍観者へと変わってしまった。
――――――――――――――――――――
先生はドスを正眼に構えた。
初撃では不意をつかれて吹き飛ばされてしまったが、二度目の鼠達に向けた衝撃波は部分的ながらも切り裂く事は出来た。
この長ドスなら、勝てる。
「はて、
余裕をこいて嗤うカーバンクル、その間も先生は油断せず斬り掛かるタイミングを測っていた。
相手は万能の霊獣、対してこちらは剣一本のエンジェロイドもどき、長期戦は不利だ。ゆえに、一撃できめる。
「さて、遊びはここまでじゃ」
突如カーバンクルの目が妖しく光り輝いたかと思うと、次の瞬間には例の衝撃波が放たれていた。
対処法を身に付けていた先生はそれをなんなく切り払ってから駆ける。一足、二足、三足で間合いを詰めて得意の居合抜き、刀身がカーバンクルの首を捉えた。
しかし手応えはなくそのまま霧を切り払ったような感覚を残してカーバンクルが霧散する。
幻覚のようなもの、そう先生が認識した瞬間、背後に冷たい気配を感じて咄嗟にドスを背中に回した。そこに衝撃を感じて前へと押し出される。
振り返るとカーバンクルが愉しそうに微笑んでいた。
「中々いい反応ではないか」
続いてカーバンクルは指をパチンと鳴らすと、その姿を二つ三つと増やし、最終的に十六体にまで増やした。
「ふむ、分身体ではこれが限界か」
余所見をした、その瞬間に先生は前に踏み込んで打突を試みる。切っ先はカーバンクルを捉えて霧散させる。幻覚だ。
本物と期待してなかったため、余計な力を入れていなかったのが幸いした。打突の勢いを利用して前にステップを踏んで構え直す。直ぐに右隣のカーバンクルを斬り払い、霧散させる。返し刃で正面、持ち替えて左隣のカーバンクルを霧散させた。
十二体のカーバンクルは先生を囲み、魔法陣のようなものを出現させる。次の瞬間地面を大きく揺さぶる程の大爆発が起きた。
皮膚を焦がす熱気が鼠達を襲う。
魔法陣の中から煙が立ち上る。その中は炎が脈打っており収まる気配を見せない。
カーバンクルは分身を戻して魔力を一身に戻す。
流石の先生も燃え尽きた。誰もがそう思ったその時、炎を突き破って先生が飛び出した。
刀身に炎を纏わせて。
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