第5話 続・鼠の仁義なき戦い 〜後編〜


「何でですの!? 何でわてが兵器開発局局長の任を解かれますの!?」

 

 真っ暗な部屋にて次郎の慟哭が鳴り響く。彼が叫ぶ対象に選んだのは頭上に鎮座する玉座、その玉座で膝を組んで座る妙齢の女性だった。全身のほとんどを毛に覆われ長い尻尾を持つそれは人の形をしていれど、人ではなく、またエンジェロイドでもない。

 鼠に知性を与えた母なる存在、カーバンクルである。

 

「わからぬか? 妾は銃を量産しろと言ったのだ。それをうぬは魔力を断つ剣などというものにうつつを抜かして生産を遅らせている」

 

「しかし! 魔力を断つ剣があればたとえ鼠でもアルカシードやチクタクマンに致命傷を負わせる事ができます!」

 

「うぬはもしや、上位のエンジェロイドに勝てるつもりか?」

 

「……左様で」

 

 突如、嘲りがふんだんに込められた笑いが部屋に木霊する。誰がと考えるまでもなくカーバンクルだ。

 

「フハハハハハハ、所詮は畜生か! 鼠なぞが勝てる相手でなかろうに、大人しく下級のみを相手にしておればよいのだ」

 

「それでは鼠の尊厳が保たれません!」

 

「薄汚れた畜生にそのようなもの無いわ!」

 

 認識の違いだった。次郎は鼠達全てに尊厳と自由を与え、かつステーギア(カーバンクルが作ったエンジェロイド)に並ぶ地位を得ようとしていた。全ては鼠である事への誇りを守るため。

 とうのカーバンクルは鼠を手駒、最悪ただの畜生としか見ていない。

 次郎はここで、自分の願いが永遠に果たされることは無いと悟った。

 

 同時に誓った、必ず、必ずカーバンクルの首を掲げて鼠の尊厳を手に入れると、そして自分が鼠の頂点に君臨してエンジェロイドを畜生とする事を。

 

 その志は着々と達成されようとしている。白いバイザーを着けた鼠製のエンジェロイドにて。

 先生と呼ばれるそのエンジェロイドには名前が無い、いや教えて貰っていないだけかもしれない、何故なら先生の大事な子供を鼠質としているからだ。

 次郎は子供を盾にして先生に、極秘裏に完成させた魔力を断つ剣を渡して代わりに自分の手駒として動いて貰っている。

 

「箕輪組さん、本日の分です」

 

 とある座敷で次郎は箕輪組組長甚太夫じんだゆうにスーツケースを手渡す。

 

「おお! 待っておったぞ……これだけか?」


 早速喜びの感情を顕にしてスーツケースに齧り付くようにして中身を取り出す拾陣であるが、その顔はみるみる落胆に変わっていく。

 

「最近は物価が高うて高うて、あの金額ではこれが精一杯どす」

 

「そんな……頼むわ! これがないとワシ生きてけんのや! なあ後生やさかい」

 

 威厳に満ち溢れた箕輪組組長とは思えない醜態、箕輪組組長拾陣は次郎がオリジナル配合で作った麻薬に中毒となっていた。次郎は思わずくっくとほくそ笑んでしまう、かつてのカーバンクルのように。

 

「ほな箕輪組さん、いつものように少年を頼みますわ」

 

「ああわかった。だからもっと! もっと薬を!」

 

 楽しい、ここまで鼠とは醜態を晒すものなのか。あの時のカーバンクルもこんな思いだったのだろうか、だとすると屈辱だ。

 

 数時間後、次郎は拾陣が用意した少年を寝室に招いて強引にまぐわった。ここ最近は毎日こうして少年を犯している。

 それもこれも先生が強制的忠実に働いてくれてるおかげだ。

 もう少しで小島市が手に入る。あそこの下にある食料貯蔵庫の近くには、魔力を断つ剣の量産に欠かせない鉱石を集めた部屋がある(鉱石マニアの船員の私室である)。

 あの剣さえ量産できればカーバンクルなど赤子同然、むしろカーバンクルは剣を恐れて自分を追放したのだ、次郎の思いはただカーバンクル殺すべしに向いていた。

 

 

 胸に抱えた復讐心をひた隠しながら数日がすぎ、ついにその日がやってきた。小島抗争最後の戦いが。

 

「ほな箕輪組さん、お薬です」

 

「はは、薬がたくさんじゃあ」

 

 鈴平組小島支部にていつもの薬を渡すも、拾陣には既に自分の言葉は耳に入っていない。

 最早飽き飽きした光景だ。辟易としていると外が騒がしくなっていることに気付いた。

 

「なんや、騒がしいなあ」

 

 しばらく待つと、ドタドタドタと廊下を走る音が聞こえる、足音は途切れ、代わりに襖を大雑把に開け放つ音が鳴った。

 そして一匹の若い鼠が転がり込んでくる。

 

「てえへんです! 箕輪組の伍田平が手下引き連れて討ち入りに来やした!」

 

「なんやて?」

 

「あほな事いうなや! 何で伍田がそんな」

 

 討ち入られた次郎よりも、親である拾陣の方が驚きが強かったらしく、彼は駆け込んできた鼠の首を締め上げた。

 その力は強すぎて鼠の顔が青ざめていく。次郎が止めるまもなく拾陣はその鼠を絞め殺してしまう。

 

「まあ討ち入られたのは事実やし、ちょっと先生にいってもらいますわ」

 

 隣の部屋に待機していた先生に賊の討伐を命ずると、いつものように黙って頷き、そして陽炎のように姿を消した。

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