第8話 鼠の仁義なき戦い〜小島市死闘編〜
「無様やなぁ、三ツ矢さ〜ん」
次郎の目の前には、後ろ手に縛られて床に転がされている、芦刈組の組長三ツ矢がいた。
先生が突然連れて来た時は流石に次郎も驚いた。何せ今はスグそこの庭で箕輪組が内輪で殺しあっている最中だからだ。
「大方箕輪組の内乱に便乗するつもりやったやんやろ? 何処でそんな情報を得たのかは知らんけど意地汚いにも程があんで、ん?」
次郎は挑戦的な目で三ツ矢を見つめる、三ツ矢は何も答えずにその顔へ唾を吐きつけた。
「このっ! ワテの顔に!」
自分の顔に吐きつけられたのがそんなにも腹立たしかったのか、次郎は三ツ矢の顔を執拗に殴りつけた。脚で腹を蹴って仰向けにし、馬乗りになって三ツ矢の顔を何度も殴る。
鼻が潰れ、目元は腫れ、歯も何本かへし折れた。その分次郎の拳も擦り切れて血だらけにはなった。
「ハッ、味方も皆殺しになって無駄足やったなあ、ホンマ何のためにきてんて感じやな」
「そんなん……はな、おめぇの
ペッと再び次郎の顔へ吐きつける。今度は血痰だ。
今度は怒り立つ事無く、代わりに冷たい視線を送った。
「立派やな、けど、それは無理やわ。ワテには先生がおるさかいに」
「クックッ」
「何がおかしいんや」
「いや何、先生がいるってもだ。そりゃおめぇの力じゃねえだろ。所詮先生がいるから強気になれる、虎の威を借る狐でしかねえ」
「やかましい!」
叫びながら一発。
「あんたに何がわかんねん! ワテみたいな元研究者はな! 力が無いとノシ上がれんのや! 例えそれが他者の力でもや!」
言葉が節目で止まる度に次郎は三ツ矢の顔に拳を叩き込む。
「元研究者か、だからそんなヘナヘナパンチなんか」
「黙れ!」
次郎が拳を振り上げて叩き下ろす。三ツ矢はやられっぱなしは癪に触るので、その拳を首と腹筋の力を利用して額で受け止めた。
「いっつ!」
「やっぱヘナヘナや」
「クソ! クソクソクソ! ワテは鼠の自由のためにやっとんねんで! あのカーバンクルの支配から抜け出させたろゆうてんねん! 何で皆してワテの邪魔すんのや!」
「知るかボケ!」
吠えた。三ツ矢は乗っかっている次郎を怯んだ隙に無理矢理引き剥がし、ぬらりと揺れながら立ち上がる。
顔は膨れ上がりほとんど原型を止めていない、更に後ろ手で縛られているためバランスを上手くとれない、それなのに立ち尽くす三ツ矢からは言い様もしれない迫力が、鬼や修羅のような物々しい何かを感じられた。
「おめぇがどれほど立派な志をもってんのかはわかんねえ、しかしだな、おめぇは鼠の道から外れた外道だ! どれだけ崇高な目的でも、そこに仁義がなきゃただの悪党でしかねぇ!
それに俺達は極道だ! ロクでもない奴らの集まりだが、それでもロクデナシ也に仁義をもっている」
「仁義やと? そんなチャチなもんで天下はとれんわ! ワテは鼠を解放する救世主になんやぞ! 鼠を導く新たな王様や! 一々下々に仁義なんて下らないもん示せるかいな!」
「ようやく本性を出したな、結局てめぇは利己主義の塊でしかねえんだよ!」
「もうええ! 先生! こいつ殺したっ……先生?」
次郎はふと気付いた、先生の姿が見えない事に。喋る事が出来ず、かつストイックな性格ゆえ元々そこまで存在感が強くないから気づかなかった。
いや三ツ矢が気づかせなかったのだ、次郎を煽る事でふいに姿を消した先生の存在を悟らせないために。
「いいタイミングだ、丁度帰ってきたわ」
三ツ矢が呟いた瞬間、座敷の襖がバタンと力強く開けられてそこからバイザーを付けた先生が中へ入ってくる。
「おお! 先生、待っとったで、はよアイツを殺したっ……て」
先生は何も語らず(元から喋れない)、静かに刀を引き抜く、その後からは三ツ矢の手下が付き従うようにやって来た。その手に小さな子鼠を抱えて。
「見つけたようだな」
「へい、しかし
手下の一人が三ツ矢の拘束を解く。
「わかった、おめぇ達は急いで病院に行け。後は俺がやる」
「へい!」
手下達は返事一つしてから座敷を後にする。あの子供は任せて大丈夫だろう。しかし子供の悲惨な状態を見聞きした三ツ矢の中に沸沸と怒りが湧いてくる。
散々殴ってきたお返しも含めて、ケリをつけようかと思い、義手から小型のナイフを取り出した時、先生が刀で三ツ矢を静止した。
自分に殺らせろという事らしい。
「まっ、しゃーねえか」
「い、いやや、ワテはまだ死にとうない! 死にとうない! 鼠の自由……ギヤッ」
次郎は四つ足で這うように逃げ惑う、そこにかつての威厳は感じられない。
その背中を、先生の剣は神速でもって胴体を二分した。そこに慈悲はあらず、また仁義もなかった。
鈴平組組長 次郎 死亡
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