第7話 新・鼠の仁義なき戦い 〜後編〜


 某日、小島市内のとある風俗店にて。

 

「や〜だ三ツ矢さんたら」

 

 接待部屋という小さな部屋で、肉付きがよく、艶目かしくお化粧を施した若い娘鼠が三ツ矢の右脇に密着し、その細い手で三ツ矢の胸板を撫で回す。三ツ矢が着ていた着物がはだけて、体毛が顕になった。

 三ツ矢は義手となった右手をその娘の肩に回す。そのまま下に移して乳頭をまさぐった。手の動きに合わせて娘が喘ぐ、三ツ矢にはそれが演技であることが見て取れた。それに義手では面白みもない、興が削がれたゆえ手を離して娘をソファの向こうへと柔らかく突き飛ばした。 


「ちょっと三ツ矢さんいけず、まあちょっとわざとらしかったかも。それなら……シちゃう?」

 

 この店には風俗嬢と性行為を行えるブースが用意されている。無論追加料金は発生するが。

 三ツ矢も何度か利用したし、この娘とも寝た事がある。しかし今日はある鼠を待っている。それゆえ心から楽しむ気にはなれなかった。

 そんな時、三ツ矢の部下がやってきて耳打ちした。内容は待ち鼠来るだ。

 

「来おったか、おい去ねや」

 

 三ツ矢は娘に出て行くように告げる。しかし娘は抵抗してなおも猫撫で声で誘おうとする。

 苛ついた三ツ矢は懐から拳銃ハジキを取り出して娘の顎に銃口を押し付ける。

 

「俺はね言うたんや、どたまに風穴空けられとうなかったらさっさと出ていけや。それと俺が呼ぶまで誰もここに近付けるな」

 

「は、はい……失礼しました」

 

 流石に恐れ伏した娘は慌てて部屋を出ていく。残ったのは三ツ矢とその部下が二匹だけだ。

 そして程なくして彼は来た。

 

 箕輪組若頭の伍田平である。いつもの流しとは違い、今回はくたびれたスーツを着ていた。

 伍田平は部屋に入って早速中腰になり、右手を前に出して掌を上に向けた。

 

「お控えなすって!」

 

 仁義を切ってきた。

 

「くっく、いきなり仁義切りか。ええやろ、手前控えさせて頂きやす」

 

「早速ながら当家、人員の一部を借り受けまして、稼業鉄砲を発します」

 

 それは仁義切りとしては間違った口上である。しかし予め伍田平の要求を知っていた三ツ矢としては仁義切りの作法よりも伍田平の出方に興味があった。

 

「手前、当家の当主であります。どうぞ控えなすってくだせえ」

 

「手前、箕輪の不届き者ゆえ、どうか当主様からお控えなすって」

 

「有難う御座います。再三のお言葉、逆意とは心得ますが、手前、これにて控えさせて頂きやす」

 

「早速、お控え下すって有難う御座います。手前、粗忽者ゆえ、前後間違いましたる節は、まっぴらご容赦願います。向かいましたる当主様には、初のお目見えと心得ます。手前、生国はコスモフリート、野州は愛鷹第二格納庫で御座います。稼業、縁持ちまして、身の片親と発しますは、野州愛鷹食堂に住まいを構えます、箕輪組一家拾陣に従います若い者で御座います。姓は伍田、名は平。稼業、極道の若頭で御座います。以後、万事万端、お願いなんして、ざっくばらんにお頼申します」

 

「有難う御座います。ご丁寧なるお言葉。申し遅れて失礼さんにござんす。手前、当芦刈組二代目三ツ矢。姓は三ツ、名は矢。稼業、極道頭目。以後、万事万端、宜しくお頼申します」

 

「有難う御座います。どうぞ、お手をお上げなすって」


「あんさんから、お上げなすって」


「それでは困ります」

 

「では、ご一緒にお手をお上げなすって」


「有難う御座います」


「有難う御座いました」 

 

 ここまではお決まりの文句。

 そしてここからは血なまぐさい任侠のやり取り。

 

「話はわかっとる。俺にお前のカチコミを手伝えゆうんやろ」

 

「せや、どうか頼めへんか?」

 

「俺達としては勝手に潰し合ってくれって感じやけどな。やけど、先生が味方につけられるんなら話は別や」

 

 三ツ矢は先生に切り落とされた右手をそっと撫でた。これまでの抗争で多くの配下が先生に斬り殺された。それに対して悔恨の情はあれど恨みはない、抗争ならやむ無しだ。

 しかもそれは鈴平の次郎が鼠質をとって無理矢理行わせていたのならむしろ同情をきんじえない。

 

「俺は手伝ってもええ、しかしな、俺の子分達は納得はせえへん。お前……誠意ちゅうもんはどうするつもりや?」

 

 早い話が、溜飲を下げる何かを寄越せと言っている。

 意図の理解出来た伍田平は「短刀を」と言った。三ツ矢は横に控えている子分に短刀を渡すよう顎で指示する。

 殺伐とした空気が流れる中、伍田平は短刀を勢いよく引き抜き、そのまま自分の尻尾に突き立てて切り落とした。

 それから血の滴る尻尾を三ツ矢の前に投げて。

 

「これがワシからの血判状がわりや、それと全部終わったら箕輪組は小島市から撤退する。ほいでワシは……腹切って自害したるわ」

 

「…………そこまでの心意気を見せられちゃ応えねえワケにはいかねえな」

 

「では?」

 

「ああ、仁義見せたるわ」

 

 こうして芦刈組は次郎邸襲撃に加担する事になった。

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