第2話 鼠の仁義なき戦い 〜後編〜
キェエエエッッ!!
闇が支配する街に二匹の鼠が金切り声を上げる。やや遅れて金属がぶつかる甲高い音が聞こえ、薄ら灯された照明の光を反射する白刃が二匹の鼠を一瞬照らす。
それが二度三度続く。
伍田平は内心で己の慢心を恥じた。これまで伍田平は負ける事が無かった。今迄の相手は生まれ持った体格で押し切ることができたからだ。
だが今回の左近は違った。相手は剣の達人だった。余計な音をたてずすり足で絶妙な間合いを維持する。刃先を常に揺らしこちらの視線を妨害する。必ず正面に立たない。
一つ一つは何でもない所作、しかしそれらを呼吸でもするかのように一つの動作に取り入れているため、自己流剣術の伍田平には左近の動きが読めなかった。
「どうした? 伍田平とやら、その程度なんか?」
「ぬかせ」
伍田平が一足飛びで切り掛る。上段からの斬り下ろし、左近は紙一重で避けてドスを水平にして横薙に伍田平の胴を切り結ぶ。その瞬間伍田平は自分の死を悟り丹田に気を込めた。
だが胴体が切り裂かれる寸前一発の銃声が闇夜に響き渡る。
そして左近が倒れた。背中からは一センチ大の弾痕が。
伍田平が唖然としていると
「へへ、あぶねえところでしたね」
それは左近の子分だった。いやらしい下卑た笑を浮かべながら硝煙がたゆたう拳銃をこれみよがしに見せびらかしている。
「おめえ」
「あっしは鈴原組の組長に雇われたもんでさあ、左近を
伍田平はその男の言葉に耳を貸すこと無く無防備な首を切り落とした。
噴水のように溢れる血潮を浴びながら伍田平は闇の中を歩き始めた。
その胸には左近に負けた悔しさと、仁義を果たせなかった不甲斐なさが綯い交ぜになっていた。
――――――――――――――――――――
同時刻
「親父いつまで飲んどんねんやろ」
「若、いつもの事やないですか」
「そうやけどな」
芦刈組若頭三ツ矢は帰りの遅い組長左近を迎えに行くために子分を連れて迎えに行くところだった。
場所はどうせいつもの飲み屋、飲みすぎて倒れた時のために担架をもって道中をゆく。
飲み屋まであと十分といった所だろうか、三ツ矢達の前に怪しげな風貌の鼠が立ち塞がった。
「邪魔やどけ」
「いややどかへん。わっちはあんたらを足止めしなあきまへんねん」
ねちっこい鼻につく喋り方だった。
「理由をきかせてもらおか」
「あんたらの親分を
「なんやと!!」
「ざけんなボケ!」
途端に連れてきた子分二人が荒ぶる。
相手は口元を手で隠して「おお怖」と呟いた。しかしそれが益々子分の怒りに油を注いだようで、一人がナイフを出して刺し殺そうと前に出る。
「怖いわぁ、ほな先生頼むわ」
三ツ矢の背中に悪寒が走る。
「戻れ!」
「は?」
三ツ矢の制止は遅かった。男まであと五歩のところで子分の胸から背中へかけて鈍色の刃が生え出たからだ。
刃が引き抜かれ、子分を刺し殺した下手人が姿を現す。
それは黒いロングコートに白いバイザーを頭に付けた、エンジェロイド・デバイスだった。その手には血に濡れた日本刀が握られている。
「何でエンジェロイドがここにおんねん!?」
ありえない、三ツ矢には信じられなかった。基本的にエンジェロイド・デバイスは鼠を倒す兵器だからだ。確かに鼠側にもエンジェロイド・デバイスはいるが、多くは似て非なる物であるし、本物は全てカーバンクルの指揮下に入っていた。
鼠の下につくエンジェロイドは初めてだ。
「フフ、別に驚く事はありゃしまへんで。だって先生は
「おめえらが作ったやと」
「せや、まあ正確には隣町の子鼠が作ったんやけど、それはまあどうでもええわ。肝心なんは、うちらの元にエンジェロイドがおることや」
「くっ」
三ツ矢は歯噛みした。鼠相手ならサシに持ち込めば勝てる見込みはある。しかしエンジェロイドは違う。個体によるが中には単体で戦略級のも存在する。
一体倒すのに鼠は最低十匹は必要と言われている。
「まあ安心してな、今日は挨拶だけやし、そろそろあんたらの頭もおっちんどるやろ」
しまった。そういえば親父の命が狙われているのだった。
思い出した三ツ矢は立ち上がって長ドスを鞘走らせ、腕を切り落とされた。
「ああああああ」
見えなかった。鞘から抜いた途端、黒いエンジェロイドに右手を手首から切り落とされたのだ。一瞬で間合いを詰められ、閃光の如き速さで刀を居合抜きして手首を切り落とした。
「流石先生惚れ惚れする剣技や、この手は記念にもろてくで、ほなさいなら」
男はエンジェロイドと共に闇に消えていった。
三ツ矢は這う這うの体で子分と共に左近の元まで向かう。
しかしてそこにあったのは組長左近と子分二人の死体だけだった。
『続・鼠の仁義なき戦い』へ続く。
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