イソラ・マタニティ

い☆つ☆も☆の☆


今回は藤井機斎先生作「イソラ」と芳賀概夢先生作「レムロイド」より出張していただきました。



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 時は慶応三年、倒幕佐幕で世が乱れる動乱の時代、しかし世の常とは関わりの無い場において一つの戦いが起きていた。


 北海対馬海盆の闇の中でたゆたう潜水艦母屋内、併設された艇体固定枠産屋にて今まさに産気づいたイソラ妊婦が吊るされていた。


 クレーンから伸びた拘束具に縛られている様は、その手の役人が見たら座敷牢に縛られている罪人に見えるかもしれない。


 不浄の儀とされる出産場に機人おのこは在らず。ここに在るのは手練た機人おなごのみ。


 洗浄油産湯の用意が出来た頃、艇体固定枠産屋に万を辞して取り上げ婆が入室してくる。

 機人彼女は名をよく知られた産婆である。


 全身に煤を浴びたような濃く黒い塗装、幾多の継ぎ目は重ねた装甲年月に比例してある。


 産婆の名はヴァルク、巷では産婆ルクと呼ばれている。



 ヴァルクは油で清めた手をイソラ妊婦排水口子宮口に宛てがい、パイプ胎動の様子を確認する。

 その後、イソラにラマーズ法を勧め、彼女はそれを承けてリズミカルな給排気を行う。


 ヒュー、ヒュー……コォォォォ

 ヒュー、ヒュー……コォォォォ


 緩やかな基本リズム、これにより機体の緊張を解していく。

 準備期が通り過ぎ、進行期に移った時にヒュッ、コォォォォの短いリズムに切り替える。

 そして極期に移行したら、軋み陣痛の波に合わせてヒュー、ヒュー、……コォォォォのリズムに戻していきみを逃がしていく。


 排水口子宮口が全開になり、娩出期に移行したらいきむ。軋み陣痛の波にあわせて深呼吸を二回、三回目で息を止めていきむ。


 不意に、産婆ルクことヴァルクはいきむのを止めるよう促した。イソラはヒュッヒュッヒュッと短い呼吸を繰り返して次のアクションを待つ。


 赤ちゃんの頭が出てきた。イソラは給排気をゆっくり行い力を抜いていく。


 ヴァルクは頭を掴んでそろりと抜いていき……そして


 ズダダダと銃声産声潜水艦母屋全体まで響き渡った。


 新たな生命が誕生した瞬間であった。


 しかもなんと、三つ子である。

 立派な、男のMBだ。


 ヴァルクは配線臍の緒を切断し、洗浄油産湯で濡らしたダスターを使って、塗装を剥がさないよう軽く拭いた後、清潔なベールでグルグル巻にしてから母、イソラママへと渡す。


 MB赤ちゃんを見つめるイソラカメラアイは、ただじっと己が生み出した生命を写していた。


 ヴァルクは、もう用は済んだとばかりに立ち上がって艇体固定枠産屋を出る。

 次の戦場産屋へと赴くのだ。


 産婆ルクは止まる事を知らない。

 彼女はこれからも生命の誕生を幇助し続ける。

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