3-9


  ◆


「また寝てるんだ」

 大口を開けて涎を垂らしているヒュウの横でうとうとと船を漕いでいる小雪はその声に意識を取り戻す。

「お邪魔するね」

 快活で落ち着いた声のリンダラッドは小雪の横にちょこんと座る。

 見た目からして自分と近い年にかかわらず、落ち着きがあり、およそ狼狽している姿など想像もつかない銀髪の少女は一度だけヒュウの顔を覗き込むとふんと鼻で笑い苦笑する。

「まったく不細工な寝顔だなあ。そう思わない?」

「えっと、その……」

 小雪は言葉に詰まりながら助けを求めるように左右を見る。

「この間抜けな顔。見てみなよ」

 そう言うと小雪は何の遠慮もなく寝ているヒュウの頬をつまむ。

 これまた不細工な顔がより一層不細工になるのがリンダラッドからしてみれば面白い玩具だ。

「うーん……っだよ」

「わっ!」

 リンダラッドの腕を振り払うようにヒュウは寝がえりをうつ。

「しかし、君のお兄さんと彼は仲がずいぶんと良いんだね。話しに聞いていたように敵対してる仲には見えないけど」

 不意に、訓練所とは名ばかりの平原の中央をリンダラッドは見た。

 輪蔵と冬玄。本来ならば里長の座を奪い合い敵対している二人が胡坐をかいて何かを話している。

 ときおり怒声が混じり、ときおり笑いが混じる。遠目に見ると、とてもじゃないが里を巻き込んでいがみ合っている二人には見えない。小雪から聞いた話も、輪蔵から聞かされた決闘のことも嘘のように思える。

「お兄様も冬玄様も幼い頃からの友人ですからね。基本は仲が良いはずです」

「基本は……か」

 その言葉におリンダラッドはヒュウの言っていた言葉を思い出す。友情など、金や権力と天秤にかければ塵芥に過ぎないと言っていたこと。

 小雪もそれを思い出すと否定するように艶やかな黒髪を大きく揺らして頭を振ってみせる。

「リンダラッドさん!」

「な、なに!?」

 突然語調を強めた小雪がその顔を近づける。

 互いの吐息が互いの顔を撫でるほどの距離で小雪はこれまでに見せたこともないような鼻をふんと一つ鳴らして意気込んでいる。黒目がちな大きな瞳には普段は見せない強い光が宿っている。

「わ、私、あの二人の争いを止める方法思いつきました!」

「……うん……うん?」

 小雪の言っている言葉の意味はわかる。しから、それを聞かされたところでリンダラッドは軽い頷きを見せることしかできない。

「じゃ、じゃあやれば良いんじゃないのかな? 僕に言われても事の成り行きを見守ることしかできないよ」

「……そうなんですけど……そのー……」

 小雪は俯き、ときおり不安そうな顔でリンダラッドの顔を見る。顔色を窺うようなその仕草を前にリンダラッドは小首を傾げた。普段困ったような表情を浮かべている小雪の顔が一層憂いを帯びたものになる。

「何か問題でもあるの?」

「……そ、その、問題だらけなんです」

 よほど気がかりなことがあるのだろう。

小雪の言葉はどれも自信のないものだ。

「……ねえ」

 今にも泣き出しそうで憂いを帯びた表情の小雪を前にリンダラッドは白い歯を見せつけるようにやつく。

「何考えてるか聞かせてよ。僕に出来ることがあったら協力するし」

 嗅覚とでも呼べばよいのか、全くの根拠はないがリンダラッドはなにかに心を躍らせた。

 この話がどこへと転がっていくのかなんて想像できないが、その転がった先には自分の知識欲を満たすものがありそうな気がしてならない。

「で、でしたら……」

 小雪は小さくうなずくとリンダラッドの耳元にそっと淡い桜色の唇を近づけ動かす。

「────────が────────で────────────なんです」

「……………………」

 耳を澄まさなければ風の音にすら流されてしまいそうな小雪の言葉を聞いたリンダラッドの表情はますます笑顔を濃くしていく。

 金銭の話を前にしたヒュウと似たどこか歪んだ笑み。

「……ど、どうですか?」

 不意に吹く一陣の風を間に挟んで一息ついた小雪がおそるおそるリンダラッドの顔を覗き込む。

 その華奢な肩をリンダラッドの手ががっしりと掴む。

「ひゃっ!?」

「面白い!」

 リンダラッドは強く、この上なく強く頷いて親指をびっと立てる。煌々と輝く碧眼とにやついた口。

「お、面白い?」

 返ってきたものは小雪としてはまるで予想してない答えだ。

 小雪が耳打ちで伝えた方法に対して、成功率や実行に移す際の問題点などではなく『面白い』の一言。そう答えたリンダラッドの笑顔を心底楽しそうだ。

「うん。それ凄く面白いよ! 僕も協力するよ」

「ほ、ほんとですか!?」

「鬼が出るか……蛇が出るか……ふふ」

「……なんか楽しんでませんか?」

「いやいや、そんなことないよ。僕はこの里のことを思ってる小雪ちゃんに協力するよ」

 あからさまに笑みが抑えきれないリンダラッドは、それを隠すようにそっぽ向いてみせた。

 好奇心が抑えきれないリンダラッドの顔に小雪はより強い不安を覚える。

「じゃあ、彼が寝てるうちに事を始めないとね」

「そ、そうですよね!」

 リンダラッドの先導するような言葉が小雪の不安を押し切る。

 尻下がりの気弱そうな小雪の眉も持ち上がる。

 ──里のためにやるしかない! お兄様達に何と言われようと!


「んで……なんで俺様はここにいるんだ?」

 葉と葉が擦れ合い瞼の向こうから刺激する木漏れ日にヒュウは顔を顰めた。

 じつに不思議な話だ。

 さきほどまでも何ら特徴のない広場で寝ていた……はずだった。そのはずなのだが、思わず記憶違いかと思ってしまう目の前に立ち塞がっている。

「……扉……だな」

 腕を組んで首を傾げる。

 どんな寝相でここまで辿り着いたのだろうか。ヒュウの目の前には財宝へと繋がる分厚く頑強な扉が立っている。

 横には猫車が置かれているが、これに乗ってきたなんてことはまさかないだろう。

「こんなところまで一人で来たならもはや寝相と言うより夢遊病だな」

 広場と扉の位置関係なんてヒュウには詳しいことはわからない。ただ、その二つの距離が近くないことだけはわかっている。

 その距離を意識もなくふらふらと歩いてる自分の姿を想像してみた。酷く滑稽だ。

 一体どんな姿で歩いてきたのやら。

「あ、起きましたか!」

「ん? ああ」

 目立つ一輪の牡丹柄を携えた着物。その着物を纏った痩躯な小雪が岩陰から出てくる。

「……」

「……」

 自分がなぜこのような場所にいるのかまるで思い当たらずに首を傾げ悩むヒュウを前に、小雪は見せつけるような大きな深呼吸を二度ほどしてみせた。

 竹馬の友である二人の争いを止める方法。

 ヒュウ達がこの里に訪れる以前から小雪はそれに頭を悩ましていた。

 そして考えられる手段と、それを実行する駒が揃った。

「ひゅ、ヒュウ様!」

「うおっ! そんな大声出さなくても聞こえてるよ」

 小雪は調整がきかないほどの大きな声でヒュウの顔をまじまじと見た。

 二人の争いを止める小雪が思いついたたった一つの方法。

「わ、私と一緒に扉の中に来てください!」

「……」

 ついこの間まで誰一人入れる様子がなかった。それが今では真逆のことを言っている。ヒュウは訝しげに小雪の顔を見た。

 幼く、普段は気弱な表情を浮かべた小雪が今までと違い、眉尻を持ち上げ鼻息をふんと鳴らしている。

「急にそんなこと言うなんて、なんか企んでるんだろ?」

「は、はい!」

「はっきり頷くな……」

 小雪は今までにないほどに張った声と思い詰めた表情で喋る。

 たとえこの里を追放されることになろうとも、二人の争いを止められるならば悔いはない。小雪の頭には止まるなどと言う考えは微塵もない。

「お兄様達が里長の座を奪い合って争うのでしたら、私が里の財宝を手に入れて里長の座につきます。

 そのためにヒュウ様の力をお貸し下さい。財宝まではレイ・ドールを操る方しか辿り着けませんので」

「……」

 必死にせがんでくる小雪に対してヒュウはおもむろに立ち塞がる扉を見た。

 巨大な岩山に設けられた分厚く、頑強だ。ゴールドキングの力を持ってすれば破壊することもできるだろう。問題はそのあとに残るのはろくに動くことのできない自分だ。

 更に、無理にでも扉を壊せば、当然里の者たちにも気が付かれるだろう。そうすれば財宝を人知れず奪うなどと言うことは到底夢想家に過ぎない。

 財宝は欲しい。何としても欲しい。それも出来る限り苦労せずに楽して。

 そしてその扉を開く鍵を持つ女が目の前にいる。

 ヒュウからしてみれば渡りに船と言わずに何と表すか。

「あの二人の争いを止めるためとあれば俺様も一肌脱がないわけにもいくまい。一宿一飯の恩義も返さねえとな」

 言ってて歯が浮くような言葉。

 ヒース国に居たときは無銭飲食ツケ払いなど日常茶飯事だったヒュウの辞書に『一宿一飯の恩』などと言う言葉があるはずもない。与えた恩は一生忘れずとも受けた恩など三歩も歩けば忘れてしまう。

「ひゅ、ヒュウ様!」

 小雪は感極まったように頬を赤く染めてヒュウに抱き着く。

 子供と大人の中間とも取れる細く柔らかな体の感触を前にヒュウは歪な笑みを浮かべる。

「皆さん、ヒュウ様のことを勘違いしてますよ。こんなに義に厚く素晴らしい殿方ですのに」

 ──てめえなんて扉が開いたらお役御免でポイよ!

「それじゃあ善は急げってやつだ。早速扉を開きな。一緒に財宝を取りに行こうじゃねえか」

「は、はい!」

 目尻にわずかに浮かんだ歓喜の涙を拭った小雪はおもむろに扉の前に立つ。

 鍵穴らしい穴はどこにもないその扉の前で小雪はそっと手を触れ桜色の唇が震えるように動き開錠の祝詞を紡ぐ。

「────」

 ヒュウの聞いたことのない言葉だ。

 一子相伝の術を受け継ぎ今日まで続いてきた来連の里のなかでも使う者はいまやごく僅か。時代のなかで消えていく忍言と呼ばれる言語。

「──────────、──ッ!」

 張りのある声で最後の言葉を小雪が叫ぶと、ヒュウが押そうとも引こうともぴくりとも動かなったか扉がゆっくりと横に開いていく。

「それじゃあ早速! 俺が行って財宝を取ってきてやる」

 ──財宝を奪ったらこんなしみったれた里なんてトンズラよ!

「ま、待ってください!」

「ぐえっ!」

 開いた扉のなかへと飛び込もうとするヒュウの首根っこを小雪は精一杯の力で掴む。

 おかげでヒュウは首から下だけが突っ走っていくような錯覚を覚えた。

「げほっ! な、なにすんだよ!?」

「なかは複雑な迷宮になってますんで私が案内しないといくらヒュウ様でも永久に出てこれませんよ」

「……おどかすなって。財宝が置いてあるだけだろ?」

「いいえ」

 怪訝な表情を浮かべるヒュウを前に小雪は頭を振ってみせた。

「里長が継ぐ財宝ですから、仮に迷宮の道がわかっていても、その道には里長としてあらゆることを試される試練が待ち構えてます。そのためにもレイ・ドールが必要であり、そのライダーであるヒュウ様のお力が必要なんです」

「そりゃまたずいぶんと面倒なところに財宝を置いてやがんな」

 もはや呆れることしかできない。

 扉を入ればすぐ財宝かと勝手な想像で喜んでみれば、次から次へと課題が浮かび上がる。ヒュウとしては盛り上がった気持ちが一気にしぼんでいくのを感じる。

「それだけ大事なものなんです」

「大事……そうだよな」

 ──盗まれないようなお宝に興味わかねえよな!

 この扉の奥に収められている財宝。それがどれだけの貴重な代物かなど、この頑強な扉を見るだけでも物語っている。

 ヒュウは一度だけ頬を叩く。

「よっしゃ! そんじゃいっちょ財宝を取りに行くとするか! さっさと案内しやがれ」

「ひゃっ!? ひゅ、ヒュウ様!?」

 小雪の脇に手を挟むとヒュウは乱暴に持ち上げて肩車する。

「気が付かれるまでに行かなきゃならねえんだ。舌を噛むなよ」

「〇×∥☆♪!?」

 一気に駆け出すヒュウの頭にしがみついた小雪は言葉にならない声で叫び声をあげるが、その声はすぐさま扉の向こうへと?まれていく消える。


  ◆


「お主の言ってることは──!」

「お前こそ──!」

 談論風発の冬玄と輪蔵の喋りは、続ければ続けていくほどその勢いが増していくが、幾度となく語ってきたことであり、この里の未来においてのことだ。

「まだやってたの?」

「あ、お嬢様。どちらに行かれてたんですか?」

「ちょっとね」

 リビアに返事すると同時にリンダラッドはふふっと薄い笑みを浮かべた。

「そう言えばさっきまで小雪ちゃんと一緒にいましたよね。あの男とも」

 名前を呼びたくないかのようにリビアは口をへの字にしながら不機嫌な表情になる。

 あの傲慢な男の顔を思い浮かべるだけで生理的に不快だ。品もなければ学もない。

 そしてなによりも不快な原因は、自分の目に入れても痛くないと思える愛しきお嬢様が、あのような卑賎たる男を妙に気にかけていることがリビアの憎しみにますます拍車をかける。

「いやなに、ちょっとしたことを話してただけだよ」

「お嬢様はなぜあのような男を気に掛けるのですか?」

「だって彼、馬鹿じゃん」

「……そうですね」

 笑いながら答えたリンダラッドの返事にリビアは迷うことなどないまま頷いた。

 そのリンダラッドの笑顔は無垢で可愛く、思わず胸に抱き寄せたくなる衝動すらあった。

「今まで僕が見てきた人間に比べて底抜けの馬鹿だから、何するか想像がつかないんだよね。もうちょっと頭の良い人の方がよほど想像つくんだけどね」

「今頃きっとお金のことだけ考えてるんじゃないですか?」

「だろうね」

 背中になびく黒のマント。そこに刻まれた金貨で頭蓋骨を砕かれた髑髏(されこうべ)こそ彼そのものだ。

 金のためなら平気で命も投げ出す男、ヒュウ=ロイマンの象徴。

 脳細胞まで金貨で出来てるような男。

「ワン!」

「うわぁ!」

 狐色の毛並みに寸胴な巨大な体の犬がリンダラッドにのしかかってくる。

「お、お嬢様っ!?」

「ワンッ!!」

 ぴんと張った耳を揺らして犬がもう一度鳴いてみせると、言葉の尽きない輪蔵と冬玄の喋りがぴたりと止まる。

「裡千! わざわざどうしたでござるか?」

「ワンワンッ!」

「なに!?」

「おいおいマジかよ……」

 裡千の鳴き声一つに二人はさっきまでの表情とはまるで別の驚きが全面に浮かぶ。

「冬玄、ここはひとまずお預けでござるよ」

「ああ」

「ちょ、ちょっと! この犬なんて言ってるの?」

 犬の言葉なんてまるでわからないリビアとリンダラッドは完全に置いてきぼりだ。

「緊急事態でござるよ。小雪が財宝への扉を開きヒュウ殿と中へと入って行ってしまったでござる!

 あのなかは迷宮でござるよ。下手に足を踏み込めばそれこそ危険でござる。早急に二人を止めるでござる!」

 輪蔵からすれば考え難い話だ。

 普段から自己主張の乏しい小雪が財宝へと続く扉を独断で開くなど。

 なぜそのような奇行に出たのか。いくら考えたところで輪蔵にはわかるすべはない。

「悩んでる場合じゃねえだろ」

 冬玄の叱咤のような言葉が輪蔵の意識を呼び戻す。

「そうでござった! 示然丸!」

 懐から取り出したレイ・カードを空へと掲げる。輪蔵同様に赤い布巾で口元を隠し、忍者装束を身に纏ったレイ・ドール。それはまさしく輪蔵の分身のようだ。

「僕も載せて!」

「リンダラッド殿!?」

 示然丸に飛び乗ろうとする輪蔵の背中にリンダラッドは抱き着く。その顔には不安以上に何かに期待するかのような笑みが満面に浮かんでいる。

「小雪ちゃんだけでなく、彼も止めないといけないなら人手は多いにこしたことはないでしょ」

「……そうでござるな。示然丸は速いでござるよ。振り落とされないようにしっかりしがみつくでござる!」

「了解」

「示然丸参る!」

 リンダラッドは白い歯を見せてにっかりと笑う。それを合図に輪蔵の気持ちに応えるように示然丸は疾駆する。その後ろ姿はすぐさま雑木林のなかへと消えてしまう。

「お、お嬢様!?」

 リビアの声など風の如く駆ける示然丸、それに載ったリンダラッドに届くはずがなかった。

「私も──」

「まあ、待てよ」

 谷間からレイ・カードを取り出そうとするリビアの手を冬玄が抑える。

「あんたも追いかけなきゃいかないんだろ。角竜ッ!!」

 冬玄は懐から取り出したレイ・カードを掲げる。

 銅色の甲冑にその巨躯を包み、天と言う前立てを掲げた兜。その背中に巨大な三叉の槍を抱えたレイ・ドール。

 目の前に立ち塞がったレイ・ドールと比べれば輪蔵が駆る示然丸は軽装に見えるほど重厚の甲冑を全身に纏っている。

「これで追いかけるの?」

「不安は最も。だが示然丸に後れを取るようじゃ里長候補に名乗りをあげれねえだろ。なあ、角竜!」

 兜の下にぎらつく鋭い双眸が冬玄の言葉に応じるように輝く。

「追いかけるんだろう。乗れよ」

「それじゃあお嬢様のところまでお願いしようかしら」

 リビアは冬玄の横にそっと座る。

 その艶めかしい脚が深いスリットのドレスから覗く。

 漂う色香に冬玄は鼻の下を伸ばす。

「さあ! 馬車馬の如く走りなさい! お嬢様に追いつくために」

 踵を叩きつけリビアが吠える。その声に冬玄のふやけきった顔に喝が入る。

「お、おう! 行くぜ角竜!」

 厚い甲冑に全身に纏った角竜は、見た目に似つかわしくない速度で雑木林を駆け抜けていく。


「……まことでござったか」

 確かに扉は開いていた。

 端の見えない巨大な岩山と同化する頑強な扉がいまやその口を開き受け入れている。

 ヒュウはいまだに信じることが出来ないが、目の前にある『開いた扉』と言う簡潔な現実を前に認めるしかなかった。

「小雪ちゃんを追いかけるんだよね?」

「そうでござった。こんなところでまごついてる暇はないでござるよ」

 小雪、そしてヒュウが確かにこの扉を潜りなかへと入ったならば、何としても追いかけるしかない。

「不気味な穴……」

 口を開いた穴からリンダラッドはどこか背筋が寒くなる。理屈や根拠なんてなにもない。ただ直感に訴えかけてくる不気味な気配が渦巻いている。

「拙者も初めてここへは入るで。それ相応の覚悟を決めるでござるよ」

「小雪ちゃんの話を聞いたときから楽しみだったんだ。凄い面白そうだよね」

「……面白そう……でござるか」

 リンダラッドとしては、これだけ思った通りに事が運ぶなんて笑み以外浮かべることができない。

 ──僕の冒険のためにも彼にはしっかり暴れてもらわないとね。

 先走った二人のおかで何ら苦労なく穴へと飛び込むことが出来る。

 ──さあ、僕の知らない世界を見せてよ!

 未知への好奇心だけがリンダラッドを突き動かす。

「さあ、行くでござるよ!」

 恐れも躊躇いもなく示然丸は穴へと跳び込む。

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