3-16


  ◆


「大人しく謝れば許すでござるよ!」

「誰が謝るかってんだ! そんなことよりもどこに消えやがった!!」

 ヒュウのゴールドキングが無作為に握った拳を振り回すが空を切るのみで手応えなど微塵もない。

「落ち着きなよ」

「これが、落ち着いてられるかってんだ! あいつは姿こそ見えねえけど、どっかにいるんだぞ!」

 たった一度。

 ゴールドキングが眠っていた遺跡で示然丸のその力と対峙したことがある。

 姿だけでなく足音すらも消える示然丸の力。

「お兄様……」

「なんでござるか?」

 無軌道で暴れまわるゴールドキングを遠巻きに眺めるように示然丸は一定の距離を保ちまるで動こうとはしない。

 静観を決め込んでいる輪蔵に痺れを切らすかのように小雪が最初に一言漏らした。

「ヒュウ様を止めないんですか?」

 向こうからは示然丸の姿など影も形も見えないだろう。一方的に有利な状況のなかでまるで動こうとしない輪蔵と示然丸。

 それがただただ小雪に不思議なことだった。

「そうよ。さっさとお嬢様だけ助けなさいよ」

「小雪、リビア殿……ヒュウ殿を侮ってはいかんでござるよ」

 深く息を吸い輪蔵は落ち着いた声で言葉をこぼす。

「目の前で暴れまわっている黄金のレイ・ドール。あれの秘めたる力。そしてヒュウ殿の底知れないレイ。

 その二つを前に警戒し過ぎるなどと言うことはないでござるよ」

 暴れまわる純金のレイ・ドール。輪蔵もまた、秘めたる力と対峙し、その無際限の欲望から生み出される力をしかと見ている。

「拙者の示然丸と冬玄の角竜。二体で何とか支えられていたあの超重量の天井を一人で支えた人智を超えたかのような力。そして……」

 輪蔵はたった一度だけだが、ゴールドキングの力をその瞳にしっかと焼き付けた。

 遺跡を破壊し、夜の帳が降りた空を貫いた黄金の柱。

 途方もないエネルギーの塊。あれを真っ向から受けていれば遺跡同様に示然丸も塵芥と化していただろう。

 そのことを思い浮かべるだけで輪蔵は背中が寒くなる。

「お兄様?」

「と、とにかく、ヒュウ殿と真正面から殴り合うことは避けねばならないでござるよ。

 そもそも示然丸は隠密行動重視の軽装ゆえに真正面から殴り合うのならば角竜が適役でござる」

「でも、冬玄さんは私たちにヒュウ様を止める役を託して天井を支えているんですよね」

「……そうでござるな。ヒュウ殿を連れ帰りさっさと冬玄を助けるでござるよ」

 とは言ってみたところでゴールドキングはその禍々しい牙が並ぶ巨大な口を開き暴れまわっている。手を出す隙がない。

「出てこい! 卑怯もんが!」

 一撃でも触れようものならば軽装の示然丸では致命傷になりかねないほどの荒ぶる力。


「いい加減暴れるのやめなよ」

「止めたらどっから攻撃くらうかわからねえからな」

 リンダラッドの言葉などまるで耳を貸さずにヒュウは無我夢中でその剛腕を振り回すが、相手が見えないなかで振るう腕など当たらずして推して知るべし。かと言って宝が目の前にあるなかでヒュウに謝るなどと言う行動は一片として浮かんでこない。

「あの剣を持ったレイ・ドールの力って攻撃する瞬間は姿見えるって言ってたよ」

「………………なんでお前があいつの力を知ってんだ??」

 リンダラッドの言葉にゴールドキングの動きがぴたりと止まる。

「だって本人が言ってたの聞いてたからね」

「それ本当か?」

「本人がそう言ってただけで本当かどうかなんて僕が知るわけないだろ」

「……ってことはだ、攻撃する瞬間さえわかれば奴をぶん殴れるわけだ!」

 やにわに元気を取り戻したヒュウは顎に手を当て一つ唸ってみせた。

 悪知恵ばかり思い浮かぶ頭が回転を始める。

「そんな都合よく攻撃の瞬間がわかるの?」

「まあ、待て…………」

 攻撃する瞬間に相手の姿が見える。

 ──至極単純だが、相手の攻撃する瞬間さえわかればその姿を捉えることができる……となるはずだ。

 ならば……

「ゴールドキングぅ!!」

 ヒュウの叫ぶ声と同時に踵を返し背を向けたゴールドキングは走り出す。

 行く先には宝の山だ。

「いつまでもかくれんぼしてるつもりなら一人でやってな。その間に俺は財宝を貰うぜ!」

 ゴールドキングは脇目も振らずに宝へと走っていく。

「そ、そうはさせないでござるよ!!」

 突然のヒュウの方向転換に、慌てたかのように空間を裂き、走り出すゴールドキングの前に突如示然丸は姿を現す。

「華楽刀、閃くでござるよっ!!」

 振り上げた華楽刀を輪蔵の言葉と共に振り下ろす。ヒュウとゴールドキングを一刀両断にする躊躇いのない軌道。

 ゴールドキングの剛腕がある限り輪蔵は手加減できない。

「涎を垂らしながらてめえが姿を現すのを待ってたぜぇぇ──!」

 ヒュウの体から吹き上がる黄金の輝き。邪魔な存在は全て蹴散らし宝を独占する欲望の権化たるヒュウのレイが噴き出す。

 振り下ろした華楽刀。そして黄金に輝きが交差する。


 ──キンッ────


「捕まえたぜ!」

「ぐっ!」

 振り下ろされた華楽刀の先をしっかとゴールドキングが受け止める。

「真剣白刃取り……」

 振り下ろされた刀を両の掌で挟みこむようにして受け止める。

 小雪は目の前の光景に思わず息を漏らす。

 徒手空拳が許された唯一にして絶対の対刀剣への技。

「あの状況でてめえを捕まえるならこの方法しかねえからな」

 ヒュウの歪な笑みに一筋の冷や汗が流れる。

 刹那にも等しい瞬間。その瞬間を遅くとも早くとも逃してしまえば、ヒュウはゴールドキングごと二つに割かれていただろう。

「ざまあみろってんだ!」

 無理か可能か。その考えが出る以前にここで示然丸を捉えられなければ、それこそ次がない。

 道理も無茶で押し通る。

「そんな……信じられないでござる……」

 一朝一夕でこなせる技芸ではないことは小雪も輪蔵も語るまでもなく理解している。

 その神業を、示然丸の達人の域に及ぶ剣技とも表せる太刀筋相手にやりのけてしまうこと。

「無茶するなあ」

「宝を前にした俺様に不可能なんてねえ!!」

「全く度し難い考えだけど、君は実際にやってのけちゃうからね」

 宝を前にし、欲望で突っ走ると、平気で命を天秤に乗せられるヒュウだからこそ無理、無謀、無策の言葉が並べられる行動の向こう側にある可能性に手を触れることができる。

 宝を目の前にしたときのヒュウ=ロイマンの潜在能力。そしてそれに人智を超えたレイ・ドール、オリジンであるゴールドキングの力が合わさったとき奇跡すらも可能にしてしまう。

「さあてと、捕まえたぜ。覚悟しやがれ! 鬼ごっこも隠れん坊も児戯はここまでだ。

 今、てめえのセリフをそっくりそのまま返してやるよ。今、謝るなら許してやる。なに、俺は心優しいからな、これ以上邪魔しないって言うことも条件で許してやるよ」

 見下すようなヒュウの歪な笑みに輪蔵は歯ぎしりし、敵意の籠った双眸で睨みつける。

「だ、誰がお主のような礼節を知らぬ男に頭を下げるでござるか! この里の財宝に触れさせないでござるよ」

「この状況、どっちが有利かわかってねえみたいだな」

 許しを乞うでもなく、ひたすらに殺意だけをつきつける輪蔵に対して笑みの色を濃くしたヒュウは腰に携えているレイ式銃を抜き出す。

 理論と技術によって普及した科学が世を席巻し、輪蔵達の使う忍術同様に時代遅れの骨董品だ。

「てめえと戦うのは二度目だけど、あのとき遺跡で戦ったときは俺様の力を見せることができなかったからな。

 今ここで、俺様がどれだけ凄(すげ)え奴か見せてやるぜっ!!」

「なっ!?」

 操縦席からヒュウは握った銃をはるか上へと投げつける。

 それを追いかけるように全員の視線が投げられた銃を見上げる。

 舞いあげられた銃が重力に逆らえず落ちてくる先は、ゴールドキングの禍々しい牙が生え並ぶ巨大な口だ。

「喰らえ! ゴールドキングゥ!!!」

 ヒュウの叫ぶような声と同時にゴールドキングは落ちてきた銃を禍々しい牙で噛み砕く。


  ◆


 天上天下唯我独尊。

 謙虚など微塵も持たず、自惚れと慢心。自分に甘く、他人に厳しく、そして欲望の赴くままに生きるからこそ与えられた無際限の黄金のレイ。

 リンダラッドもそしてリビアもその閃光のなかに自身を置くのは初めてだ。


 黄金の輝きが柱となって吹き上がる。

 それは間違いなく、あの日遺跡で輪蔵が見たものと同種のものだ。

「……綺麗……」

 小雪がぽつりと言葉をこぼす。

 金色の輝きに覆われた世界はあまりに眩く、目もまともに開けないほどの別世界だ。

「思いっきり吸いやがれぇ!」

 ──WWWWWOOOOOoooo!!!

 輝きのなかから咆哮のようなヒュウの声とゴールドキングの鳴き声が響いてくる。

 黄金の輝きは渦となり全てがゴールドキングへと収束していく。

「これが……ヒュウ殿のレイ……」

 黄金のレイを全て吸い尽くしたゴールドキングはいまだ足らないかのようヒュウからレイを吸い上げる。

「ちっ! 相変わらず遠慮なく吸い取りやがって」

 ヒュウの目の下に濃いくまが浮かび上がる。あまりに常軌を逸した量のレイは、容赦なくヒュウの体力と共にゴールドキングに吸い取られていく。

「も、もうやめるでござるよ! お主の体がもたないでござるよ!」

「そ、そうですよヒュウ様っ!!」

「冗談じゃねえ宝が目の前にあるんだ……」

 青色吐息の声をヒュウは無理やりに張り上げる。

 気を抜けば今にも倒れてしまいそうな状態のなかでヒュウはこれでもかと笑みを満面に浮かべる。

「死んでも財宝は手に入れてやる。そのために邪魔な奴らは全て蹴散らすぞ!」

 ──WWWWWOOOOOOOOOOOOOOOOOOooooooooooooo!!!!!

 受け止めていた刃を左手で握りゴールドキングが叫ぶと、世界を覆わんばかりの黄金の輝きは全て空いた右腕へと収束していく。

 無形のレイは凝固していくかのように象られている。それは輪蔵達も見たことあるものだ。

「レイ式銃……」

 ゴールドキングの手に握られているのはサイズこそ違うが見紛うことなくヒュウの持っていたレイ式銃だ。

 レイによる魔道技術がとうに形骸化し、科学による論理で満たされたこの世の中においてオーパーツとも呼べる銃だ。

「こいつは喰ったもんをてめえの力に変えるんだよ。お前も見たことあるだろ」

「……よーく覚えているでござるよ」

 輪蔵の刀をくらい、その力によって遺跡を原型もなく破壊した悪夢のような力。その威力を思い出すだけで輪蔵は背中に寒いものが伝う感覚を覚える。

「あのときは拙者の刀を喰らったでござるな」

「そうだ。あのときと違うのは俺がこいつを完全にコントロールしてるところだ。

 あの世でせいぜい後悔するんだな。俺に歯向かったことを」

 ヒュウの額に浮かび上がってくる大量の汗。疲労により浅く早くなる呼吸。目元に浮かび上がる深いくま。

「……ねえ」

 ヒュウの裾をリンダラッドは引っ張る。

 押せば倒れてしまいそうなほど全身から疲弊の匂いが漂っているにも関わらずヒュウの笑顔はまるで消えない。おまけにその呼びかける言葉も届いていない。

 ヒュウとは対照的にゴールドキングの体はこれ以上ないほどのエネルギーで満たされている。

 握った刀を引こうとも押そうともぴくりとも動かない。その力は輪蔵が思っていた遥か上だ。

「小雪! お前は降りるでござるよ」

「……嫌です」

 輪蔵からおもむろに吐き出された言葉に小雪は凛然とした態度で首を振ってみせた。

「これは私が招いたことです。もしも命を賭けるのならば私が賭けるが道理ではないでしょうか? お兄様こそ、里長候補と言う大切な立場を忘れてもらっては困り──」

「里長はお主がやるでござるよ」

「……えっ?」

 毅然とした態度の小雪は輪蔵の予想だにしなかった言葉に思わず目を丸くする。

 里長の立場を冬玄とがっぷり四つに組んで争っていた輪蔵の言葉とはとてもでないが思えない。

「拙者にはないお主の迷いのない決断力。里を想う心が根底にあるならば決して悪い方に行くことはないでござろう。お主が里の未来を良き方向へと導くでござる」

 それはまるで別離の言葉だ。

 今、突きつけられた銃口。そしてそこから逃げる術はない。

「お主の決断力。そして冬玄の武が加われば、この里はよりよい形での発展をするでござるよ」

「発展していく里のなかにお兄様は……いないのですか?」

 恐る恐る小雪はその言葉を口にする。

 胸を内側から突くような痛みが徐々に強くなっていくなかで小雪は兄である輪蔵の顔をまじまじと見た。

「拙者はヒュウ殿を止めてみせるでござるよ! あのような外道畜生をこの天下泰平の世に野放しにしてはならないでござるよ」

「辞世の句は唱えたかぁ?」

「ねえねえ……」

「世のなかってのは最後にゃ悪が勝つんだよ!」

 銃口が示然丸の頭部に擦りつけられる。

 外しようのない距離でヒュウは懐から縦長の弾丸を取り出す。

 レイを取り込みより大きな破壊力を生み出すレイ式銃専用弾丸。それをゴールドキングの口に一つ放り投げる。

 ──ガチャ

 黄金のレイが弾丸となり、それがゴールドキングの握る銃へと装填される。

 弾が銃身にねじ込まれる鈍い音は紛れもなくヒュウの殺意を全員に伝える。

「ねえねえねえ」

「だぁ! さっきからうぜえな! こっちは良いところなんだぜ!」

 執拗に服の裾を引っ張ってくるリンダラッドにヒュウは疲れの色を隠せない顔で怒声をあげた。

 ──しょうもない事だったら、こっから放り投げちゃる!

「なんかさあ……宝が揺らいでない?」

「ん!?」

 たった一つ『宝』と言う単語にヒュウは過剰なくらい敏感に反応する。

 示然丸の後ろにあるはずの、勝者への供物となる金銀財宝。

 疲弊しきった眼だと焦点が合わずにぼけたような視界になる。

「ちっくしょう! 疲れて視界が……違うな」

 ぼやけた視界は疲労に見間違いなどではない。広大な砂漠に発生する蜃気楼の如く、不安定に揺れ、その輪郭を宝は確かに歪ませている。

 よく見れば世界全体が安定しないかのように形を保てず揺れ始めている。

「お、お兄様……」

 小雪は兄である輪蔵の忍者装束に身を寄せる。

 世界が揺らぎ、その姿が大きく変貌しようとしている。

「よっと」

 おもむろにヒュウは銃を空へと向ける。

「な、なにする気?」

「そう言えば忘れてたけど、ここって城の中だし、撃ちゃあなんかしろの反応あるんじゃねえか?」

「待った、待った! 君、ここが城の中ってことは下手な場所に撃てば城が崩壊するんだよ!」

 さすがのリンダラッドもヒュウの考え無しの行動にわずかに顔が引きつる。

「そ、そうでござる! ヒュウ殿!」

 リンダラッドの言葉に輪蔵までもが口を挟む。

「この城が壊れたら拙者達だけでなくお主も──」

「大丈夫だ!」

「な、なにを根拠に──」

 リンダラッドや輪蔵の言葉にまるで耳を貸さずにヒュウは一度だけ頷く。

 金色に輝く銃口を曇天の空へと向ける。

「俺様だからだ!」

 全員の二の句を待たずにヒュウのレイが輝く。

 引き金がひかれ、落雷を凌ぐ轟音。そして黄金の閃光が曇天を貫く。

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