3-15


  ◆


「実にわがままな啖呵を切るね。外道っぷりが堂に入ってるよ」

「別に外道でもなんでもねえよ。当たり前のことしたまでだろ」

 後ろに置いてきた二体のレイ・ドールの姿は影も形も見えない。

「うわっ! 君、悪いなんてこれっぽっちも思ってないな」

「そら思わねえよ。弱い奴が強い奴に利用される。それが世の法則ってやつだ」

 騙し、騙される。それがヒュウの生きてきた世界だ。

 そこでは弱いことなど何一つのメリットにすらならない。

「やっと宝と御対面できるって話だ」

 ヒュウからすれば長い道のりだった。

 自分の意思を抑え、嘘を吐き、更には色気のいの字もない小娘のお守りまでしてやっと目的の宝に辿りつけるのだ。

「宝は一粒たりともてめえにやらねえからな」

「僕は別にいらないよ。ただ、里に伝わる宝って言うのがどんなのか見たいだけさ」

 小雪の話では、この城に収められている宝。それは里長が代々受け継いできたものだと語っていた。

「さて、里の財宝ってどんなのだろうね?」

「そりゃ決まってるだろ。山のように積み上げられた金銀だろうが」

 ヒュウの頭のなかでは、この通路の奥に山のような金品が収蔵されている映像が浮かぶ。

「そうかな?」

「あっ?」

 首を傾げたリンダラッドの言葉にヒュウは思わず間抜けな声をあげる。

 宝と言えば金銀財宝。ヒュウのなかでこれは絶対に揺るがない。あとはおおまけにまけて極上の酒か垂涎の美女のどちらかだ。

「この城の仕掛けとか見てたけど、どうにも歯に引っかかるんだよね。なんか凄く遠まわしな仕掛けに思えるし」

 輪蔵のレイ・ドールに乗りリンダラッドはここまでの道程を思い出すと、どこかに小骨がひっかかるかのような違和感を覚え、それは消えることがない。

「無駄なこと考えてんじゃねえよ。宝と言えば金! これしかねえ!」

 ヒュウの瞳の奥には想像した金貨の山が映っている。

「おっ!」

 ヒュウがおもむろに声を出す。視界の果てに天井の岩が途切れた部分が見える。

 岩を抜けた先にはあの赤褐色に錆びた全身甲冑が瞳に石竹色の鬼火を揺らし佇んでいる。

 そしてその後ろに見えるのは見紛うことなき金銀財宝だ。

「ほれみろーーー!!」

 一層喧しくなるヒュウの声と同時に黄金のレイが溢れ出る。

「見つけたぜ! ゴールドキング!」

「うわっ!!」

 ──WWWOOOOOOoooooo────────────っっ!!

 禍々しい牙が並ぶ口を開き、猛る咆哮をあげてゴールドキングはますます速度を上げて通路を駆け抜ける。

「全部俺のもんだぁーーーー!!」

 通路を飛び出したゴールドキングは甲冑のその奥へと手を伸ばす。

 ──汝、何を望む。

 芯に響く深い声。

 主なき甲冑に口などないが、それは確かに喋っている。

「なんか喋ってるけど、あれどうなってるんだろう?」

 興味津々のリンダラッドは操縦席から体を乗り出すがゴールドキングは止まる素振りを一切見せず一直線に宝へと向かっていく。

 錆に塗れた甲冑から突き出た一輪の歯車がゆっくりと回っている。

「うるせえ。それよりも宝だ! とにかくたか────」

 ──そうはさせないでござるっ!!

「ぐあっ!」

「うわわわわっっ!!!」

 甲冑を通り過ぎ宝へと手を伸ばそうとするゴールドキングを後ろから激しい衝撃が襲う。

 前のめりになったゴールドキングは後ろから衝撃に堪えきることができず、そのまま派手に転がり倒れる。


「……いってえな」

 意識を取り戻したヒュウと同様にゴールドキングはゆっくりと起き上がり体勢を整える。

 突然の衝撃にいまだ何が起きたかわからない。

「んん……な、なに?」

「邪魔だ。どけ!」

「ふぎゃ!」

 腰にしがみつくような形で倒れてるリンダラッドを横に投げ捨てたヒュウはすぐさま後ろへと向き直る。

 そこには靄のような白に、目をこらせば見えるほど僅かな青を孕んだレイを纏った示然丸が凛然と立っている。ライダーである輪蔵と同様の姿をしたレイ・ドール。

「ちょっと! お嬢様にもしものことがあったらどうするつもり!」

「……そ、そうでござったな」

 リビアの声で冬玄はリンダラッドの存在を思い出す。

「お嬢様! 大丈夫ですか?」

「う~ん……なんとかね」

 揺れる頭をおさえながらリンダラッドは屈託のない笑みを浮かべて返事する。その声を聴いたリビアは露骨に安堵の息を漏らす。

「ヒュウ殿っ!」

「てめえか。ったく、良いところで邪魔しやがって」

 示然丸を操る冬玄の声はヒュウに対する殺意が込められている。容赦なく示然丸は反った刀を鞘から抜き、構えてみせた。

「お主の人畜外道っぷりにはほとほと呆れたでござるよ!」

「そりゃどうも」

 示然丸。そしてライダーである輪蔵にこれだけの殺意を向けられたのは二度目だ。

 一度目はゴールドキングが眠っていた遺跡で対峙したときだ。あのときのことをヒュウは嫌でも思い出す。

 まだ自身がろくにゴールドキングを扱う術すら知らずに、ただただ欲望に任せて暴走した日を。

「リンダラッド殿を降ろして拙者と戦うでござる。その性根を叩き直してくれる」

「お兄様……」

「大丈夫でござるよ。あのような卑怯な男に拙者が負けるはずないでござろう」

 不安そうな小雪を前に輪蔵は微笑む。

「さあ! 一対一で勝負でござるよ!」

「……嫌だよ」

 意気込む輪蔵に対してヒュウは僅かに悩む素振りを見せたのちに、いやらしい笑みを浮かべて輪蔵の言葉に首を振ってみせる。

「なっ!」

 予想だにしなかった言葉に輪蔵は目が丸くなる。

「うわっ!?」

「お、お嬢様!」

 投げ捨てたかと思えば、今度は肩を抱いてリンダラッドを引き寄せたヒュウの笑みの色が一層濃いものになる。

 それに対して真っ先に反応したのはリビアだった。赤とも黄とも判別のつかない奇妙な顔色で歯ぎしりしてみせる。

「その汚らわしい手でお嬢様に触れるな!」

「やなこった。だってこいつがいりゃてめえは俺に攻撃が出来ねえわけだろ。いやいや、正義の味方ってのも大変だな。気苦労絶えなくてよ」

「僕は人質ってわけ……」

 ヒュウに肩を抱かれたままリンダラッドは小さくため息を吐く。

 利用できるものは何でも利用する。それが例え他人を騙すことになろうとも平然と。それがリンダラッドの知る、無際限の欲望を持つ男、ヒュウ=ロイマンだ。

「ひ、卑怯でござるよ」

「卑怯だぁ? 俺は宝を手に入れるためだったらなんでもするぜ」

 言われるまでもなく全員そんなことを知っている。わかっているからこそ輪蔵は歯噛みすることしかできない。

 卑怯だ、外道だの喚いてみせたところで、ヒュウは利用価値のあるリンダラッドを決して手放すことはない。むしろ嬉々として人の嫌がることをやりそうだ。

「こいつがいりゃあてめえは手が出せないんだろ。大人しくそこで見ときな」

「そういうことにだけは頭が回るね」

「お前もただ乗りしてないで、少しは人質らしい真似しろ。はっきり言ってあいつは強えよ。このまま戦ったら命の保証がねえんだ」

「なんで僕がそんな真似を」

「役に立たないならここから蹴落としても良いんだぞ」

「わかったよ……あれ~。助けて~~~~。捕まっちゃって逃げられないよ~~」

 興がのらないリンダラッドの悲鳴はなんとも力の無い棒読みだ。

 ヒュウから見れば三文芝居も良いところだ。

「ぐぬぬっ! まことに卑怯でござる!」

 しかし輪蔵にはこれ以上ないほどの効果があった。

 義を重んじ、他人のことを誰よりも強く考えてしまう輪蔵にはヒュウの命だけならばまだしも、無関係なリンダラッドまで奪うことはできない。

 ただ唸り声をあげているだけだ。

「す、すまぬでござる。冬玄……」

「ひゅ、ヒュウ様!」

「ん?」

 手を出すことができない輪蔵から次第に怒気が失われていく。その横から口を挟んできたのは、艶やかな黒髪と牡丹柄の着物を身に纏った少女。輪蔵の妹にしてヒュウをここまで連れてきてしまった張本人の小雪が声をあげる。

「俺に騙された奴がこんなところまで来て何しようってんだ?」

 見下すヒュウの声に小雪は自然と目尻に涙があふれる。

 ヒュウからしてみれば既に用済みになった女だ。

 ──泣くな!

 兄である輪蔵以外に初めて喋れた異性だった。

 外から来て、少しわがままなところが目立つ人だけど、根は優しくて義を重んじる。そう思っていた。

 しかし、小雪が抱いてたヒュウの像は見事に瓦解した。

 騙り、利用し、そして今まさに里の財宝すらにも手を付けようとしている。

 ──この人は賊だ!

 目尻に浮かんでくる涙を必死に抑え込んで小雪は黒目勝ちな大きな瞳でヒュウのことを睨む。

「私は確かにヒュウ様に騙されました」

「言っただろ。俺が悪いんじゃねえ。騙されるてめえの弱さが悪いって」

「そうですね」

「おっ……」

 泣き寝入りするでもなければ否定するでもなく、小雪は目尻に浮かぶ涙を拭って首を縦に頷かした。

「この惨事は私の弱さが全て招いた結果です。私がヒュウ様より弱かった」

 今にも泣きそうになりながらも小雪の語調は強いものへと変わっていく。それに応じるかのように体から僅かに放たれる青色のレイが輝きを強くしていく。

「ならば私が責任を取るのが道理。ありとあらゆる非難も享受する覚悟を決めました!

 お兄様。私が決断を下します」

「小雪……」

「ヒュウ様……いいえ。財宝を狙う賊を討ち取ります」

「おいおい。こっちには人質がいるんだぜ。見えるだろ」

「うわ~~~~。助けて~~~~」

「お嬢様!」

 リンダラッドの三文芝居に反応したのはリビアだけで小雪の目は冷たく、まるで動じる素振りが見えない。

「里のためにもリンダラッドさんには申し訳ないですけど、ヒュウ様を止めるのを最優先にさせていただきます。

 そのあとでいかなる処罰も非難も私は受けます」

 揺るがない意思だ。

 おどついた雰囲気が隠せなかった小雪の姿がいまや一片としてない。

「こ、小雪! しかしあっちにはリンダラッド殿が──」

「お兄様!」

 叱咤にも近い声。身内でありながら輪蔵は、小雪から初めて聞く声に思わず黙る。

「ここまで来れたのは冬玄さんの身命を賭した協力があってこそですよ。

 里を守るため協力を賊に配慮して無駄にしては里長として本末転倒です。この里の財宝を、ひいてはこの里を守るために犠牲を買って出てくれた仲間のためにも、私は賊であるヒュウ様を止める決断を下します」

「……」

「なんかやばそうな雰囲気だね」

「確かに」

 遠くからとぎれとぎれに聞こえてくる二人の会話にリンダラッドはおもむろに呟いた。その言葉を聞くまでもなくヒュウも不安を感じる。

「この間にさっさと宝を取りに行くか」

「それが無難そうだね。僕としても戦いに巻き込まれるのはごめんだし」

 ゴールドキングはゆっくりと、確実に宝の方へと向きを変えていく。


 ──里長として。

 小雪に言われるまでもなく、人質一人で躊躇いが許される出来る状況ではない。冬玄が命を賭けて作り出した時間。輪蔵もそれは十二分にわかっている。

「小雪。お主に教えられたでござるよ。

 里を守る者として今すべきことはヒュウ殿を止めることでござるな」

「お兄様!」

 ぱっと花が開くように小雪は笑顔を浮かべた。

 里長候補として推挙された自分の立場で今すべきことは他でもない。

 目の前のレイ・ドール。そしてそのライダーであるヒュウを止めることだ。

「ヒュウ殿っ! って、なにをしてるでござるか!?」

 そっぽ向いたゴールドキングは抜き足差し足で錆びついた甲冑の方へと向かっている。

「いやなに……もう少しシンキングタイムしててくれりゃあ良かったのによ」

 露骨に舌打ちしたヒュウは再び示然丸へと向き直る。

「宝を奪うためにはやっぱ戦わないといけねえみたいだな」

 ため息交じりの声でヒュウは再び金色のレイを体に纏う。

「あんた!」

「ん?」

「死んでもお嬢様のことを護りなさいよ!」

「いざってときはせいぜい人質らしく俺を護る盾になってもらうから安心しな。それよりも、そんなに死んでほしくないならせいぜい俺たちが死なないようにそっちの妨害でもしてろ」

 リビアの言葉にヒュウは舌を出すと、リンダラッドを寄せる。

「リンダラッドさん」

「なに?」

 小雪の呼びかけに対してリンダラッドは人質らしく震えるでもなく、まるで世間話をするかのように軽い返事をする。

「こんなことになってしまった今、全ては私の責任です。もしもリンダラッドさんの身になにかあれば私が責任を取ります」

「責任かあ……じゃあもし取り返しのつかない怪我でもしたら嫁として貰ってくれるのかな?」

「よ、嫁──っ!」

 まるで緊張感のないリンダラッドの言葉に小雪は鳩が豆鉄砲をくらったかのように目を丸くする。

「お嬢様! お嫁になら私のところ──!」

「わ、わかりました! 嫁でもなんでも万が一のときは私が責任とります!」

 吐き出した言葉の意味がわかっているのか怪しい小雪の頷きに対してリンダラッドは歯を見せて微笑む。

「というわけで、何かあっても何とかなるでしょ」

「どういうわけだか知らねえけど、いざというときはてめえを盾にするからな」

「わかってるって。僕が仮にやめてくれ、とかって叫んだところでどうせやめないだろうしね。むしろ喜んでやりそうだし」

「俺のことよおくわかってんじゃねえか」

 ヒュウは歪な笑みを浮かべる。

 宝が目の前にあるのだから止まってなどいられない。利用できるものはすべて利用する。

 今、目の前にある示然丸も障害の一つでしかない。

「いくぜゴールドキング! 宝を奪うぜ!」

 ──WWWWWWWWWOOOOOOOOoooooooo──────────!!

 空間に黄金の輝きが満ちていく。

 これまでに見たことのないほどの黄金のレイがヒュウの全身から溢れだし、全てがゴールドキングへと流れていく。

「小雪。あのレイ・ドールを止めるでござるよ!」

「もちろんです!」

 小雪は眉を持ち上げて大きく頷く。

 二人から出る白と青のレイが混じり合い示然丸へと流れ込んでいく。

 里を守る。その純粋な一点において生まれたレイは何の軋轢もなく混じり合い示然丸の力へと変換されていく。

 ──霧隠の術!

 輪蔵が印を結ぶと同時に靄のようなレイが示然丸を包み、そして金色の輝きのなかへ溶けるように姿を消す。

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