3-4
◆
「この里には脈々と受け継がれる二体のレイ・ドールがあるでござるよ。一体は拙者の持つ示然丸でござる」
輪蔵はそっとレイ・カードを懐から取り出す。
カードのなかでは鋭い眼光を放ち、銅の鎧に体を包み、輪蔵同様に口元を覆ったレイ・ドールが輝いている。
「そしてもう一体は小雪を襲った男たちの親玉にして拙者の旧友、敷波冬玄が持つ角竜。この二体こそ、この来蓮の里に受け継がれる戦闘用レイ・ドールでござる」
「小雪ちゃんを襲ってたのはそのもう一体のレイ・ドールを持っている連中かしら?」
「そうでござる」
口元を覆った布巾を取り輪蔵は茶を一口の飲む。それに合わせるかのようにリンダラッドも饅頭を齧る。
「里長となった拙者たちの菊虎家の信念は自然と共に生き抜くことであり、この里に他所の文化を持ち込まぬことでござる。
しかし冬玄は、里の発展を願うがゆえによその者や文化をこの里へと招き入れようと考えているでござる」
「それで何で小雪ちゃんが襲われてたのかな? 僕としてはそこらへんが全くわからないんだけど」
二人の争いならば二人で大いにすれば良いだけの話しに過ぎない。まるで戦うことのできない小雪が男たちに追い詰められている理由がリンダラッドにもリビアにもまるで分らない。
「妹は鍵を預かってるでござる」
「鍵?」
「里長となるものが代々継承していく財宝が安置されている場所の鍵を妹が持っているでござる。その財宝を拙者の手から奪い冬玄は里長へと座ろうと考えているござるよ」
「なるほど。継承争いってわけか。この手の話題はどこも変わらないもんだね」
「悲しいことでござるが、奴もまた民のことを考え、この里の未来を案じそう言った考えになったでござろう。それは嬉しくもあること。しかし!」
輪蔵は鋭い目つきとなって声高らかに叫ぶ。
リンダラッドも自身こそ経験してきていなが、ヒース国の王位継承については過去に幾多もの争いがあったことは文献で知っている。
継承問題については国の大小関係なしで起きることに小さく頷いてみせた。
「話し合いならばいざ知らず、我が妹、小雪にまで手を出すとなれば話しは別でござる。奴は今や拙者の敵でござる」
「また難儀なときに訪れてしまったかな」
輪蔵にすら聞こえない声でリンダラッドは呟いた。
河を渡って人助けをしてみれば継承問題の渦中に入っていくことになろうとは。
「まあ、それは別の問題でござる。恩人でもあるお主達は是非ゆっくりしていくでござるよ。歓迎いたす」
輪蔵の笑顔を前に二人は同じようにお茶を啜ってみせた。
いまだその味に慣れないリビアだけが僅かに眉を寄せた。
「だから私が狙われてるんです」
「なるほどね。財宝に通じる鍵を持ってるのか」
通りがかる度に奇異な視線を投げかけられたヒュウは鬱陶しくなり、思わず人の居ない方へと足が向いてしまう。
畑で働く人々の声すら届かない雑木林のなかでヒュウは小雪に聞いた話しに頷いてみせた。
「んでその財宝ってのはどこにあるんだ?」
「え、うあ、えっと……」
困ったように小雪は周囲に何度か目配せしてみせ更には妙な呻き声まで漏らす。
「良いだろ。ちょっとくらい見せてくれよ」
「里のみんなも知ってるし大丈夫かな……こっちです」
風の音にすらかき消されてしまいそうな声で呟いた小雪は森の奥を指し示す。
──教えてくれるのか……。
信頼されてると取るべきなのか、はたまた財宝は奪えない場所にあるか。そのどちか見定めるためにヒュウは速足で森の奥へと案内する小雪の後ろ姿を見た。
漆のように艶やかな黒髪がゆらゆらと揺れた後ろ姿はまるで人形のようだ。
「ここです。」
「これって……扉か?」
案内された先でヒュウの目に飛び込んできたのは聳え立つ巨大な岩山に包まれた扉だ。
「この中に財宝は安置されてます」
「この中か……ヒヒ」
だらしなく微笑んだヒュウはそのまま扉にそっと手を触れ、ときおり拳の甲で叩いてみせる。
跳ね返る音や、震動の持続時間。
様々な情報が扉の硬度や材質
、厚さを伝えてくる。
「こりゃ壊すとなるとちっと骨が折れるな扉だな」
「ここ、壊すなんてとんでもない!」
ヒュウの言葉に慌てた小雪は、扉との間にその小柄な体を捻じ込み割って入ってくる。
「この扉はどんな人にだってレイ・ドールにだって破壊できない扉なんですよ! それにここには財宝が置かれてるんです。
それを壊すなんてひゃっ! な、なにを──」
「こっちに来い」
ヒュウはくどくどと喋る小雪の手を掴み力ずくに引っ張る。
顔を赤くした小雪はすぐに自分の状況が理解できた。
「そいつをこっちに渡してもらおうか」
雑木林から出てきたのはさきほど小雪たちを襲った男だ。
「嫌だって言ったらどうするよ?」
「客人と言えども容赦はしないぞ。冬玄様を里長にするにはどうしても財宝が必要であり、その扉を開くそいつが必要なんだ」
──一、二、三人か……どうしたもんか。
鋭く睨み付けてくる男たちを前にヒュウはここを乗り切る方法を考える。不意打ちは使えないがまだ銃もあればレイ・ドールもある。対処法など幾らでもあるだろう。
「てめえら、俺が天下無敵のライダーってことを知ってるだろうな?」
金色のレイ・カードを懐から取り出すように見せつけたヒュウは歪な笑みでにやついてみせた。
「これは里の問題であって、余所者の貴様がそいつを護る理由などないだろ!?」
「ところがどっこい大有りなんだよなぁ」
──財宝は俺が貰うからな。
「ひゅ、ヒュウ様!」
「まあそういうわけだ。こいつを奪いたきゃ俺を倒すんだな。聞いてるんだぜ。そっちにゃレイ・ドールが一体しかないことを。おまけにその親玉は居ないように見えるじゃねえか」
話しに聞いた里長候補だった男らしき存在はいないことにヒュウは勝ち誇った笑みを浮かべてみせた。
「ヒュウ様……」
頼るように後ろからマント越しにしがみついた小雪の頬が僅かに赤くなっている。
「残念だが……」
男たちが懐に手を忍ばせるとそれぞれがレイ・カードを取り出す。
「ど、どうして!?」
ヒュウよりも早く小雪が声を出して驚いてみせた。
「誰にでも使える汎用型レイ・ドール。こいつは冬玄様が俺たちに買い与えてくれたレイ・ドールよ。見ろ! これが俺達のレイ・ドールだ」
男たちは手をあげてレイ・カードを掲げると輝きが周囲を包む。
「た、大変──大変だっ!」
「どうしたでござるか!?」
息を切らして輪蔵のもとへと飛び込んできたのは農具を抱えた中年だ。
「財宝の扉のほうへ冬玄の仲間たちが行くのを見た!」
「なんだ。そんなことでござるか。あの扉は壊すことはできないでござる」
落ち着きを取り戻すかのように輪蔵は茶を啜る。
財宝を守る頑強な扉を前に男たちが手をこまねいて大人しく帰る姿が容易に思い浮かぶ。
「小雪ちゃんもそっちに行ったんだ!」
「ぶっ! げほっ……げほ! それはまことでござるか!?」
茶を吹き出した輪蔵は口元を拭いながら立ち上がった輪蔵は男の返事も待たずに家を飛び出す。
「リビア。追いかけよう」
「ほっといてもよろしいんじゃないんですか?」
「僕はこの里に代々伝わるって言う財宝に興味あるんだ。それに財宝って言葉を聞くと何でか、彼のやらかした姿が思い浮かぶんだよね」
「ああ……たしかにそうですね」
リンダラッドの言葉にリビアは呆れ混じりの声で頷く。
二人の頭のなかに浮かんだ『財宝』と言う単語と、強欲以外になんら取り柄のない男の顔が線で結ばれる。
「いくら汎用型のレイ・ドールと言えど侮るなかれ!」
「くらえ!」
決して特別な力を持たない、農耕や運送で最も見かけられる汎用レイ・ドール。特徴のない丸味の目立つ顔立ちに寸胴な体型。誰が乗ろうと能力が変わらない、そのレイ・ドールを男たちは操る。
それでも生身の人間が相手をするにはあまりにも巨大な存在だ。
その巨大な四肢を振るえばヒュウなど風雨に晒される枯葉の如く吹き飛ばされてしまう。
「っとお!」
「ひゃっ!」
ヒュウは小雪を抱きかかえたまま大きく跳ぶ。レイ・ドールの巨大な四肢が動き廻るヒュウを追いかけるように動くが、どこか緩慢だ。
「そんな腕前で俺様が捕まえられるかよ! 見せてやるよ。ほんとのライダーを!」
三体のレイ・ドールを前にヒュウは金色に輝くレイ・カードを空へと翳す。
「来いよ! ゴールドキング!」
晴天のもとに金色に輝く柱が天を貫く。
「あの光は──っ!!」
雑木林を駆け抜ける輪蔵は天へと吹き上がる金色の輝きを見上げた。
一度だけ見たことがある金色の輝き。
遺跡のなかで対峙したあの金色のレイ・ドールを思い出す。
御することの危ういほど強大な金色の力と、歪な笑みを浮かべマントを揺らすヒュウの顔が思い浮かぶ。
「これが……ヒュウ様のレイ・ドール……」
「ここから振り落とされねえようにしっかりとつかまってやがれ」
全身を金色の輝かせたレイ・ドール。それは明らかに大量生産目的で作られた汎用型レイ・ドールとは違う。
牙を突き出した巨大な口を携えた金色のレイ・ドールはヒュウの体からレイを奪い眼に光を灯す。
「俺様にこいつを出させちまったらてめえらに勝ちはねえぜ!」
「な、なにを言おうと一対三の形成には変わらない。こちらが数では圧倒している!」
明らかにヒュウのレイ・ドールは既存のものとは違う迫力を持っている。それでも数の優位は男たちを奮い立たせるには十分なものだった。
「跳べッ! ゴールドキング!」
ヒュウの声に呼応するかのようにゴールドキングは大きく跳躍してみせた。
「言ってみるもんだな」
雑木林を突き抜けるほど大きく跳躍してみせたことにヒュウは思わず歪な笑みが浮かぶ。ここまで跳びあがるなど想像もしてなかったが、ヒュウの要求にゴールドキングは確かに応えた。
「ひゃああぁぁぁ──────っ!!」
振り落とされまいと小雪は必死にヒュウへとしがみつく。
「後ろか……待て!? 逃げるな!」
迫りくる三体の頭上を抜け背後に着地したゴールドキングを追いかけるように三体のレイ・ドールが振り向くが、ゴールドキングは走り出している。
「誰もてめえらと戦うなんて言ってねえよ。
俺様が逃げきりゃ手前らの勝ちはねえだろ。いちいち手前らと戦ってられるか!」
──一対一ならともかく、三対一で戦ってられるかってんだ!
ヒュウからしてみれば相手は三体だ。
ゴールドキングが有する必殺の力を使って一体でも取りこぼした時は一巻の終わりだ。まず勝ち目などない。
──財宝を手に入れる前に死んでたまるかってんだ!
腰にしがみつくようにして震えてる小雪を見てヒュウはますます笑みが色濃くなる。
レイ・ドールですら破壊困難な扉の鍵は今、まさにヒュウの膝で震えている。これさえ渡さなければ財宝も奪われることはないだろう、。
「待て! その女をこっちへ寄越せ!」
「やだね。こいつは俺のだ!」
──こいつさえ居れば財宝は俺のもんだっ!
後ろに目もくれずに木々の隙間を縫うようにしてゴールドキングで林を駆け抜けていく。
「そこまででござる!」
森のなかに突然響いた勇ましい声に全員が足を止めた。
木々の上にいたのは間違いなく輪蔵が操るレイ・ドール、示然丸だ。
「輪蔵っ!」
「客人への襲撃も許し難いが、それ以上に小雪に手を出すことは何人たりとも許さんでござる! せやっ!」
掛け声と同時に示然丸は跳びあがり身軽に着地してみせた。
「そのように持ち主を選ばぬレイ・ドールを手に入れたところで、お主達では拙者にかなわんでござるよ。
元は同じ里の民。今、退くと言うのであれば見逃してやるでござるが、それでも向かってくると言うならば拙者がお主達に引導を渡してくれよう」
刀身が僅かに反る刀を示然丸は抜くとそれを構えてみせた。
相手を斬ることだけに特化した刀の先から発せられる威圧感を前に三体のレイ・ドールは足踏みしてみせた。
「冬玄に伝えるでござるよ。里のことを思う気持ちはわかる。しかし、このような手へ打って出るのであれば、拙者と直接闘うでござる!
いつまでも親分面で後ろに居るようならば」
「ちっ。冬玄様にしっかりと伝えてといてやる! お前の示然丸より冬玄様の飛頼のほうが遥かに強いから覚悟しておけよ!」
男たちの捨て台詞に輪蔵は一つ息を吐いてからゴールドキングへと向き直る。
「妹を護っていただき助かったでござるよ」
輪蔵は示然丸をカードへと戻し懐にしまい込むとヒュウへと深々と礼をしてみせた。
「しかし、なぜ逃げ回ったでござるか? あの遺跡を破壊したお主の力があれば、あのような三人など逃げるまでもなかったでござろう?」
「うっ……」
輪蔵の純粋な疑問に対してヒュウは言葉に詰まる。
今のところ、ゴールドキングの力を行使したヒュウは老人の如くまともに動くことすらできない有様だ。
そんな力を使い仮に一体でも残せば間違いなくやられてしまう。
「そ、それはだなあ──」
「お兄様! ヒュウ様は私を護るためにわざわざ逃げていてくださったんですよ!」
「そ、そうだぜ! さすがに危険に晒してまで戦うわけにいかねえだろ! もちろん俺はお前が助けに来ることも信じてたがな」
小雪の言葉に便乗するように、歯の浮くような台詞を吐いたヒュウは思わず背筋に寒いものが走る。
──誰がこんな奴のことを信じるかってんだ! 遺跡での借りは、財宝を手に入れてからきっちり返してやる!
「おおっ! そうでござったか。
妹を無暗に危険に晒さないその姿勢。存外に義を貫く男でござるな!」
あからさまに上機嫌な輪蔵はおもむろにヒュウの肩に腕を回してみせた。
「拙者はお主のことを少々勘違いしていたでござるよ。人の道を外れ外法者を直進する悪漢だと」
──当たってるよ。
輪蔵の言葉はまさにヒュウ自身が自分のことを説明しているようだ。
「ヒュウ様がそんな人なわけありませんよ! 見ず知らずの私を助けてくれたんですから!」
「あ、ああ……」
捲し立てるような小雪の発言にひきつった顔でヒュウは頷いてみせた。
「一度ならず二度までも妹を助けてもらったでござる。今宵は盛大にもてなさせてもらうでござる!」
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