3-5


  ◆


「と、冬玄様っ!!」

 肩で息をした男たちが襖をサッと滑らすように開き部屋へと上がりこんでくる。

 里の外れに位置する他同様の茅葺屋根の小さな家。

「なんだ? やかましいな」

 畳の上で寝そべった男は、騒がしい闖入者達に欠伸を一つ見せてから体を起こす。

 里長である輪蔵と対立した敷波冬玄は、輪蔵と色こそ違えど、口元を藍色の布で同じように隠し、その姿は忍者装束を纏っている。

「女の子一人連れてこられないのかよ。情けない奴らだ。よっと」

「み、見てたんですか!?」

 身軽に体を起こした冬玄はそのまま窓へと行く。

「こいつらが教えてくれたんだよ。お前らのことも、外から来てるライダーのことも」

 そっと窓の外へと指先を伸ばすと鳥たちが寄って来て、冬玄へと囀りを聞かせる。

「動物と会話するとは……心写しの術」

「天才忍者……」

 男たちが呟いた。

 この外の世界との交流を多少持つようになっていくなかで忍術は形骸化し、徐々にその特殊な技術が失われていった。そのなかで、忍者と呼ばれる者とし多才を天から受け継ぎ、誰よりも色濃く忍者と言う存在として立つのが目の前の青年、敷波冬玄だ。

 忍術としての腕だけで言えば、紛れもなくこの里の頂点であり、齢一七にして里長の候補にあげられるほどだ。

「さて、輪蔵をずいぶんと怒らせちまったな。どれ、これ以上事情がややこしくなっても面倒だし、俺が直接話しをつけるとするか」

 冬玄が首を一つ傾いでみせると骨が鳴る。


  ◆


「うひょお~っ!!」

 ヒュウは並べられた御馳走を前に手を揉みながら奇声をあげた。

 酒、肉、山菜。

 遠慮のないヒュウの腹の虫が歓喜の声を鳴らす。

「そんじゃ遠慮なく!」

 品も作法もなくヒュウは目の前にある大皿を手に取ると呑み込むように勢いよく口に放り込んでいく。

 口の中が異次元の如く、次から次へと際限なく料理の数々が吸い込まれていく姿に小雪は唖然としている。

「ささ。お主達も遠慮なく食べるでござるよ」

「見たことない料理だね」

「拙者たちの里が誇る自慢の郷土料理でござるよ」

 腕を組んだ輪蔵はふんと鼻を鳴らしてみせた。

「お嬢様、こっちの料理美味しいですよ!」

 一つ一つの料理をじっくりと眺めているリンダラッドの皿にリビアが次々と料理をのせていいく。

「僕、こんなに食べれないよ」

「お嬢様はもっと食べて育ってくれないと」

「リビアは僕を太らせたいの?」

「成長しなくて良いんですか?」

 訝し気な視線をつくってみせたリンダラッドの皿にヒュウの箸が容赦なく伸びる。

「そっちの料理も旨そうだな! よこせ!」

「あっ」

「お嬢様の皿に箸をつけるなんて神が許してもこの私が──っ!」

「さっさと食わねえのが悪いんだろ。早いもん勝ちだ! 悔しければさっさと食うんだな!」

 飯の席だと言うのにリビアとヒュウは我先にと言わんばかりに素早く箸を動かし、料理をかっさらっていく。

 およそ二人とは思えない速度で次々と大皿が空になっていく。

「まあまあ、落ち着くでござるよ。料理は幾らでもあるでござるから。それよりもヒュウ殿、こっちはどうでござるか?」

 そう言ってにやつく輪蔵の手には瓢箪型の瓶が握られている。

「里自慢の酒でござるよ」

「わかってるじゃねえか!」

 その瓶を見るなりにヒュウは上機嫌ににやつき輪蔵の隣へと駆け寄る。

「瓶ごと寄越しやがれ!」

 輪蔵の手から奪うように瓶を取ったヒュウは、そのまま喉を鳴らして一気に飲む。

「っはあ! この酒もうめえな!」。

「この里自慢の酒でござるからな。里の民達あっての苦労の賜物でござるよ。どれ拙者も飲むでござるよ」

 どこからもう一本、瓢箪型の瓶を取り出した輪蔵は、ヒュウの真似するが如く瓶に口をつけそのまま一気に飲む。

「お、お兄様!」

「これしきのこと大丈夫で……ござるよ」

 瓶から口を離した輪蔵の顔はみるみるうちに赤くなっていく。一息つけば茹でタコの如く赤いその顔は見事なまでの酔っ払いだ。

「ヒュウ殿!」

「な、なんだよ!? 気色悪いな」

 酒臭い息を吐きながら輪蔵は肩に手を回してヒュウに抱き着いてくる。

「もしかして君のお兄さんってお酒弱いの?」

「はい……」

 リンダラッドの疑問に対して小雪は顔を俯かせ消えてしまいそうなほど小さな声で頷いた。

 里の長として人徳にあふれ、才気もあり、そして努力を怠らない。第三者がその言葉を聞けばおよそ欠点がないように思える輪蔵だが、たった一つの弱点。

「お兄様、お酒にだけは弱いんです……」

「お主が羨ましいでござるよ。こんな美しい女性と旅を出来るなんて」

 若干呂律の回らない喋りで輪蔵は料理を挟んで向かいに座るリビアを見た。

 隠そうともしない胸元と腰まで伸びた赤髪に輪蔵はだらしなく鼻の下が伸びる。

「外見はともかく中身は高飛車なうえに我儘で最悪──いっで!? なにしやがんだ!」

 飛んできた皿がヒュウの頭に見事に的中する。

「誰が高飛車よ」

「お前以外に誰がいるんだよ! ああ!?」

 銃を懐から抜き膝を立たせたヒュウに対してリビアもその紅い瞳で睨み付ける。

「もっと色んな話しを聞かすでござるよ!」

「ええい鬱陶しい奴だな!」

 しがみついてくる輪蔵を蹴飛ばしたヒュウはそのまま酒を飲む。

 騒がしい酒宴の席で小雪とリンダラッドはメイペースを貫くが如く、ゆっくりと料理を味わう。


「ぐごぉ~」

 輪蔵の居眠りが響くなかでヒュウは膨らんだ腹を撫でてみせた。

「いやー食った、食った」

「それじゃあ私は片付けを」

 小雪はすくっと立ち上がると、小柄な体で積み上げた皿を器用に持ち上げる。

 どれだけの料理が並んだだろうか。それらを平らげた三人は作法も礼儀もなく床に寝転がる。

「ほんと美味しかったですわ。ねえ、お嬢様」

「うん。ヒース国じゃ見られない料理だったしね。そう言えば……」

 何かを思い出したかのように起き上がったリンダラッドは、寝いびきをたてる輪蔵の横を四つん這いで通り過ぎる。

「なんだよ? なんか用か?」

 寝転がったヒュウの顔を覗き込むようにリンダラッドの大きな碧眼が見つめてくる。

「財宝は奪えそうなの?」

「な、なんのことだかな?」

 耳打ちするようなリンダラッドの言葉にヒュウは露骨に動揺を表した声でそっぽ向いた。

「君が、こんな金目の匂いが全くしない場所に居るのも財宝を狙ってるからでしょ」

「……」

「黙認、ってことで良いのかな」

 ──それもある。

 ヒュウがこの来蓮の里に留まっていることには『財宝』が大きな理由としてあるが、もう一つ、この里に留まっている理由がヒュウにはある。

「てめえへの返事をどうするか考えてるんだよ」

「ありゃ。一度断ったじゃん。意外だな。君が考えを変えるなんて」

 あの、リンダラッドとリビア。その二人と共に旅をすることに関してヒュウは一度はっきりと断った。

 こぶつきの旅などヒュウからしてみればたまったものではない。しかし、よくよく考えてみればリンダラッドが提示した『未知の宝を巡る旅』と言うのは魅力的なものだ。

「一人でさっさと行っちゃうかと思ってたのに。それで返事は聞かせてもらえるの? 僕としてはやっぱり旅の用心棒が欲しんだけどね」

「さてね」

「ヒュウ様、リンダラッドさん。仲良さそうに何を話していらっしゃられるんですか?」

 いつの間にか戻ってきた小雪が二人の会話に割って入る。

「くだらねえ話しだよ。別に大したことじゃねえ」

「お兄様とお話ししてたように私にも是非外のお話しを聞かせてください」

「俺の人生なんて人に聞かせるような面白い話があるもんか。それこそ生き死にの毎日が続いてただけだ」

 素っ気ないヒュウに対して小雪は僅かに眉を下げ悲しむような表情を浮かべたが、背中を向けたヒュウにはそんなこと気が付くはずもなかった。

「お二人にはお風呂の準備が出来てますのでこちらへどうぞ」

「お風呂!?」

 その単語に鋭く反応したのはリビアだった。さきほどまで眠たそうにしていたリビアは飛び起き小雪に擦り寄る。

 それに対してリンダラッドは苦い表情を浮かべてる。

「僕はお風呂あんまり好きじゃないからいいや」

「お嬢様! 日々、その身を綺麗に保つことが私に与えられた責務ですわ。一緒にお風呂に入りますよ」

 ──誰もそんな責務を与えた覚えはないんだけどな。

 俄然嬉しそうなリビアに対してリンダラッドは疲れた顔で溜息を吐く。

「お二人とも案内しますので、どうぞこちらへ」

「やった。お風呂ですよ! さあ、お嬢様も一緒に入りましょう」

「うぇえ」

 リビアに手を引っ張られるリンダラッドは苦虫を噛み潰したような表情で声を漏らす。


「さてと……」

 三人が部屋の奥へと消えたのを見るとヒュウは立ち上がる。

「どこへ行くでござるか?」

 起き上がったヒュウの裾が何者かに摘ままれる。それはさっきまで顔を真っ赤にして倒れてしまった輪蔵の手だ。

「うぉ! てめえ起きてたのか?」

「あれしきのことで酔うようでは里長は務まらんでござるよ」

「じゃあなんで酔った振りなんぞしやがったんだ?」

「酒の席で酔わない奴がいると興が冷めると言うものでござるよ。これも里長として周囲に気遣いを常に欠かさないため」

「ふ~ん」

 ヒュウは鼻をほじりながらその話しを聞き流す。

「お主、どこへ行こうとしてた? いや、言わずともわかるでござるよ!」

 ぐいっと顔を近づけてきた輪蔵は強い口調で言い切ってみせた。

「覗きでござろう! わかっているでござるよ。ひっく!」

 ──こいつひょっとしてまだ酔ってるのか?

 酒臭い息を放つ輪蔵の顔はまだ赤く、どことなく視線の焦点が合っていない。

「あのなあ俺は──!」

「お主もみたいでござろう。リビア殿のあの艶めかしい肢体を……」

「……いいかもな」

 ヒュウと輪蔵は思わず頭の中に妄想を浮かべた。性格はさておき、外見はまごうことなき美女だ。それも男を吸い寄せるような体つきだ。

 二人は同時にだらしなく鼻の下が伸びる。

「拙者に任せるでござるよ。風呂場を覗ける最高の位置を知っているでござる」

「おおっ! 良いじゃねえか」


「わあ、大きなお風呂ね!」

「この辺は湯が湧くんですよ。それを利用して作った温泉です」

 家の裏へと続く扉を開くと、すぐそこに脱衣所があり、その奥には一人で入浴するにはあまりに大きすぎる浴場が構えられている。

「そちらの国の服とは違いますけど、こちらに着替えも用意しておきました」

「これって小雪のと一緒の服?」

「はい。大きさも御二方に合わせてるのでたぶん大丈夫だと思いますよ」

「へえ」

 リンダラッドは渡された着替えを開きまじまじと見た。目立つ牡丹柄の着物にはリンダラッドが見たこともない美的感覚が備えられている。

「お嬢様、いつまでも着替えなんて見てないでお風呂に入りましょう」

 既に服を脱ぎ手拭いだけのリビアはリンダラッドの手を握る。


「ほんとうにこっちから見えるんだろうな?」

「拙者に任せるでござるよ。この家のことならば壁についた染みの数から、空いた穴の位置までばっちりでござるよ!」

「そいつは頼もしいぜ! いざ桃源郷!」

「でござる!」

 ヒュウ達は腰を屈め家の外へと出た。

 虫の音が響き、各家に明かりが灯った夜。

 星空に浮かぶ満点の星の下で二人は硬く握った拳を突き上げる。

「この柵の向こうに……」

「そうでござる」

「──ヒュウ様は──」

「──じゃないのかな?」

「何やらお主のことを話しているようでござるな」

 耳を澄ませば湯を流す音と喋り声が柵の向こうから聞こえてくる。このたった一つ、壁となった柵の向こう側に間違いなく一糸纏わぬ三人がいる。

「話してることなんてどうでも良いんだよ。その覗き穴はどこにあるんだよ!?」

 はやる気持ちが抑えられないヒュウは地団太を踏んでみせた。

「だ、誰かいるんですか!?」

「や、やべえっ!」

 ヒュウの地団太に反応するように柵の向こうから小雪の鋭い声が響いてくる。

「ここは拙者に任せるでござるよ。キキーッ!!」

 ──さ、猿!?

 見事な声帯模写にヒュウは思わず声を漏らしそうになる。

「キキッウキー!」

 まるでその場に猿がいるが如くの見事な鳴き声だ。鳴き声だけではない。仕草そのものもまるで猿だ。

「なんだ。お猿さんか……」

 柵の向こうで小雪の落ち着いた声が聞こえる。

「ふふふ、見たでござるか。この里に代々伝わる数多の忍術の前ではこれくらいの声真似朝飯前でござる」

 腕を組み鼻高々になる輪蔵の前にヒュウは思わず呆れる。

 ──代々伝わる忍術が覗きに使われてるなんて知ったら死んだ先祖どもが怒りで墓から飛び出してきそうだな。

 何とも情けない忍術の使い道だ。

「さあ、ここからなら浴場がはっきりと見えるはずでござる」

「おおっ! ついにか!」

 二つ、まるでこのことを予期してたが如く穴が二つ、それも二人並んで覗けるような形で用意してある。

「……こんな準備が良いってことは……お前、以前から覗いてるだろ」

「少ない里にちょっとした刺激でござるよ」

「案外話しがわかってるじゃねえか! それじゃあ早速」

 湯気に巻かれたその奥にいる艶めかしい肢体に向けて二人は血眼になった眼をその穴へと当てる。


「なんだ。お猿さんか」

「この辺って猿とか出るんだね」

「山々に囲まれてる里ですから。時折、人里に猪なんかも紛れて一騒ぎありますし」

 口元に手を当てて小雪は穏やかに笑ってみせた。

 大きな成長を遂げていく大国との付き合いはまるでなく、独自の成長速度でもって発展を遂げる来蓮の里はリンダラッドからすれば珍しいものばかりで目移りしてしまう。

「お嬢様もこのように女の子らしく振る舞ってみてはどうですか。見てくださいよ。小雪さんのこの触れれば折れそうな女性らしさ! 男たちはこういう守護欲煽られる女性にこそひかれるものなんですよ」

 リビアが熱弁するその言葉一つ一つに小雪の白い顔は次第に赤くなっていく。

 よほど恥ずかしかったのか、顔の半分は既に湯の中に沈んでいる。

「僕はそういうのいいや」

「な、なに言ってるんですかお嬢様!? これだけの綺麗な肌と美しい髪をお持ちなのに」

 まるで興味のない顔をしているリンダラッドの髪をリビアは触れ、撫で、嗅いでみせた。

「君の言う美しさとかって僕の興味に全くないんだ。それに小雪ちゃんの方が僕よりずっと綺麗だし」

「そ、そんなこと……」

 にこりと笑ってみせたリンダラッドの笑顔を前に小雪はますます湯に沈んでいく。いまや目まで湯の中へと沈んでしまいそうだ。

「お嬢様の美しさを磨くことこそ、生まれ持って私に与えられた使命です!」

「だから私は別にいいって」

「お二人はどういった関係なんですか?」

「お嬢様専属美のビューティーコンサルタントことリビアです」

 決めポーズまで用意していたのか、リビアは腕を頭上で交差させるとここ一番の笑顔で小雪を見た。

「そんな肩書はいらないよ。今はただの旅仲間だよ」

「じゃあ、その……」

 何を言おうとしているのか、突然小雪の喋りが口ごもったものになる。

 緊張とも照れともとれるような躊躇いに二人の視線が向けられる。

「ひゅ、ヒュウ様はお二人とどういった関係なんですか?」

「どういった……って聞かれても、ねえ。旅仲間?」

「どうでしょうね」

 二人は顔を見合わせると嘲笑ともとれるような表情を浮かべてみせた。

 いまだヒュウが仲間か敵かすらはっきりしていないこの状態で互いの繋がりを何と呼ぶのか。二人には適当な言葉が皆目見当つかない。

「なんか、その、凄く仲良さそうに見えて……」

 今にも消え入りそうな声で小雪は喋る。

 意気消沈していく小雪の姿になにか思い当たることがあるようにリビアの眼が次第に点になっていく。

「も、もしかして……」

 リビアの考えたことはあくまで憶測だし、そうであってほしかった。

 この可憐で吹けば折れてしまいそうなほど儚げな少女がまさか、あの、取柄と言えば金を前にしたときの行動力だけの褒められることないあの強欲男を思っているなどと考えたくもなかった。

「あの男のことが……」

 ──好き?

 その一言を口にするのを躊躇ったリビアだったが、小雪はさきほど以上に顔を赤くしてしまう。

 その反応は間違いない。

「お、お嬢様……」

「なに?」

「こ、この反応がお嬢様には無いものですわ」

 顔まで真っ赤に染めた小雪を指さしたリビアは震えるような声を出す。

「この反応って……ただ顔が赤いだけじゃないの?」

「これは恋ですわ」

「恋……って誰が誰に?」

 ここまで来てこの反応のと言うのも一〇を過ぎた乙女が放つ言葉ではない。

 過保護な国王によって育てられたリンダラッドど感情は外の世界への憧れだけが異常に強くなり、他の感情を全て置いてきている。

「お嬢様、良いですか!」

「な、なに!?」

 突然ずいっと体を寄せてきたリビアの豊満な胸を前にリンダラッドは表情こそ崩れないが声が僅かに上擦る。

 ──相変わらず大きいな。一体、何を食べればこんなに大きくなるんだ?

 目の前で揺れた二つの乳房をリンダラッドはじっと見た。

 多少なりとも平面な身体にコンプレックスを覚えないわけではない。それだけにリビアの肢体は研究対象として興味が尽きない。

「小雪ちゃんは、あの強欲男に恋してるんですよ」

「……ふぇっ!」

 言葉を聞いてもリンダラッドの思考回路はまるで追い付かない。思わず間抜けな声がこぼれる。

「恋って、あの異性に特別な感情を抱くって言われてる、あの?」

「まあ説明を求められればそうなりますけど、とりあえず小雪ちゃんを見てください!」

「……」

 顔が真っ赤な小雪は二人の視線を避けるように背を向けてみせる。白い肌の背中にリンダラッドの興味津々の視線が突き刺さる。

 本などで読んだことはあり知識として知らないわけではないが、リンダラッド自身『恋』なるものを感じたことは一度としてない。

 それだけに、リビアが言うところの『ただいま恋真っ最中』の小雪に興味が湧く。

「あの、ヒュウのこと好きなの?」

「……」

 リンダラッドの無垢な質問に対して小雪は小さく頷くだけで言葉を一つとして発さない。

「お嬢様。女は恋をして美しくなるのです。でも、あの強欲男に惚れるのは少々いかがなものかと思うけど」

「ひゅ、ヒュウ様は──」

 背を向けたまま小雪は消え入りそうな声でやっと言葉を吐き出した。

 自分を助けてくれた人が悪く言われることに耐えられない小雪の眼は真剣そのものだ。

「わわ、私を──」

 恐ろしいほどに自分で思った通りに喋ることができないことに小雪は動揺を隠せない。ヒュウのことを考え喋るとどうにも声が上擦ってしまう。小雪はそれでも必死に息を吸い込み声を吐き出す。

「見ず知らずの私を助けてくれました! それにさきほども私を護るために、無理して戦わずに逃げてくれました。ん!」

「初々しくて可愛い~」

「ひゃっ!」

 小雪の白い肌を後ろからリビアは羽交い絞めかける。

「相手が相手なだけに素直に喜べないけど」

 思い人の相手があの強欲男と言うことさえ除けば、小雪の反応は見てて微笑ましいものだ。

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