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  ◆


「うはあっ! こいつはすげえ!」

 薄暗い祠を一直線に駆け抜けると眼下には巨大な里がヒュウを迎える。

 畑に茅葺屋根の家々が見下ろした風景に並ぶ。

 まるで人気のない森のなかにまさかこれだけ巨大な居住区があると誰が想像できようか。

「ようこそ。私達の隠れ里、来蓮の里へ」

 里を見下ろすヒュウの後ろから三人が追い付く。

「思ったよりずっと立派な場所ね」

 リビアは感心したように里を見下ろす。

「これだけの里が他の国に知られず存在してるなんて。やっぱり世界は広いな」

「隠れ里ですからね。他の国の方々がここに足を運ぶことなんて滅多にないんですよ」

「そんなところに僕たちを招待して良かったの? お決まりとかだと、里の秘密を知ったから食ってやる! みたいなのとかありそうだけど」

「ふふ。そんなことありませんわ」

 袖を口元に当てて穏やかに笑った小雪を三人で見た。その仕草はリンダラッドとは違い、どこか大人の色気がある。

「定期的に外の行商人などが案内人を通じてこの里へと来てますから。

 ここで取れる鉱物や特別な糸を用いた反物が大きな産業としてこの里を発展させてます」

「その服も他じゃ見ないものだよね」

「これは着物って言います」

「へえー……キモノねえ」

 見たことない服にリンダラッドは興味津々と言わんばかりに小雪を前から後ろから見た。

「そんな話は勝手にやってくれ。それよりも飯とかねえのかよ? こっちは腹が減って」

「あ、あります! そ、それじゃあ私の家まで是非お越しください」

「どれが小雪の家?」

「あ、あれです。あの一番大きな茅葺の家です」

 小雪が細い指で示した先には、どれも同じような家が並ぶばかりのなかで一回り大きな家だ。

「おお! ひょっとしてお前の家って偉いのか?」

「兄が一応頭領ですから」

「頭領……ってことはここの親玉だろ。シッシッシ。こりゃ色々とありそうだな」

「ろくでもないこと考えてるんでしょ」

「彼がまともなことを考えてる時がないからね」

「そうね」

 リンダラッドの言葉にリビアは小さく頷く。


「異国のもんが訪ねてきたときか」

「小雪様自ら連れてきたそうよ」

「どれどれ。どんな奴らだ」

「女の方はえらいべっぴんで、男はなんか目つきが悪い奴だった」

 小雪に案内されるがままに三人は家へと来たが、その道中の人々の目はまさに珍獣を見るようなものだった。

「うるせえな」

 座布団に腰を下ろしたヒュウは外から聞こえてくる声に苛立ちを漏らす。ときおり外から室内を覗き込む視線もある。

 三人もそれを知っていてくつろぐ。

「しかたありませんよ。普段は行商以外ここへは来れませんし、里の人々からすればあなた方は大変珍しい外から御客人ですから。どうぞ。粗茶です。熱いのでお気をつけて」

「ありがとう。ずっ」

 毒々しいほどの緑の液体を好奇心のみで怯えることなくリンダラッドは口をつけ吸い上げた。

 ──苦い。

 口には出さないが顔にはそれがしっかりと出ている。

「こっちは茶菓子です」

「こういうのを待ってたんだよ! 全部俺のもんだ!」

「あっ! 一人で全部持っていくんじゃない。お嬢様の分は返しなさいよ」

「ヤダねー!!」

 差し出された饅頭を全て一人で抱えたヒュウは大きく飛びのきリビアに向かって尻を叩いてみせる。

「そんなもので良ければ幾らでもありますので、ご心配なく」

 そう言うと小雪は奥から更に饅頭を二人にも差し出す。

「しかし、この村の親玉の家って聞いたからなんか高く売り飛ばせそうな物の一つや二つあるかと思ったけど、意外にしみったれた家だな」

 あるのは普遍的な家具ばかりで、珍しいものなどろくにない。

「我が家の家訓です。過剰な儲けは人の慢心を増長させ災厄を招く。お兄様も私もそれを旨に今日まで贅沢はせず一日一汁で生きてきました」

「親分が子分から金を巻き上げないで何のための親分だよ! いいか。良く聞け。親分の家ってのはな──」

「ワン!」

「のわ! なんだこのバカでかい犬は!」

 巨大な犬がヒュウにのしかかる。

 狐色の毛にピンと張った耳。大きな舌がヒュウの顔をざらりと舐める。

「や、やめ──!」

「裡千! こっちへおいで」

「わん」

 小雪が柏手を一つ叩いて自分の膝を叩くと犬はヒュウのもとから飛びのく。

「忍犬の裡千がいるってことは……」

「小雪ぃ! 大丈夫でござるか!?」

「お兄様」

 この里の特徴的な装束に紺色の布巾で口元まで隠した青年。

「裡千から聞いたでござる。お主が玄来の仲間達に襲われたことを!」

 肩で息をしながら部屋へと入ってきた青年は客人である三人などまるで目に入らず小雪の肩を抱く。

「わ、私は大丈夫ですわ。お兄様。

 そちらの旅の方に助けてもらいましたので」

「そうだよ。俺が助けたんだ」

 裡千に舐められた顔を拭いながらヒュウが一歩前に出る。

「それはそれは……ん?」

「ん?」

 振り向いた青年は首を傾げた。ヒュウもつられるように首を傾げた。お互いに小骨がひっかかるように眉を寄せた表情になる。

『……』

 何かが氷解していくように二人の顔が次第に驚きに変わっていく。

『あっ~~~~────っっ!!』

 互いに指さすと二人は同時に叫ぶような声を家に響かせる。


「お前は!」

「お主は!」

 ヒュウはレイ式銃を。青年、菊虎輪蔵は苦無を取り出し大きく間合いを取る。

「そうだ。どこかで見たと思ったらあの遺跡でのライダーだ」

 何か思い出したようにぽんと手を叩いたリンダラッドは殺気を走らせる二人の前で安穏とした声をこぼす。

「久しぶりだな」

「お主こそ。あの遺跡の崩壊でてっきり生き埋めにでも」

「あんときのことはあんま覚えちゃいねえけど、俺が生きてたってことは俺の勝ちだったわけだ」

 ヒュウが歪んだ笑みで笑うと、口元を隠した輪蔵が露骨に顔を顰めてみせた。

「あのー、お兄様。お知り合いでしょうか?」

「何を言うでござる! 暴走した力に頼るなど言語道断。あんな自爆のような攻撃で勝ち誇られるなどこの菊虎輪蔵一生の恥。この場でお主と拙者。どちらが強いかはっきりさせるでござる」

「お兄様っ!!!」

「こ、小雪!?」

 大人しい小雪が声を張り上げたことに輪蔵はレイ・カードを持った手がぴたりと止まる。

「この方々は私を助けて下さったんですよ。過去にどのようなことがあったか私は存じませんが、今は私の招待した御客人です!」

「そうか。お主達が小雪を。これは見苦しいところを」

 輪蔵はレイ・カードをしまうと露骨にヒュウとは視線を合わせず、後ろの二人に深々と礼をしてみせた。

「こんな見目麗しい女性がこの家を訪れるなんて大歓迎でござるよ」

「俺にも感謝の言葉はねえのかよ!?」

 輪蔵はあからまさにヒュウを無視しリビアを見た。腰まで伸びた赤い髪に派手に露出した服装。輪蔵の鼻の下が思わず伸びる。

「お主とは、遺跡でのことを水に流すと言うことで差し引きゼロでござる。ゆえに感謝はしない」

「御兄様。こちらの殿方が私を助けてくださったんですよ。礼をするのは道理です」

「嫌でござる」

 ぷいっと顔をそっぽ向けた輪蔵はとても子供っぽい仕草だった。

「これでも私の兄はこの里の頭領です」

「器量の狭い頭領だな。こんな奴が頭で大丈夫なのかよ?」

「お主にだけは器量が狭いなどと言われたくないでござるよ!」

「確かに」

 腕を組んでリビアとリンダラッドは頷いてみせた。五十歩百歩の二人を前に三人から溜息がこぼれる。

「ちょっと気になったんだけど、その子を襲ってたのとお兄さんの恰好って一緒だったけど、もしかしてお仲間さんとか?」

 リビアの言葉に小雪と輪蔵は露骨に表情を曇らせてみせた。

 輪蔵が身を包んだ装束は特徴的なものであり、小雪を襲っていた者達と同一の姿だ。

「はっ、俺はそんな話に興味ねえな。よっと」

 饅頭の食べカスで口元を汚したヒュウは袖で拭うと立ち上がる。

 ふんと大きく鼻息を出したまま大股で家を出ていく。

「あっ、ヒュウ様!!」

 慌てて小雪が追いかけて部屋を出ていく。それをまるで気にかけることなくリンダラッドは輪蔵を見た。

「御客人と茶の席でわざわざ話すようなものでは……」

「僕は知りたいな」

「お嬢様が知りたがっているし、私も是非聞かせて欲しいわ。ねえ、お願い」

 しなを作ったリビアの甘い声に輪蔵は一つだけ咳払いしてみせた。

「まあ御客人が聞きたいと言うならば。大した内容ではござらんよ」


「ひゅ、ヒュウ様ぁ!」

「ああ? なんだよ。わざわざ追っかけてきたのか?」

「は、はい。もし迷われてしまっては困ると思いまして」

 小柄なリビアは息を荒くしてヒュウの横に立つと、その身勝手な歩幅に合わせるように早歩きする。

 綺麗に切りそろえられた黒髪をときおり触ってから小雪は、横に立つヒュウを見上げた。

 目つきも悪く、どこか剣呑な雰囲気を漂わせた異国の男。

 ──鬱陶しいな。一人で金目のものでも探そうと思ってたのに。

 ヒュウは一度頭をかいてみせた。

「ヒュウ様はいつまでここに居られるんですか?」

「さあな」

 ──お前らの財宝を手に入れるまでだ!

 心のなかで思っていることを隠しながらヒュウはぶっきらぼうな返事をしてみせた。

 金目のものがあるかと思い外には出てみたが、どこも茅葺屋根の家で、とてもじゃないが宝の匂いなどしない。

 ときおり行き交う人々の奇異の視線にヒュウは溜息がこぼれる。

 ──こう目立つようだと人の家にも入り込めねえな。財宝が手に入るまでは大人しくしとくかな。

「なんか何もねえ場所だな」

「よく行商の方からは静かだと言われます。それがこの里の取柄ですから。外との関わりをなるべく少なくし、自然と共に生きていく。それを護り続けてますから」

「ふうん」

 ヒュウは退屈な光景を前に切株の一つ腰を下ろす。

 平穏な空気が滞留した里。ヒュウが生きてきた死と隣り合わせの世界とはまるで別世界だ。

「ひゅ、ヒュウ様はこの里好きですか?」

 

「どうだかな。退屈な場所に見えるな。盛り場の一つでもあれば別だがな」

 卑下た笑みを浮かべたヒュウの言葉に小雪は首を傾げてみせた。頭にはクエスチョンマークがはっきりと浮かんでいる。

「それにしてもここにはレイ・ドールは無いんだな」

「その……ありますよ」

 ヒース国ならば農耕、運送、整地、ありとあらゆる作業に大量のレイ・ドールが搬入され労働力の一つとして動いているがここでは一体たりとも見かけない。

 もう一度だけヒュウは周囲を見渡すが、全ての作業が人の手によって行われている。レイ・ドールの姿などやはりどこにもない。

「どこに?」

「それは……」

 小雪はさきほどと同様に顔を曇らせてみせた。

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