3-2
◆
「やっとついた!」
ヒュウはレイ・ドールをカードにし懐にしまうと大きく伸びをしてみせた。
道などまるでない鬱蒼とした雑木林がただただ河添いに広がっている。
獣や虫の気配こそすれ、人の気配は皆無だ。
「返事はまだ聞かせてもらってないけど、君は僕たちと一緒に旅をしてくれるのか?」
「かったるい話しだよな」
ヒュウの一言に幾分か驚いたようにリンダラッドは目を丸くしてみせた。よほど予想外の答えだったんだろう。
「俺は俺の行きたいところに行って奪いたいもんを奪う。地図見て旅するなんて性に合わないな」
歪な笑みを浮かべたヒュウを前にリンダラッドは大きなため息を吐く。
「なんとも君らしい理由だな」
「お嬢様。こいつ頭悪いんですわ」
一つ鼻で笑ってみせたリンダラッドにリビアがそっと言葉を囁く。ヒュウの耳にもその言葉は良く聞こえている。その言葉を鼻息一つで吹き飛ばす。
「そういうわけだから、アバヨ──」
「きゃあああぁぁぁぁ────────っっ!!!」
絹を裂くような乙女の悲鳴がヒュウの言葉を断ち切るように割って入る。
「待てぇっ!!!」
木陰から飛び出した子供を追いかけるように幾人もの男が飛び出す。
「これまたずいぶんと……」
追いかける者も追いかけられる者も見慣れない姿だ。
男たちは頭巾を被り顔を隠している。女は幼く尻下がりの目で困り果てた表情を浮かべている。
「あの恰好……どっかで……」
男たちの姿にヒュウはどこか既視感を覚え首を傾げてみせた。
背には河を背負い少女は男たちに囲まれ逃げ出す事も出来ない。
「わかりやすいわね」
「子供が襲われてるな」
「君、助けてきなよ」
「何で俺が見ず知らずの人間を。しかもあんな乳も色気もないガキを助けなきゃならねえんだよ!」
「良いからお嬢様に従って助けなさい、っよ」
「どわっ!!」
リビアに後ろから蹴飛ばされてヒュウはつんのめる。
「な、なんだ貴様は!?」
気が付けばヒュウは男たちを割るように入り、少女の横に立っている。
睨み付ける男たちを他所にヒュウは背中を蹴とばしたリビアを見たが我関せずでそっぽ向いている。
──いつかぶん殴っちゃる!
「もしやその女の仲間!?」
「いやいや。こんなガキはてんで知らねえし、あんたらの邪魔する気もねえよ。
邪魔して悪かったな。さあ続きやり──」
「た、助けてくださいっ!」
ひらひらと手を振ってその場を去ろうとしたヒュウの裾を掴んだのは少女の小さな手だった。
雪のように白い肌に牡丹柄の上下一帯の装束。
「お、お願いします!」
少女の涙ぐんだ目に対してヒュウは溜息を一つついた。
「なんで俺が手前を助けなきゃならねえんだ?」
「あっ!」
裾を掴んだ少女の手を無理やりほどくようにヒュウは歩く。少女が地面に倒れるのもお構いなしだ。
「俺はただの旅人。あばよ」
「助けは居ないぞ。頼りになる貴様の兄もいない。さあ財宝への扉を開く言葉を話すが良い」
──財宝!?
少女を追い詰める男たちの言葉にヒュウは歩みを止める。
「い、嫌です! 先祖代々受け継がれてきた財宝の守り人として、あなた達に何一つ語る言葉はありません!」
声は怯えを孕み震え、目尻には涙が浮かんでいる。足も震えているがそれでも少女は凛とした口調を男たちへ叩きつける。
「それなら貴様を首領のところまで連れていくだけだ」
「おらっ」
「ぐえっ!」
少女に手を伸ばした男の一人が蹴飛ばされ河へと派手に音をたてて落ちる。
「な、なにをす──」
「脅すのもそこまでだ」
残った男が振り向くと、その一人のこめかみにレイ式銃を突きつける。
薄く輝いた銃は今にもその銃口から弾を撃ち出しかねない。
「ひ、卑怯だ!」
「子供を寄ってたかって襲ってる連中の言葉なんて届かねえなぁ」
「き、貴様は無関係のはずでは!?」
「無関係だからって手前らみたいな悪党を見逃せるかってんだ」
その口上にリビアは吹き出しそうに笑う口元を抑え、リンダラッドは肩を震わしてそっぽ向いてる。
ヒュウ自身、言ってて歯が浮く上にさぶいぼまで出来てくる始末だ。
「そいつに加担して俺達に手を出したらどうなるかわかっているのだろうな!?」
「この状態でどうなるってんだよ」
男のこめかに銃を突きつけヒュウは引き金にかけた指に力を僅かに込める。
「しゅ、首領はライダーだぞ!」
「へえ。俺だってなついこの間、あのヒース国最強のライダーと互角に渡り合った男だ!」
「あ、あのジールと互角!」
「そうだよ」
懐にしまっていたレイ・カードを見せつけると男たちの表情がより一層焦りの色を濃くする。
──互角……勝ち越したって言えば良かったな。
ヒュウはそんなことを考えながら男の頭を銃身で叩いた。
「がっ!」
「そいつを連れてとっと去りな! 俺が機嫌を悪くしたら手前らなんてけちょんけちょんだぞ!」
「ち、ちくしょう!」
河から上がってきた男は気絶した男を抱え雑木林の方へと走っていく。身軽な動きで一分もしないうちにその姿も足音も広大な森に?まれてしまう。
「大丈夫か?」
これでもかと言うくらいに素敵な笑顔でヒュウは地べたに膝をついた少女に手を伸ばす。
何か警戒するように少女は手を取らずただただじっと黒目がちの大きな瞳でヒュウを見つめてくる。
「一度にあれだけの人数は相手に出来ねえからな。つまり無関係な芝居をうって油断させるしかなかったわけよ。手前を助けるためにはな」
嘘八百だ。
途中まで本気で置き去りにしようとしてた。
「……そうでしたか」
どこか処理速度の遅い反応を見せてから少女は、差し出されたヒュウの手を握り返す。
「よっと」
「わっ!」
軽くヒュウが引っ張り起こすと、少女は頼りない足取りでそのままヒュウに寄りかかってくる。
傍に来るとわかる。リンダラッドと同い年かそれよりも少し上くらいに見える。
ヒュウの胸までもない身長。黒く艶やかな髪は前できっちり切りそろえられている。雪の様に白い肌。どこか人形のようだ。
「旅のお方。助けていただきありがとうございます」
「それでなんだけど早速ざいほ──」
「助かってなにより」
リンダラッドがヒュウの言葉を遮るようにして喋る。その後ろではしっかりリビアがついてきている。
「皆さん。旅のお仲間なんですか?」
「こんな奴が仲間ぁ?」
「そう。仲間、仲間」
ヒュウが眉を寄せて思いっきり不機嫌な表情を浮かべてみせた。
仲間と言う言葉を辞書でひいてみてほしいもんだ。後ろから蹴飛ばしトラブルに単騎で突っ込ませる奴のどこが仲間と呼べるだろうか。
しかし、ヒュウの反応もリンダラッドの快活な声にかき消されてしまう。
「どうかお礼を……助けていただいたお礼をさせてください。頭領である兄もきっと歓迎してくれますので!」
ヒュウにぐいっと体を寄せた少女は熱のこもった眼で見上げてくる。
「お礼……それじゃあ受けないわけにはいかねえな」
どこか頬も赤い気がするがヒュウからしてみれば無料で貰えるものは疫病神でも貰っとけの信念から、ヒュウは一にも二にもなく頷いた。
「こんな鬱蒼とした森にほんとに人がいるのかよ?」
「ありますよ。もう少し行ったところに」
行けども行けども太く逞しい木々が立ち並んでいるだけだ。
葉に覆われろくに日が差し込んでこない森林は静謐に包まれる。
ときおり吹く一陣の風が葉を擦らす音でさえ目立つ。
「こんな場所で迷子になったら一生迷子になりそうね」
同じ風景にしか見えない道にリビアは呟く。既に来た道がどこかすら三人にはわからない。
「私達の住んでる里は隠れ里って言われて、外の方々には内緒の場所なんです。
たまに私達の里の場所を暴こうとした人が、この森で餓死したり獣に食べられたりしちゃってるみたいです」
「みたいですって……」
何の感慨もなくこぼした少女の説明にヒュウは冷や汗が一つ流れる。
「あ、自己紹介遅れました。私、菊虎(じゅうかい)小雪(こゆき)と申します」
「私はリビア=オルバよ」
「僕はリンダラッド。よろしくね」
リンダラッドは人懐っこい笑みで小雪の手を握る。
「そ、それで……あちらの殿方は……」
「あっ? 俺か?」
最後尾を歩くヒュウは小雪の視線にほじっていた鼻くそを木に擦りつけた。
険のある目つきに、栗色の短髪。そしてトレードマークとなる金貨で頭蓋を割られた髑髏の刻まれたマント。
「俺様はいまだ無敵無敗の最強ライダー。ヒュウ=ロイマン様とは俺のことよ」
──無敗……。
その単語にリンダラッドとリビアは顔を見合わせて頷く。嘘は言っていない。
ジークとの闘いの際も決着がつく前に逃亡したのだから。
「ヒュウ様ですか……」
小雪はその名を聞くとぱっと花が開いたように笑ってみせた。
「俺の名前なんかどうでもいいんだよ。それよりも街だか村だかまだ見えねえのか?」
「あの祠が入り口です」
小雪が指差したのは岩壁にぽっかりと空いた穴だ。とてもじゃないが人が行き来するところには見えない。
「よっしゃ! 俺が一番乗りだ!」
ヒュウは祠を見るなり三人を置いて走り出す。
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