3-1


  ◆


「リンダラッドが居ないっ!?」

「は、はい!」

 顎に豊かな白鬚を蓄え、頭頂部にはこれでもかと言うほど見本的な金の王冠を置いたヒース国現国王であるダライ=ロエスは、突如飛び込んできた報告に飲んでいた水を吹き出した。

「今朝、いつも通り寝ているところを起こしに部屋へと入りましたところ、机の上にこのような置手紙が」

 額に汗を浮かべ吹き出した水を拭い取りながら女中から一枚の紙を受け取る。そこに書かれている文字は紛れもなく愛娘であるリンダラッドのものである。

 元気だけが溢れ出たかのようにところどころ無軌道な文字で綴られている。

「えっと、なになに……お父さんへ」

 ダライは威厳を保つかのように一つ咳払いをしてみせてから文面を口に出して読む。

 何事かと駆け付けた衛兵達はそれを止めるでもなくただ遠巻きに見守っている。

「旅に出ます。

 私は元気です! お父さんも元気でね……うん。父を気遣う心優しさが文面から滲め出ているな。我が子ながらじつに淑女に成長しておるな」

 ダライは何かに納得するかのように二度、三度と頷いてみせた。

「あのー、それでお嬢様が家出してしまった件は……」

「そ、そうだった!」

 女中の言葉で我に返ったダライはもう一度文面を見た。

「これ一枚きりか!? 他に手掛かりなりそうな手紙は?」

 若干捲し立てるようなダライの言葉に女中は小さく頭(かぶり)を振ってみせた。

 手紙は一枚。その文面は酷く簡潔でこれ以上詮索しようのないものだ。

「いつかはこうなるとは思っていたが……先日の賊と言い泣きっ面に蜂とはこういう事を言うのだろう。ジール! ジールはいるか!」

「はい」

 遠巻きに見ていた兵士のなかから蒼白の甲冑を身に纏った、これまた非のつけどころのない美青年が一歩前に出てくる。

「普段から目付け役として接触してる君だったらリンダラッドの行方を知っているんじゃないのか?」

「申し訳ございません。

 行方は私にも……」

 リンダラッドの旅先がどこになるのかジールには知らない。

 その旅には、先日城へ賊として忍び込んだあの強欲な男がお供していることことだけしか知らない。

 もちろんその情報をそのまま伝えてしまえば、愛娘が賊に攫われたと勘違いしたダライはこの場で泡を吹いて卒倒しかねない。

「国王様いかがなさいましょうか?」

「先日の賊ならばいざ知らず、一国の王女を探すのに表立って賞金をかけるわけにも行くまい。良からぬ連中に娘を狙う機会を与えてしまうのだから」

「……」

 その良からぬ連中と呼ばれるなかでも最たる存在が同伴していることなどダライは露ほども知らないことがジールは気の毒でしょうがない。

「娘の方には公に情報を出さずに、我がヒース国で捜索隊を設けて探す」

「了解しました。それでは早速部隊の編成をし、捜索へと出動させます」

 一つ頭を下げたジールは部屋を出ていく。

 国王であるダライはそれでもまるで落ち着かない様子で右に左にと無意味な往復を繰り返す。

「手紙には大丈夫などと書いておったが、あの心優しい子の事だ。きっと私のことを気遣ったのだろう。

 世間の風当たりは厳しい。それだけに娘が心配でならない。こんなことならば、部屋に錠を三つほど設け、更には柵を取り付けて置けば!」

 女中や兵士は気が緩めば、国王であるダライの溺愛ぶりに呆れの溜息がこぼれてしまいそうになる。

 ──そんなんだから逃げ出したんじゃないのか?

 心底で思う言葉が見事に一致する。

 姫を知っている人物ほど呆れが出てしまいそうになる。


  ◆


「……せめえ」

 レイ・ドール、ゴールドキングの座席で操縦するヒュウは険のある目つきでその一言を吐き捨てるようにこぼす。

 本来一人用である操縦席の中央に座るはヒュウ。そして膝にはリンダラッドがちょこんと座り、頭のすぐ後ろでリビアが体を押し付けるように座っている。

「仕方ないね。席は一つしかないんだから。僕としてはちょうど良いけど」

 リンダラッドが顔をあげた。顔にかかる白い前髪をよけるようにして柳のような眉と大きな瞳がヒュウの顔を見上げる。

 中性的な声と顔立ちだが、これでも立派な一国の王女であり、そして今は家出真っ最中だ。

「だいたいどうしてこんな河を渡らなきゃならねえんだよ!?」

 ヒュウが駆るゴールドキングは腰まで届きそうな河を横断している。

「国の外に出たいんでしょ。この河はヒース国の領地に添うよう流れてるからね。もし国外に出るなら通らないわけにはいかないでしょ」

「どうせ橋とかあるだろ!」

「橋には関所が設けられてるよ。今の君は城を襲った賊だし、関所にもその情報はきっと届いてるよ。案外賞金首とかになってたりして」

「関所破りと河渡しの真似事だったらまだ後者だな」

 先日、こともあろうかヒュウは一国の中心となる城で大暴れした。

 宝物庫から宝を奪い、庭ではレイ・ドールを操り派手な立ち回りを見せた。

 今や国中の兵たちが血眼になってヒュウのことを探しているだろう。それを考えると関所など無事に通れるはずがないだろう。

「そうそう。お嬢様が言う事に間違いはないんだからしっかり従いなさい」

「いてっ! なにしやがんだ!」

「おおー怖い」

 横からこめかみを小突いてくるリビアの白い指に噛みつこうとしたが、寸前で指をひく。ヒュウの歯が勢いよくぶつかる。

「だいたいこの女はなんなんだよ!」

「彼女は僕の護衛だよ。こう見えても頼りになるんだから」

「お嬢様にそう言ってもらえるなんて嬉しいですわ」

 リビアはしなを作るようにして喜ぶ。甘い香水の香りが鼻につくヒュウはますます不機嫌な表情を浮かべる。

「しかもライダー」

「はっ? この女がライダー!?」

「ふふーん」

 リビアは十分過ぎるほど大きい胸を自慢するかのように胸を張ったのちに、その谷間からするりと一枚のカードを取り出す。

 それは紛れもないレイ・カードであり、リビアがレイ・ドールを駆るライダーである証だ。

 カードの中には翡翠色のレイ・ドールが輝く。

「ずいぶんと驚いてるみたいね」

 勝ち誇ったように笑みを浮かべるリビアに対してヒュウは絶句したかのように口をパクパクさせる。

 次第に怒りの色が強くなっていく表情でヒュウはリンダラッドの頭を小突く。

「いたっ!」

「あっ! お嬢様に何をするんですの!?」

「うるせー! てめえがライダーならわざわざ俺のゴールドキングに乗らなくても河なんぞ渡れるだろ。

 何が悲しくてこんな狭いところに三人で乗らなきゃならないんだ! てめえのレイ・ドールで河を渡りやがれ」

「冗談言わないで。私のレイ・ドールがこんな汚い河を通るなんて……考えただけでもおぞましいわ」

「そういう訳。だから僕たちを向こう岸までよろしくね」

「なるほど、ってどういう訳だ!」

 リンダラッドの屈託のない笑顔にヒュウは思い切り怒鳴りつける。

「んな理由で、そうですねって納得できると思ってるのかよ!」

 狭い操縦席が一層狭い。

 普段ならば一も二もなく河へと放り投げている二人だ。それ以前に自分のレイ・ドールであるゴールドキングに決して乗せることはないだろう。

 ──世界中の宝を手に入れる旅だよ。

 リンダラッドが言っていた言葉がふとヒュウの頭のなかに思い浮かぶ。

 こうなっているのも全てはあの一言が始まりだ。


  ◆


「なんだって?」

 賊としてヒース国に忍び込み、衛兵達をかいくぐり城壁の外へと出たヒュウを迎えたのはリンダラッドの言葉だった。

 ヒース城の宝物庫から得た盗品を全身に纏ったヒュウは言葉を聞き返す。

 城壁の中から指示系統が統率されない騒がしい声だけが聞こえてくる。城へと忍び込み丁々発止の立ち回りをしてみせた賊を探し出すために躍起になる衛兵達の声が、城壁の外にいるヒュウ達にまで聞こえてくる。

「とりあえずこっちに」

「っとぉ!」

 ゴールドキングを使い、ジールと真正面からぶつかり疲弊しきったヒュウは、リンダラッドの引っ張る力にすら抗えない。

「ど、どこに連れてく気だっ!」

「お嬢様に大人しく従いなさいよ。悪いようにはしないわ」

 耳元で囁く甘い声はリビアのものだ。


 ヒュウが手を引っ張り連れてこられたのは簡素な木造の小屋だ。

 それは雑木林のなかにぽつりとある。小屋と呼ぶにもあまりにも簡素だが、扉を開くとその中は更に簡素なものだ。

 古びて使えるのかどうかもわからないランプの置かれた机が一基置かれてるだけでそれ以外には何一つない。

「ここは……」

「ここは僕の隠れ家だよ。

 あの隠し通路からここまで衛兵は知らないよ。知ってるのは三人だけ。僕とそこのリビア。あとジールだよ」

「おいおい! あの男が知ってるならここにいつ城の奴が駆けつけてもおかしくないだろ! まさか俺を売る気か?」

 ろくに身動きの取れないヒュウは這いずりながら逃げ出すように出口へと向かう。城から声は聞こえないが決して遠くない場所だ。

 場所が分かっていれば、今にも光に集まる羽虫の如くわんさかと衛兵達がやってきかねない。

「大丈夫だよ。ジールは今回のことは全部知ってるから。僕が城を出ることも、君が僕と一緒のことも。その上で見逃してくれるから」

「俺が城に忍び込むことも知ってたって言うのか?」

「もちろん」

「……」

 一歩間違えればジールが操縦するオリジン、ガリエンの背負った槍で串刺しになり、今頃成仏していたかもしれない。そう考えるとリンダラッドの笑みが酷く憎たらしく見える。

「とりあえずだ。ここに兵どもは来ないわけだな」

「あら。お嬢様の言う事は素直に信じるのね」

「うるせえな。信じようと信じまいとどうせ疲れて体は動かねえんだ。ろくに逃げることも出来ねえよ。こちとら俎板の鯉よっ!」

 ヒュウは開き直るかのように倒れた床で両手両足を広げ大の字に寝そべってみせる。

「んで、世界中の宝を手に入れるってのはなんのことだよ?」

「ああ。覚えてたんだ」

「そりゃな。宝と聞いちゃ忘れるわけにはいかねえだろ」

「都合の良い脳をしてるわね」

 ろくに動かない身体で天井を見上げたままヒュウは歪んだ笑みを浮かべる。

「これ見て」

 リンダラッドがどこからともなく風呂敷を取り出し、その中から一つ巻物を取り出す。

 その両端をリビアと二人で掴み、手分けするようにヒュウの前へと広げる。

「なんだこりゃ? 地図か?」

「御明察!」

 一番右下にヒース国があり、そこから僅かに地図らしく描かれているが、その大半は白紙であり、地図としてまるで機能しないものだ。

「地図にしてはどこも白紙じゃねえか。

 なんつうか未完成って言うかよ。わかった! さては出来損ないの地図を商店のオヤジに買わされたんだ。素人は買い物下手だからなあ。あのオヤジから上手く買い物するコツはな──」

「違うよ」

 下らないヒュウの茶番を簡素な答えでリンダラッドは一刀両断にしてみせた。

「じゃあなんなんだよ? その未完成の地図は」

「当たり。なかなか勘が冴えてるね」

「ん? なにが当たりだよ?」

「未完成ってところ」

 リンダラッドは殆どが白紙の地図を見た。

 よく見ると白紙の部分にも幾つもの丸がまるで何かの目印のように描かれている。

 ヒュウはその存在に気が付くともう一度その地図を目を凝らして見た。

「この地図は僕の手作りだよ。色んな文献を参考にして作ったんだけど、どうにも書庫の情報だけじゃこれくらいしか作れなくてね。

 ヒース国から大国を股にかける一番大きな道とその周辺くらいはわかったけど、じつはそれ以外何もわからないんだ」

「そんな地図持ってどうすんだよ。便所のケツ吹く紙にだって使えやしねえのに」

「この地図がどれだけ凄いあんたにはわからないでしょうね」

 ろくに動けないヒュウをリビアは蔑み、小馬鹿にするように見下ろす。

「二人とも喧嘩しないで。これから長い旅仲間になるんだから」

「いつ俺がお前たちと一緒に旅するなんて言ったよ?」

「大丈夫。君はきっと僕たちと旅をするから。この丸を付けた場所に向かうためにね」

 ほとんどが白紙にも関わらずつけられた何の規則性もなく描かれた幾多もの円。ヒュウはそれらをもう一度見た。

「この丸は秘宝のありかだよ」

「秘宝だと!?」

 その蠱惑的な響きにヒュウは思わず顔だけ持ち上げてみせる。

 それを見たリビアが「欲深男」とぽつりと呟いてみせた。

「興味出てきたでしょ?」

「……さあどうだろうな。もう少し話しを聞いてみないことにはなんとも」

 言葉では何と言ってみせようとヒュウの体は起き上がりかけている。

「僕が何千冊もの本を読んで得た情報のなかでも特に有力な秘宝の在処を示したものがこの丸なんだ。この秘宝見たくない? 興味あるでしょ。

 もしかしたらオリジンかもしれないし、もしかしたら天を貫く宝剣かもしれない。ワクワクするよね」

 リンダラッドの大きな瞳は煌々と輝きだす。抑えきれない高揚感が言葉の端々から溢れ出ている。

「つまりなんだ? お前の秘宝探しの旅に付き合えってことか? 俺に何の得があるんだよ?」

 子供一人に女一人抱えてする旅なんてヒュウは微塵も想像したくないが、秘宝の響きにはやはり心惹かれるものがある。

「僕はこのいまだ埋まらない地図を埋めたいだけなんだ。

 秘宝なんて片っ端から君にあげるよ」

「お前は何のために旅するんだ?」

 白紙の部分を見たリンダラッドは満面の笑みを浮かべる。碧眼の大きな瞳には煌々とした輝きが宿る。

「もちろんこの白紙を埋めるためだよ!

 まだ誰も見たことないこの広い世界を自分の目で見て聞いて味わうためさ」

 今にも踊り出しそうなご機嫌な調子で喋るリンダラッドを前にヒュウは眉を顰める。

 最初に遺跡探索を行ったときと同じ表情はリンダラッドは浮かべている。

 好奇心のためとあれば命も平気で賭ける子供。

「その旅の用心棒に俺がいるってわけか?」

「そう。その報酬は見つけた秘宝で。

 どう? 条件は悪くないでしょ。世界中の秘宝を見つけに行こうよ」

「お嬢様に選ばれたのだから悩むことなんてあり得ないわ」

「……」

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