2-4
◆
──マズイ!
ヒュウとしてはまだ走ることくらいしかまともに出来ないゴールドキングで城門をぶち壊して逃げる。逃げる算段はそこまでだが、今、壊すはずの門の前に立ち塞がっているのは、この国で最強と称されるライダーだ。
幾多もの戦場で率先して前線を駆け抜け、そして全ての戦場を無傷で駆け抜けてきた最強の兵士。
「……ジール=ストイル」
その名は裏街道で生きるヒュウも聞き及ぶほどだ。この国にいてその名を知らない者はいないだろう。
「私の名前を知っているのか。説明の手間が省けて非常に助かるよ。ヒュウ=ロイマン」
冷ややかな返事。今すぐにでもその握った巨大なスピアで迫ってきそうなほどに。
「ジール様! 今、我々もそちらへ──」
「来るな! 貴様らはそこで待機だ。なにがあろうとも」
「は、はい!!」
「どういうことだよ?」
窓から身を乗り出した衛兵達がジールの言葉に動きを止める。
ヒュウとしてはこれ以上、相手が増えるのは勘弁な話だが、ジールの言動にまるで納得できない。
今、城中のライダーが束になって迫ってくれば、ヒュウは間違いなく捕まってしまうだろう。その好機をみすみす見逃すほど目の前の男が馬鹿だとは思えない。
「どうもこうもない。貴様と私は戦う事はない」
「ああっ?」
「貴様がその盗んだ宝と今乗っているレイ・ドールを置いていけば、今日、貴様が城へ侵入したことを見逃してやろう」
「……」
「言っていることはわかるだろ?」
「……ああ。こいつとお宝を置いてけってことだろ」
「そうだ。命と比べることはできないだろ。貴様にとっては悪くない条件だと思うが」
ジールの言葉にヒュウは僅かに俯いてみせてから手に纏った指輪や腕輪の数々。そして手を置いた水晶からゴールドキング。
それらを材料とされ取引されようとしているものが自分の命。ジールからすれば結論など考えるまでもない。
「嫌だね」
そしてヒュウもまた答えは出ていた。拒絶。
「金貨一枚だって、ゴールドキングの欠片一つだっててめえにやれるかよ! 欲しけりゃ奪ってみやがれ!」
「呆れた馬鹿だが、噂で聞いた通りの男だな」
ジールは一度首を振って見せてから溜息を一つ吐いてみせた。
「自分の命よりそうまで金が大事か?」
「大事だね! 金も名誉も地位も命も全部俺のもんだ! 何一つ手前にはやれねえよ」
──強欲。
与えられるものは全て貰い受け、奪えるものは全て奪う。まさしくジールが噂に聞き及んでいた人物像そのものだ。
ヒュウの叫ぶような声に呼応するかのようにゴールドキングの全身が輝きを強めゆっくりとその巨大な牙を開く。
「だが、言葉で何と言うおうと貴様にはここを逃げることはできない。この私を倒さない限りはな。勝てるつもりか?」
「勝てる勝てないよりも、てめえが俺のものに手を付けようとしてることが気に喰わねえな! それだけだ!」
ゴールドキングを包む、奥に赤を宿した金の光はますます輝きを増していく。それに呼応するかのようにジールが駆るレイ・ドール、ガリエンも蒼白の機体を輝かせる。
「ならば来い。お嬢様が認めた貴様の力を見せてみるが良い」
ガリエンは腰を落としスピアをヒュウに、ゴールドキングに向けて構える。
隠し通路の一つから顔を出したリンダラッドとリビアは、城の一角で輝きを放ち向き合う二体のレイ・ドールが見えた。
「もしもジールが勝ってしまえば出発は諦めないといけないんですよね?」
「そうだね」
のんきな声でリンダラッドは返事してみせた。特に慌てるわけでもなく、ただ、これから起きることを、見守るように優しい笑みだ。
「まあジールが勝つだろうね。彼、ヒュウが幾ら才能があったとしても、昨日やそこらでレイ・ドールを手に入れた人が、今日まで戦場を駆け抜けてきたジールには敵わないよ」
「でしたら旅は諦めるんですか?」
向き合う二体のレイ・ドール。ガリエンが一歩間合いを詰めるとゴールドキングが一歩下がる。
ゆっくりとだが確実に後退させられているヒュウにリンダラッドは勝つ可能性を考えては見たが、これが見事に思いつかない。
「まあ、勝ってオリジンを奪って来たら約束は守らないとね。ただ、具体的じゃないけど、彼なら何かしてくれそうな気がするんだよね」
「何かと言いますと?」
「さあ。良いも悪いもわかんないけど、なんか」
もの凄い漠然とした答えにリビアは僅かに首をかしげる。
これから何が起きるのか。いち傍観者として心底楽しむようにリンダラッドは笑みを浮かべる。
──純粋な戦闘能力をひっくり返すなにか。
それはリンダラッド自身言葉にすることができない。ただ、この勝負の結末を見届けたとき、その不明な部分がはっきりとした言葉で埋まるかもしれない。
リンダラッドの旺盛な好奇心が疼く。
「さあっ、どうした? いつまでこうやって間合いを取り続けているつもりだ?」
「ちっ!」
ジールの挑発するような声にヒュウは舌打ちを一つしてみせるが、決して焦って前には出ず、ただ一定の距離だけを必死に維持する。
相手が握る巨大なスピア。そしてその迫力たるものがまるで壁のようにヒュウを前に進ませない。
「お嬢様の期待に貴様は応えることは出来ない。それを早々に教えてやろう」
「ゴッ、ゴールドキング!」
腰をより低く落としスピアの先端を向けたガリエンを前にヒュウが叫ぶと同時にゴールドキングが横に跳ぶ。
「よくかわしたな」
ほんの一瞬だった。
蒼白の閃光がゴールドキングを通過する。
「腕か……身体を狙ったつもりだが」
「て、てめえよくも!」
スピアの先端に突き刺さっているのは紛うことなくゴールドキングの右腕だ。
肘から下が強引に千切られたかのように消失している。
ほんの瞬きするかのような一瞬で、スピアを構えたガリエンの姿は消え、気が付けば腕が千切り取られていた。
「見えたか?」
「い、いや……何が起きたか……」
窓から二体のレイ・ドールを眺めていた兵士達ですらその動きを捉えることのできない速度。それはまさしく、ヒース国最強のライダーと称すに相応しい動きだ。
「今の一撃で埋めがたい差と言うのを貴様でも理解できるだろ。さあ、レイ・ドールと宝を返せ。これが最後だ。もし返さないと言うのなら──」
「嫌だね!」
ジールの言葉を遮るようにヒュウは言葉を吐き捨てた。
額に汗を浮かべながらもヒュウは歪な笑み絶やさない。それがジールを苛立たせる。
「俺のモノを奪うなんて神でも許せえねえな!」
笑みを浮かべたヒュウからレイが吸い上げられ機体の輝きが更に増す。
今や黄金色の太陽の如く光を纏ったゴールドキングがその大きな口を開き牙を見せつける。
「ぐっ! お前だってそう思うだろ。なあ、ゴールドキング!」
ゴールドキングの昂ぶりはヒュウからレイを吸い尽さんばかりに輝く。気を緩めれば瞬時に気を失ってしまうような状態でヒュウは下唇を噛み血を滲ませる。
自分から奪う敵が目の前にいる。ここで勝てなければ全てを失う。
「受け取れ!」
腰に携えたレイ式銃を引き抜きそれを天高く放り投げる。
──WWOOOOOOO!
いつぞやの遺跡のとき同様にゴールドキングはその巨大な口を開き咆哮をあげ、開いた巨大な牙で投げ出された銃を噛み砕く。
「やっと本気か。見せてみろ。お嬢様が認めた貴様の力を」
黄金色の輝きに呼応するかのようにガリエンも蒼白の色をその身に宿す。
「あれが強欲の力……」
「凄い光だよね」
夜闇に浮かぶ太陽の如く眩い金色の光。
リンダラッドとしては今回でその力を見るのは二度目だ。
遺跡のとき、相手の使う刀を噛み砕き我が物として使った。
そして今は銃を噛み砕いた。
「腕が……」
千切られたはずの腕部へと金色の光が収縮していく。
不安定に揺れ動くその輝きは、圧縮され塊、最後には確かに失ったはずの左腕を復元してみせた。
「あれがお嬢様の言う強欲のオリジン……」
「面白い力だよね。
ライダーのレイで千切れた腕を修復するだけに足らず……」
金色の輝きは今も収まることなく、むしろその輝きはより一層激しいものとなり、濁流のようにオリジンから溢れる。
「これが強欲のオリジン……そして奴のレイ」
ヒュウから吸い上げられた大量のレイはゴールドキングの腕を修復させ、更にはその手にはしっかと金色の銃が握られている。
それは間違いなくヒュウが放り投げ、ゴールドキングが食ったレイ式銃だ。
「ったく……好き放題に人のレイを吸い取りやがって」
額に汗を浮かべ朦朧とした意識のなかでヒュウは笑ってみせた。
身体は倦怠の波へとの飲まれようとしているなかで、ただ、その構えられた金色の銃があまりに眩しかった。
「こいつも受け取りやがれぇっ!!」
持っていたレイ式銃専用弾薬も全てゴールドキングの口へと放り込む。
「大した力だ。だが!」
ジールは再びスピアを構えてみせる。自身の機体がその影に見えなくなるよう腰を低く落とし。
その慈悲のないスピアの先端がヒュウでありゴールドキングを標的としてとらえ逃そうとしない。
「ここまでやったんだから死んでも負けるんじゃねえぞ! あいつなんかにてめえを奪わせねえ!」
銃へと金色のレイが流れ込んでいく。見えない弾が装填されリボルバーが重い音を立てて回る。
引き金に添えられたゴールドキングの指が動く。
「全部俺のモンだ! くたばりやがれっ!」
容赦など一片もない。加減もなければ、手心なんてあるはずもない。
その金色の弾丸に込められたのは、全てを奪い、全てを手にしたいと言う強い欲望だけだ。
銃口に圧縮された金色の輝きは轟音と同時に射出される。
空気を穿ち、空間すらも歪める輝き。
「高潔なる槍よ! ガリエンッ!」
蒼白の光が柱となり天を貫く。
ジール=ストロイ。
ヒース国最強のライダーと称され、更に比肩すべき者がいないほどの人徳者である。弱きを助け、悪をくじく。その高潔たる精神こそがガリエンを突き動かしている。
そして今、その高潔たる蒼白のレイが、ガリエンの握ったスピアに重ねられあらゆるもの悪を貫く一つの武器として形を成す。
「貴様の欲望など貫いてみせよう!」
ゴールドキングから撃たれた弾へ真正面からそのスピアを突き立てる。
「ぐっ!!!」
幾多の戦場において高潔であり、傷一つつけられることなく他のライダーを圧倒してきたその姿は、同じレイ・ドールを駆るライダー達からは畏怖すら覚えるものがあった。
そのジールが駆るオリジン、ガリエンのスピアが激しい音をたてて先端から砕けていく。
「貴様のような私利私欲の者に負けるわけにはいかないのだ!」
低俗にして下劣。常に物欲に塗れ、弱き者からも平気で奪いかねない男が駆るオリジン。そんな存在をジールは認めるわけにはいかない。
「ガァリエェン!!!」
ジールの叫び声と同時に蒼白の光はより輝きを増し、壊れかけのスピアによって力ずくで上へと閃光の軌道を逸らす。
城を掠め、金色の閃光は夜闇の空を穿ち、視界の彼方へと飛んでいく。
「はあ……はあ……これが奴の力か……」
肩で息をしながらジールは破壊されたスピアの先端を見た。ガリエンを駆り一度として傷ついたことのないこのスピアをもってしまっても軌道を逸らすことが精一杯だった。
「ぞ、賊が!!」
「ほんとだ! 賊がいないぞ!」
空の向こうへと消えてしまった閃光から視界を降ろした兵士たちは一様に驚いた声をあげる。
気が付けば居るのは蒼白のレイ・ドール。ガリエンの一体のみだ。
金色のレイ・ドールの姿はどこにも見当たらない。
「お嬢様どうかお気をつけて」
誰に言うでもなくジールは小さな声で呟き、ガリエンをレイ・カードへとしまう。
夜の帳が降りた空には、いまだに人並み外れた強欲が撃ちだした金色の光が残滓が雪の如く舞っている。
◆
「よく生きてたわね」
隠し通路を抜け城壁の裏側に出たヒュウを迎えたのは真紅のドレスを身に纏ったリビヤだ。
「おかげさまでな」
金銀、宝石に宝剣。ヒース城の宝物庫から奪ってきた数々の盗品で身を包んだヒュウは千鳥足で隠し通路から這い出るとそのまま地面の上に腰をつく。
「あの世に片足突っ込んじまったよ」
「あれで片足と思えてるのは大したものね」
一歩間違えればヒュウは繰るオリジン共々ジールのスピアのに無惨な串刺しと化していただろう。
「ったく、疲れた仕事だったぜ」
オリジンにレイを奪われヒュウは満足に歩くことすらできないほど疲弊している。
このまま目を瞑れば、そのまま意識は闇の中に吸い込まれてしまいそうだ。
「それで、約束の一五分はきちんと囮をやったはずだぜ。今度はそっちが約束の報酬を出す番だ」
「渡すのは私じゃないわ」
「はっ!?」
「久しぶりだね。とは言っても数日程度だろうけど」
「げっ!」
物陰からひょっこりと顔を出した、短く整えられた白髪と碧眼の子供。それを見るなりヒュウは露骨に眉を寄せ皺を作る。
「なんだその表情は。僕は化け物かなにかか?」
「そのガキがあんたの城から奪うって言う宝物だったのか?」
喋りかけるリンダラッドを無視するようにヒュウはリビアを見た。
真紅のドレスから今にもこぼれそうな胸を支えるように腕を組んだリビアは満面の笑みを浮かべた。
「そうよ。お嬢様が私の一番大切なお宝なの!」
リビアはリンダラッドの小柄な体に腕を回して抱き着く。その豊穣の女神もかくたるや張りのある胸にリンダラッドの顔が埋もれる。
「城……お嬢様……ってことはだ」
疲弊しきり、ろくに思考回路が働かないヒュウでもそのキーワードを並べていくと察しはついた。
「そうよ。お嬢様はこのヒース国の御息女にして王女を冠する。わかるでしょ? つまり凄い偉いのよ」
「改めて自己紹介させてもらうよ。僕の名はリンダラッド=ロエス。このヒース国の王女だ」
「……お前、女だったのか?」
中世的な顔立ちで性別がまるで判断できなかったヒュウとしては、今の自己紹介を聞いたところでまるで女に見えない。
「まだ成長途中だからね」
ふんと鼻で一つ笑ってみせたリンダラッドは草の上に座りこんだヒュウの顔を覗き込む。年齢不相応の余裕のある笑みがヒュウには気にくわない。
「てめえの正体が王女だろうが、そこら貧乏人だろうと俺が知ったこっちゃねえな。それよりも仕事はこなしたんだ。さっさと報酬を出してもらおうか。こっちはそれ持ってこの国を早々出なきゃならねえだから。
明日から御尋ね者だ。いつまでもこの国にいられねえんだよ」
城の宝物庫を襲い、更には大暴れした挙句、ジールと討ち合い。その果ての逃亡だ。
賞金首として名を知らせる紙が街のそこらかしこに貼りだされるのも時間の問題だろう。
「どこか別の国に行くの?」
「ケセラセラ。んなことわかんねえな。とりあえずヒース国の夜明けまでに領地外に出たら、あとは気の向くままに金稼ぎだ!」
この先のことなんて微塵も考えたことが無い。
「無計画な話しだね」
「こいつがあれば俺には何だって出来るんだ!」
ヒュウはポケットにしまい込んでいたレイ・カードを取り出すと歪な笑みを浮かべる。
ヒース国最強のライダーと称されるジールを前に逃げ切ることが出来た。それは事実であり、ヒュウにとって確かな自信だった。
「とにかくさっさと報酬出しやがれ。いつまでもこんな城の近くでグダグダやってられるか」
「はい、報酬。これで良いんでしょ?」
「さっさと出せば良いんだよ。
さてと、の国に居る意味もねえな。次の金稼ぎはどこだか」
地面に座り込んだヒュウの前に放り投げるように寄越されたのは、金貨の詰まった袋だ。疑うように袋の口を開き中を一瞥したヒュウは歪んだ笑みを浮かべて立ち上がる。
「君はそんなにお金が欲しいの?」
突然の質問だった。リンダラッドは心底不思議そうな顔でヒュウを見た。
「ああ。金だけじゃねえ。名声も女も世界も全部自分のものにしてえよ!」
「凄い強欲な話しね……」
ヒュウの歪んだ野望はリビアに呆れ声を出させるには十分なものだ。
際限のない欲望がそのまま人の形になったかのよう男。
──強欲のオリジンを駆るライダー。
紛れもなくヒュウのことだ。
「そんな君にうってつけの旅があるんだ」
「ああ?」
「世界中の宝を手に入れる旅だよ」
リンダラッドはにこりと笑った。
その言葉の意味するところがまるで分からないヒュウにとって『世界』と言う魅力的であり、かつ聴き慣れないな響きに高揚感を覚える。
強欲であるヒュウがこの世界を手に入れる旅が始まる。
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