2-3
◆
「ふーんふふん」
「こんな夜遅くにずいぶんと上機嫌ですね。そのように荷物を纏めてまたどこかへ外出されるおつもりですか?」
ジールの鋭い視線の先には床に広げられた巨大な風呂敷に置かれた大量の本が目に入る。
「そう睨まないでよ」
この間の遺跡へ勝手に外出して以来、リンダラッドを監視するジールの目を鋭く厳しいものがある。
無断外出にはこれまで幾度とない前例があるが、こんな厳しく鋭い監視をしているのは今回が初めてだ。
「あなたのことですから、放っておくと何をしでかすか。好奇心も結構できすけどいつかその好奇心で自分の身を危険に晒しますよ」
「大丈夫。知識探求のために死ねるなら本望だから」
「私はそういうことを言っているのではなく、あなたに与えられた責務と言うもの──」
「ああ、もう。わかってるよ」
リンダラッドはジールの言葉に聞く耳などまるで持たずに小さい体に不釣り合いな大きな風呂敷に本を詰め込んでいく。
「そんなお父さんみたいなこと言わないでよ。ジールは僕の味方だと思ってたのに」
「味方です。ですからこうやって口を尖らして言っているのです。ですからあなたが旅には全面的に反対します」
いじけてみせたリンダラッドに対してジールの口調はまるで緩まない。それどころかより厳しいものとなる。
「……じゃあさあ」
何か閃いたかのようにリンダラッドは含みのある笑みを満面に浮かべてみせた。
ジールにとってどうにも心を騒がせる笑みだ。
「僕の旅にはどうしても護ってくれる人が必要なんだ」
「はあ」
「つまりさあ。もしもジールがあのヒュウをやっつけてオリジンを奪えたら、僕も出発を延期せざるを得ないわけ」
「……手加減などしませんよ?」
「もちろん」
リンダラッドは満面の笑みで頷いてみせた。
このヒース国最強の盾とも矛とも称されるライダー、ジール=ストイル。いまだ肩を並べる者のがいないその比類無き実力がヒュウに向けられるのもリンダラッドはお構いなしだ。
「それでは今からでも──」
「まあまあ。慌てない、慌てない」
今すぐにでも部屋を飛び出しヒュウの下へと走っていきかねないジールの裾を掴んだリンダラッドは落ち着いた声で語る。
その顔には相変わらず心騒がす笑みが浮かべられている。
「果報は寝て待て。これも本で覚えた言葉だよ。待ってればそのうち向こうから来るよ」
「しかし、それではいつになるか──」
「大丈夫。もうすぐ来るよ」
「この城にですか? こんな夜更けに?」
「うん」
あの命すらも天秤にかける強欲さを持った男が何用して、此の国の枢軸たるヒース城へ訪れるのかジールには予想がつかない。
ただ、もしも、万が一、リンダラッドの言葉が本当ならば、それは間違いなくろくでもないことが起きると言うことだとジールは答えを帰結させた。
◆
ゴトリと音をたてて外れたのは石柱の一部分だ。
柱に突然できた人一人がやっと出入りできるその小さな穴からマントを纏ったヒュウが這いつくばるように出てくる。
「ほんとに城にすんなり入れちまったよ」
出口に罠や大量の衛兵でも構えられてるかのと思えばそのようなこともない。
隠し通路は文字通り『隠し』が機能している。
「へえ、これがお城か」
まじまじとヒュウは城内を見渡すが、夜の闇に包まれた城は不気味なほどに静かでヒュウの踏み出す一歩ですら響き渡る。
「おっ、この壺なんて見るからに値打ちがありそうな!」
何気なく飾られたオブジェの一つ一つがどれも値打ちものに見えてくるヒュウは思わず目移りしてしまう。
脳内では目まぐるしく算盤の珠を弾く。
「誰かいるのか?」
「──っ!」
突然響いた声にヒュウは声を押し殺す。
足音はゆっくりと確実に近づいてくる。その足音に、纏った鎧の上下する音も混じる。
「誰かいたか?」
「いや。誰もいないようだ。
確かに人の声がした気がしたんだが?」
二人の衛兵は柱の裏や銅像を一つ一つ確認すると腰に構えた剣から手を降ろす。
「夜な夜な物好きな姫様がうろちょろしてるんじゃないのか?」
「噂だとなんでも城から無断で外出してるとかで王様も頭抱えてるらしいぞ」
「へえ。そんな噂もあるのか。一体どんな人なんだろうな」
他愛もない世間話をかわす衛兵の声が次第に遠ざかっていく。
──姫……
「……行ったか」
銅像の馬に跨り構えを取っていたヒュウは、衛兵たちの足音が聞こえなくなったのを確認してから着地してみせた。
「そう言えばヒース国って王様に娘がいるんだっけ。姫ともなればさぞかし贅沢な暮らししてるんだろうな。攫って身代金の一つや二つってのも悪い考えじゃねえな。っくっく。」
ヒュウも噂程度に聞いたことはある。
国王の寵愛を一身に受けた姫がいることを。
その過剰なまでの愛ゆえにまず一般人の前に姿を現すことがないと。
そんな天上人のような存在ならば、攫えば幾らでも金にできそうだ。ヒュウは思わず歪んだ笑みを浮かべて笑ってしまう。
「とは言え、今日の目的は別だ。さっさと目的の宝物庫に行くとするか。隠し通路は大きな収穫だし、次回にでも幾らでも誘拐のチャンスくらいあるな。
確か見取り図のとおりだと宝物庫はこっちのほうに……」
記憶力の決して良くない頭を叩きながらヒュウは見取り図を思い出す。
◆
「あなたはいつまで、どれだけの本を詰め込まれるのですか?」
「入るだけ。長旅に本はつきものだからね」
「……無駄な準備になるだけですよ」
ジールは手に持ったレイ・カードを輝かせてみせた。言葉の端々から無敗にして無敵の自負と自信が滲みでいてる。
「私がこの手であの男からオリジンを奪い取ってみせましょう」
不敵な笑みでジールはレイ・カードを握りしめた。敵となるは、あの強欲さだけが取り柄の日陰のなかで暮らす卑賤な男だ。
──コンコン……
「ん」
二人の会話に入ってきたのは扉のノックだった。
「お嬢様。御命令通りリビア=オルバ、お出迎えに参りましたわ」
扉を静々と開いたのは真紅のドレスに身を纏った見目麗しき女性だ。派手に開いた胸元には腰まで伸びた赤い髪が触れる。
「オルバ! こんな夜更けに部屋を訪ねるなんて何を考えているんだ!」
部屋へと入ってきたリビア=オルバに真っ先に詰め寄ったのはジールだ。
二人の息を飲むほどの美男美女が顔を突き合わせるそれだけで、城に飾れる一枚の絵画のように美しい光景だ。これでお互いが剣幕を浮かべ睨み合っていなければなお美しかっただろう。
「あなたみたいな堅物が相手ではお嬢様もさぞかし退屈でしたでしょう。ここから先は私がお嬢様のお相手をしますわ」
「放っておくと貴様がリンダラッド様に良からぬことを吹き込むから、私が貴様を遠ざけているのをなぜわからない。だいたいなんだその匂い、姿は? まるで男に媚びる安宿の娼婦のみたいに!」
「あら。これも立派な渡世術よ。
何も知らないまま無知に育てることがほんとにその子のためだと思ってるのはここの馬鹿王様と一緒ね。ねえお嬢様」
リビアのあからまさな蔑む言葉を前にジールは顔を曇らせる。
「王を愚弄するのか?」
「私が忠誠を誓っているのはリンダラッド様だけよ。ねっ」
「言い合いはそこまで!」
次第に語調が激しくなる二人の間にリンダラッドは割り込む。
リビアとジール。顔を合わせれば突っかからずにはいられない。城のなかでも噂が広まるほどの犬猿の仲だ。
「よっと」
「お嬢様。それは私が持ちますわ」
「良いよ。自分の荷物くらい自分で持たないとね」
身体にまるで似合わない大きな風呂敷をリンダラッドは背中に担いでみせた。
「まさか、今すぐに出かけられるおつもりですか!?」
「そうだよ。もうすぐ迎えが──」
慌てるジールに対して屈託のない笑みでリンダラッドが答えていると突然城内に騒がしい声が駆け巡る。
──賊だぁーー!!!
「さて、彼も来たみたいだね」
その一言にジールもすぐさま状況が呑み込めた。
この厳戒態勢のヒース城へと忍び込むなど、名も知れぬ賊が行うべくもない。
──あのライダーか!
ジールのなかで確信めいたものを感じる。強欲にして命すらも天秤の重しとなる男。
「リンダラッド様」
「ん?」
「私が彼からオリジンを奪えば旅は止めると言う話し、嘘偽りはないですよね?」
「そうだね。そうなっちゃったら護衛のいない旅なんて危ないし止めるしかないよね」
まるで緊張感のない声のリンダラッドに対してジールは再び微笑む。
「では私が、彼からオリジンを奪ってきます」
腰に携えた剣を一度鳴らしてからジールは部屋の扉を開く。
城内は騒がしい。
様々な場所を賊は逃げ回っているかのように、ところかしこから衛兵達の声が聞こえてくる。
夜の闇に似つかわしくない喧騒に包まれた城内にジールは眉をしかめる。
──なぜあのような男がオリジンを。
品性も品格もなく、矜持すらもない。平気で人を傷つけ、我が身を濁りに沈ませる男がオリジンを手に入れ、リンダラッドが気にかけている。
「オリジンを持つべき者たる資格。そしてあるべき姿と立場を教え込んでやろう。少々手荒くなるかもしれないが」
◆
「いやいやいやいやいや。こりゃ立派なもんだな!」
宝物庫の扉を開きヒュウを迎えたのはまさにこの世の贅を尽くしたと言わんばかりの光景だ。
──金銀財宝。
ヒュウが頭のなかで思い描いた宝が山のように収蔵されている。
宝飾によって眩いばかりの輝きを放ち、手で触ることすら躊躇う宝剣。山のように積み上げられた大量の金貨。
目に映るはどれも値がつけられない代物ばかりだ。まさしく宝の山だ。
「うひょー!」
積み上げられた金貨の山を前にヒュウは思わず飛び込んでしまう。
「これこれ! これだよ! わざわざ命を賭けてまで潜り込んだ甲斐があるってもんだ」
掴んでも掴み切れない大量の金貨を袋に詰め込んでいく。幾ら入れても入れても山の一角が目減りする程度のものだ。
「金貨よりも、持ちやすくて金になりそうな宝石が先だな」
指輪に首輪。腕輪にティアラや王冠。ネックレスまで。ヒュウは体の至るところに宝石を纏ってみせた。
「ついでにここらへんにある剣も……こんだけありゃ、当面どころかこの国出ても十二分だな」
全身を宝石で固め、大量の剣や盾を考えもなしに背負ったヒュウの姿は、まさに強欲の権化だ。
「さてと。盗むのはこんなもので良いか。そんじゃ仕事を始めるか。一五分間の鬼ごっこだ……せーの……賊だああぁぁっ!!」
思いっきり息を吸い込んだヒュウは腹の底から声を出した。その声は瞬く間に城を駆け巡る。
──なに!? 泥棒!?
──どこだ!?
──宝物庫の方から聞こえたぞ!
──そっちだ!
衛兵達が夜の城を駆け抜けヒュウの下へと集まってくる。
「待てっ! この賊が!」
「城の宝物に手を出しやがって!」
殺気を纏い何十もの衛兵が狭い通路を埋めるよう追っているのは、全身を盗品で固めた栗色の髪をした男。
「ちょっと人数が多すぎるだろ! 全く、どこからこんなに沸いて出てくるんだよ!」
通路を一つ曲がる度。扉の前を一つ通過する度にヒュウを追いかける衛兵の数が増えていく。
逃げ回るヒュウの後ろに気が付けば一〇や二〇ではきかない衛兵が武器を構えて追いかけてくる。
「賊はどこだ!」
「げっ!? 前もかよっ!」
進行方向からは、追いかけてくる衛兵の倍以上が通路一杯に立ちはだかる。壁に当たるかのようにヒュウは足を止め前後に立ち塞がる衛兵を一瞥してみせた。
「恐れ多くもヒース城の宝に手をかけようなど、神でも恐れる蛮行を犯すなど、その身に槍を万本突き立てようとその罪拭えるなどと思うな!」
「行くも地獄。退くも地獄か……」
追いかけてくる衛兵に立ちはだかる衛兵を前にヒュウは一度腕輪を鳴らすと歪な笑みを浮かべる。
「そろそろ約束の一五分経つな。そんじゃ」
ヒュウは持っていた宝飾の剣を鞘から抜く。
「そ、それでこの数に立ち向かうと言うのか?」
「馬鹿な奴だ。この人数を前に──
「せっ!」
──ガシャンッ!
「なっ!!」
窓ガラスに向かい剣を投げつけたヒュウはそのまま窓へと足をかけ外へと半身を出す。
「手前らをいちいち相手してられるか! この筋肉ダルマども!!」
「ば、バカ! ここは四階だぞ!」
「んなことは百も承知だ! アバヨッ!」
何の躊躇いもなくヒュウは外へと身を投げ出す。城の四階と言えば落ちればただでは済まない。
夜の闇にヒュウが纏った金銀の装飾品が輝く。
「えっと、カネ、ゴールド、金……よしっ! 来い、ゴールドキング!」
──金の王。
咄嗟に思いついた名を叫びヒュウは内ポケットのレイ・カードを夜空に掲げる。
「あの光は!?」
レイ・カードから放たれる赫金の輝きはヒース城の一角に巨大な金の柱がのぼる。
闇夜に燦然と浮かぶ赫金の輝きを纏い巨大な口を抱えたレイ・ドール。その操縦席へとヒュウは器用に着地すると、そのまま水晶に手を当てる。
「き、貴様!!」
破られたガラスから叫ぶ衛兵達に大したヒュウは歪んだ笑みを返す。
「じゃあな!」
「我々もレイ・ドールで着地して追いかける──」
「待て!」
慌てるように窓に殺到した衛兵達を制したのは、決して揺らぐことのない芯を持った凛とした声だ。
その声は城を護る衛兵ならば誰もが聞いたことのある声。
このヒース国の堅牢な護りの代名詞にして最強のライダー。
「ジール様!」
「来い! ガリエン!」
十戒のように道が開けると、蒼白に輝くレイ・カードを天へと翳しジールは窓から飛び降りる。
天を貫き吹き上がる蒼白の光。その光から現れたのは紛れもなくこのヒース国最強のレイ・ドール。ジールが駆るガリエンだ。
蒼白の機体はヒュウの行く道を塞ぐように前に立つと、背負った巨大なスピアを抜きそして構える。
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