5-3


「実はやなあ……」

 茶を飲んだテアは一息着いてから語りだす。

 雑木林を包んでいる虫の鳴き声からテアの語りへと全員が集中する。

「いつからかウチも知らんけど、おかしなレイ・ドールの噂が情報屋界隈で流れ始めてるんや」

「情報屋界隈……」

 使っている者すら見かけない骨董品の類ともとれるレイ式銃を構えたままヒュウは頭上を覆う雑木林を眺めながらその単語から、テアのような口喧しい奴が群れた世界を想像したが、すぐに頭(かぶり)を振ってみせた。

 あまり想像したくない世界だ。

「誰も真偽が確認できない噂やけど、なんでも特別なレイ・ドールって言うやつが話題になっとるんや」

「特別なレイ・ドール……でござるか」

 レイ・ドールには幾つか種類がある。

 レイさえあれば誰にでも扱うことのできる何の力も持たない汎用型レイ・ドール。

 この世で最も普及し、農耕、運搬、更には最前線における兵隊までも大方はこの汎用型レイ・ドールによって構築されている。

「レイ・ドールには種類があるんや。

 一番最初は誰にでも扱える汎用型や。

 次に、動かすことは誰にでもできるけど特定のレイを得たときに異質な能力を発揮するレイ・ドール。後者は大国でもそうそうは持ってないやつやな」

「てめえのレイ・ドールはそれだな」

「確かに拙者の示然丸は、拙者が使うことで姿を消す事ができるでござるな」

「なんや!? そのレイ・ドール持ってるんかいな!? あんさん凄いな!」

「そんなことはどうでもいいからさっさと話を続けろよ!」

 輪蔵に詰め寄るテアを前にヒュウは怒声にも近い声と共に銃口を突きつける。

「はいはい。そう慌てなさんな。ところであんさん達はヒース国って知っとるかいな? ヒュウ。あんさんはもちろん知っとるやろ。自分がおった国の名前くらい」

「んなこと言われるまでもねえ!」

「あそこの国の人やったら知らん人はおらんって言われてる有名なライダー……」

「そりゃ俺のことだろ!」

 ヒュウの言葉にテアは呆れるような顔つきで首を振ってみせる。

「あんさんがライダーなんて付き合いのあるウチですら今日まで知らなかったのに、他の情報屋が知っとるわけないやろ。

 あんさんやなくて、ジール=ストロイや。ウチも一度しかお目にかかったことはないんやけど、あの人に関する噂は絶えることないんや」

 ジールの名がテアの口から出た瞬間にヒュウの顔が迷うことなく曇る。

 蒼白のレイを全身に纏い、高潔を旨とし、弱気を助け、傲慢なものを律する。

 ヒュウとはまさに水と油の存在であり、ヒュウの頭のなかでは敵として最も鮮烈な記憶を与えられた存在だ。

 なによりも気に食わないのは金もあり、地位もあり、容姿端麗で国民的英雄として崇められていることだ。

「その名前は拙者の里でも聞いたことあるでござるよ。現世における最強のライダーと聞いているでござるよ。

 機会があれば一度手合わせを御願いしたいものでござるな」

「その最強のライダー様が何だって言うんだよ!」

「おやまあ。ずいぶんと怒り心頭やな。嫌いな方やったかな? まあええわ。話しを続けまっせ。

 噂やけど、彼の操るレイ・ドールは前述した二種とは違って、特定の人間でなければ起動すらできない特別製やけど、動かしたが最後とんでもない力を放つらしいんや。まあ真偽不明の噂に過ぎんけど。

 ただ戦場を駆け抜ける数だけ伝説を持つような御方やからそんな凄いレイ・ドールって言われても信憑性っちゅうもんがあるやろ」

 ヒース国を護る最強の盾にして、ひとたび戦場に立てば最強の矛となるライダー。ジール=ストロイの伝説など語れば夜が明けてしまうほどだ。

「それがどうしてこんな場所で倒れてるのと繋がるの? ジールのレイ・ドールを知りたいならヒース国に向かうんでしょ」

「その特別製のレイ・ドールがそれ一体言うなら本人に直接聞いてこの話は終わりや。

 この話の肝はここからや。よおく聞きいや」

 満面の笑みを浮かべ糸のように細い眼がいやらしく微笑む。商売人としてのテアが見せた表情はますます尼僧服との違和感が凄まじい。

「この特別製のレイ・ドールが複数体存在するって話や。もちろん確証はないから嘘かもしれへん話しかもしれへんけどな」

 髪同様に真っ白なリンダラッドの整った眉がその言葉に僅かにぴくつく。

「そんな眉唾な話を確証もなくよく信じたな。そんなんで情報屋なんてやってられるのかよ?」

「確証のない伝説を事実として疑わないことから情報屋の一歩は始まるもんやで。誰でも知ってるような情報売りさばいたところ二束三文で明日の飯の種も稼げへんわ。他と差をつけたいんやったら他とちゃうことやらな。商売の常識ってやつやで。

 それにやなあ、この噂にはウチの、このテア=フェイラス様の情報屋としての勘が食指を動かしとるんや! 全ては真実やないかもしれへんけど、金の匂いがするんや!」

 確証はない。

 誰も信じることのない噂をテアは疑うことなく、ただ己の勘のみを信じた発言だ。

「あんさんならわかるやろ?」

 その細いような目は銃口を突きつけるヒュウの険のある目つきを見て微笑む。

「ああするな」

 金の匂い。それはヒュウにも感じ取れる言語化できない感覚。

「だがな、それとここで素っ頓狂な恰好して倒れてることとの関係性についててめえはまだ喋ってねえな。ここらにその特別製のレイ・ドールがあるのかよ?」

「あるような噂は……聞いたんやけどなぁ」

 不意にテアの細い目の奥に輝く瞳が動く。

 視線は銃口を突きつけるヒュウからその後ろに立つ金色のレイ・ドールへと向けられる。

「恰好については最初に話した通りや。こんな姿をしてるとなにかと親切な方々に助けてもらえることも多くなるからや。倒れてたのはもっと単純や。情報の真偽を確かめるためにこの森をうろついとったら食い物が無くなって腹が減っただけや。以上、ウチからのお話や」

「その特別製の手がかりってなんかあるの?」

 不意にリンダラッドが手を挙げた。

「手がかりっちゅうのは?」

「見た目とか、そういう探す手掛かりになるもの」

「うーん……今のところ分かってるのは適合したライダー以外が搭乗してもうんともすんとも言わんってことくらいやな」

「話はそこまでだな」

 ヒュウはおもむろに突き付けていた銃口をそらし再び懐にしまう。

「そんな嘘か本当かもわからないような話を信じてここまで来るとはご苦労な話だな。

 下らねえ話を長々と聞かされたもんだ」

 銃をしまい込んだヒュウはマントを下敷きにして草の上に倒れる。

 冷えた土の感触がマント越しに背中へと伝わってくる。

「ウチの話はこれまでとして、今度はウチが質問させてくれへんか? あんさん方に」

「勝手にしろ。俺は寝る」

 ヒュウはテアの言葉に耳を貸さずに目を閉じる。

 ──特別製のレイ・ドール……

 テアの口からこぼれた単語がヒュウの頭のなかに浮かんで消えない。

 決して嘘や噂などではない。ヒュウの持つゴールドキングは間違いなく普通のレイ・ドール以上の力を有したものだ。

 それが根も葉もない噂とは言え情報屋界隈に流れていることが頭の奥底に引っかかる。

「ぐがぁーー」

「あら。もう寝とる」

 大口を開けて派手な寝息を立てるヒュウを前にテアは呆れた声をこぼす。


「ウチとしてはあんさん方のことは全く知らんけどヒュウのことはよお知っとるつもりや。ひっくり返っても慈善事業をするような御方とちゃいますわ」

「そうだね」

 リンダラッドがテアの言葉に真っ先に頷く。

 強欲の権化たるヒュウ。その悪評を語ればジールの伝説以上に長いものになるだろう。

 その日暮らしを続け、生き残るためならいかなる悪行も躊躇いなく働ける一人前の悪党だ。

「そのヒュウがどうしてあんさん方と一緒なのか。なにか金に繋がる旅なんやろ? さもなければお子さん連れての旅なんてせえへんからな」

「んー……どうだろうね。

 僕らも噂か嘘かもわからない旅だからね」

「どんな噂なんや?」

 テアはリンダラッドの言葉に食いつくように顔を寄せる。

 細い眼の奥にある瞳とリンダラッドの碧眼が見合わせる。

「それは……教えないよ」

 リンダラッドはたっぷり十秒間の黙した後に満面の笑顔で答えた。肩透かしをくらうかのようにテアは思わずずっこける。

「情報屋さんならわかるよね。何の理由もなく教えられないよ。僕達は話さなくちゃならない義務もないしね」

「いやいやしっかりしたお嬢ちゃんやな。嫌になるくらいに。

 気になるなあ~。どんな理由やったらあの金の虫が動くんやろう。何でも屋やっとったときも並の稼ぎ話じゃ動かんかったのに」

 どれだけの宝を見据えた旅なのかテアとしてはこれ以上なく気がかりだが、詮索したところで語ってもらえる雰囲気ではない。

 少年と見紛うように中性的な美しさを持った少女の笑みを舌戦において崩す事はできない。


  ◆


「ん? 何しとるんや?」

「起きてたのか?」

「起きてたちゃうわ。起きたんや」

 火を囲むように寝ていた輪蔵とテア、そしてヒュウ。

 おもむろにヒュウは起き上がるとマントを翻す。明かりのない夜の闇に、シンボルたる頭蓋を金貨で割られた骨が笑うように浮かび上がる。

「こんな夜更けに小便かいな」

「そんなんじゃねえよ」

 起き上がったヒュウはおもむろにゴールドキングに手を翳す。それと同時にレイ・カードへと姿を変える。

 枠が金色に輝いたレイ・カード。

「レイ・ドール持って小便ってわけやないな」

「うるせえな。とっとと寝やがれ」

 何かを語るでもなく、テアの詮索をぶっきらぼうに遮ったヒュウはカードを握ったままヒュウは森の奥へと姿を消す。


「なんやったんや?」

「特訓らしいでござるよ」

「うわっ! 起きとったんかいな!」

「ヒュウ殿のように会話してる者達を前に不用心に寝れるほどの豪胆さは拙者にはないでござるよ」

 不意に体だけを起こした輪蔵はヒュウが消えて行った森の奥を見た。

 夜は一段と不気味な姿へと変えた森林。そのなかへと溶けるかのように姿を消したヒュウ。

「しかし特訓やなんてな。そんなことせえへんやつやと思っとったのに。いっつも腕組んで、俺は最強だから訓練なんてやる必要はないんや! とか言ってそうな奴なのに」

 顔や仕草を似せたテアがヒュウの真似をする。恐ろしく似ている。

 輪蔵も何度もそんなヒュウを見てきた。

 決して自分から好んで修行をするようには見えない。

「そうでござるな」

「どんな心変わりがあったのやら……」

「それは拙者も知らぬでござるよ。ただ、拙者以外にもリンダラッド殿やリビア殿も知っているでござるよ。

 毎夜毎夜、レイ・カードを握って姿を消すヒュウ殿の姿を」

 金を追い続け、常に慢心し、自分に甘いヒュウが自らすすんで汗だくとなり訓練をする。テアにはその姿が微塵も浮かんでこない。

 無理して想像してみたところ、汗を浮かべながら笑顔で特訓しているヒュウ……思わず背筋に寒気が走る。

「似合わんことするもんやないで。うちらには関係あらへんし二度寝や。二度寝」

「全くでござるな」

 輪蔵もテアの言葉に深く頷くとゆっくりと目を瞑る。

 その夜、森の奥に灯った金色の輝きに気が付かず眠りへと二人は落ちる。

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