5-2

「きょお~はじつに~良い~天気~や~」

「うるせえ」

 空を見上げながらこぼすテアの鼻歌にヒュウは不機嫌をまるで隠さない声で呟く。

 気に入らない奴と一緒に行動すると言うだけでもヒュウからすれば不満がストップ高だと言うのに、そこへ追い打ちをかけるようにテアはヒュウのゴールドキングに同乗している。

「いやいや。ほんま良い天気やない」

「木が邪魔で天気なんてろくに見えねえじゃねえか」

 レイ・ドールすらもその影で覆う背の高い木々が並んだ雑木林だ。

 時折葉と葉の隙間を縫うようにしてこぼれてくる陽光が眩しいが、殆どの時間は影の下だ。

 ヒュウも空を見上げたところで予想通り葉が邪魔で太陽などろくに見えない。

「なあなあ。そんなことよりもウチとしてはあんさんに聞きたい話しがぎょうさんあるんやけど」

「なんだよ! 鬱陶しいから近づくんじゃねえ!」

 顔を覗き込むように寄ってきたテアの頬を右手で押し返しすヒュウは八の字になった眉にこれ以上ないほどの苛立ちが表れている。

「そんな毛嫌いせんでもええやないか。ウチはあんさんと仲良くしたいだけやって」

「確かに。異様に嫌ってるよね」

 ヒュウの膝に腰を下ろして本を読むリンダラッドがおもむろに口を挟む。

 これまでに一方的にヒュウのことを嫌いになる人間は見てきたが、ヒュウがこれほどまでに特定の人物を嫌っていることはリンダラッドからすれば珍しいものだった。

「てめえはさんざん俺のことを盾にしてきたじゃねえか! 忘れたとは言わさないぜ。一緒の仕事をする度に囮や盾にされてきたからな」

「あ~……」

 思い出したかのようにテアは間の抜けた声で手をぽんと叩く。

 特殊なレイ・ドール、オリジンを手に入れる前のヒュウは何でも屋をしていた。

 リンダラッドが知るところだと、そこに良い噂はない。

 窃盗、強奪の手引きや時に主犯。場所によっては彼に賞金首を掛けているところもあるとかないとかそんなまことしやかな噂も流れてるほどだ。

「それはあんさんが先走るから、それをちょっと利用させてもらっただけやないか」

「平然と言うけどなあ、俺はお前のせいで何度死線を飛び越えたか! 片手で数えられる数を超えた瞬間から覚えるのをやめたぜ」

「でもあんさん生きてるやないか」

「それは俺様の日々のたゆまぬ善行の積み重ねがあったからこそだ。並の人間ならとっくに死んでるぜ!」

「善行……ねえ」

 真摯な表情をして吐き出されたヒュウの言葉にリンダラッドは怪訝に呟いた。

 彼の日常のどこに善行があったかと考えてみると、砂漠で真珠一粒探すようなものだ。考えるだけ無駄なことにリンダラッドはため息を吐いてみせる。

「だからあんさん好きなんや」

 囮に使ったことも盾に使ったこともテアはしっかりと覚えている。幾度となく死へと追いやるような形でヒュウとは別れてきたが、必ず生きて、それも五体無傷で相まみえる。

 ヒュウの言葉通り並の人間なら死ぬことは避けられようとも、とてもじゃないが無傷とはいかないだろう。

 テアの見立てだと少なくとも腕の一本や二本や三本くらい失ってないと見合わない死線をヒュウは何度も重傷を負うことなく駆け抜けてきている。

「殺しても死なないあんさんは大好きや」

「くっつくんじゃねえ! 俺はお前のことが大嫌いだって言ってるだろ」

「ああん。そんなつれんこと言わんといてや」

 寄ってくるテアに対してヒュウは蹴とばすように操縦席の端に追いやる。

 全身を覆う黒が基調の修道服にヒュウの足蹴にした跡がしっかりとつく。

「女性だったら誰でも良いわけじゃないんだ」

「当たり前だろっ! 女はまず顔、体型。それから中身っ! この三拍子揃ってねえ奴に女を名乗る資格はねえ」

「それじゃあウチとか合格やないか!?」

 あまりに理不尽にして無茶苦茶なヒュウの発言を前にテアが寄ってくる。

「乳がねえうえに性格は難ありとか言う生易しいもんじゃねえ。

 及第点とか不合格とか以前に、寄るな!」

「あちゃー。手厳しい評価やな」

 蔑むかのようにヒュウの言葉にテアは相変わらずの笑顔で返す。

「あんさんみたいなワガママで身勝手な人についていけるのなんて、ウチみたいにこの修道服がこれ以上なく似合った女しかおらんやろ」

「……はっ?」

「うわっ!? 凄い呆れ顔!」

「脳味噌にカビでも生えてるのか? お前みたいな奴は指先を湿らせて札束数えてるか、ソロバンの珠でも弾いているほうがよっぽどお似合いだ。

 修道服が似合うなんてどの口が言ってんだ? この口か!」

「ふがが~~!」

 テアのあまりに信じられない発言にヒュウは歪んだ笑みで思いっきりその頬を引っ張る。

「なにするんや!? 痛いやんか!」

 摘まむヒュウの手を弾いたテアは真赤に膨れた頬を擦りながら、開いているかどうかもわからない細い眼に涙を浮かべてヒュウを睨みつける。

「まあ確かにソロバンの珠を弾いてる姿はしっくりきそうだよね」

「だろ」

 リンダラッドはヒュウの言葉通りのイメージを想像するが、修道服のテアがソロバン片手に珠を鳴らして露店を開く姿。

 色々と違和感もあるが、不思議と愛を語るシスターよりはよほど自然に思えた。

「ねえねえ。僕もあなたに聞きたいことがあるんだけど良い?」

「狭いんだから動くんじゃねえよ!」

 ヒュウの膝に座っていたリンダラッドはその小さな体を遠慮なく動かし操縦席の端に座るテアを見た。

 碧眼の大きな瞳を前にテアも僅かに目が開く。

「はいはい、なんや?」

「情報屋さんって、情報を集めるのが仕事なんだよね?」

「こら当たり前のこと聞いてくるお嬢ちゃんやな。情報屋が情報を集めないでどうするんやって話や」

 かんらかんらと笑ってみせたテアを前にリンダラッドはおもむろに周囲を一瞥してみせた。

 人の気配が一切なく、大通りである街道からも外れた鬱蒼とした雑木林だけが続いている。

「こんな場所でなんの情報集めてたの? 僕としてはこんな人気のない場所に情報屋さんが居たってことに偉くひっかかりを感じるんだけど」

「う~ん……良いところに気が付くお嬢ちゃんやな。ひっかかり程度のもんやないやろ」

 情報屋として生計をたてている人間が、売る相手もいないこんな森のなかで倒れているのは明らかに不自然だ。リンダラッドとしては気になってしょうがない。

「単純に帰り道がわからなくて迷って森で倒れてただけじゃねえのか? マヌケだし」

「ウチのことそんなふうに見ておったんや」

 恨みがましい声でテアは呟く。

 ──もし理由があるとするなら……

「真偽を確認したい情報がこの辺にあるってことかな。どう当たった?」

「御明察や。このお嬢ちゃん、ほんまに考えが働くな。単細胞の直情径行なヒュウとは偉い違いや」

「うるせえな。ごちゃごちゃ考えるのは好きじゃねえんだよ。

 じゃあ聞くけど、そのガキの言う通り、何を確認しにこんな場所に倒れてたんだよ?」

「それは秘密や。情報屋が飯のタネの情報をそう簡単に人に話すと思わんやろ? 話を聞きたければそれ相応の銭を払いや」

 人差し指と親指の先をくっつけ輪を作ってみせたテアは莞爾とした笑みを浮かべてみせる。

「なるほど……さてこいつはここにでも置いてくか」

「さんせーえー!」

 ヒュウの呟きに対してリンダラッドは満面の笑みで頷いてみせた。

「ちょちょ、ちょい待ちや!? こんな場所にウチ一人置いてかれてどないせえっちゅうんや!」

「別に俺らも仕事で助けてるわけじゃねえからな。お前を助ける義務はねえよ。むしろ俺は野垂れ死んでくれるほうがありがたいね」

「ヒュウはこう言ってるけど、僕はここにいた理由を話してくれたら、もしかしたら気が変わるかもよ」

「……しゃあないなあ。確かに助けてもろうて何も返さんのも渡世の仁義に反するっちゅうもんや」

「仁義なんて持ち合わせちゃいねえだろ」

 一に自分の命。二に金が信条のテアが仁義だなどと語るなどヒュウからしてみればちゃんちゃらおかしい話だ。

「さて、そいじゃ順を追ってお話ししますわす。何もウチもこんな格好で好き好んでこんな森で倒れとったのとちゃいますわ」

「てっきり趣味かと思ったぜ」

「あんさん、話を茶化さんといて」

 ヒュウの呟きに対してテアは釘を刺すと一つ咳払いをしてみせた。

「えっと……レイ・ドールの情報をちいと調べに来たんや」

「レイ・ドールの?」

 まるで目的が読み取れない言葉にヒュウは思わず首を傾げたリンダラッドはその大きな碧眼がわずかに動きを見せる。


  ◆


「こんなもんで火は良いでござるな」

「また野宿か……たまには布団で寝てえもんだな」

 鬱蒼とした森でゴールドキングと示然丸が立っている内側に火を灯した輪蔵が呟く。

 ヒュウとしてはここ三日の野宿は耐え難いものがある。

 酒も満足に飲めなければ、食料にも限りがあり、それを管理しているリビアはヒュウに対しては一層厳しい態度を見せる始末だ。

「こんなちっぽけな量で腹が膨れると思ってるのかよ」

 決して多くはないが、一人分としては捉えられる量の料理を前にヒュウは口を尖がらせて文句を吐く。

「仕方ないじゃない。次の街までいつまでかかるかわからないんだから。あんたに任せたらそれこそ無計画に一日で全部食べるでしょ!」

「食いたいときに食って何が悪いってんだ!

 それよりもそんな奴に寄越す飯があるなら俺にもっと寄越しやがれ!」

「こ、これはウチのや! あんさんにはあんさんの分があるやろ!」

 今にも迫ってきそうなヒュウを前にテアは皿を自分の体で隠すように覆う。

「そう文句ばかり溢しても飯は増えないでござるよ」

「そうだよ。ゴハンにありつけるだけありがたいじゃないか」

「はっ! 俺はてめえらと違って上品なもんじゃねえからな。飯があるときに食い、無いときは有るところから奪う。そうやって生きてきたんだよ」

 品性の欠片もないヒュウの発言は毎度のことだけに輪蔵もリンダラッドも聞き流すように自分の料理に口をつける。

「安心しいや。この先に橋があってそこを渡ったら次の町は目と鼻の先やから」

「……町が近いの分かってて何で、こんな森のなかで倒れてたんだ?」

「そうでござるな」

「そこは……色々な事情があるんや」

「色々な事情ってなんだ?」

「そら色々な事情や」

「……めんどくせえな」

 ヒュウはおもむろにマントの下からレイ式銃を取り出すと銃口をテアに突きつける。

「探り合いってのは俺は苦手でな」

「確かに」

「自覚はあったでござるな」

「うるせえな。まあ、そういうわけだ。そろそろ何で倒れてるかくらい語らねえと、ついものの拍子で……」

「まあまあ。そんな焦らんと語りますわ! 飯の恩だけやなくて拾ってくれた恩もありますさかい。

 おほん」

 これ見よがしの咳払いを一つしてみせてからテアは立ち上がる。

 全員の視線を集めたことを確認すると細い眼を更に細めて満面の笑みで手を大きく振り上げる。

 尼僧服を纏った者にはまるで似つかわしくないドタバタとした動きだ。

「未確認の情報があれば己が身一つで真偽を確かめ、それを売り歩く根っからの情報屋。テア=フェイラス。本来ならば金貨の詰まった袋でも出してもらわな割に合わんのやけど、命より高いモノはないってことや。救ってくれたあんさん達に恩を返すつもりで特別にお応えしまっせ」

 大仰な動きを見せて語るテアを前に全員がぽかんと口を開いたまま固まってしまう。

「なんや。聞きたいことがあるんやろ。はよ聞いてや。時は金なりって言うやろ。ほれ。さっさと聞いてや」

 焦らすかのように両手で四人を煽るテアに対して最初に動いたのはリンダラッドだった。

 小柄な体をうんと伸ばして手を挙げてみせる。

「じゃあ僕から良い?」

「ほいお嬢ちゃん。言うてみいや」

「さっきも聞いたけど、情報を売る人いないこんなところで倒れてたの? 町が近いならそっちの方が売る相手もいるのに」

「それじゃあまずそれからお応えしますわ。

 情報屋が人のいないところをうろつくなんて理由は一つや。情報の確認。嘘の情報を売ったら信用、ひいては商売にに差し障りが出てまうやん。真偽は自分の眼でもって確認せんといかんやろ」

「ってことはこの辺になんか確認したいことがあったの?」

 リンダラッドの立て続けの質問に対してテアは腕を組んで悩むように唸るが、ふざけているのか真面目なのかまるでわからない。

 真剣さの欠片もない声で唸るテアの姿は滑稽だ。

「色んな仕事を受けてまっからな。一つの情報を確認するためにわざわざこんなところ来まへんわ。

 一つのことで二つの利益をあげな商売はやってられまへんわ」

「つまり二つ以上の情報の確認のために来たってこと」

「せやで」

「その情報ってやつを教えろよ。

 お前のことだ。金にならないことをしないだろうし、こんな場所まで来るくらいだ。手に入った情報ってやつはよほど大層なもんなんだろ」

 ヒュウは歪な笑みを浮かべて銃を回すようにして手で遊ぶ。

「何か隠してるのはわかるけど、その隠してるところからさっきから金の匂い。宝の気配がぷんぷん匂うんだよ!」

 今にも涎をこぼしそうなほど大口を開けたヒュウから飛び出したのは妄執にすら近い言葉だ。

 他がどう思うかなどヒュウには知ったことではない。ただ、テアの言葉の端々から金の匂いが鼻孔をくすぐる。

「ほんま普段は脳味噌空っぽで阿保みたいに猪突猛進しか出来んのに、金を追っかけた途端に鼻が利きまんな。あんさんのそういうところがウチは好きやな」

「冗談言ってないで隠してることがあるんだろ。そいつをさっさと語りやがれ」

「冗談やないのに。まあええわ。

 ウチがここに来た理由は幾つかあるけど、そのなかでも最大の理由はレイ・ドールや」

「レイ・ドール……ってそこらへんで使われてるアレだよね。さっきも言ってたけど」

「もちろん! そのアレや!」

 満面の笑みを浮かべたテアは少し大きめの尼僧服を揺らしながら左右を警戒するように見てから四人に顔を寄せる。

「じつはなあ、ここだけの話なんやけど、レイ・ドールのなかには特別なものがあるらしいんや」

 テアの言葉に思わず四人は視線をかわす。

 心当たりだけならばぴたりと思いつくものが一体、すぐそばで金色の体を光らせ待機しているレイ・ドールが全員の頭に思い浮かぶ。

「特別性のレイ・ドールってなにが特別なんだよ? 見た目か? それともおかなし力でも持ってるのかよ?」

「それがなあ、眉唾な話やからウチも確証なくてここまで来たんやけど、何でもその特別なレイ・ドールっちゅうのは普通のレイやと動かすこともままならない代物らしいんや」

 話を聞けば聞くほど全員の頭のなかに金色のレイ・ドールが浮かんでくる。

 ──特別なレイ・ドール『オリジン』

 リンダラッドがヒース国の城奥深くで死蔵されていた本を読み解き得た単語を合わせてその存在が確認されたものだが、『オリジン』が何を示してるものかわからない。ただライダーを選別するレイ・ドールと言うことが以外は。

「この話は眉唾な話で真偽もまだ確認できとらん話やからな、情報屋としての商品にはならんけど、個人の話ってことで語ってあげるわ。っと、その前にお茶を一杯頂けまっか?」

「はいお茶」

「おおきに」

「茶なんて飲んでないさっさと語れ」

「そう慌てるもんやないで。一服してからでもええやんか。ふへ」

 茶を飲んだテアは間抜けな息を漏らす。

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