5-1


  ◆


「ったく、まだ次の町は見えねえのかよ。いい加減酒が飲みたいぜ」

 明るい橙色の髪を刈りあげるように短く整えたヒュウ=ロイマンは操縦席に座りながら愚痴をこぼす。

 周りはレイ・ドールすらも覆ってしまうほどの雑木林だ。そしてこの雑木林に入ってはや三日も経つ。

 ヒュウとしては酒も飲めなければ満足に飯も食えない貧乏旅だ。

 我慢などというものと最も縁が遠い男だけに口を開けば文句が突いて出る。

「だいたい狭いんだよ。毎回毎回乗ってきやがって!」

「わっ!」

 ヒュウは自分の膝に座り本を読んでいる少女の首根っこを掴んで持ち上げる。

 この旅の始まりの元凶である少女、ヒース国と言う比肩するもののないほどの大国の姫でありながら、ヒュウ以上に己が欲望に忠実な少女、リンダラッド=ロエスはその大きな碧眼をぱちくりさせて掴み上げたヒュウを見た。

「だって、あっちにはリビアがいるし、二体のレイ・ドールがあるわけだから、僕ら四人なら二人ずつに分かれるのが普通じゃないかな」

 菊虎輪蔵の操るレイ・ドール、示然丸と、ヒュウの操るゴールドキング。その二体にそれぞれリンダラッドとリビアが分かれて乗っている状態だ。

 連日ヒュウのもとにはリンダラッドが。輪蔵のもとにはリビアが乗っている。

「普通がどうとかじゃなくてな、俺は美女と、それも俺に従順で、どんな命令にも逆らわない美女以外はこいつに乗せたくねえんだよ」

「美女ならいるじゃん」

「どこに?」

「ここに」

「……」

 リンダラッドから返ってきた言葉に思わずヒュウは閉口する。

 前述の指す美女とは目の前で吊り上げられているのんきな少女のことではひっくり返ってもない。

 まだ成長途中で胸か腹かも区別つかないような凹凸のない体に短い手足。男か女かすら区別のつかない色気のいの字もないこの少女をヒュウは美女として認識できない。

「本気で言ってるのか?」

「なんか変かな? 割と自信あるんだけどなあ」

 リンダラッドは何の不思議もなく自分の体を見た。

 どこからどう見てもヒュウの言う美女ではないが、白く、濁りのない細い髪と宝石の如く輝く碧眼。美女ではないが、仮にも王族としての品格を感じるのは確かだ。だからと言って欲情することもない。

「お嬢様の美しさは世界一です!」

 木を一本挟んで横を歩く示然丸からリビアの声が聞こえてくる。

「ほら、リビアもああ言ってるし」

「俺が言ってるのはボンキュッボンの三拍子揃った女で」

「それってリビアのこと?」

「……外見は及第点だけど性格が壊滅的だからやっぱ中身も大事だよな」

「君みたいな人が他人の性格を問う資格ないんじゃないの?」

「俺は何でも良いんだよ」

「ワガママだなあ」

「全くそのとおりね」

「全くでござる」

 ヒュウをこれ以上なく適当に、それでいて端的に表したリンダラッドに言葉に輪蔵とリビアが頷く。

 他人に厳しく自分に甘くを信条とし、欲しいものは決して譲らない。それが命を賭けることになろうとも。

 まさに強欲がそのまま人の形になったような男だ。

「だいたいどこまで行けば次の宝の在処に行けるんだよ」

「んっと……今は手元に地図ないからわからないや。

 リビアのレイ・ドールに預けてるし。ただ、この林を抜けて橋を一つ越えれば次の街に着くはずだよ」

「抜けたらってどこまで……女?」

 言葉通りだ。

「だ、大丈夫でござるか!?」

 その存在にヒュウの言葉から一拍遅れた輪蔵が示然丸から飛び降り駆け寄る。

 聖職者を語るに相応しい尼僧服に身を包んだ女性が地べたに横たわっている。時折獣の鳴き声も聞こえてくるこの鬱蒼とした森をベッドに選ぶわけはずもない。

「しっかりするでござるよ。拙者達が来たからには安心でござる!」

「ん……」

 女性が糸のように細い眼をゆっくりと開く。

 頭髪を隠すような頭巾からわずかにこぼれる水色の髪。

「どんな女だ? 美女かっ?」

 ゴールドキングから飛び降りたヒュウもすぐさま寄ってくる。

 女と酒。そして宝。その三つのうち一つであるところにはいかに危険があろうとも顔を突っ込む男だ。聖職者と言えどヒュウからすれば女に変わりはない。

「どんな顔してんだ……げっ!」

「ヒュウ殿?」

 輪蔵の後ろから女の顔を除きこむヒュウは瞬時に顰めた表情を浮かべてみせた。

 初めて見せる表情だ。

「ん……あっ!」

 覗き込むヒュウの声に反応した女性が糸のように細い眼を僅かに開く。その細く開いているかどうかもわからない奥の瞳にヒュウの顔を映した途端に指さす。


「いやーお腹一杯になりましたわ。えらい助かりました。なにせ三日も飲まず食わずで、危うく行き倒れになるとこ」

 尼僧服の女はにこやかな笑顔と共に中身のなくなった皿を目の前に置く。

 口元に着いた米粒を拭いとるようにしてから女は目の前に座る険のある目つきをしたヒュウを、開いてるかどうかすらわからない糸のような目で見た。

「飯食い終えたんならさっさとどっか行け。そんで野垂れ死ね」

「そんな酷いこと言わんといてや」

「ヒュウ殿、世に愛と平和を説く聖職者の女性に対してそのような口をきくもんではござらんよ」

「愛と平和ぁ~……はっ!」

 輪蔵の言葉をヒュウは鼻で笑い一蹴してみせる。

 目の前に座る女性はどこからどう見ても博愛主義を旨とし、平和を語り継ぐ聖職者の姿をしている。

「てめえらはこいつの正体知らねえからそんなこと言えるんだよ。天地がひっくり返ったところでこいつが愛を説くことなんてありえねえよ」

「あんたはこの女性と知り合いなの?」

「知り合いなんて遠いもんちゃうよ。ウチと一緒に仕事したときもあったやろ」

「うっせえ女だ」

 ばんと力強く叩いてくる女に対してヒュウは苦虫を噛み潰したような笑みを浮かべる。

「さて、初めましてと名を語るにはちいと機を外してもうて今更やけど自己紹介させてもらいますわ」

 女は尼僧服がまるで似合わないほどあっけらかんとした笑顔と快哉な声で語り始めた。

「性はフェイラス。名はテア。東方に宝の噂があれば駆け付け、西方に伝説があれば駆け付ける。銭になりそうな情報は何でも求めるし、情報が欲しければ銭次第で応えまっせ」

「つまり情報屋さんってわけ」

「ずばり御明察っ! このお子さん、察しがえらくええやん」

「お嬢様に気安く触らないでもらえる」

 テアはリンダラッドの頭を思いっきり撫でるが、その手をリビアが弾く。

「へえ。このお子さん女の子でしたか。こりゃうちとしたことがえらい失礼したわ。お嬢ちゃん、お詫びに飴玉あげるわ」

 どこからともなく取り出した飴玉を一つリンダラッドに差し上げたテアは、さっきから顰め面を浮かびているヒュウを見た。

「お嬢様、そんな毒かもわからないものを食べたら」

「ん?」

「あっ!」

 リビアの言葉などまるで耳も貸さずに何の警戒心もなくリンダラッドは琥珀色の飴を口の中に放り込む。

「甘い」

「どや? 美味いやろ」

「飴の味なんてどうだっていいんだよ。それよりもてめえみたいに情報を金で売りさばく守銭奴がなんでシスターの服装をしてる? 何か悪いモノでも食ったか?」

「そら簡単な話や。この格好してると色んな人が優しくしてくれるからや。何の得もなくこんな珍奇な恰好するわけないやろ」

 かんらかんらと笑ってみせたテアの言葉にヒュウだけが溜息交じりに頷く。

 答えを聞くまでもなく分かり切っていた答えだ。

 平和や愛などを説く気など欠片もない不道徳の塊が尼僧服を纏っている姿と言うのは輪蔵やリビアにとってこれ以上なく違和感があった。

 テア=フェイラス。

 ヒュウが知るところの彼女は言葉通りの情報の売り買いを生業にしてる。そう言ったことで生計をたてているのは何も彼女一人だけではないし、決して特別な仕事ではない。

「単刀直入だけどヒュウはこの人、嫌いなの?」

「死ぬほど嫌いだ」

 婉曲な表現が一切ないリンダラッドの言葉にヒュウも同じく簡潔な言葉を持って即答する。

「ただの情報屋さんでしょ。何をそんなに嫌ってるの?」

「そうや。うちなんてただの情報屋やろ」

「とにかくだ。俺はお前と一緒にいるのは嫌だ。つまり今すぐどっか行け」

「か弱き女性一人をこのような場所に追い出さないで良いでござろう」

「そうや。このお人の言う通りやで。ウチみたいな女の子一人、こんな林に置いていくなんてあまりに殺生やないか。せめて隣の街まで運ぶ甲斐性を見せてくれてもええやろ」

「嫌だ」

 不気味に体をくねらせてテアは語るが、ヒュウとしてはそれが余計に気に喰わない。

 心中を察すまでもなくヒュウの顔には『拒否』の感情が全面へと出ている。

「まあ良いんじゃないの。人が一人増えたところで困る旅でもないし」

「せやせや」

「それに本人も次の街までって言ってるし、橋を渡れば次の街まですぐだよ。そんな一生一緒に居ようなんて話じゃないんだから」

「嫌だ。一秒だって一緒にいたくねえな」

 何を言ってもブスっと頬を膨らますだけのヒュウだがテアはまるでひく様子なく笑みを浮かべている。

「昨日は敵同士でも今日は味方のこともあるでしょ。呉越同舟ってことでいいんじゃない?」

「昨日の敵は今日も敵だし明日も敵だ。一度敵になった奴が味方になることは天地ひっくり返って、空から槍が降ろうとも有り得ない話だな」

「こりゃ恨みが深いね。なにしたの?」

「てんで覚えとりまへんわ。なにかウチが悪いことしたのなら謝りますわ。えろうすんまへん」

 全く謝る気のない笑みで頭を下げられた。

 ヒュウとしてはその行為が謝罪とも思えないし、何よりも本人が何一つ悪気のないところにもはや苛立ちしか覚えない。

「まあヒュウ殿、ここは一つ抑えて。女性を一人この森に放っていくのはあまりに人情の無い話でござるよ。

 ここは彼女を連れて行ってあげようでござるよ」

「……勝手にしやがれ。ただし俺はこいつを助ける気は一切ないからな」

「ほんまウチのこと恨んでまんな。まあそれも過ぎたことや。よろしゅう頼んますわ!」

 何一つ罪悪感のない笑みを浮かべたテアは、一層不機嫌になるヒュウの背中を強く叩く。

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