6-7


  ◆


「おーい、姫様とお仲間さんが戻ってきたよ……って、ドレイク……なにしてんの?」

 扉を軽くノックして輪蔵達がいる部屋へと入ってきたのはリストンは目を丸くした。

「何って見りゃわかるだろ」

「そりゃ見たらわかるけど……」

 輪蔵、ドレイク、リビアの三人がそれぞれがそれぞれ、思うままの恰好で本を読んでいる。

 どれも城を出る際に王立図書館からリンダラッドが勝手に持ち出してきた大量の本の一冊だ。

 騎士団で怠け者でその名が知られているドレイクの尻下がりの眼が本に刻まれた文字を追いかけ左から右へと流れていく。

「あんたに本を読む趣味があったなんて驚きね」

「こいつに勧められたんだよ」

 ドレイクは普段のまるで力のこもっていない気の抜けた声で返事すると顎で輪蔵をさす。

「本は良いでござるよ。

 自分が体験したことのないことを疑似体験でき、見たことのない世界を手軽に見せてくれるでござる!」

「それよりもお嬢様が帰ってきたってほんと!?」

「うん。うちの団長のレイ・ドールが町の入口まで戻ってきてたし、たぶん盗賊退治も終わったんだろうね」

「お嬢様っ!!」

 リビアは赤い髪を揺らして立ち上がると、すぐさま部屋を飛び出す。


「こりゃどうしたもんかね」

 ドレイクが町の入口まで来ると、師団長であるバルドがヒュウが背負いながらぶつぶつと絶えることのない愚痴をこぼしている。

「なんで私が貴様を運ばなきゃいけないんだ!? 私だって疲れているんだぞ」

「てめえが役にたたねえからだろ。何が王立騎士団だ。敵の罠に落ちておまけに身動きが取れなくなりやがって。いい足手まといだぜ! これくらい俺様の役に立ってもらわなきゃな」

「そもそも貴様が盗賊の味方をしなければ──」

「お嬢様っ! 無事でしたか!? 怪我はありませんか?」

「大丈夫だよ。二人がしっかり僕のことを護ってくれたからね」

 リビアがいの一番にリンダラッドの体を全身で抱き寄せる。

 その抱擁によって小柄な体がリビアの両腕で抱きかかえられる。

 純白の白髪を持ったリンダラッドは言い合いがまるで収まらない二人からゆっくりと視線を移す。その先にはこの町の長であるラゼロが気まずい表情で二人を出迎えていた。

「あっ! てめえ! 俺様を罠にハメやがったな」

「ひっ!!」

 レイ欠乏特有の疲労感によってまるで体が動かないヒュウはバルドにおぶさったまま怒鳴る。

 見事なまでに指先一つ満足に動かせないヒュウだが、仮に動くのであればすぐにでもバルドの胸倉をつかんで吊るし上げていたであろう剣幕だ。殺気すら感じられる瞳にラゼロは露骨に怯えてみせた。

「なにかあったでござるか?」

「こいつは盗賊とグルだったんだぜ!」

「どういうこと?」

 町に残り三人の帰りを待っていた四人にはヒュウの言っている言葉がまるで理解できない。


「なるほど。そういうことでござったか」

 ヒュウの話を聞いた輪蔵が腕を組みながら深く二度ほど頷く。

「すすっ、すいません!」

 夜の冷たい風が吹く砂漠の上でラゼロは膝をつき、おでこを擦りつけて謝る。

「頭を上げてください。

 力ない者が力ある無法者に脅されてそれに抗うことは難しいですし、そう言った方々を救うのが我々王立騎士団です」

「な、なんとありがたいお言葉っ!」

 あまりに優しいバルドの言葉にラゼロは震えるような声で顔をあげる。

 誰もが自分より強き者を前に抗うことなどできない。むしろ多くは強き者へ迎合し生きることを望む。

 この町の人々の命を預かるラゼロの立場を考えると誰もそれは責めようとはしない。一人を除いて。

「いいや! 俺様は許さねえよ!

 弱いからなんだっ! 奪う奴がいるなら相手の強さなんて関係ねえ! 死んでも奪わせねえっ──いでっ!?」

 背中に担がれ騒ぐヒュウの体をバルドは砂の上に投げ出す。

「いきなり落としやがって!」

「ここまで連れてきたんだから文句ないだろ」

「どうせならベッドのまで運べよ! 誰が盗賊のボスを倒したと思ってんだ?」

「盗賊団のレイ・ドールの大半を倒したの私だ」

「そう言えば結局、二人の勝負の決着はいかようになったでござるか?」

 輪蔵は言い争う二人をよそにリンダラッドを見た。公正中立にして勝者の景品という立場でついて行った彼女は眉間に皺を作り難しい表情を浮かべる。

「……どっちが勝ったんだろう?」

 盗賊団のレイ・ドールを倒した数だけで言うならば王立騎士団のバルド=ロー=キリシュが圧倒している。しかしそれではこの旅を中断することになってしまう。

 ──それに……

「今回は私の負けだ」

 バルドは誰に追求されるまでもなくそう呟いてみせた。

「マジかよ!? 団長負けたの?」

「嘘でしょ?」

「いや。本当のことだ。経緯はどうあれ私は助けられた形だ。とてもじゃないが満足に勝者を語ることはできない」

 ドレイクとリストンはバルドの発言がまるで信じられないかのように目が丸くなる。

 努力だけでは決して残ることのできない王立騎士団。そのなかでも精鋭中の精鋭のみが得られる師団長の肩書を若くして持った青年。そのバルドがそこいらのどこの馬の骨ともわからないライダーに負けるなど二人には毛頭考えられない。

「行くぞ。お前たち」

 バルドは再びサイラスを砂漠の上に出すと操縦席に跨る。

 ジールが操るガリエンと酷似した蒼白のレイ・ドール。

「団長さん。せっかく姫様が目の前にいるのに良いのかよ?」

 ドレイクの力のない言葉に対して、サイラスの操縦席に跨ったバルドは薄い笑みを浮かべてみせた。

「約束は約束だ。相手がどのような奴であろうと、ジール様ならば決して約束を違えることはないはずだ。だがな!」

 言葉途中でバルドの語調が強くなる。

 金色の瞳が睨みつけた先には、砂漠の上で身動き取れずに寝ころんでるヒュウがいた。

「私は負けた訳じゃないから。ヒュウ=ロイマン!」

「何言ってんだ。勝負にゃ勝ちと負けしかねえんだよ。勝ちを認めねえならてめえの負けだよ」

 砂漠でまるで身動きの取れないまま偉そうに口上を述べる姿は滑稽極まりない。

「勝負は次に持ち越しだ。、一度我々は退くが次に会うときは貴様の最後だ。覚えていろ。ヒュウ=ロイマン! ドレイク、リストン。一度城へと戻るぞ」

「ねえ」

「ん?」

 立ち去ろうとするバルドをリンダラッドの声が呼び止める。

 王家特有の混じりの無い純白の髪の奥で大きな碧眼が覗いている。

「お父さんによろしく伝えといて。

 師団長を出すくらいだからよほど心配してるみたいだけど、僕は元気だよ。って」

「……承知しました。行くぞ」


「しっかしまさかうちの団長が負けるとはね」

「そんなにライダーとして強かったんじょ? あのマントを羽織った男が」

 町が背中に見えなくった頃に夜の星空を眺めながらドレイクとリストンは呟くように語る。

 仮にも王立騎士団師団長の肩書を持つ男が、そんじょそこいらのライダーに負けるなど考えられない。

「強かったさ」

 興味津々のリストンの言葉にバルドは苦虫を噛み潰したかのような顔で話す。

 無法者で自分を律することなく欲望のままに生きている男、ヒュウ=ロイマン。そこいらの無法者のライダーとなんら変わらないと思っていた。

 バルドが尊敬してやまないジールに勝ったなどあり得ないとずっと思っていた。

 ──だが……

 夜を照らし出す黄金のレイ。それも天井知らずとも思えるほどの大量のもの。その二つがバルドの頭から離れない。そしてなによりも──

「勝負はともかく、戻ったら王立騎士団の間で出回っている噂を少し調べるぞ」

「噂って、あの生きたレイ・ドールのことか?」

「団長、全然信じてなかったじゃん」

「いや、ちょっと気になることができた」

 小馬鹿にされながらもバルドの頭の中にはあの金色のレイ・ドールが思い浮かんでいる。

 一般に作られた物にはない、鋭い眼光や地を揺るがさんばかりの咆哮。なにもかもが獣のようだ。

 眉唾な話だが、ゴールドキングを見た後だと不思議とそう噂話と一方的に否定することができなかった。


  ◆


 夜明けの太陽が地平から上がってくるとき砂漠には黄金のレイ・ドールが立っている。

 その操縦席にはヒュウが跨っている。

「よっしゃ! 行くか!」

「すっかり元気だね。レイ欠乏は治ったの?」

「あんなの一晩寝たら治るぜ」

「身動きできないほどのレイを消費したのに、一晩寝たら回復するでござるか……」

「単純な体してるわね」

 レイ欠乏は輪蔵にもそしてリビアにも、ライダーである人間ならば経験したことのない者のほうが少ない。

 そして輪蔵やリビアは、ヒュウのように一晩寝れば完治することなどまずない。

「さてと、世界の美女に金銀財宝がが俺様を待ってるし行くぜ!」

 上がってくる太陽目がけてヒュウは思いっきり叫ぶとゴールドキングの眼も鋭く光る。

「このまま東に一直線だ!」

 黄金の砂漠を照らし上がってくる太陽にヒュウは歪な笑みと共に指さす。

 欲望に塗れたヒュウの眼に見えるのは指さした先にいまだ誰にも触れられず眠りについたお宝だ。

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強欲戦記 ヒュウ! 光丸 @mitsumaru

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