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  ◆


 黄金の砂漠に埋まりながらヒュウは空を見上げた。

 茜色を通り過ぎ藍色へと変化し始めた空には星々が姿を現し始めている。

「へへへっ!」

 砂に半身まで埋まったヒュウ達を見上げているのは勝ち誇った顔で寄ってきた盗賊達だ。

 盗賊達のセンターに先ほどまで見かけなかった一際体の大きな男が立っている。

 大男は肩に刻まれたハートの入れ墨を見せつけた。ハートの下にはランドの文字が刻まれている。歴戦の戦士を思わせる傷だらけの顔を歪め大口を開け男は快哉な声で笑った。

「ランド盗賊団のボス、ランド=マンドリルは俺様のことよ! 俺の手下が世話になったようだが噂に名高い王立騎士団もそうなっちまえばおしまいだな」

 勝ち誇ったランドの声と盗賊達の笑いが藍色の空と黄金の砂漠に響き渡る。

「手を組むって話は……」

 提携を申し出てきた盗賊団の一人をヒュウは睨みつける。

「んなもん嘘に決まってるじゃねえか! それも罠だよ! 罠っ!

 てめえらのレイ・ドールは売りさばいて俺らの肥やしよっ!」

 さっきまで見せていた深刻でそして同情を誘うような表情は微塵もない。盗賊達の顔に浮かんでいるのは愉快痛快と笑い飛ばすような表情だけだ。

「普段裏切ってる人間が裏切られたわけだ」

 リンダラッドがしみじみと呟く。

「姫様! このような砂ごとき私のサイラスが──はああぁぁぁっっ!」

 半身埋まった状態でバルドは大きく息を吸い込む。

 ──裏切る者。奪う者。自分を律することのできない者。私はそれらを断罪する!

 ジール同様の蒼白のレイがバルドの体から放たれそれがサイラスへと伝わっていく……はずだった。

「ん?」

 上半身は確かに蒼白のレイが伝わり、思った通りに動くが、砂に埋もれた半身にレイがまるで伝わって行かない。

 むしろ、その金色の砂に吸われるようだ。

「無駄だぜっ!! 出てこいオークランドッ!」

 ランドの呼び声と共に砂が盛り上がりその下からレイ・ドールが姿を現す。

 巨大な頭から下に伸び出た幾つもの触手が砂に突き刺さっている。黄土色のレイに包まれたレイ・ドールの上でランドは手を組み仁王立ちして笑う。

「うえっ! タコだ……」

「タコじゃないっ! 俺様の相棒、オークランドだっ!」

 リンダラッドの嫌そうな声に対してランドは笑顔を浮かべて叫ぶが、その足の下で蠢いているレイ・ドールはどこからどう見てもタコをそのまま巨大にしたものだ。

「嫌いなのか?」

「食べるのは好きだけど、軟体な生き物はちょっと……」

 リンダラッドの嫌そうな表情をよそにバルドがランドを睨む。

「この砂は貴様の仕業かっ!」

「そうよ。このオークランドの能力は自在に砂を操れるのよ。しかも操った砂を通じて相手のレイを霧散させる力も持ってる。レイ・カードにも戻せねえだろ。

 どうよ。こいつが俺様の相棒の力だ!」

 幾本もある触手を砂漠に突きさすと、砂が大きく盛り上がり小振り城が瞬く間にオークランドの足元に出来上がる。

「出たっ! ボスが喜ぶと出てくるサンドキャッスル!」

「ボスが勝ちを確信したときに出るやつだ!」

 小振りな砂の城を見上げて盗賊達がはしゃぐ。

 決して大きくないが、水のように細かい砂漠の砂で作られたとは思えないほどに細部まで造形された城だ。ランドの言葉通り、見事に砂を操っている。

「ヒース国の王立騎士団と言えばさぞかし高値で売れる素材でレイ・ドールも作ってんだろうな。

 それに、ヒュウ=ロイマン。あんたの悪名高い噂は聞いてるぜ」

「ああっ?」

 砂に埋まった二体のレイ・ドール。そしてランドはヒュウの顔を見た。

「レイ・ドールも持たずに、金のためだけに平気で戦地へ飛び込み、仲間を裏切り、敵を裏切って今日まで生きてきたてめえの悪い噂はこの砂漠までよおく聞こえてるぜ。関わった人間全員を不幸にする男ってな」

「俺様もずいぶんと有名人だな」

「場所によっちゃあんたの首に賞金を懸けてる奴もいるそうじゃねえか」

「へえ。幾らかかってるのか気になるな」

 恨みを買った覚えは多すぎて一つ一つ覚えているわけもない。賞金を懸けられようとなんら不自然なことはない。

「王立騎士団だけじゃなく、そのヒュウ=ロイマンを仕留めたとなればまたランド盗賊団、そして俺っ! ランド=マンドリルの名が売れちまうな!」

 引き締まった筋肉を盛り上げ見せつけるようにサイドチェストのままランドは高笑いを星が見え始めた響かせた。

「こんな奴らに後れを取るとは……王立騎士団として自分が許せない!」

 心底悔しそうに歯ぎしりしながらバルドは、まるで言うことを聞かないサイラスを叩く。

 これまでに無法者のライダー達を倒してきたことによる誇りと自信。そして何より油断がこのような結果を招いた。

 憧れであるジールならば決してこんな状況にはならなかっただろう。

「さあ、おめえらっ! ライダーはさっさと片づけて、レイ・ドールを分解するぞ!」

「イエス、ボスっ!」

 盗賊達はランドの声に一つ敬礼をしてから半身が埋まっているヒュウ達へと近寄ってくる。

「常に奪う側だったヒュウ=ロイマンのレイ・ドールと命を奪う。この広大な砂漠を支配する俺の勲章がまた一つ増えちまうな」

「とっととライダーは始末しちまうぜ!」

 ──俺様から奪う……

「そいつは認められねえな……」

「ヒュウ?」

 その呟きはすぐ傍で埋まっているリンダラッドにすら聞こえないほどの小さなものだった。


「ボ、ボスっ!?」

「な、なんだ!? この光は!?」

 日の光が消え、静まり返った砂漠が突然黄金の輝きを放つ。

 ヒュウの体から赤みを帯びた金色のレイが溢れ、それは波紋となって広大な砂漠へと流れていく。

 ──欲しいものは誰が持っていようと関係ない。

 全てを奪ってきた。

 奪うことはあっても奪われることは決してありえないし、あってはならない。

 今、ヒュウのレイ・ドールに盗賊団が手をかけようとした瞬間だった。

「強欲のレイ……」

 リンダラッドは何度と見てきたその黄金の輝きに視界が覆われる。

「これが、この男のレイっ!」

 黄金の輝きはいくら砂漠に吸われようともとめどなくヒュウの体から溢れてくる。

 王立騎士団のなかでもこれだけの激しく、そして大量のレイをバルドは見た事がない。

「ば、馬鹿が幾らてめえのレイが凄かろうと俺の砂の前でそんなもの──」

「ゴールドキングッ! いつまでもその口閉じてんじゃねえよっ!」

 黄金に輝く砂漠を前に、汗を額に浮かべたヒュウは歪な笑みを浮かべ叫んだ。

 ──WWWWWOOOOOOOOOOOHHHHHH──!!!

「ひぃ!?」

「レレ、レイ・ドールが鳴いた!?」

 砂漠の底でゴールドキングはその巨大な口を開き鳴き声をあげると同時に黄金の輝きが天を突き抜ける。

 機械であるはずのレイ・ドールが生きているが如く鳴き声をあげる。その不気味にして圧倒的な迫力を持った声を前に盗賊達が腰をつく。

「ランドぉ! 俺の欲望をてめえのちんけな腕で止められると思うなよっ!」

「うぉっ!?」

 ヒュウの歪な笑みと同時に砂に突き刺さったオークランドの触手が全て弾き出される。黄金のレイがオークランドの腕を拒絶する。

 強大にして揺るぎのない、ただ純粋な欲望がこの広大な砂漠を満たす。

「ゴールドキングっ!」

 ヒュウは内ポケットから銃を一丁と弾丸を一つ取り出す。

 骨董品に並べられててもおかしくないレイを原動力としたレイ式銃。そして専用弾丸の二つを宙へと高く放り投げる。

 藍色の星空を背に天高くへと舞い上がったその銃と弾丸に全員の眼が追う。

「喰らえっ!」

 それらが落ちて行く先には砂から這い出たゴールドキングの巨大な口が待ち構えている。

 禍々しい牙と共に飛び込んできた弾丸と銃を木っ端に噛み砕く。


「これが奴のレイ・ドール……」

 いまだ砂から這い出ることのできないバルドが見上げたのは黄金の輝きを放ち、右腕に銃を握ったレイ・ドールだ。

 城を護る衛兵達から噂は聞いていた。

 憧れであるジールを破ったとされているのは黄金の、そして銃を持ったレイ・ドールだと。

 今、目の前に立っているレイ・ドールはまさしく噂で聞いた通りの黄金の輝きを放ち、そして右腕に巨大な銃を握っている。

「生きたレイ・ドール」

 噂にしか聞いていなかったが、ヒュウが跨ったゴールドキングの生きているかのような鋭い眼光と鳴き声はまさしく生きたレイ・ドールだ。

「俺の砂からよく脱せたと褒めてやりたいが、そこまでだっ! てめえのレイもそう多くはねえだろ。輝きが小さくなってるぜ!」

 毎度のことながらゴールドキングは無尽蔵にヒュウからレイを吸っていく。

 体の底から全てを吸い取られる感覚のヒュウの疲弊感は筆舌に尽くし難いものだ。

「確かに君の顔色良くないね。このままレイを放ち続けるとレイ欠乏で気を失う──」

「だからなんだ!」

 気を緩めればすぐさま意識は深い闇へと沈んでしまいそうななかでヒュウはリンダラッドの言葉を遮って莞爾と笑みを浮かべた。

「俺様のものに手を出す奴は神だろうと誰だろうと許すことはねえっ!!

 なあ、ゴールドキングッ!」

 ──WWWWWOWOOWOOOOOOOOWHHHHH────────────!!!!

 禍々しい牙が並ぶ巨大な口を開いてゴールドキングが雄叫びを上げると、再び金色の輝きがヒュウから吸いだされる。

「そうだ! もっと吸えっ! 俺様のモノは死んでも奪わせねえ! 奪おうとしてる奴は、この力で吹き飛ばすまでだっ!!!」

 強欲の権化であるヒュウとゴールドキングの二つの意思が融和する。

「なにを俺の戦場で勝つつもりでいやがる! オークランドッ!!」

 ランドの声と同時に黄金の輝きを遮るかのように砂が盛り上がり、幾体ものゴーレムが出来上がり、砂の剣や斧がその手に握られる。

「俺の砂から抜け出したのは驚いたが、砂漠の上で俺と戦おうってのが愚かだったなっ!」

「てめえごときの力で俺様の欲望を止められると思うなよ! 俺様の邪魔になる奴を全て吹き飛ばせ!」

 喉の更に奥。腹の底から雄叫びのような声を吐き出したヒュウに合わせるようにゴールドキングは黄金に輝く銃口をオークランドに向ける。

「ゴールドキィングゥゥゥ────っっ!!」

 黄金の輝きが閃光となって全てを、幾多のゴーレム、オークランドも、そして天の暗闇すらも黄金の閃光が貫く。

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