6-5
◆
「賞金を懸けるべきか否か……」
自分以外誰もいない部屋とわかりながらジールは独り言をこぼしながら一枚の写真を見た。
写真の中には栗色の刈りあげた髪に目つきの悪い男が一人映っている。
裏街道でその名を轟かせたヒュウ=ロイマンだ。
彼の悪行は留まるところを知らない。
この世で思い当たるあるありとあらゆる悪行を全て自分の欲望のためにしてきた男。
はためくマントに刻まれたエンブレム。金貨で頭蓋を割られて笑うされこうべ。金のためなら自分の命すらも平気で天秤に乗せてしまう彼を象徴している。
これまではレイ・ドールなど持っていなかったが、ここ最近、乗り手を選別する生きたレイ・ドール、オリジンに相応しいと見初められた人間だ。
国に悪の影を落とすには十分な存在だ。
仮にオリジンを持った彼の力が暴走すればそれこそただならない災厄となるだろう。
それならば一層早い段階で彼に賞金を懸け捕らえてしまうことすらジールは考えてしまう。
「ガリエン、どう思う」
懐から一枚のレイ・カードを取り出したジールはそれに話しかける。
本来、レイ・ドールが話すことなどありえないが、ガリエンもまたオリジンだ。
言葉はなくともジールにカードを伝い語り掛けてくる。
ヒュウの悪行はそれこそ絶えることなどない。彼の行く先には悪行百般とまで言われている。本来ならば賞金首とされてもなんらおかしくない存在だ。
──しかし、彼に賞金を懸けるということはそれ目当ての賞金稼ぎが姫様に近づくということ。それは姫様を危険に晒すことにもなるだろう。
「はぁ……これほど悩むのならばやはり私が出向いた方が気が楽だな」
ジールは深いため息を吐いた。
王から最も信頼を受け右腕として政にまでその手腕を振るうジールにとって、これほど悩ませる存在は初めてだ。
この一枚の写真を前にここ毎晩頭を悩ましているが、いまだ決断に至らない。
「この男が我々にとってどのような存在になるか。なあガリエン……」
生きたレイ・ドールのガリエンはその蒼白の体を輝かせた。
自分と同じ生きたレイ・ドール、オリジンの存在に対しての高揚ともとれるような輝き方にジールは一つ含み笑いを浮かべる。
◆
「さて日が暮れてきたござるが、まだヒュウ殿達は戻らないでござるか?」
輪蔵は窓から見える空を見上げおもむろに呟いた。雲一つない青空の端は次第に茜色へと変化しつつ夜の気配をじわりと強めている。
「お嬢様に掠り傷の一つでもついてたらあいつの四肢を切断して砂漠のオブジェに変えてあげるわ」
「物騒な言葉は控えるでござるよ」
「あら。あんたはあいつの味方なの?」
「せ、拙者にとってこの旅に敵も味方もないでござるよ」
リビアは真赤なドレスに派手に露出した胸元を寄せるようにして輪蔵の傍へと迫る。
煽情的なその色香を直視できない輪蔵はすっと視線を窓へとそらすが耳まで真赤になる。
焼き付いた谷間の映像が脳から離れようとしない。
「だだ、だいたい、リビア殿は露出が多すぎるでござるよっ! それに言葉遣いも女性としてもっと品格と嗜みを──」
「別に部屋のなかだし良いじゃない。それよりも同じ部屋になった時点で少し期待してたんじゃないの?」
「な、なにを期待するでござるか!?」
「……こういうこと」
輪蔵の背中にのしかかる柔らかい柔らかい感触。不幸なことに一流の忍者ゆえの超感覚が背中に触れているものが何なのかを一瞬で判別してしまう。
輪蔵が面識のある女性と言えば妹の小雪くらいのものだがあまりに比較対象にならない。
リビアの体そのものが輪蔵にとって暴力ならぬ煩力の塊だ。
「心頭滅却すれば火もまた涼し────これまた修行なりっ!」
背中から伝わってくる感触を断ち切ろうとする意思に反しますます神経が集中していく。
「ねえ。私が昔、娼館で働いてた話したよね」
輪蔵の首に細い手が蛇のように巻きついていく。甘く、意識に絡みつくような喋り方。色香と呼ばれる香りが輪蔵の鼻をくすぐる度に理性がどこか遠くへと旅立っていきそうになる。
「お嬢様もいないし手持無沙汰なのよね。私なりの暇潰しに付き合ってくれても良いんじゃない」
「ひ、暇潰しでござるか……」
「そっ。ただの暇潰し」
リビアの妖しく艶めかしい雰囲気が輪蔵を包んでいく。
輪蔵は自身が生唾を呑む音が部屋中に響き渡った気がした。
「なあ。その暇潰し、俺も仲間にいれちゃくれねえか」
「……いつからいたの?」
どこかけだるげで力のない声が二人の耳朶を打つ。
王立騎士団の一人にして第三師団団員、ドレイク=ハスクはつんと尖った黒髪を撫でてから二人を見た。
酩酊してるように生気のない瞳で寄ってくるなり、輪蔵に寄りかかっているリビアの更に上からのしかかる。
一番下の輪蔵はたまったものじゃない。
「うーん。暇潰しだとかなんだとか聞こえたところあたりからかな。
なあ。楽しそうだし俺も仲間に入れてくれよ」
じつに力のない声だ。
けだるさが纏わりついた覇気のない声でドレイクは喋りながらだらっとした体をリビアに押し付ける。
「他人の部屋に勝手に入り込むのが王立騎士団のお仕事かしら?」
嫌がるでもなくリビアは微笑みながら寄りかかってくるドレイクを見た。
「ふ、二人は知り合い同士でござるか?」
一番下で二人にのしかかられる輪蔵は呻くような声を漏らす。
「姫の付き人と王立騎士団程度の顔見知りだな」
「それだけでござるか?」
「それだけよ」
「ほぼ赤の他人でござるな」
大国の組織間における関係など輪蔵にはわからないが、互いが互いの役職しか知らない関係は友とも恋人とも呼ぶことができない。早い話が赤の他人だ。
「リストンの野郎といても面白いことなんて何もねえからな。あの大女、筋トレばっかしてるし。
暇潰すならこっちの部屋のほうが楽しそうだからきたわけよ。
団長が無事に盗賊を退治して戻ってくるまで三人仲良く楽しもうぜ」
気の抜けたドレイクの眼にはわずかに濁った輝きが灯る。
「案外無事に終わらないかもね」
「うちの団長に限ってそれはないな」
どこまで喋ってもまるで張りのない声だが、その奥にははっきりとした意思があるように言葉一つ一つに悩む素振りが一切ない。
王立騎士団団長のジールさんとまではいかねえがうちの団長も一騎当千のライダーよ。それこそ王立騎士団でも近接戦闘におけるスペシャリストだ。そこいら盗賊が束になろうと居眠り運転で倒せちまうぜ」
「盗賊だけならね」
「盗賊だけなら良いでござるが……」
「ん?」
輪蔵とリビアは発言が重なったことに首を二度縦に頷かす。二人の言葉の意味がわからないドレイクはわずかに首を傾げた。
「なぜ貴様が邪魔をするっ!?」
目に映る盗賊団のレイ・ドールを全て行動不能にし、レイ・ドールから降りた盗賊団を一か所に集め勝ち誇っていたバルドのサイラスを襲ったのは突然の跳び蹴りだった。
まるで予想できなかった衝撃にサイラスは砂丘へと顔から突っ込む。
起き上がれば捕まえていたはずの盗賊団を護るように金色のレイ・ドールがサイラスの前に立ち塞がる。
「簡単な話だぜ! こっちのほうが金になりそうだからなっ!!」
茜色に染まりつつある空の下で、強欲をそのまま形にした赤身を帯びた金色が全身を輝かせる。
「金の多寡で立場を変えるなど実に卑怯な男の行動だな。貴様に信念はないのか!?」
「ある! 金が全てだ!」
これ以上ないほど明快でわかりやすい解答を前にサイラスは蒼白のレイを纏いランスを再び構える。
「おっと。こっちにはこいつがいるんだぜっ!」
「うわっ!? な、なに!?」
ヒュウは膝の上にちょこんと座ったリンダラッドの襟をつかむと持ち上げバルドへと見せつける。
「だからなんだ」
鼻で笑ったサイラスはまるで構えを解かない。それどころかランスの先はきっちりとゴールドキングへと狙いをつけている。
「おいおい!? こいつはてめえらの国の姫様だろ!?」
「そんなことは百も承知だ。貴様ごときライダー相手ならば、姫様を傷つけることなく自由を奪うことなど私にとって容易なことだ。覚悟しろ」
「あてが外れちゃったかな? 大事になる前に降参すれば? 今なら許してくれるかもよ」
「う、うるせえなっ! 勝ちゃ良いんだよっ!!」
慌てるヒュウを前にサイラスが砂を激しく蹴り上げ突進する。
レイとは機械を動かすただのエネルギーではない。レイとは魂の力であり、その総量こそ天性のものだが、それを自在に操るには人並外れた訓練のうえで扱うことができる。
農作業や単純な運搬ですらも一朝一夕で出来ることではない。
王立騎士団に入る以前から基礎知識としてその程度のことは学校で教わる。
「っとぉ!? 今のは危なかったっ!」
バルドの操るサイラスが繰り出すランス。その突きはジールと比べて決して遜色のないものだ。
同じ武器を使い追い続けてきたジールのまるで生き写しのような動きだ。
その狙いすました連撃は致命傷こそ与えないが確実にゴールドキングの体を削っていく。ゴールドキングは精彩のないどたついた動きでかろうじて致命傷を避けている。
「この男────っ!!」
──レイの操作訓練すらまともにしたことのない男が──っ!
王立騎士団へと入団すればそれこそ日が昇る前から始まり夜深くまで寝る間も惜しんでレイ操作の訓練だ。満足に休める日などないほどの激しい特訓の日々。心折れる者も少ない。
その訓練を乗り越えた精鋭の中でも更に厳選された者だけが師団長になれる。
幾多もの無法者を裁き、師団長の肩書まで貰い、憧れの方まであと一歩。そう思えるところまで来た。その自信の塊であるランスがゴールドキングにことごとくかわされる。
「よかったね」
「ああっ? なにがだよ!?」
一瞬でも気を抜けばサイラスのランスは瞬く間にゴールドキングの四肢を突き抜くだろう。
膝の上で本を大事そうに抱えたリンダラッドの呑気な声に余裕のないヒュウの怒鳴り声が返ってくる。
「もしも相手が私のことを意識しないで本気だったら今頃貫かれてるんじゃないの? それにしても案外自在に動けるもんだね」
「俺様を誰だと思ってんだよ! 王立騎士団くらい俺の敵じゃねえよ!」
最初にゴールドキングを手に入れたときからリンダラッドは傍でずっと見てきたが、明らかにヒュウの操作技術は上達してる。それも異次元な成長速度で。レイ・ドールを触って僅かな期間でここまで動かせるようになったのはジール以外知らない。
「その割には守ってばっかじゃん」
「ほんとだぜ。ったく、守ってばっかは性に合わないんだよ!」
「武器の一つまともにない君がどうやって戦うの?」
「ったくこういうときに限って口が開かねえってのはどういうことだ!? このポンコツっ!」
ぴたりと閉じたゴールドキングの巨大な口は開こうとしない。思わずヒュウがゴールドキングを殴りつける。
「強欲のレイ・ドールだからね。君、本気で盗賊と協力するつもりないんじゃないの?」
「……まあな。ったくこの機械は俺の心を読むのかよ」
「じゃあなんでわざわざ盗賊に協力するの?」
「いつか殺さなきゃいけない相手が俺にはいるんだよっ!」
ヒュウは歯ぎしりしてみせた。
その男の顔を思い浮かべる度に無尽蔵の敵意が胸中にわく。
あの英雄気取りにして高潔のオリジンを持った男。ジール=ストロイ。
もしも俺の野望のありとあらゆる美女と美酒と財宝に囲まれる夢を叶えるならば、間違いなくそのとき壁になる存在だ。
「今の俺がどれだけ強くなったかあいつを試金石にしてやろうって考えたんだけど、こいつが動かねえんじゃ始まらねえな」
「驚いた。君がお金以外で動くなんてよほどジールが憎いんだね」
リンダラッドは心底驚いた。この強欲塗れで、常に自分の欲望に忠実で美酒と美女すら決して彼の欲望には割り込めない。
そのなかに割り込める人がいたことがリンダラッドには感心したように頷きをこぼす。
「私の突きをかわし続けるだけでも流石と言えるが、そんな動きではジール様の足元にも及ばない。
ジール様と引き分けとなったと噂される貴様の力を見せてみろ。歪んだ噂の元となる貴様のレイ・ドールの残骸を姫様と共に連れ帰り、ジール様の名誉についた泥は私が払拭するっ! さあいい加減本気みせろ!」
「見せろと言われて見せられるなら苦労しねぇんだよぉぉぉっ!」
「な、なにっ!?」
狙い突き出されたランスは肘部分から左腕を千切ることすらおかまいなしにゴールドキングは前のめりに突っ込む。
「くらえぇっ!」
振り上げた拳がサイラスの顔面を思いっきり叩きこまれ蒼白のレイ・ドールは砂漠を派手に転がり砂にまみれる。
「武器が無かろうと、力が出なかろうと俺には知恵があるんだよ! 見たかっ!」
「知恵……ねえ……」
千切れ砂漠に転がった左腕を見てリンダラッドはしみじみとした声をこぼす。
「そんな自爆紛いの攻撃で一発入れたくらいでいい気になるなよっ! 貴様の残った手足も奪ってくれる──わっ!?」
「うぉ!? 流砂!?」
突然だった。
起き上がるサイラス。そして左腕を失ったゴールドキングの二体の中央な巨大な流砂が起きる。
すり鉢状の穴の中央に向かって砂が流れこんでいく。
「上にあがれねえぞ!」
「これはただの流砂じゃないなっ!?」
もがいても這い上がることのできない流砂は、次第に二体のレイ・ドールを飲み込み始める。
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