6-4
◆
「ねえ。どっちが勝つと思う?
うちの団長とそっちの……なんて名前だっけ?」
「ヒュウ殿でござるな」
二体のレイ・ドールが砂漠に足跡を残し地平の彼方へと姿を消したのを見送ったリストンが輪蔵の傍へと寄ってくる。
鎧で包まれた体は厚く、頭一つ輪蔵よりも背が高い。
ドレイクは欠伸を一つして先に出口となる門を潜って町へと戻ってしまう。
「賭けでござるか?」
「賭けなんて大した話じゃないさ。二人の勝負をただ待つのも暇な話だからちょっとした暇つぶしだよ」
頭一つ抜けてるリストンは人懐っこい笑顔を浮かべて輪蔵の肩に手をのせる。
重厚な鎧に纏われた体が輪蔵の忍者装束に触れる。
「私は団長が勝つと思うな。
そんじょそこらのライダーなんて到底及ばないだろうし」
「どうでござるかなあ。ヒュウ殿もあれで凄腕のライダーでござるよ。ただ性格が……」
「性格がなんか問題なの?」
「問題だらけでござるな。何事もなく終わればなによりでござるが」
腕を組んだまま頭を傾げる輪蔵の表情はなんとも言い表し難いものだ。
眉間に皺を寄せ唸る輪蔵に対してリビアも同意するように頷く。
乗り手を選ぶレイ・ドール、オリジンを操るヒュウの性格は二人ともよく知っている。
卑怯、強欲をそのまま言葉にしたかのような男だ。何があっても正々堂々などと言う言葉にはかすりもしない。
「お嬢様、暑くありませんか?」
レイ・ドールで横を歩くサイラスから時折バルドの声が聞こえてくる。
「ん? 大丈夫だよ」
「……」
ヒュウは黙ったまま、隣を歩くレイ・ドール、サイラスをじっと見た。蒼白のカラーリングに背負った巨大なランス。どこかで見た覚えがある。はっきりとは思い出せないがヒュウからすれば決して良い記憶ではないことがわかっているだけに、小骨が引っかかるように気持ち悪い感覚だ。
出来ることなら思い出さない方が良い記憶と言うものわかっているが、それでも気になる。
「…………」
「さっきから黙ってどうしたの? 普段だったら、あち~、だの、腹減った~、だの言ってるのに」
本を読んでいたリンダラッドが顔をあげるとヒュウはまるで似つかわしくない神妙な面持ちでサイラスを見ていた。欲望のままに言葉を吐き出してるヒュウが黙り込むことがリンダラッドには珍しくて仕方がない。
「いや、あのレイ・ドールがどっかで見たことあるような気がしてな」
「ジールのガリエンでしょ」
「……あっ!」
──そうだ!
あの負けを知らないで育ってきた、英雄気取りのジール=ストロイが操るガリエンと、横を歩くサイラスが酷似していることにヒュウはリンダラッドの言葉で間抜けな声を出して思い出す。
「似ているのも当然だ。私がジール様のガリエンに寄せて作らせたものだ。私なりにあの方への憧れを形にしたものだ」
「なにが憧れだ。あんな奴のどこに憧れを抱く部分があるのやら」
「裏街道でゴミを漁って生きてきた貴様にはあの方の苦労などわかるはずもないだろう」
「これっっっっっっっっっ──────っぽっちもわかりたくもねえな! あんな英雄気取りの野郎のことなんて」
「君、相当ジールのことが嫌いなんだね」
何をするにも相性の悪い相手と言うのがいる。ヒュウがそう実感したのはあの男、ジールと出会ったときだ。
「嫌いなんてもんじゃねえ。でえっ嫌いだ!」
言葉を交わした回数など片手で数えるほどしかないだろうが、右と思えばば左。上と思えば下。赤と思えば青。
思考から始まって何もかもがことごとく正反対だということはすぐにわかった。
「ここの盗賊と言い、貴様のように姫様を攫うライダーと言い、レイ・ドールの力に溺れる者が少なくないなかでジール様はその圧倒的な力を高潔の精神でしっかりと制御し国を護っている。
その一事を見ることで万端を知ることができよう」
「力ってのは、自分の欲しいものを手に入れるためにあるんだよ! ジールの野郎みたいに護るためと偽善者みたいなことやってられっか!」
手に入れた力は、この世の全ての宝を手に入れるためのものだ。ヒュウにとってゴールドキングはそのための道具であり、手段だ。それ以上でもそれ以下でもない。
「そうやってレイ・ドールの力に溺れ、弱き者へ矛先を向ける連中を狩るのが我ら王立騎士団の役割だ」
「へえへえ。さすが噂に名高い王立騎士団だことで。ご立派な信条だこと。けっ」
どこまで行っても平行線の会話に辟易したヒュウは唾を吐く。
ジール同様、話せば話すほど苛立ちが増す相手だ。
「しかし見れば見るほど不気味なレイ・ドールに乗っているな。どこで買ったか作ったかは知らないが趣味が悪いな」
操縦席からバルドは僅かに身を乗り出し横を歩くゴールドキングを見た。
全身金色に輝かせた黄金のレイ・ドールには巨大な口がある。禍々しいほどに鋭い牙をかみ合わせたそれはあまりに不気味な威圧感を放っている。
市場に出回る誰にでも扱うことのできる汎用機とも、個別のレイに合わせられて作られた専用機とも雰囲気が違う。
「うるっせえな。別に俺様がどんなレイ・ドールに乗ろうと勝手じゃなえか」
「それはそうだが……」
凶兆を感じさせるほど不気味だ。
ゴールドキングの瞳の奥にはまるで生きているような輝きがある。
「貴様のそのレイ・ドールを見ているとう根も葉もない噂のレイ・ドールの話を思い出してな」
「噂のレイ・ドール? なんだよそりゃ──」
「バルド、その話詳しく聞かせてよ!」
「うぉっ!?」
「お嬢様っ! 危ないですよ!」
ヒュウの言葉を遮ってリンダラッドがゴールドキングから半身乗り出す。大きく揺れれば今にも落ちそうなほど不安な体勢のままリンダラッドは垂れかかるように操縦席から乗り出しゴールドキングの体ぱしぱしと叩く。
「根も葉もない噂話が最近王立騎士団の間で流れてましてね。乗り手を選ぶ生きたレイ・ドールが居るなんていう怪談が流れてるんですよね。所詮レイ・ドールは人に製造されたもの。意思など持ちようはずがないです」
乾いた笑いを浮かべるバルドに対してリンダラッドは眉を寄せて眉間に皺を作る。
「そのような噂を聞いて恐怖に顔色を変えるような輩はこの誇り高き王立騎士団には居ませんが、残念ながら好奇心を持った人の口に戸は立てらないもので、面白半分にそれを口にするものが後を絶たず……」
「生きたレイ・ドールか……」
おもむろにリンダラッドは寄りかかったゴールドキングを見た。間違いなくオリジンだ。
森で出会った修道服に身を包んだ情報屋の言葉を思い出す。
あっけらかんとした言葉遣いの彼女もオリジンを示唆する情報を持っていた。
──情報屋が持ってるのはわからなくもないけど、王立騎士団まで噂とは言え流れてるってことは……僕ら以外に誰かがこの情報を意図的に広めてるのかな?
憶測に憶測を重ねる思考の堂々巡り。考える手がかりが足りないなかでの思考などやみくもに迷宮を歩くものと同様で時間の浪費に他ならない。
リンダラッドゆっくりと二回、三回と首を振ってみせた。
「噂は噂ですけど、出所不明な噂が自分の周りでちらつくのは私としては気分の良いものではないですね」
王立騎士団、それも第三師団のなかでも噂に対しての反応は人それぞれだ。
バルドはなるべく気にかけないように心掛け、ドレイクを関心を抱く素振りすら見せない。
リストンだけが『生きたレイ・ドール』と言う単語に興味津々な態度だ。
「うぉっ!」
突然だった。
黄金の砂漠を行く二体のレイ・ドールの前に轟音と同時に巨大な砂柱が三本吹き上がる。
「な、なんだっ!?」
「うえっぷ!」
「ぺっ、ぺっ!」
降り注ぐ砂を咄嗟に交わしたバルドとは反対にヒュウとリンダラッドは頭から砂を被る。
二人だけでなく操縦席まで見事に砂まみれだ。
「ハーッハハーー!!」
甲高い笑い声と共に黄金の砂漠を数体のレイ・ドールが砂塵を上げ駆け抜ける。
そして瞬く間にヒュウ達を取り囲む。
砂漠を駆け抜けるための激しい駆動を見せるキャタピラと、備え付けられた鈍い光を放ち輝く長い砲塔。
人型とは違う、砂漠で戦うために特化させたレイ・ドール。その素早い動きをバルドはゆっくりと目で追う。
「罠にかかりやがったな!! おっと、怪しい動きを見せるんじゃねえぞ」
取り囲むと一人が顔を出す。
顔に派手な傷痕をつけたスキンヘッドの男だ。
「一……二……三……」
「ちょっとでも動きゃあその瞬間、ドカンよ!」
取り囲むレイ・ドールの砲塔の先が燦然と輝く日の光を受け鈍く輝く。
「貴様たちが近隣の町の水源を奪っている件の盗賊団か」
「そうよ。俺達が、砂漠では天下無敵のランド盗賊団様よ!」
「ランド盗賊団……」
「四……五……六……七体か。メンドくせえな」
盗賊団を前にヒュウは、取り囲むように配置されたレイ・ドールを指さしながら数えると何か考えるように眩い太陽の輝く蒼天を見上げる。
「ランド盗賊団……罠と聞こえたがどういう意味だ」
「ヒヒヒ。本当は教えずに殺すところが人情ってもんだろうだが、てめえみたいな善人面してる奴をとことん後悔させてやりてえから教えてやるぜ!! てめえらは騙されたんだよ!」
目の前の男だけでない。他のライダー達も一斉に笑い声をあげる。
砂漠に合唱のような笑い声が響く。
「なーんか、凄い笑われてるね」
「な、なにがおかしい!?」
腹を抱えて笑う男の態度にバルドは眉を吊り上げるが、それでも笑い声は収まることがない。
「この砂漠じゃ持ちつ持たれつで生きてるわけよ。俺らは水源の水を売る。その代償として町の奴らは、他所から来たライダーをここへと誘導する。ギブアンドテイクってやつだな。そしてその奪ったレイ・ドールを売って俺達はますます稼げるってわけだ!」
「……なるほどな」
笑い声が混じるスキンヘッドの男の言葉にヒュウは小さく頷く。
「ど、どういう意味だ!?」
「つまり俺らはハメられたってわけか」
「そういうことだよ! この間抜け共!」
スキンヘッド男の悪態に対してバルドだけがいまだその頭にクエスチョンマークが浮かんでいる。
「ま、町の人もグルだったということか?」
「あとは砂漠において天下無敵のランド盗賊団がお前らのレイ・ドールを俺達が奪う。
お前らは水のために捧げられた生贄ってわけだ。ご愁傷様!」
男はげらげらと品のない笑い声をあげながら手を合わせる。それがバルドの感情を逆なでする。
「ヒュウは予想できてたの? えらく落ち着いてるけど」
「できるわけねえだろ。
ただ誰も信用したことなんてねえからな。こうなろうと別に驚くような話しじゃねえってだけの話だ。裏切ることも裏切られることもいっつも考えてるからな」
宝のためならばありとあらゆる悪行を行ってきたヒュウ=ロイマン。それを語るにわかりやすい言葉だ。
「あそこにそういうのが日常じゃない人がいるよ」
リンダラッドがおもむろに横に立つ蒼白のカラーリングが目立つサイラスを指さす。
その操縦席で俯いたまま
「そ、そんなあの人達の好意が私達を罠にハメるためのものだったのか……」
信じていた。
砂漠に住む人々が盗賊団に水源を奪われ困っているという言葉をバルドは疑うことなく全て信じていた。だが、箱を開けてみればそれはバルド達を罠にかけるための過程の一つに過ぎなかった。
「これだから温室育ちはよお。よっと」
「どわぁっ!」
呆れながらヒュウは、ゴールドキングでサイラスの背中を思いっきり蹴とばす。
「な、なんだぁ!?」
まるで予想していなかったヒュウの行動にスキンヘッド男も目を丸くする。
あまりに突然の光景に全員が砂漠へ前のめりに倒れたサイラスを見下ろす。
「な、なにするんだ!?」
起き上がったサイラス、そしてそれを操る砂まみれのバルドは剣幕を浮かべてゴールドキングへ詰め寄る。
「何をめんどくせえこと考えてんだか知らねえけど、ここの盗賊団を倒すのは変わらないだろ」
「……それもそうだな」
ヒュウの言葉をゆっくりと理解したバルドの表情は迷いが晴れ真摯としたものとなる。
何も考えずただ、身命をもってして盗賊団を討つ。
バルドは背中に背負った巨大なランスを素早く抜き構える。
ジールよりわずかに薄い蒼白のレイがサイラスを包む。
鋭く、天を突かんばかりの巨大な銀のランスを構えたサイラスのその姿はますますジールの操るガリエンに酷似し、ヒュウは思わず顔を顰める。
「て、てめえらっ!」
二人の言い合いに呆気に取られていた盗賊団は気が付けばランスを構えていたサイラスを前に砲塔を向け、轟音を響かせる。
「遅いっ!」
「大したもんじゃねえか」
感心するような声をこぼしたヒュウの視界ではランスを手に取ったサイラスが六体のレイ・ドールの照準に決して映ることなく動き続けている。
噂に名高い王立騎士団の動きは、その噂に勝るとも劣らないものだった。
砂漠の上にもかかわらず、まるで足場など関係ないかのようにサイラスは機敏に動いてみせた。
「君はいいの?」
「何がだ? なにもせずにあいつが一人で盗賊団退治してくれるならこれほど楽な話はねえな。そんで退治した謝礼金を頂けば万々歳じゃねえか」
轟音唸る戦場から一歩下がったところでヒュウは操縦席に足をかけて背もたれに倒れるように寄りかかる。
戦う気など皆無のくつろいだ姿勢で口笛を吹きながら笑みを浮かべた。
苦労なんてヒュウの辞書にはない文字だ。
「そうじゃなくてさあ」
その伸ばした脚に座ったリンダラッドが覗き込むように顔を近づける。
「いや、勝負は勝たなくていいのかな~って」
「勝負……?」
「いやだから盗賊団をどっちが多く倒すかって話。負けたら僕は連れて行かれちゃうけどいいの?」
「ああ……あっ!?」
──完全に忘れてた!
「だと思ったよ」
「な、なあ、あんた……」
ヒュウの気まずい表情が全てを語っている前でおもむろに声がかかる。
下を見ると、盗賊団の一人がヒュウのゴールドキングの元に寄ってきている。
この砂漠において派手な黒のレザー服。間違いなく盗賊団の一員だ。
「ん?」
ゴールドキングが摘まみ上げた男は明らかにさきほどの男同様にスキンヘッドだ。その頭部に派手な竜の入れ墨を入れている。
「なんだ? しょうもない話ならこのまま遠投決めるからな」
「あんたのそのマントのエンブレム。金さえあれば何でもするって言うヒュウ=ロイマンじゃねえか?
「だったらなんだよ。ムサイ男に言い寄られて喜ぶ趣味なんて持ってねえぞ。ただのファンってなら一〇〇メートル遠投コースだな」
ヒュウの言葉に従うように男を摘まんだゴールドキングが大きく振りかぶってみせる。
「待て! 待て! 俺達と手を組まねえか?」
「金は……」
「たんまりと」
「手ぇ打ったぜ!」
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