3-12


  ◆


 宙を舞った畳の破片が落ちる部屋に十字の槍が表れる。冬玄が操縦する角竜の天と言う前立てが部屋にあがる。

「よっと……ここは二階……で良いのか?」

「そんなこと拙者は知らんでござるよ……むっ!?」

 次いで床から出てきた示然丸の背後からからくり人形が握る刀が機械的に縦に振り下ろされる。

 寸分の狂いすらなく放たれた剣撃。

 ほんの一瞬でも気が付くのが遅れれば示然丸、そしてそのライダーである輪蔵の体は中央から見事な唐竹割となっていたであろう軌跡だ。

「大丈夫か!?」

「拙者の方は問題ないでござるよ」

 鋭く振り下ろされた刀身は示然丸に触れることはなく空を切り、そして畳に刺さる。

 図らずともこの部屋の入り口となるはずだった階段まで示然丸と角竜は下がる。その二体をからくり人形は追うことなく定位置へと戻る。

「奴らはなんでござろうか?」

「教えてやるよ!」

 聞き慣れた声が鼓や拍子木の音を遮って四人へと届く。

「ひゅ、ヒュウ殿!?」

 二体のからくり人形に挟まれるような三階へと続く階段には、あの一度見たら忘れない全身金色、悪趣味とも取れるレイ・ドールの姿がある。

 操縦席には歪な笑みを浮かべたヒュウと複雑な表情を浮かべた小雪がいる。

「小雪! ヒュウ殿! こっちへ戻ってくるでござるよ」

「おっとそこから前に出ない方が良いぜ」

 ヒュウの言葉に今にも追いかけようとした示然丸の足がピタリと止まる。

「こいつらはこの階段に行こうとする連中を阻むから、離れてりゃ攻撃してこねえよ。もしくは俺みたいに階段に踏み込んじまえば良いんだけどな」

「じゃあてめえはこいつらの攻撃をすり抜けて階段に上がったってことか!?」

「そういうことだ。まあ、俺様くらいの実力がありゃそんくらい朝飯前ってわけよ」

 勝ち誇った顔でヒュウは二体のからくり人形に足止めを食らっている四人を見た。

 実際のところは、あわや刀の錆とされる直前に床下から吹き上がった畳の残骸が煙幕となり、それに乗ずることで二体の猛攻を受けることなく通り過ぎれたのが事実だ。

 誰が相手でも止まることのないヒュウの際限なき欲望が招いた結果と言えば、遠巻きに実力と言えないこともないかもしれない話だ。

「小雪! お前は何をしてるか分かってるでござるか!」

「お、お兄ちゃん……」

 呼びかける輪蔵の声に小雪の複雑な表情はよりその色が濃くなる。

 自分が何をしているかなど百も承知だ。

 ──もし邪魔するようならここに置いてくか。

 おもむろにヒュウは小雪を見た。いつ足手まといになってもおかしくない存在だ。更に言えばこの先の道もわからないならば乗せている理由もない。

 次の言葉次第では、小雪を容赦なくゴールドキングから引きずり下ろす。それが例え泣けぼうとも叫ぼうとも。

「ここは里長候補である二体のレイ・ドールを受け継いだ者のみが入り、ライダーとして、里長として試される試練の城、来連城でござるよ。そこに外の者を入れるなど──」

 呼吸一つなく怒りを隠さずに語る輪蔵は、大きく息を吸い深呼吸してみせる。

「わ、わかってます。私も来蓮の里に住む一人ですから。

 これがどれだけの禁を犯してるかなどお兄様から言われるまでもありません! でも──」

 小雪は眉を吊り上げ必死な声で語る。

 普段の大人しいしずしずとした動作からまるで想像もつかない声だ。よほど珍しいことなのだろう。驚きからか輪蔵も冬玄も思っていた言葉が吐けずに再び呑み込んでしまう。

 途切れそうになりながら精一杯の声を出しながら小雪は言葉を続けた。

「里長の座を冬玄さんと奪い合うお兄様の姿なんて見たくありません!」

 かつては共に同じ釜の飯を食べた竹馬の友。それが今や顔を合わせれば火花を散らす間柄など小雪は受け入れることができない。

 そんな二人の今の歪んだ関係を壊せるならばたとえ自分がどんなに禁を犯し、罰を受けようとも構わない。

「里長の座のために財宝を奪い合うなら一層のこと私とヒュウ様で財宝を手に入れ、この来蓮の里長になります!」

「ほ、本気でござるか!? 小雪、何を言っているのかわかってるでござるか!?」

「小雪ちゃん! 里の者じゃねえ奴が里長なになるなんて──」

「確かにヒュウ様は里長ではありません」

 二人の言葉に小雪はわずかに俯く。艶やかな黒髪が小雪の顔を隠す。

 どれだけ突飛なことを言葉にしているのか小雪自身、百も承知だ。

「わ、私はヒュウ様を婿に迎えます!」

「ん?」

「へっ?」

「はっ?」

「えっ?」

 この計画を知っていたリンダラッド以外のヒュウも含めて四人は間抜けな声を漏らす。

「そ、それならお兄様が仰ったことも解決します!」

 無茶苦茶なように聞こえるが確かに道理は通っている……ような気がする。

 冬玄と輪蔵は一度顔を見合わせてからもう一度小雪へと視線を戻す。

 小雪の白い絹のような肌は朱を差すようにほんのりと紅くなっている。

 リンダラッドだけがこの状況を酷く面白がるように笑い声を噛み殺しながら、銀髪の下に笑顔を浮かべ肩を震わしている。

「ど、どうですか!? これなら万事問題ないはずです」

 ──大ありだ!

 自信を取り戻したかのように胸を張る小雪の横でヒュウは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。

 財宝を手に入れることだけを追いかけてきたはずなのに、気が付けば里長候補として巻き込まれ、更には色気のいの字もないような小娘まで引き出物でついてくるなどヒュウからすれば笑えない冗談だ。

「ひゅ、ヒュウ様ッ! 三階に行って財宝を手に入れましょう!」

「あ、ああ……」

 ──どこかでこいつを置き去りにしねえとな。

「ま、待つでござるよ!」

「危ねえっ!」

 階段を上がっていくゴールドキングを追おうと飛び出した示然丸の前に角竜が立つ。その後ろで二体のからくり人形が階段を守る番人として立ち塞がる。

 刀と金棒。互いに武器を抱え示然丸との距離を測っている。

 およそあと一歩。あと一歩、角竜を押しのけ示然丸が踏み込めば、からくり人形の握ったその武器が容赦なく閃き示然丸を襲うだろう。

「こ、小雪ッ!」

 鼓と拍子木の音に満ちた部屋で輪蔵の呼ぶ声など、既に三階へと姿を消した二人に届くはずがなかった。

 二人の前に立ちはだかるのは二体のからくり人形だけだ。


  ◆


「ヒュウ様、お兄様達は大丈夫ですかね?」

「さあな。そこらへんは俺の知ったこっちゃねえ話だ。目的は財宝を誰よりも早く手に入れることだろ」

「そ、そうですけど……」

 後ろ髪をひかれ、どこか不安そうな小雪を無視してゴールドキングは漆の階段を上り続けた。

 巨大な歯車が犇めきの回る音が城に重く響き渡る。

「そろそろ上が見えてきたな。いっけええぇぇ!!」

 三階へと続く。その最後の一段をゴールドキングを大きく踏むと、跳ぶようにして三階へと入る。


「どうなってるんだ?」

 ヒュウは目の前の光景に驚きを隠すことが出来ない。

 三階へと続く階段を駆け上がった先に広がっているのは新緑の優しい色に包まれた雑木林だ。

 森は城の外観以上に広がっている。ここが城内だとあまりに考えられないヒュウは一度振り向く。

 上がってきた階段はまだある。

「……幻術」

 おもむろにリンダラッドが呟いた。

「幻術?」

「来蓮の里に伝わる忍術のなかでも最も高度な類の術です。相手を錯覚させ惑わす術」

「つまりなにか。この光景は全て幻だっていうのか?」

 広い林から香ってくる新緑の香りだけでなく、獣や虫たちがひそやかな鳴き声。

 とてもじゃないが幻などには見えないが、この光景に対して無理やり納得するならば、それくらいしか考えられない。

「幻か……いでっ!」

 不意にヒュウは自分の握った拳で頬を叩く。

「な、なにしてるんですか!?」

「いや、幻なら夢みたいに痛みで目が覚めるかと思ってよ」

 殴った箇所は確かに痛い。赤くなり熱を持ってるのもわかる。それでも目の前の光景は何一つ変わらない。

「これだけ高度な幻術ですとちょっとやそっとの痛みで抜け出せないと思います」

 耳をすませば、葉の擦れ合う音や虫の鳴き声に混じって歯車の駆動音が僅かに聞こえてくる。

 ここは間違いなくあの城の中だ。

 とは言え、幻術を解く方法がないのではどうしようにもない。

「完成された幻術のなかで死んでしまえば精神は死んでしまい、場合によっては永遠に帰らぬ人となってしまうとお聞きしてます」

「つまり、幻だからって言って死ぬ可能性は大いにありってわけだ」

「たぶん……」

 これだけ巨大にして完成度の高い幻術をいまだ小雪も味わったことがないだけに確証を持つことはできない。

 ただ、これだけ大規模な忍術だ。

 一人や二人で行えるものではない。それが仮に天才忍者と呼ばれた冬玄や輪蔵でもやはり不可能だろう。

「この城全体が幻術の巨大装置になっているのかと思われます」

「んなこといくら考えてもしょうがねえや。俺たちがすることはこの幻の世界で財宝を探す事だろ」

 こんな謎に満ちた空間の考察などいくらしてみたところで一銭にもならない。そんなことを喜ぶ奴など……一人思い当たる。

 銀色の短髪をした少女。

 謎と言うことに関しては無条件で飛びついてくる一国の姫。

 リンダラッドにとってはこの幻の世界はきっと垂涎ものの世界だろう。だがヒュウには全く興味がない。

「立往生してった始まらねえ。いつ後ろからあいつら追いついてもおかしくねえし、さっさと探すか」

「は、はい!」

 全く物怖じしないヒュウに引っ張れるように小雪は大きく頷く。


 ヒュウが城内にあるまじきこの幻術の世界で、まるで異物が入りこんだかのような空間を見つけるのにそう時間はかからなかった。

 背が高く生い茂った木々が立ち並ぶ雑木林。レイ・ドールであるゴールドキングですら及ばない位置にある幾枚もの葉によって作られた影を歩く。

 たった一体の寂れた甲冑が森のなかで鎮座している。幾千もの戦場を駆け抜けたであろう、錆びついた甲冑から、この優しき緑に包まれた森でその存在はあまりに異質だ。

「この薄汚れた鎧が財宝か?」

 辺りを一度見渡してからヒュウはゴールドキングから降りる。

 近くで見れば見るほど汚い。

 容赦なく雨風に晒されてきたのか、赤褐色に錆びた部分けでなく濃い緑の苔すら生えている。

 他のからくり人形同様に背中から一輪のがんぎ車が飛び出している。

「こんな汚え鎧がまさか財宝なわけねえよな」

「たった一つの宝、と伝来だと聞いていますけど、ど、どうなんでしょうか……」

 リンダラッドも財宝の正体は知らない。

 ──これが……

「なわけねえか」

 不気味な威圧感を放つ甲冑をヒュウは蹴とばした。

 ──ギッ

「ん?」

「ひゅ、ヒュウ様!? 甲冑が!」

 背中から飛び出した一輪の歯車が軋む音を立ててゆっくりと回り始める。

 主なき鎧が一人でに動くその光景にリンダラッドは思わずヒュウの背中に隠れマントを掴む。

「ここはどうせ幻だろ。鎧が動こうと地が裂けようと、槍が天から降ろうと別に驚くことじゃねえな。それに勝手に動く人形どもならさっきも見ただろ」

「そ、そうですけど……」

 あまりに豪胆なヒュウを前にリンダラッドは小さな声で頷く。

 ここがいくら幻術で構築された世界だと頭で理解していてもやはり、独りでに動く甲冑の姿は不気味なものだ。

「おい」

 ゆっくりと緩慢な動作で動く甲冑に目線を合わすようにヒュウは腰をかがめる。

 主なき甲冑の眼に鬼火が灯る。


 ──財宝が欲しいか?


 甲冑からではなく世界全体に響くように声は二人の耳朶を打つ。風で攫われてしまいそうなその声にヒュウは歪な笑みを浮かべ朽ちかけの甲冑へ手を置く。

「当たり前だ。何のためにあんな人形ども相手にしてここまで来たと思ってるんだ! 手ぶらじゃ帰れねえんでな。

 もったいぶらねえでさっさと出しやがれ!」

 ──では貴様達に最後の試練を与えよう。

「……達?」

 言葉にわずかに引っかかりを覚えたヒュウを前に甲冑は軋む音を立てて立ち上がると腰に携えた刀を鞘からするりと抜く。

 見事に錆びついたその刀から、皮でも剥くかのように錆が剥がれ落ちていく。

 甲冑も同様に錆が落ちていく。

 ──終之路。

 重く鷹揚のきいた声が空間全体に響く。甲冑は握った鈍色に輝く刀身を地面へと差し込む。

「うぉっ!? な、なにしやがった!」

 巨大な揺れが大地を襲う。

 ヒュウの問いに対して甲冑は答えずただその双眸に宿った炎を不気味に揺らめかす。

「ひゅ、ヒュウ様!?」

「しっかり掴まってやがれ! ゴールドキング!」

 突き刺した刀を境目に大地が裂け、空は曇天へと染まり、木々は巨大な裂け目へと流れ込むように呑まれる。

 甲冑とヒュウの距離は一瞬にして大きく引き離される。

 世界が変わってしまうなかでヒュウは小雪を肩車したままゴールドキングに乗る。


「幻術とは言えちっとびびっちまったじゃねえか」

 頬を伝う冷や汗をヒュウは手の甲で拭いとる。

 ここは城のなかだ。にもかかわらず、底の見えない深い裂け目に雷鳴轟かす曇天の空。

 そして遥か彼方へと続く一本の道。

 城内と考えればあまりに異質な光景だ。

「こ、これって本当に幻術なんですかね?」

 地の底から吹き上げる熱風。

 風に巻き上げられる砂。

 天を犯す轟雷。

 その全てが現実的で小雪の知る規模の幻術と異なる。幻術と勝手に思い込んでいたがじつは別世界へと来ているのではないのか。小雪にそうとすら思えてしまう。

「んなこと俺の知ったこっちゃねえな。ここが現実かはたまた幻術かなんてどうでも良い話よ。要はこの試練を超えて財宝を手に入れる。それだけだろ」

 ──さあ後継者よ。前に出るが良い。その道は財宝へと続いている。

「そいつは御親切にどうも。そんじゃ最後の試練とやらをさっさと終わらせるとするか」

 操縦席で指を組んで体を伸ばしたヒュウは大きく深呼吸した。

 肺のその奥まで空気が入り込んでくる感触。

 最後の試練だとわかれば俄然力がわいてくる。現金な体なのはヒュウ自身が一番良く分かっている。

 金色のレイが再びゴールドキングに注ぎ込まれる。

「この道が最後の試練……」

 派手な地殻変動によって左右を岩山に挟まれた道。その終着点は小雪の目にはまるで見えない。

「だとしたら前に行くしかねえだろ。なあ」

 ヒュウの言葉に反応するようにゴールドキングの体が金色の輝きその巨大な口を再び開く。

「お、お兄様が来るのを待ちませんか?」

「何をいまさら。お前の兄ちゃん達が財宝の奪い合いするから俺がそれを横からかっさらう。だろ」

「そ、そうなんですけど……」

 ヒュウの言っていることはその通りだ。ここに兄である輪蔵と、里長の座を争っている冬玄の二人が揃えば奪い合いの戦いは避けられないだろう。

 二人が互いの体に武器を突き立てるところなど小雪は見たくない。

「あいつらが下で手間取ってるあいだにさっさと財宝をいただいちまおうぜ!」

「あっ!」

 小雪の言葉などまるで聞く耳持たないヒュウの声と同時にゴールドキングは走り出す。

 ──ズコッ

 何かが外れるような音と同時に曇天が割れる。

「ん……ゲッ!?」

 ヒュウはその光景に思わず言葉を失う。

 長い通路の全てを満たさんばかりの巨大な岩壁が曇天の割れ目から姿を現す。

 それは紛れもなくヒュウを、ゴールドキングを潰そうと迫っている。

「ひゅ、ヒュウ様っ!! 階段まで戻りましょう! きっと幻術から抜けられるはずで──」

「馬鹿言うなよ! ここまで来て退く道はねえよ。財宝に向かって進むだけだ」

 この先に財宝があるならば、例え幾多の罠があろうと、門番が言おうと、そして天井が空から降ってこようがヒュウの欲望は止まることはない。

「いくぜえぇぇっっ!!」

 雷鳴にも負けない声がヒュウから咆哮となって響き渡り、黄金の弾丸となってゴールドキングは駆け抜けていく。

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