3-11

 

  ◆


「通路も出かければ階段もバカでかいな。こりゃレイドールがなけりゃ階段一つまともに上がれねえな」

 漆塗りの艶やかな黒の光沢は覗き込めば顔すら映り込みそうなほど磨かれている。その階段をゴールドキングは一段、一段上がっていく。

 なにもかもがレイ・ドールを準拠にし作られた大きさ城だ。

「里長としてライダーの力を試すお城ですからね」

「そう言えば、なんでレイ・ドールを使いこなせないと里長として認められないんだ? こんな回りくどいことしないで一番人望のある奴に財宝を渡しちまえば良いのにな」

 小雪たちの里の詳しい事情など外部から来たヒュウにはわかるはずもない。

「そういうわけにはいかないんですよね。外国との関わりを絶っている里ですから、もしも里に何か災厄が降りかかってくれば率先してそれを退けるのが里長の役目です。その里長が人望だけでライダーとして無力では。

 その力を証明するためのレイ・ドールの試練なんですから。

 里長として必要なもの。

 人徳。

 忍としての才

 そして与えられたレイ・ドールを手足の如く操るライダーとしての力。その証明となる財宝です。

 この三つを欠かす事は出来ません」

 三本の指を立てて語る小雪の言葉は静かながらもはっきりした芯があり、普段の右往左往している姿からは想像がまるでつかない。

「それならそれで良いんだけど、なんでレイ・ドールが二つもあるんだ? 普通なら里長候補一人に与えて試練させれば良いだけの話だろ」

「……な、なんででしょうかね?」

 ヒュウの、ふと涌き出た疑問に小雪は普段の気弱な表情となり首を傾げてみせた。

 小雪自身もわからない。

 なぜ来蓮の里には二体のレイ・ドールがあるのか。それも輪蔵と冬玄。二人の里長候補の争いをより激しくさせるかの如く。

 不思議に思わなかったわけではない。ただ『伝統』と言う何の答えにもならない言葉がいつもその疑問を打ち消してきた。

「二人に与えられたレイ・ドールになんか意味でもあるのかもな」

「意味って……どうなのですか?」

「そりゃ俺が知るわけねえだろうが。まあ争わせて互いの力を引っ張り出すとかよ」

 ──二人の里長候補と二体のレイ・ドール。

 その言葉が小雪の頭の中で回るが答えなど何も出てこない。

 なぜ里は争いとなる里長候補である二人それぞれにレイ・ドールを渡したのか。不可解なことは確かだが、その疑問を明確にする手がかりとなる情報は小雪にもヒュウにもない。

「そろそろ二階が見えてきたな」

 階段の終わりが見えた。


 階段を上がり終え、静寂に包まれた二階にゴールドキングが足を踏み入れるが、そこは完全な暗闇だ。

 明かり一つなく、ただ城全体を芯から揺さぶるような歯車の駆動音だけが二人の耳に入る。

「真っ暗ですね」

「なんか不気味なところだけど、ここからどこに行けば良いんだ?」

「も、申し訳ございません。私が知ってるのはここまでなんです。あとは試練があると言うことしか聞いてなくて……」

「……」

 ──ということは、こいつもお役御免ってわけだな。どうせ後ろからあいつらが来てるんだ。ここにでも置いてくかな。暗いだけで、人形もいなさそうだしな。

 ヒュウはおもむろに辺りを見渡すがまるで何も見えない。

 ただ暗闇だけが広がっている。何かが蠢く様子もない。

 この広い空間の隅にでも小雪を置いてけば財宝は独り占め──

 ──ポンッ。

 暗闇に一つの音が鳴る。

 独特で聴いたことのない音。

「な、何の音だ!?」

「つ、鼓の音です!」

 ──ポン……ポンポンポンポン……ポポポポン。

 次第に音は早まり周囲で音が鳴りだす。

 音は重なり、一定のリズムを刻む。

「明かりが……」

 天井に吊るされた幾多もの提灯の中に揺れる炎が灯る。ゴールドキングが上がってきた階段に近いところから順に明かりを灯し、部屋の奥へと続いていく。

 二人がいるのは巨大な畳の部屋だ。

 その部屋の左右に設けられた段の上でからくり人形が感情のない動きで鼓を鳴らす。

「ひゅ、ヒュウ様……」

「あのカーテンの向こうになんかいやがるな」

 不安そうにヒュウの肩に触れる小雪に対してヒュウは部屋の最奥に立ち塞がるような幕を見た。

 左右に供えられた門松。そして黒白赤、三色の縦縞が入った定式幕。

 ヒュウの見たこともない柄だ。

 ──カン……カンカン……カンカンカンカン──

 大量のからくり人形が打ち鳴らす鼓の音にすら負けない拍子木の音が割り込んでくる。それも次第に速度を上げ幕が持ち上がっていく。

「階段……それと……」

 上がりきった幕の向こうには、さきほどゴールドキングが踏み越えてきたものと同様の漆塗りの上り階段が鎮座している。

 そしてその左右を挟むように二体の人形が座したまま構えている。

「どうやら門番付きみたいだな」

 座した二体は他のからくり人形同様にがんぎ車が体から飛び出している。無人で動く人形の証でもあるその歯車がゆっくりと回り出し二体は顔を上げる。

 かたや銅(あかがね)色の鎧を全身に纏い巨大な金棒を背負い、かたや袴姿腰に細い長刀を腰に携えている。

 そしてその二体に挟まれるように三階へと続く階段が構えられている。

「二体か……」

 周囲を一度だけ見るが動き出したのはその二体だけだ。他のからくり人形は同じリズムで鼓を打ち、拍子木を鳴らす。

 二体が携えていた武器を抜き放つと、白く鈍い殺意が輝く。

「こいつが財宝までの門番ってわけか」

「ひゅ、ヒュウ様!」

「なんだよ?」

「わわ、私には応援しか出来ませんけど……が、頑張ってください!」

 小雪は一度深呼吸して声を張り上げる。

 ──ほんと役に立たない奴だ。

 ヒュウはそれに返事をせずに溜息を一つ吐いて前を見た。

 立ち上がった二体は手に握った武器を強く握りしめ一歩進む。

「いくぜ! ゴールドキング! こいつらを倒して財宝へ一番乗りだ!」

 ヒュウは楽器の音を全て消し飛ばすかのような大声で叫ぶと同時に全身からレイが噴き出す。

 噴き出す金色のレイは一粒として取りこぼさずにゴールドキングへと呑み込まれていき、全身の金色の輝きに赫灼とした光が混じる。

「これがヒュウ様の──」

 金と呼ぶにはあまりに猛々しく熱い色に小雪は言葉を失う。

 ──欲望のオリジン。

 欲望のレイ。全てを奪い、手中に収める。その一点だけに向けられた熱意。

 ヒュウが跨り操作するゴールドキングは紛れもなくヒュウの欲望によって突き動かされている。

 近づくゴールドキングに呼応するかのように刀を構えた二体の歯車も速度を上げて回り始める。


 ──キンッ──


 細く反った刀を振るからくり人形はまるで優雅な舞で魅せるかのように華麗な動きを見せる。捉えどころのない剣先が涼風のようにゴールドキングの振り回す腕の間を抜けて金色の体を切り付けていく。

「鬱陶しい! 纏わりつくんじゃねえ!」

 受けようにもまるで先が読めない相手にヒュウは無我夢中で拳を突き出してみるが、それすらも空を切る始末だ。

「っとお、あぶね!」

 連撃の影から強襲する金棒の一突きをゴールドキングは紙一重で飛びのきかわしてみせる。当たればゴールドキングの体、そしてライダーであるヒュウごと貫くには十分な威力のものだ。

「隙がねえな」

 舞い散る桜の花弁のように際限なく何重にもなる斬撃が目くらましとなり、その合間を縫うようにときおり一撃必殺の金棒が突き出される。

 喋りもしない人形同士の狂いのない連携を前にゴールドキングは大きく跳びのき上がってきた階段に押し戻される。

「一体でも難儀だってのに、二体もいやがるなんて」

 どちらか一体の相手だけでも骨が折れる。一体ですら弱点らしい弱点など見つからないうえに、二体となれば互いに欠点を覆い長所を伸ばし合っている。

 唯一にの弱点と言えば……

「二体とも……動き止まっちゃいましたね」

 部屋の入口まで戻ってしまったゴールドキングを二体は追いかけるでもなく、そのまま動きを止める。

 宿った殺意だけがゴールドキングを無言で威圧する。

「完全に番人ってわけか……」

「どういうことですか?」

「たぶんだけど、あの二体は階段を護るために元居た場所から一定の距離しか離れることができないんじゃねえかな。もちろん仮設だけど、それくらいしか追いかけねえ理由らしい理由は見つからねえからな」

 二体は上へと続く階段を挟むようにして元の位置へと戻ると、再び構えたまま動きを止める。

「で、でしたらヒュウ様! この距離から何か届く攻撃をすれば!」

「そんなものあるのか? この距離からあの二体の装甲を叩き潰せるような都合の良い武器が?」

「そっ、それは……」

 ──ある。

 どもる小雪とは別にヒュウの中ではその問題を一度に片づけられる武器が確かに思い当たる。

 マントで隠れて見えないが、腰に携えているレイ式銃を一度意識した。

 一度だけ、ヒース国最強のライダーと名高いジールのオリジンを吹き飛ばすために使った力。

 レイ式銃をゴールドキングに喰わせることで発現できるあの化け物のような威力の弾丸。

 それこそがヒュウの思い当たる現状の打開策だ。

 ──一発で二体やれるか?

 あの絶対の力を使えば、この程度の人形など軽く吹き飛ばせるに違いない。だが、一発放てば気絶こそしないが、全身の力を全て奪われるかのような多大な疲労感に襲われるのは目に見えている。そうすれば今度は別の問題も多く発生するだろう。

 弾はたった一発。

「さて……どうしたもんかな……。このままここで手をこまねいてても後ろから来てるあいつらに追いつかれるだろうし」

 ──試しに捨て身の特攻で階段を一直線に目指してみるか……いけるか?

 複雑な戦術など組み立てる頭があるわけではないヒュウとしては希望的観測による無謀な捨て身の突撃が浮かんでくる。

「ひゅ、ヒュウ様……」

 為す術がないと言う現実を言葉ではなく表情で語る小雪はヒュウの肩に触れる。

 力いっぱいなのだろうが、ヒュウからすれば握る力は非力なものだ。

 この現状を打破するには何の足しにもならない。

「あ、諦めませんか?」

 憂いを帯びた表情でこぼした小雪の言葉は儚く、聞き逃してしまいそうなほど小さな声だ。

「何言ってんだ! ここまで来て引き下がれるかよ。財宝だってあの階段の向こうにあるかもしれねえんだ!」

「で、でも、あの二体のからくり人形をかわして三階にあがるなんて。わ、私がヒュウ様をこんなことに巻き込んでしまったから。無理したらヒュウ様が──」

 ──死ぬ。

「俺が死ぬと思ってるのか?」

「……」

 小雪の言葉を遮るようにして語るヒュウは笑ってみせた。

 水流の如く捉えどころのない連撃の嵐。

 一撃をもって全壊となす必殺の金棒。

 その二つを精緻な連携を前に小雪は突破など出来る気がしない。

 それどころか、必殺の金棒によってゴールドキング、そしてヒュウが貫かれる不吉な絵すら脳内に浮かびあがる。

 死なないでほしい。他人を救うために多少なりとも義に反すことをしようとも、いつも親しい人間を護るために必死になってくれる外から来た殿方。

 小雪にとっては兄である輪蔵や、旧知の仲である冬玄とはまるで別の感情を抱かされる男。

「大丈夫だ。俺は死なねえよ」

 ヒュウの体から金色のレイが再び溢れ出る。その一粒として残さずにゴールドキングが吸収していく。

「ヒュウ様……わ、わかりました! 巻き込んだ者の責任として私もご一緒させていただきます」

 弱気な言葉なんて決してはかないヒュウを前に小雪は一度だけ唾をのみ込むと覚悟を決める。

 自分が巻き込んでここまで連れてきてもらった。レイ・ドールを持たない小雪一人でここまで来ることなど決して出来なかっただろう。

「世界を手に入れないで死ねるかってんだ。なあ、ゴールドキングッ!」

 快活な声で喋るはずのないゴールドキングに語り掛けたヒュウは階段を、そして二体のからくり人形を見た。

 ──そうだ! 俺はまだこの世界を手に入れてねえんだ。こんな雑魚ども相手に俺の覇道を止められてたまるかっ!!!

 ヒュウの全身から吹き上がる金色のレイをゴールドキングは余す事なく吸収すると、禍々しい牙が生えそろった巨大な口を開く。

 全てを奪い噛み砕き黄金の牙。

「行くぜぇ!」

 ヒュウの一言にゴールドキングは走り出す。

 財宝を前に止まることなどありえないヒュウの思考とシンクロするかのように違和感なくゴールドキングは動く。

 計画なんてありはしない。

 命をベットした捨て身の突撃だ。

 欲望だけを孕んだレイがゴールドキングを突き動かす。

 迫る金のレイ・ドールを前に二体は再び武器を構える。

 無策無謀の正面突破。

「いっけええぇぇっっ────っっ!!!」

 ──WWWOOOOOooo!!!

「ひゃっ!?」

 叫ぶヒュウに呼応するかのようにゴールドキングが開いた口から猛る声を上げる。思わず小雪はヒュウの肩に抱き着く。

 城全体を震わすほどの咆哮。

 ──ズッ

 ゴールドキングとからくり人形の間に割って入るように突如床下から突き出た刀。

「な、なんだっ!?」

 予期していない突き出た刀の先。しかし走り出したヒュウは止まることができない。

「刻め、華楽刀っ!」

 聞き覚えのある声と同時に剣先が鋭く閃き、幾多もの線条が畳を何分割にも刻み、それらが突き上げられ部屋に舞う。

 舞った畳の破片がヒュウを、そしてからくり人形を分断する幕のようになる。

 ──ええいままよ!!

 止まらずヒュウはより一層力強く、舞った畳の向こうにある階段めがけて突っ込む。

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