3-10


  ◆


「こいつは……」

 ヒュウは向こう見ずに突っ走った先の光景に思わず言葉を失う。

 山のなかはくりぬかれ、緻密に積み上げられた石垣を土台として、その上に巨大な白が築かれている。

 見たこともない形の建物だが、その巨大にして堅牢な様子はあえて言葉にするならば『要塞』と呼ぶに相応しいものだ。

 その要塞は開かれた火口から陽光を浴び天守閣を輝かせている。

「来連城……」

「ん?」

 肩の上でぽつりと小雪が呟く。

 ──城……

 ヒュウはその言葉にこれまで見たきた城を頭のなかに思い浮かべるがどれもこれもその外見は一致しない。

 瓦を積まれ斜面となった無数の屋根に格子が目立つ窓。

「おい。あのなかに財宝があるのか?」

「は、はい!」

 小雪がヒュウの肩に乗せられたまま大きく頷いてみせる。

「ただ、中は試練と言う名の罠が無数に仕掛けられたお城ですので、気をつけてください!」

「誰に言ってやがんだ! それよりもしっかり案内しろよ!」

 ヒュウは白い歯を見せて笑うと一気に駆け出す。

 落とされないようにヒュウの頭にしがみついた小雪は近づいてくる堅牢な城門を見た。

「いくぞ! ゴールドキングゥッッ!」

 懐から取り出したレイ・カードはその存在と威光を示さんがばかりに金色の輝きが柱となって吹き出す。

「いっくぜえぇぇ!」

 怒鳴るような派手な声を周囲に響かせてヒュウが駆るゴールド・キングは一点の迷いすらなく城門を蹴破り駆け抜けていく。


「なんだこれ……でけえな……」

 城内に入るなりゴールドキングはピタリと足を止めた。

 木目鮮やかな巨大な通路。それを挟むようにして先の見えない奥まで並べられた襖。幾多にも並んだ襖には紋であろう特徴的な椿の紅い大輪が刻まれている。

 城の造りと言い独特の美学がこの空間を支配している。

 そしてなによりもでかい。

 自分が小人とになったと錯覚してしまうほどの巨大な通路に襖。レイ・ドールに乗っていてもゆうゆうと通れる巨大な通路は、まるでレイ・ドール用の城だ。

「この城は一体なんなんだ?」

「レイ・ドールを試すための場所らしいですからね。それなりに大きなものと聞いてましたけど、ここまで大きいなんて。

 そして賊を排除するための無数のからくりが設置された要塞」

「一応聞くけど……来た事あるんだよな?」

「ありませんよ」

「案内出来るのか?」

 案内役である小雪の予想していない答えにヒュウは間の抜けた答えを出す。

 これだけ巨大な城だ。一体どれだけの罠が仕掛けられているか。それを案内もなしに財宝を探すとなれば無茶が過ぎるとも思える。

「ヒュウ様、御安心を。私は財宝までの鍵。賊を防ぐ罠を回避する道は全て知っています」

 ──小雪~~~~っっ!! どこでござるか~~?

 ヒュウの考えを断ち切るかのように後ろから声が聞こえてくる。

 輪蔵の声が城の外から山彦の如く響いてくる。

「あいつらの声じゃねえか!? もう来やがったのか」

「ど、どうしましょう!?」

「どうしましょうって……進むしかねえだろ! 追いつかれでもしたら面倒な話しだ。走れ、ゴールドキングッ!」

 ヒュウの声に応じるかの如くゴールドキングは一気に速度を上げる。

「ヒュウ様! 次の十字を右に入ってください!」

「はいよ!」

 ゴールドキングが巨大な通路を小雪の指示通り駆け抜けぬけていく。

 不穏な駆動音だけが来蓮城を包んでいる。


  ◆


「見事に壊されてるでござるな」

 遠慮も躊躇いも気遣いもなく派手に破壊された城門。里の人間が考え無しにこの城門を破壊するとも、できるとも思えない。間違いなくヒュウの駆るレイ・ドールが走り抜けていった痕だ。

「このお城、凄い形してるね。あの城壁なんて──」

 壊れた城門などお構いなしにリンダラッドはその見たこともない造りの数々に夢中になっている。

 大きな瞳だけが煌々と輝く。

 本でも見たことも聞いたこともないような造りの城。独特の美的センスすら持ち合わせた巨大な白の前にリンダラッドは目を離すことができない。

「小雪もヒュウ殿も止めるには追いつかねばならないでござるよ。行くでござる!」

「も、もう少しだけ──うひゃああぁぁっ!」

 リンダラッドの知識欲の探求にまるで耳を貸さずに示然丸が走り出し城内へと跳び込んでいく。


「お嬢様ぁぁぁっ!! もっと速度上がらないの!」

「ったく示然丸の奴! 脚だけは前より早くなってやがる!」

 示然丸の影を追い求めるように冬玄のレイ・ドールも祠内に跳びいる。

 リビアの瞳には姿も影すらも見えないリンダラッドのことしか頭にない。

「見えた! 城門だ!」

 派手に壊された城門は間違いなく何者かが通り過ぎたことをこれ以上なく示している。

「俺らも追いかけるぜ!」

「お嬢様あぁぁぁ!!」

「どおりゃああぁぁ! 角竜様のお通りだー!」

 ヒュウが蹴破ったあとの城門を角竜が更に派手に蹴破る。


  ◆


「ったく、こいつらときたら!」

 巨大な通路を駆け抜けていくゴールドキングの行く先を阻むのは薙刀を構えた無数の人形だ。

 通路を挟むように並ぶ襖がさっと開けば、そこから出てきたのは、形こそレイ・ドールに似ているが、ところどころ目立つところに木製のガンギ車が飛び出している人形だ。極彩色の着物に身を包み頭を結った女性のような人形達は一様にゴールドキングへと襲い掛かる。

 感情のない瞳を持った人形達が薙刀を握り舞の如く派手に立ち回る度に体から突き出たガンギ車が互いに噛み合い回る。

「ライダーもいねえのにどうやって動いてやがるんだ!? とおっ! 危ねえもんをぶん回しやがってよぉ!!」

「この来蓮城を護るからくり人形です。無人の!」

「無人で動いてんのか。そらまた厄介なもんだ! こんなに出てきやがって腹立たしいやら、やってられないやら」

 嵐のように振るわれる幾多もの薙刀の矛先がヒュウを、ゴールドキングを貫こうと迫る。

 舞とも見れる太刀筋はゴールドキングの金色の体を刻んでいく。

 ときおりゴールドキングの拳がからくり人形の頭部を吹き飛ばし、腹部を貫き、腕をもぎ取るが、人形たちはなんら痛む素振りすら見せずに再び立ち上がり薙刀を振るう。

 体の一部が破壊されたところで意思なき人形の舞を止めることはできない。

「ったくキリがないぜっ!!」

「ひゅ、ヒュウ様、次の通路を左です!」

「あいよ! ゴールドキング、左だあ!」

 進路を妨害するかのように迫りくるからくり人形を粗野に殴り飛ばしゴールドキングは木目鮮やかな通路を駆け抜けていく。

 ──こりゃ案内がなかったら確かに辿り着けねえな。

 どれだけの通路を駆け抜けてきただろうか。

 幾多もの十字路を抜けてここまで来た。

 小雪の案内がなければ今頃、この広大にして巨大な城をさ迷い、大量のからくり人形が振るう薙刀の餌食となっていただろう。

「おい、一体どこまであいつらは追いかけてくるんだ?」

「もう少しで階段が見えるはずです! もう少しで……」

「階段? どこだよ。そんなの見つからない──あったぁぁぁぁぁ!」

 長い通路。そして道を塞ぐように襖を開き飛び出てくる幾多ものからくり人形。その向こうの階段へと続く黒の艶やかな光沢が目立つ漆の階段。そしてその先は里長候補としての実力を試される檜舞台だ。

「ヒュウ様、あそこから先は──」

 ──わかってらあ!

 階段の先に何かがいる。

 漠然とした不安だけがヒュウの直感に語り掛けてくる。

 階段の奥に潜む『危険』に対してヒュウは迷うことなく駆けあがる。


  ◆


「おじょうさまああぁぁぁ~~!」

「吠えろ! 景天槍っ!」

 背負った十字の槍は角竜の剛腕によって蛮族の如く振るわれる。それは斬る、突くなどと生易しいものではない。銅の鎧に包まれた角竜がその槍を振るえば柄ですら相手を砕く鈍器だ。

「この、無人のレイ・ドールは凄いなあ。是非解体新書でも作ってみたいものだね」

「切り裂け! 華楽刀!」

 示然丸の反った刀身が線となって閃く。

 音もなく、薙刀を振り下ろす暇すらなくからくり人形の四肢が切断される。

「角から何か来るでござる! 華楽刀!」

 曲がり角から迫ってくる気配に示然丸は再度握る刀に力を入れる。

『うおっ!?』

 飛び出してきたのは互いに武器を構えた角竜と示然丸だ。

 冬玄が跨る角竜と輪蔵が操る示然丸。その二体が幾多もの十字路の一つで鉢合わせとなる。

 二人の駆け抜けた場所はまるで足跡のように幾多ものからくり人形が破壊されている。

「おじょうさまああぁぁぁ──っ!!」

「うおっ!」

 冬玄の頭を踏み台にリビアはその真赤なドレスを翻しながら大きく跳ぶ。示然丸の操縦席へと飛び移ったリビアはその手でしっかとリンダラッドの小柄な体を抱きしめる。

「うわっ!? り、リビア! 暑苦しいよ……」

「もう離しませんよ!」

 リンダラッドの小柄な体を人形のように強く抱きしめたリビアはもはや離す気など微塵もない。

 リビアの腕のなかでいくらもがいてもリンダラッドの体を締め付ける力は全く緩まない。リビアの胸にぎゅっと顔が埋まる。

「ったく、そっちも迷ってんのか」

「仕方ないでござるよ。

 案内役である小雪がいないからには自力で二階へと上がる階段を探すでござるよ。とは言えていつまでも一階で暗中模索というわけにはいかないでござるよ。小雪の案内があれば、既にヒュウ殿は二階へと上がってるはずでござるからな。二人が無事かどうか……」

 冬玄と輪蔵は苦虫を噛み潰したかのような表情で顔を見合わせる。

「……ねえねえ」

「なんでござるか?」

 リビアに羽交い絞めに会いながらリンダラッドは輪蔵の肩を叩く。

「先を行った二人って……上にいるの?」

「そうでござるよ。この広大な城のなかにあるたった一つの階段をのぼって」

 迷宮のような入り組んだ通路に、闖入者の行く道に立ち塞がる無数のからくり人形。それらがこの広大な城に詰め込まれている。

「……お嬢様?」

「……リンダラッド殿、何を考えてるでござるか?」

 大きな瞳で天井を見上げたリンダラッドはおもむろに人差し指を立てる。

 もちろん先にあるものは木目鮮やかな天井だ。

 三人もそれにつられるかのように天井を揃って見上げる。

 やはり見えるのは天井だけだ。

「壊しちゃおうよ」

「……壊す……でござるか?」

「確かにお嬢様の言う通りだわ」

 リンダラッドの言葉がいまだ信用できないように輪蔵はもう一度リンダラッドの顔を見た。

 答えは酷く簡潔にして単純なものだ。

上があるならば、壊して上がると言う答えが最も簡潔だ。

「確かにそれしかないでござる」

「おいおい考え直せよ輪蔵っ! このからくり城は精緻の歯車から成り立ってるんだぜ。天井を壊して二階まで行けばこの城がどうなるか──」

「そんなことは百も承知でござるよ! だが、この広大な城内たった一つの上り階段を探している間にも二人がどうなるか!」

 輪蔵の気迫はただならないものがある。

「どうなの? 天井壊していく? それともこの迷宮みたいな場所を白骨になるまでみんなで迷う?」

 無垢な表情のリンダラッドの言葉にとびきりの悪意が含まれている。

「……やるしかないでござるな。人形相手にここへ来たわけではないでござるよ。二人ともしっかり捕まってるでござるよ!」

「おいっ! 輪蔵!」

 冬玄の制止の声などまるで耳を貸さずに輪蔵は操縦席に腰を落ち着けると高い天井を見上げた。

「跳べ! 示然丸っ!」

「ひゃあっ!」

 輪蔵の声に呼応するかのように足に力を溜めて跳躍する。

 空中で大きく動くと示然丸は背中の刀を天井へと突き刺し、そのまま天井板を突き破る。

「ほっと。これくらい朝飯前でござるよ」

「猿みたいですね」

「いかなる場所へとも忍び込む体術。これこそ忍びでござる!」

 いくつもの巨大な歯車が蠢く天井裏に示然丸は着地する。

 あかり一つない天井のなかで巨大な歯車の数々が回り互いが互いを動かし、噛み合い、この来連城を振動させている。

「よっと」

 三人の横に狙いを定め掠め角竜は十字の穂先が天井へと突き刺す。

「伸縮自在景天槍」

 天井へと突き刺さった槍の柄が縮み角竜の巨体を持ち上げる。それどころか、勢いよく天井へとぶつかる。

 四人は歯車が唸り声をあげる天井裏をまじまじと見た。

 改めてこの巨大な城が一つの、からくりと呼ばれる機構で動いていると言う事実にリンダラッドは胸が躍ってしまう。

「さあ二人を探すでござるよ」

「こんな辛気臭い場所はさっさと出たいしな」

 

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