3-13


  ◆


「参ったでござるな」

 纏った忍者装束に刻まれた幾多もの深い傷跡。輪蔵の呆れ声と共に示然丸が入口となる階段まで押し戻される。

 どれだけの剣撃を潜り抜け、二体のからくり人形から飛び出た歯車に華楽刀を迫らせたことか。

 そのたびに横槍を入れられる形で空いたもう一体が妨害に入る。

「隙が無いでござるな」

「こりゃお手上げだな」

 一糸の乱れすら許されない歯車の如く噛み合った二体の連携に輪蔵は穴を見つけ出す事ができない。

 冬玄と二人同時に向かったところで、からくり人形の隙の無い苛烈な攻撃の前に三〇秒と持たずに二人の連携が崩される。

 離れれば追いかけてこないことから自然と突けば退く。ヒットアンドウェイの持久戦の様相となってしまっている。

 時間だけが刻一刻と流れていくなかで二人は下唇を噛む。

「あの背中の歯車さえ切り付ければ動きを止められるはずでござるが……」

「あいつらの連携は完璧だ」

 かたや機動力が高くいかなる太刀筋もいなし、壁となり連撃を放つ袴のからくり人形。かたや一撃必殺の威力を持つ金棒を高速で突き立ててくる全身甲冑に身を包んだからくり人形。

 弱点がわかっていてもそこへと刃を届かせることが出来ない。

 先を行くヒュウ達に追いつかなければならないなかで、このような悠長な戦い方をいつまでもするわけにはいかない。

「どちらか一方ですら厄介な存在でござるのに……」

「なかなか先に進めないね」

 最初こそ自動で動く番人の仕組みを気にかけていたが、長々と続く丁々発止にリンダラッドは退屈の姿勢を隠す事なくため息を吐く。

「先を行ったあいつってほんとにこいつらを避けて通れるくらいの実力があったのか?」

「ヒュウの実力か……」

 冬玄の疑問はリンダラッドに向けられたものだった。

 ろくにレイ・ドールと意識を通じさせることのできないライダー、ヒュウ=ロイマンがこの番人を相手にして無傷で通れるはずがない。

「うーん……どうだろう。皆が見たようにほとんど無傷で階段まで抜けてたのは事実だったど、その過程はどうだか。

 楽するのが好きなどうしようにもない奴だから、もしかしたら裏技みたいなのがあるのかもね。

 真正面から向き合って倒す性格ではないね」

「裏技で……ござるか」

 リンダラッドの言葉を反芻した輪蔵は再度部屋のなかをぐるりと見渡す。

 拍子木や鼓を叩くからくり人形達に囲まれ整然と並べられた畳の部屋に隙間などない。

 あえてあげるならば、輪蔵達が床下から穿ち飛び出してきた穴だけがこの部屋の緻密な雰囲気を乱している。

「穴……」

 床に開けられた穴。そしてその周辺に飛び散った畳の破片。

 それら得られる情報からいくら考えてもわからない輪蔵は大きく頭を振ってみせる。

 結局のところ正面突破以外の方法が思いつかない。

「ヒュウ殿がどのような方法を取ったかより、拙者達がここをどのように抜けるか。それが問題でござるよ」

「て言ったって、あいつらの連携をどうやって抜けるよ。なんか思いつくか?」

 冬玄も諦観めいた声。

「拙者達にしか出来ない方法……なくはないでござるな」

「何か思いついたの?」

 輪蔵は苦い表情を浮かべぽつりと一言漏らす。傍に座っているリンダラッドだけにはその言葉がしっかりと聞こえていた。

「その……思いついたには思いついたでござるが……」

「なんだよ。思いついたんならさっさと話せよ。俺だって好きでこんなところで足止めくってるわけじゃねえんだから」

 言葉を濁す輪蔵に対して苛立つように冬玄が声を張り上げる。


 ──二体の門番。

 からくり人形ゆえの無尽蔵の体力。

 精緻な連携。

 そして……それを崩す方法。

 苦い顔を浮かべたまま輪蔵は一度だけ冬玄を見た。

 およそ一〇秒間。

 冬玄と輪蔵は言葉を交わすわけでなく視線を重ねるだけだ。

「お主を囮にする。

 一分。その一分と言う時間お主の命を拙者に預けてもらえないでござるか?」

 二人で突撃してもおよそ三〇秒、戦況を維持できるかどうかの相手の激しい攻撃を前に一人で一分の時間を稼ぐ。

 実質自殺を推奨しているような提案だ。

 輪蔵の冬玄を見る真摯そのもので眼差しは決して揺るがない。

「仮にも跡目を争ってる相手にそんなこと提案しても──」

「……いいだろう」

「うぇっ!?」

 予想外の冬玄の返事にリビアは思わず間の抜けた声を漏らす。

 大局を見れば自分と敵対関係にある者の指示に従うなど、気がふれたとしか思えないリビアはもう一度輪蔵と冬玄の顔を見た。

「なんで敵同士で信頼できるんですかね? 捨て駒にされるかもしれないんですよ」

「そうかな?」

 同意を求めるリビアの言葉にリンダラッドは、抱かれたまま小さく首を傾げた。

「わかるんですか?」

「信頼って言うのは理屈じゃないからね。彼らには、互いを信じれるものがあるんでしょ」

「それは……そうかもしれませんけど」

 リンダラッドの言っていることは至極単純明快なものだ。それでもリビアは納得いかない表情のままだ。

 ──信頼。

 敵対関係にある二人のどこにそんなものが残っているのか。リビアは首を傾げてしまう。

「来蓮の里に伝わる角竜と天才忍者、敷波冬玄の命。拙者が預かったでござるよ!」

「一分だ。俺の命を賭けて時間は稼いでやるけど、それ以上は知らねえからな。

 そんじゃ行くぜ、角竜!」

 角竜を操るライダー、冬玄の全身から藍色のレイがあふれる。

 レイを呑み込む角竜は握っていた十字槍を背負い両手で印を結ぶ。

「これが彼のレイ……」

 雲一つない空の深さを連想させるほどの藍色のレイはリンダラッドの良く知るヒュウやジールのものともまた違ったレイ。

 荒々しくも優しい。粗野であるが卑下するところはない不思議なレイ。

「いくぜっ!」

 全身が藍色の輝きに包まれ印を結んだ角竜が前へと飛び出す。

 生と死の境界線。そこを踏み越えれば二体のからくりが反応する距離に入る。

 迫る角竜を前に二体の門番が無駄のない動作で武器を構える。

「冬玄も里の民。そして拙者のためにその命を預けるのならば、拙者もまた命を預けるでござるよ。誰一人死なさないでござる。

 示然丸ッ!」

 輪蔵が吠えると同時に靄のように不安定なレイが噴き出す。

「霧隠の術!」

 印を組み切り輪蔵が叫ぶと同時に靄のようなレイが部屋を包み込むように広がる。

 霧のように広がったレイは存在を維持できずすぐさま空気へと溶けてしまう。


 迫る連撃。そしてその連撃の隙間を縫うようにして繰り出される一撃必殺の金棒による突き。

 角竜がいくら避けることに専念し柳の葉の如くそれらを受け流そうにも限度がある。

 一振り、一振りとかわすたびに姿勢は悪くなり追い込まれその甲冑に刻まれる傷は深いものへとなっていく。

 まるで詰将棋を受けているかのようだ。

 ──一二……一三……一四……

 一秒が酷く長く感じるなかで冬玄は手を組み指をたて印を作る。

「命を賭けても一分は耐えてやるよ!!」

 角竜と冬玄は同調するかのように真似て印を結ぶ。

「とっておきだ! 多重分身っ!」

 溜め込んでいたかのように角竜から藍色のレイが大量に放出され、その光が部屋を覆う。

 深い藍色の光が徐々に弱まり、そこに広がる光景にリビアとリンダラッドは思わず目を丸くした。

「増えてる……」

 目の前の光景をこれ以上ないほど端的に表した言葉だ。

 角竜が幾多にも、からくり人形の刀を、金棒を受けている。

 その光景に一瞬だけ足止めをくらうかのように微かに二体の動きが鈍る。

「遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ! これぞ来蓮の里に伝わる多重分身の術!

 レイ・ドールに跨り行える我が必殺の忍術だ!」

 一瞬こそ動きが鈍ったもののからくり人形達は傍に立つものから容赦なくその剣撃を閃かす。

 五も十も増えた角竜を前にからくり人形は感情なく、次から次へと分身を切り裂いていく。

 銅から真っ二つに分かれた分身。

 中心から金棒で貫かれた分身。

 情けなど皆無の斬撃、打撃が分身を容赦なく消し去っていく。

 ──四六……四七……四八……四九……

 消えていく分身のなかで冬玄は頭のなかでしっかりと数える。

 一秒数えるごとに分身が消されていく。

「チッ!」

 分身として生み出された最後の一体が金棒に貫かれ霧散するように消えてしまう。

「残り一〇秒っ! この命を賭して耐えてやらあな!!」

 二体のからくり人形の前に冬玄は背負った十字槍を抜き構える。

 一〇秒。言葉にしてみればなんとも短いように感じられる時のなかで冬玄は走馬燈をちらつかせながら戦う。

 ──なぜ自分は、敵であるはずの輪蔵の言葉を信じたのか。

 リビアが不思議がっていたが、当の本人である冬玄ですらわからない。ただ……

 ──敵だろうと味方だろうと、一番信頼できるのはあいつだけだ!

 冬玄は今まで出会い対峙してきた者の顔が思い浮かぶ。

 その浮かび上がってきた者達のなかで唯一、吐いた言葉を飲み込まない男に輪蔵がいる。

「げっ!?」

 鋭く閃く斬撃が角竜が振るう槍を激しく打ち上げる。そのすぐ後ろには金棒を持ち上げているからくり人形がいる。

 崩された姿勢のなかでは満足に回避も出来ない。そこへ金棒が振り下ろされる。


 ──六一……六二……六三……


「…………………………」

 金棒が迫る現実から目を背けるかのように瞑った双眸を冬玄はおっかなびっくり目を開く。

 目を開けばそこはもう地獄の一丁目かもしれない。

「止まってる……」

 目の前まで迫った金棒は、角竜の甲冑にあと数センチまで迫り触れることなく制止している。

「あやうく三途の川を無賃で渡るところだったぜ」

「ぎりぎりでござったな」

 動きを止めた二体のからくり人形。その後ろの風景が蜃気楼の如く大きく揺らぎ示然丸の姿が露になる。

 あと一秒遅れていれば、冬玄は角竜の甲冑ごと、止まってもなお威圧感を放つ金棒の餌食となっていただろう。

 それを考えると冬玄は安堵の息が自然とこぼれる。

「あいつらの背後を取るとは見事なもんだな」

「霧隠の術を使って背後は容易に取れるでござるが、二体を倒す事が出来たのもお主の囮があったからこそでござる」

 体勢を崩したままの角竜に示然丸は手を差し出し持ち上げる。

「そう言えば君のレイって確か姿を隠すやつだったね」

「思い出して貰えたでござるか?」

 遺跡で一度だけヒュウと戦った輪蔵の力を思い出す。

 示然丸の音や気配。その一切を絶つのことの出来る力。

「でも、それ使えば君一人で容易に背中の歯車を壊せたんじゃないの?」

「そうもいかないでござる。この技は移動するときのみだけで攻撃や防御の瞬間だけはどうしても溶けてしまうでござる。しかるに、一体だけならともかく二体となると冬玄のように囮が必要になるでござるよ」

「便利なような、不便な能力だね」

「こいつの能力欠点だらけだからな。攻撃受けた瞬間に術が解けちまうんだよ」

「むっ! そう言うお主の能力こそ欠点が多いでござるよ。レイの準備は拙者以上に時間がかかるでござるから咄嗟のことには使えないでござるし」

 大口を開けて笑う冬玄に思わず輪蔵は眉を顰める。

「だいたい、分身の動きが鈍すぎるでござるよ」

「仕方ねえだろ。あんな化け物みたいなからくり人形相手に一分も耐えるとなれば、とにかく数が必要だったんだよ。

 質より量だ!」

「そんなことだからお主の分身は動きの精度が甘いでござるよ。もっと数を絞り手足の如く操れる範囲でと何度言わせれば……お主とこんな話をするのはいつ以来でござるかな」

 強く語る輪蔵の渋面が次第に崩れ笑みがこぼれる。それにつられるかのように不機嫌に眉をつりあげた冬玄の表情も崩れる。

「互いにレイ・ドールを先代から受け継いだときは一緒に訓練しながらよくこんな話してたな」

 まだ里長の候補として選ばれレイ・ドールを継いだばかりの頃は、各々がどのように立ち振る舞うべきなのかすら見えなかった。ただがむしゃらに二人で修行をしていたときを思い出す。

「あの頃よく口にしてた言葉があったな」

「……あったでござるな」

 輪蔵は何かよからぬ言葉を思い出すかのように気まずそうな声をこぼして俯く。

「お前が世界の全てを見る冒険家で俺が──」

「お主が歴代最高の忍者、でござるな」

「青雲の志ってやつもいつの間にか里長争いの渦中のなかでどこへやらって話だな」

 輪蔵が里長を争う立場として推薦され、冬玄の対抗馬となった瞬間から二人の袂を分かち、大きくはこの里を二分してしまうほどものへと発展した。

「お互いに争う理由なんてさしてないのにいつからだろうな」

 互いに最も信頼できる相手なのは確認するまでもない。しかし、顔を合わせば火花を散らし、里長候補の座を得んがための深謀遠慮を張り巡らせる日々。自分たちのこれまでの時間があまりに滑稽なものだったかのように二人は顔を合わせて笑う。

「……」

 冬玄は一度だけ動きの止まった二体のからくり人形を見た。

 ──逃げることもできた。

 輪蔵の力があれば姿を消して、俺を置いて先に階段に上がることも容易だった。

 しかしそれをしなかった。

 危険を承知の上で命を賭けたのは冬玄だけでなく輪蔵も一緒だ。

「……助かったぜ」

「拙者達が二人揃えば無敵でござるよ」

「お二人とも。楽しいところ悪いんだけど、追いかけないと不味いんじゃないのかな?」

 リビアは相変わらずの退屈そうな声をこぼす。

「そうだったな。あんなぽっと出の奴に里長の座を奪われちゃ俺たちの立つ瀬がないってもんだ。なあ輪蔵」

「そうでござるな」

 からくり人形から放たれる斬撃を幾多も受けた示然丸と角竜の目が輝く。

 ヒュウ達が先を行ってからだいぶ時間が経ってしまっている。それでも輪蔵は隣を走る冬玄を見るとどんなことでも間に合うし出来る気がした。


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