3-8


  ◆


「──っい──おーい」

「んが」

「全く汚い寝相ね」

「ほんとだね」

 涎を思いっきり溢しながら寝ていたヒュウはリビアの冷たい視線と言葉に不細工な声をあげて目を僅かに開く。

 寝起きのぼやけた視界には木造の部屋と顔を覗き込むリンダラッドが映る。

「んだよ。もっと寝かせろ」

「君はいつまで寝るんだ?」

「お嬢様、わざわざこんな奴起こさないでもよろしいんじゃないですか?」

「ほんとだよ……うるせえな。いつまで寝ようと俺の勝手だろ」

「うわっ!」

 のしかかったリンダラッドを横に転がしてヒュウはそのまま布団を被ると再び目を瞑る。

「まったく。皆もう朝ご飯食べちゃってあとは君だけなんだけどな」

 ふんと鼻を鳴らしてみせたリンダラッドは、無際限に惰眠を貪るヒュウに呆れた声を出す。

「……」

 ──グウ……

 ヒュウの寝ようとする意識とは関係なく、リンダラッドの一言に反応するように腹が一つ鳴る。

 ──グウ~~

 次第に大きくなる腹の虫による合唱にヒュウは嫌でも目を覚ます。

「……ったく、てめえのせいで腹の虫まで目が覚めちまったじゃねえか。朝飯用意出来てんだろうな?」

「朝ご飯ならさっき小雪ちゃんが用意したのがそこにあるよ」

 気が付けば配膳用の盆に乗せられた朝ご飯が部屋の隅に置かれている。

「お嬢様直々に起こしてあげてお礼の一つも言えないの?」

「俺は別に起こしてくれなんて頼んだ覚えはねえよ。なんで感謝なんて言わなきゃなんねえんだ」

 起き上がったヒュウは脇目も振らずに盆に置かれた朝餉に食らいつく。

 まるで野犬が餌に食らいつく姿を彷彿とさせる姿に二人は苦笑いを浮かべる。

「せめて着替えてからでも良いんじゃないかな?」

「なんでだよ。俺は飯食ったらまた寝るからな」

「汚いな。口の中のもの片づけてから喋りなよ」

「いちいちうるせえな。どうせ、この里でやることなんて何もねえし、決闘まで客人として迎えられてるうちは好きなだけ食って寝るつもりだ」

「うわっ! 図々しい奴!!」

 口の周りに米粒をつけたヒュウは頬を膨らましながら喋る。その無神経にも等しい厚顔無恥な考えにリビアはまるで卑賎な者を見る目つきでまなざす。

「どうせお前らだってここにいるうちは何にもしないつもりだろ。俺と一緒にただ飯食らいじゃねえか。人のこと偉そうに説教できる身分かよ」

「それを言われたらこっちも頭の痛い話だね」

「でも、私とお嬢様はあとで小雪ちゃんのお兄さんにお弁当を一緒に届けるから、全く何も手伝わないわけじゃないわよ」

「ん? そう言えば輪蔵の野郎はどこ行きやがった?」

「ああ。彼なら何でも決闘に備えてレイ・ドールの訓練をするとかしないとか」

 朧げな記憶を思い返すようにリンダラッドは語る。

 朝一番起きたときには既に輪蔵はこの家にいなかった。見送った小雪が朝ご飯の準備に取り掛かっていた。

「レイ・ドールの訓練……そりゃどんなことするんだ?」

「さあね。それは僕らにもわからないよ。

 小雪ちゃんの話しだと、この里でレイ・ドールを受け継ぐものは受ける特別な試練みたいな特訓所があるとか」

「特訓か……」

 顎に手をあててヒュウは静かに呟いた。

 ゴールド・キングを手に入れた際にヒュウ自身で思いつく限りの練習は短時間ながらしてみせたが、いまいち容量の得ないものだけにすぐに頓挫した。

 輪蔵が搭乗した際の示然丸の操作技術は間違いなくヒュウよりも上だ。それが手に入れられればまさに無敵になれる。

 ──俺がもし無敵になったら……この世の全てを手に入れる一番の近道だな!

 頭のなかで、何一つ思慮のない短絡思考にして単純明快な答えを出したヒュウは目の前に並んだ料理を味わうこともせずに一気に口に頬張る。

「ふごっ! ふががっ!!

「だから、口の中の片づけて喋りなよ。何言ってるかわからないよ」

「汚いわね」

 口一杯に料理を頬張ったヒュウは立ち上がり、外を指さすと、口の中に溜め込んだものを一息で呑み込む。

「よし! 行くぞ!」

「どこに?」

 完全に主語の抜けたヒュウの言葉にリンダラッドは首を傾げた。

「どこにって、決まってるだろ! その訓練場だかだよ」

「君も来るの?」

「当たり前だろ! 天下無敵のゴールド・キングを持ち、最強のレイを持つこの俺様がこれまでなぜ苦戦してきたかわかるか?」

「最強のレイでもなければ天下無敵のレイ・ドールでもなかったんでしょ。あんたの妄想だったんでしょ」

 嘲笑しながら言葉をこぼすリビアに対してヒュウは歪な笑みを浮かべてみせる。

「違う! 俺は最強でこいつも無敵だ! だけど、問題は、俺が他より少しだけ操作が下手なことが原因だったんだよ」

 ──少しだけ……

 リンダラッドとリビアは怪訝な表情で互いの顔を見合わせた。

 いまだ、歩くことや走ること。その他の基本的な動作ですらも怪しい操作技術のヒュウを『少しだけ』という表するには適当な言葉とは思えないが、あえて二人とも口には出さない。

「俺がこいつを自由自在に操れたらそりゃもう、天下無敵、最強伝説の幕開けよ!」

「そんなうまいこといくかなあ。君が持ってるのは他のレイ・ドールとはまるで造りの違うオリジンだよ」

「俺様ならいく! 絶対にうまくいく!」

「どこからそんな自信が湧いて出てくるのやら」

 全く根拠のない自信だけがあふれ出てくるヒュウを前にリンダラッドは頭をかいてみせる。

「その自信、だけは、世界一ね」

 リビアのやたらと強調された『だけは』と言う嫌味すら気づかないヒュウはそのまま一気に飛び出していく。

 着物姿のままどたばたとした足音は遠ざかり消えてしまう。

「あ、おはようございます……あら? ヒュウ様は?」

 入れ替わりになるように小雪が部屋に入ってくるなり、空になった器の数々を見てから部屋を見渡すが肝心のヒュウの姿はどこにもいない。

「彼ならさっき飛び出していったよ」

「どこに行かれたんですか?」

「どこだろうね?」

 訓練所とは言ったが、それがどこにあるかなど微塵も話をしていない。にも拘わらずヒュウは飛び出していった。

 考えもないヒュウが一体どこへ行ったのか、神すらもあずかり知らぬところだ。

「この里に慣れない外の方がこの辺の森などに入ると迷ったり、獣に襲われてしまいますが、大丈夫でしょうか?」

「彼のことだから死ぬことはないじゃないの?」

「殺しても死なないような男ですしね」

 リビアがくすくすと笑うとどこからともなく喧しい足音が響いてくる。

「訓練所はどこだぁーー!!」

「ほらね」

 部屋へと入ってきたヒュウの頭にヒョウ柄の獣が三匹噛みつき唸り声をあげている。手足には切り傷。借りていた着物は見事にボロ布と化している。

 一体この短時間でどんな場所を大冒険してきたのか。

「走り回ったけど全くわかんねえぞ! おまけに獣は噛みつくし……鬱陶しい!」

「キャンッ!」

 頭に噛みついた獣を無理やり引きはがし外へと投げ捨てたヒュウは釣りあがった目で小雪を睨む。

「あ、えっと……それじゃあお兄様のところへ行きましょうか」


  ◆


「冬玄!」

「いちいち顔を合わす度にそんなに身構えられたこっちもかなわねえよ」

 訓練所と書かれた立て札と開けた大地こそあるが、そこは森のなかに切り開かれたただの広場だ。

 訓練所とはなばかりのただの更地。そこで輪蔵は、かつての旧友であり、今や争う対象である冬玄を睨みつける。

「なんで貴様がここにいるでござるか!?」

 不意に現れた冬玄に対して輪蔵はレイ・カードを突き出し構える。

「だから、そう身構えるなって。こっちとしては決闘の日までお前と戦うつもりはないんだからよ。

 それに俺たち、意見がちょっと違うだけで、別に昔みたいに喋ることくらいしても良いだろ」

「拙者と直接戦うならばまだしも、妹に手を出そうとした非道なお主は、かつての拙者がよく知った天才忍者の冬玄ではござらんよ」

「その一件についてはこのあいだも謝っただろ」

 構えるでもなく不用心に冬玄は距離を詰める。

 お互いが腰に携えた刀を閃かせれば袈裟から真っ二つの距離に入る。

「俺がここにいるのは訓練だよ。決戦当日まで腕を鈍らせないためよ」

「拙者も同じでござるよ。お主に何としても里長の座を渡さないためにも」

 輪蔵は鋭い目で睨みつける。

 その視線には敵意がたっぷりと込められている。そんな視線をお構いなしに冬玄は草の上にで肘をついて横になってみせる。

「お前はいつまで保守的なジジイ達の代弁をするつもりだ? いい加減俺に里長の座を譲って自由になれよ」

「いつまででもでござる。それが里長としての拙者に与えられた責務。里の今を維持し続けることこそ拙者の役目」

「はあ。どこまで話しても最初のやり取りの延長戦か。やっぱ戦って白黒つけるしかねえもんかな」

 渋々と呟いてみせた冬玄の本心が決闘を望んでいないことは言葉で聴くまでもなく明らかだ。

「お兄様……冬玄様……」

「なんだこりゃ? 訓練所ってただのだだっ広い広場じゃねえか」

 森を抜けてきたヒュウが二人の間に割って入るようにして辺りを見渡す。訓練所と呼ぶにはあまりに何もないその空間に力の抜けた声を出す。

 特訓のための機材がひしめき合うように置かれている場所とヒュウは勝手に想像していたため思わず苦笑いが浮かぶ。

「ちょっとあんた! お嬢様を置いて先に──」

 ヒュウの後についてくるようにリビアとリンダラッドも広場へと足を踏み入れる。

「これはこれは。直視することすら眩しいほどの綺麗な女性だ!」

 森を抜けてきた四人。その中でも冬玄の目に入ったのは見目麗しいリビアだった。

 身軽に飛ぶとリビアの前に膝をつき手を差し出す。

「こらっ! 冬玄!」

「美しいお嬢様。あなたの名前をこの俺、いや、私めに聞かせてもらえないだろうか」

 気障なセリフを何の躊躇いもなく冬玄が口走る。さっきまでの緊迫した雰囲気が押し流されていく。

「あら」

 リビアも美しいと言われ悪い気はしない。笑みを浮かべ腰を僅かに曲げ、しなを作ってな艶やかな声をだす。そのまま差し出された冬玄の手を受け取ってみせる。

「やめとけ。その女、見た目は良いかもしれないけど、中身はとんでもない性悪だぜ」

「お前は……どっかで会ったか?」

「昨日会った顔をもう忘れてんのか!」

 怒鳴るヒュウに対して膝をついた冬玄は一瞬眉を寄せて悩む表情を浮かべてはみせたがすぐにそれも笑顔の下に隠れる。

「男の顔と名前を覚えるの大の苦手だからな。悪いけど、まったく覚えてない」

「この野郎……上等じゃねえか。一生忘れられないように手前の小さな脳味噌に刻み込んでやるよ」

 銃を懐から取り出し膝をついた冬玄に構える。否、構えたはずだった。

 銃口の先にいるのはリビアだけで男が居たはずのところにあるは木の葉が舞っているだけだ。

「こりゃまたレイ式銃とは。俺たちの忍術に勝るとも劣らない骨董品を武器に使ってるな」

 気が付けば冬玄はヒュウのすぐ後ろにいた。

 そして構えていた銃をまじまじと見た。

「浮葉分身の術。あそこまで見事にこなすとはさすがでござる」

 天才忍者と呼ばれ、里の者たちから羨望を浴びた冬玄の忍術。そのあまりに鮮やかな腕前に感心した輪蔵が一人で頷いてみせた。

「今のも忍術ってやつ?」

「そうでござる。多くある分身術の一つ。葉を使い分身と見せる術でござる」

「僕もあれ覚えたいな」

 指をくわえてみせたリンダラッドは年齢以上に幼い顔つきで物欲しそうにしてみせた。

「忍術は一朝一夕ではござらんからな。途方もない努力と想像を絶する修行を乗り越えた者にこそ自由に扱えるでござる」

「ちぇっ」

 子供っぽくリンダラッドは足元の小石を蹴とばしてみた。


「てめえはだいたい決闘の相手なのにどうしてここにいるんだよ!?」

「それは拙者が既に聞いたでござる」

「俺は聞いてねえ」

「別に顔を合わせたからって無理に戦うような関係じゃねえってことだ。小雪ちゃん、元気にしてた? この間はうちの乱暴者が襲おうとして悪かったな」

「あ、えっと……」

 笑顔の冬玄に対して小雪はどう対応していいのかわからず右往左往したのちに最終的にヒュウと輪蔵の不機嫌な顔を見た。

「それで、あの女はお前のか?」

「……まあ、俺のと言えば俺のだ。下僕みたいなもんかな」

「下僕ってことは……アレなこととか、コレなことも……」

 冬玄の鼻の下がだらしなく伸びると、ヒュウも釣られてだらしのない笑みを浮かべる。

「そりゃもうアレなこととか──いでぇっ!?」

「誰があんたの下僕よ」

 会話を遮ったのは石だ。それも手で握りこめないほどの大きさのものがヒュウのこめかみに直撃する。

「ってえな! 何しやがんだこの性悪女!?」

 こめかみを抑えて立ち上がったヒュウの怒りをまるで受け流すようにリビアはまるで直視せずに笑みを浮かべた。

「あんたの無知を優しく訂正してあげただけよ」

「どこが優しく訂正だよ。加減も知らねえくせしてぽんぽん人の頭に物を投げやがって。バカになっちまうぜ」

「もともと馬鹿なんだしこれ以上下がりようないんじゃないの」

「んだと!」

「くっくっ……ははは! なんだお前ら。味方同士じゃねえのかよ」

「誰がこんな強欲男と。ねえお嬢様」

「だね。僕も味方なんて思ったことないよ」

 リンダラッドは笑いながら頷く。

 一度としてヒュウが味方らしく守ってくれた助けたことなどない。

「まあ、お前の女じゃねえなら俺が手を出しても文句言われる筋合いはねえな」

「やめとけって。見ただろあの性格。外見こそこれだが、中身はアレな女だぞ」

「誰がアレな女よ」

「そう何度もくらって溜まるか。ばーか!」

 石を拾ったリビアからヒュウは一足飛びに距離を取ると尻を叩いて挑発する。

 なんとも子供っぽいやり取りにさきほどまで困惑していた表情を浮かべた小雪も次第に笑みが浮かぶ。

 リンダラッドとしては何度も見てきた二人の口喧嘩は、まるで幼い子供同士の喧嘩だ。溜息の一つもこぼしたくなる。

「いっつもこんななのか? まるで子供みてえな奴らだな」

 冬玄は誰に言うでもなく一人ごちてみせた。

 挑発するヒュウと石を持って追いかけるリビア。まるで子供の喧嘩だ。

「俺たちも昔はよく喧嘩してたな」

 低レベルなヒュウ達の口争いを見ていると、かつてこの里で過ぎていった幼少の頃を冬玄は思い出す。

 いつも、何をするときも三人だった。

「そうでござったか? 拙者が一方的に勝っていた記憶しかないでござるよ。とても喧嘩なんて呼べるほど実力が釣り合っていたかどうか……」

 輪蔵の言葉に冬玄も露骨に眉をしかめ鼻頭を突き合わせる。

「いつ俺がてめえに負けたよ。むしろてめえが俺に勝った記憶なんてあるのかよ?」

「お主こそ拙者に勝った記憶があるでござるか?」

「むしろ俺が勝ち越しだろ」

「……何言ってるでござるか?」

 冬玄の言葉に対して輪蔵も鼻を突き合わせる。

「ったく、大の男がガキみたいな争いをいつまでもしてんじゃねえよ」

「お主に──」

「お前に──」

『言われたく』

「ないでござる!」

「ねえ!」

「わあ。見事に息ぴったり」

 二人の剣幕。そして怒声が呆れるヒュウに対して一糸の乱れもなく飛ばされる。

 リンダラッドはまるで曲芸でも見るかのように軽い拍手をしてみせる。

「それよりもお前らどっちでも良いから、俺様にレイ・ドールの使い方を教えやがれ!」

「ん? 俺の仲間たちから聞いた話しだと、レイ・ドールに乗って逃げ回ったって話しだけど」

「うるせえな。こっちにはこっちの事情ってもんがあるんだよ。んで、どうやってレイ・ドールを身軽に動かせるんだ?」

「輪蔵、お前が教えてやれよ。俺は男に教える気はないからな」

 ひらひらと手を振ってみせた冬玄はすぐさまリビアの前に行く。

「お嬢さんたちに退屈な話しだから俺と一緒に遊ぶか?

 レイ・ドールのことなんて聞いたってなんのためにもならないだろうし」

 目の前にいるのは女性一人と女児が一人。性別不明の少年と思わしきが一人。

 少なくともレイ・ドールの話など喜ぶふうには見えない。

「僕は興味あるよ。ライダーがどんなこと学ぶのか」

「え?」

 予想外のリンダラッドの答えに冬玄は間の抜けた声をこぼす。年端もいかない少年がレイ・ドールの、それも技術的な話に興味を持つなんてこれまでに聞いたことがない。

 リンダラッドの煌々と瞳には嘘の色などこれっぽっちもない。

「残念だけど、私もライダーなの。その話は是非聞きたい」

「えっ!?」

 胸の谷間からすらりと取り出したリビアのレイ・カードを前に冬玄は驚きを隠す事が出来ない。

「わ、私もヒュウ様がここにいるなら……」

 艶やかに微笑むリビアのあとに小雪の消え入りそうな声が続くが、語尾は風の音にすらのまれて消えてしまう。


「んで、どうやって自在に動かせるんだよ? なんかこう秘密の特訓があるんだろ? 隠さずに俺にも教えろよ」

「秘密と言うほどのことではござらんよ。

 レイ・ドールとは乗り手の魂で動かすでござるよ。つまり、レイ・ドールとの意思疎通こそが自由自在に動かす早道でござるよ」

「意思疎通って言われてもな……」

 ゴールド・キングが輝くレイ・カードを取り出したまじまじと見た。

 不愛想な面構えに、突き出た牙が目立つ巨大な口。

 ──こいつとどうすりゃ意思疎通なんてできるんだよ……。

 まるで意図のわからない仏頂面にヒュウも思わず仏頂面になってしまう。

「ヒュウ殿の魂をもってそれも動くのならば、多少は共鳴してるところがあるはずでござるよ」

「んなこと言われたってわかんねえもんはわかんねえな。もっとこう必殺のコマンドとか教えろよ」

「そんなもの無いでござるよ」

 ヒュウはごろんと地面に寝転がる。底がまるで見えない果てしない青空を前に文句も一つや二つ出てしまう。

「どうだい? レイ・ドールのご教授って言うのは」

 不意に冬玄が割り込んできた。

「教える奴が悪いせいか、何言ってるのか全く分からん」

「あんたみたいなお猿さんには難しかったんじゃないの?」

 リビアが嘲笑うかのような歪な笑みで寝ころんだヒュウを見下してくる。地母神もかくやたる豊かな胸をヒュウは見上げてから一つ溜息を吐く。

 ──乳揉みてえな……

 微塵もレイ・ドールのことなど頭になかった。

「僕もレイ・ドールには興味あるけど、どんなこと教えてもらったの?」

「わけわかんねえことだよ」

「ねえ、どんなこと教えたの?」

 何一つわかってないヒュウは軽く無視してリンダラッドの視線はすぐに輪蔵へと向けられる。

「簡単な話しでござるよ。以心伝心。それこそレイ・ドールを扱う上で欠かせないものでござる」

「レイ・ドールなんて所詮道具だろ。心なんてあるかよ」

「それは違うでござるよ!」

 ヒュウの吐き捨てるような言葉を輪蔵は大きく首を振ってみせた。

「レイ・ドールとは相棒であり仲間でござる。心が通じ合うことで己の手足の如く動かせるでござる」

「心が通じ合う……けっ! なにが悲しくってこんな奴に媚びねえといけえねんだ」

 ヒュウは再びゴールドキングを見た。どこまでいっても戦闘道具であることには変わらない。

「媚びるとは違うでござるよ。意思を通じ合わせることでござるよ。それがわからない限りヒュウ殿にレイ・ドールは使いこなせないでござるよ」

「上等じゃねえか。こんな奴、意思が通じまいと俺様が従えてやるよ!」

 金色に輝くレイ・ドール。オリジンだかなんだか知らないがヒュウからすれば所詮道具に過ぎない。

「そう言えばさあ……」

 ヒュウ同様にリンダラッドもレイ・カードを覗き込んでくる。

 顔にはあからさまなクエスチョンマークが浮いている。

「気になってたんだけど、君のレイ・ドールと食べた武器とかを使うんだよね」

「ああ? だからなんだよ?」

「そのレイ式銃って食べられなかったっけ?」

 懐に潜ませた使い込まれたレイ式銃。それはジールとの戦いで間違いなくゴールド・キングに噛み砕いたものだ。

 それがいまや何事もなかったかのようにヒュウの懐に収まっている。

 いまやレイ式銃など骨董品の部類だ。買おうと思ってすんなり手に入るものではない。

「ああ、そのことか。別にどうでも良いだろ」

「僕は知りたいな~。食べられたはずの武器が元に戻ってる理由を」

 ヒュウは背中を向けるが、リンダラッドは回り込んで顔を覗き込んでくる。

「ったく鬱陶しいな。近寄るんじゃねえ」

「お嬢様が聞きたがってるだから教えなさいよ」

「うるっせえな。叩いたら出てきたんだよ」

 面倒なヒュウはそっぽ向いて投げやりな声で話す。

 とてもじゃないが説明する気など微塵も見られない。

「叩いたら出て来たって、またずいぶんと雑な……」

 ヒュウの言われたことをそのまま頭に思い浮かべるリンダラッドの表情はますます怪訝なものになる。

「出て来たってカードから?」

「だからそうだっつってんだよ」

「……」

 レイ・カードを上から叩くと軽快な音と共に銃を吐き出す姿をリンダラッドは想像するが、ますます怪訝な表情になる。

 まるでありえない話だと言いたいが、オリジンに対しては、文献を大量にあさったリンダラッドですらわからんことだらけだ。

 ヒュウの言っている非現実が起こったとしてもなんら不思議でない。

「ったく、レイ・ドールの使い方はろくにわからねえし、無駄に説明させられるしたまったもんじゃねえな。

 ここに来たのも完全な無駄骨じゃねえか。なにが以心伝心だ。

 早起きはなんも得にならねえな。ふあぁ~」

 画期的な技術を聞くことができるかと思って期待して来てみれば、結果は何一つ要領の得ない答えを一つ聞いただけだ。

 木陰に転がり込んだヒュウはそのまま大きな欠伸をしてみせる。

「ヒュウ様……」

「あ?」

 不意にヒュウの耳元に囁くような声がかかる。森を抜ける風の如く柔和な声の主は、小雪だ。

 ヒュウの横に小雪はすっと座ってみせた。

 一輪の牡丹柄がその姿には映える。

「お兄様があんなに楽しそうなの久しぶりに見ました」

 艶やかな黒髪の下で小雪は微笑む。

 広場の中央では、輪蔵と冬玄がなにか話している。本来ならば対立し、近日には決闘をする二人にも拘わらず話しているまるで旧友かのようの笑顔だ。

「喧嘩相手じゃなかったかのかよ?」

「昔はいつも私も含めて三人で遊んでいたんですよ。今だとちょっと考えられないですけど。冬玄様が良く危ないことするたびにお兄様が助けてあげて……」

 楽しそうに語る小雪の声は次第に小さくなっていく。さっきまでの笑顔は消え憂いを帯びた悲哀に満ちた表情だ。

 着物姿の小雪のその表情は、触れれば崩れてしまいそうなほど儚げなものだ。

「ほんとうは二人に争ってほしくないんです」

「一つしかない里長の座を奪い合ってるんだろ。そりゃ白黒はっきりつくまでは争うだろうな」

「そんな……」

 ヒュウとしては当たり前のことを言ったまでだが、小雪の表情は一層悲哀に満ちていく。目尻には涙が溜まり、今にもヒュウの顔にこぼれてきそうだ。

「鬱陶しいな。そんなに二人が争うのが嫌なら誰か他の奴が里長として割り込んじまえば解決するんじゃねえか?」

「……」

 小雪は目尻に涙を浮かべたまま何か思案するかのように顎に指先を当ててみせる。

「別の人……」

「考えごとなら他所でやれよ。俺は眠いんだ」

 ヒュウは擦れ合う葉と葉の隙間を縫うように降り注ぐ陽光に目を細めて欠伸する。

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