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  ◆


 短く狩られた橙色の髪を向かい風で逆立てながらヒュウは不安定な足場の橋を駆け抜ける。

 足場となる一枚、一枚の板が不気味に軋みをあげる。

「てめえが余計な事しやがるからっ!」

 険のある目つきで脇に抱えたテアを睨みつけた。

 状況は……悠著に語るべくもない。

 ヒュウのすぐ後ろにリンダラッド達。更にその後ろから迫ってくるのは、その肉体と武器をもってして幾多もの賞金首を捉えてきた屈強な男達だ。

「正体を隠して宝のことだけ聞かせればこんなややこしい状況にならなかったんだぜ!」

「そんなこと言うたって、あんさん、ウチのお宝聞いても素直に逃がす気ないやろ」

「うっ……や、約束は守るぜ」

「なんやその間は! どうせウチからお宝引っ張り出して、それも奪ったうえでかけられた賞金も奪う気やろ」

「そ、そんなわけねえじゃねえか!」

「いやいや。ヒュウ殿のならやりかねないでござるよ」

「そうね。あんたのことだから、宝を奪ったうえで、その賞金首を娼館に売り飛ばすくらいのことはしたんじゃないの」

「十分考えられるね」

 後ろから追いかけてくる輪蔵達はテアの言葉に首を頷かす。

「てめえら、そんな目で俺のことを見てたのか」

「うん」

 間髪入れずにリンダラッドが満面の笑みで頷いてみせた。

 これほど疑う必要のないものはリンダラッド達のなかに比肩するものはない。

「お仲間さんもああ言っとるやんか!」

「俺様の清廉潔白にして品行方正なこの眼を見ろ! 嘘を言ってるように見えるか!」

 普段の何をもってして品行方正などと言う単語が口を突いて出ているのかリンダラッド達は走りながら思わず首を傾げてみせた。

「………………」

 脇に抱えられたままのテアは細く開いてるのか怪しい双眸で、険のあるヒュウの顔を見上げた。

 瞳の奥には……隙間がないほど巨大な『金』と言う文字だけがくっきりと見えたのはきっとテアの気のせいではない。

「嘘やろ。あんさんの目は相変わらず金しか見えてないやもんな」

「そうだよ。なんか文句あんのかよ!」

「あっ、開き直りおった」

「凄い開き直りでござるな……」

「何一つ悪いと思ってないところが凄いよね」

 まるでごく当然のようにくるりと掌を返すをヒュウに呆れることしかできない輪蔵達の前を走りながらにヒュウはレイ式銃を取り出す。

 一般でもはや使われることのない骨董品に位置するレイを原動力として弾を撃ち出す銃。

「てめえの首にかかった二〇万ガル。それにお前の盗んだ宝。それは全部俺が頂くからな!」

「そんなちんけな銃で何する気や? まさかこんな橋の上でウチを抱えたまま戦う気かいな?」

「そんなわけねえだろ。黙って見とけ!」

 橋の上を駆けるヒュウは一般的にも見ることのないレイ式銃へ器用に片手で弾丸を込める。

 弾丸も、利便性の追求によって廃れた技術によって作られた古き文明のものだ。

「その女を俺たちに渡せっ! さもなくば貴様たちまとめて捕まるまでよ!」

 威圧する男の声が橋の半ばからヒュウまで衝撃のように届く。

 足場が不安定に揺れ、大きく軋む橋を男達は大股で駆けてくる。

「てめえらにこいつはやらねえよ。二〇万ガルは俺様が頂くぜ!」

 橋を渡り切ったヒュウが足を止め、その闇とも思わせる黒いマントを風にはためかせる。

「あ、あのマーク──っ!」

 男達の前を走るリンダラッド達の更に向こうに揺れるマントに刻まれたシンボル。眼にそれが飛び込んでくる。

 金貨で頭蓋を割られた髑髏が。追う男達を嘲笑うがごとく薄い笑みを浮かべている。

「金のためなら親すらも質に入れ、金以外何も見えてない業突く張りの男。関わった人間全てを不幸にするヒュウ=ロイマンっ!」

「あの男が──っ!」

「凄い肩書やな」

「君、そんなふうに呼ばれてるんだ」

「他人になんて呼ばれてるかなんて俺が知るかよ。俺が幸せなら誰が不幸になろうとなんと呼ばれようと知ったこっちゃねえな! 今までもこれからもな!」

 金色のレイがヒュウの全身から薄っすらと靄のように浮かび上がる。

「ここでお前らが大人しく引き下がるってんなら俺もわざわざ無駄な争いをしようなんて思わねえよ。こいつを大人しく俺に寄越さねえか?」

 ヒュウの突然の問いかけに対して男達は笑みを浮かべたまま追う姿勢を緩めようとはしない。

「馬鹿か。状況も見えねえのか? こっちとそっちの戦力差は明らかだ。交渉が成立する状況だと思うなよ。

 それにその賞金首は俺たちが追いかけてたんだ。ここまで来て奪われるのを下唇噛んで見つめるなんて情けねえ真似はできねえよ」

 ヒュウの言葉に勢いが留まるどころか男達はますます勢いづく。

「そうかよ……そんじゃ交渉決裂だな」

 橋を渡り切ったヒュウはおもむろに振り向き構えた銃で橋を支ええる杭へと向ける。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

「拙者達もまだ──」

「あばよっ」

 目と鼻の先に出口が見えている輪蔵達の声を聞きながらも白い歯を見せたヒュウは歪な笑みと共に躊躇いもなく金色の輝きを纏うレイ式銃の引き金にかけた指へ力を入れる。

 ──ガァンッ──

「うおおぉぉぉ────っっ!!」

 渓谷に響く銃声と同時に杭は根元から木っ端に破壊され、橋の張りはなくなり大きく崩れる。

 追手の男達がバランス崩し体勢を崩すなかで輪蔵はリビアとリンダラッドの手を握る。

「リンダラッド殿、リビア殿。絶対に離してはならんでござるよ!! せっ!」

 崩れていく橋の上で輪蔵は大きく踏み込み飛び上がる。

「ひぇぇーっ」

 奈落が覗き込む深い谷底の上、空中を二人を握った輪蔵が駆ける。

 底に落ちた男達の姿も見えない深い谷底を前にリンダラッドは背筋を震わせながら笑みを浮かべる。

 城に居ればこんなこと経験できないだろう。経験したいかと問われればそれは別の話だ。

「あと──少し──」

「ぐっ──ぬぉぉぉ──っっっ!」

 足を伸ばし爪先で着地した輪蔵は力任せにそこから体を持ち上げる。

 崖際を掠めるような足の爪先が崖際にめり込む。流れる血、意識の全てが一点へと集中し二人を抱えた輪蔵の体が持ち上がる。

「ひええ。よおそこから体を持ち上げられまんな」

 常人には考えられない体躯にテアは呆れにも近い声を漏らす。どれだけの鍛錬の先にそれだけの肉体が手に入るのか想像もつかない。

「はあ……はあ……し、忍は全身これ武器でござるよ……しかし、さすがに疲れたでござるよ」

 輪蔵はおもむろに地面へと横に転がり大きく息を吸う。

「いやー、橋が崩れた時はさすがに死ぬかと思ったね。助けてくれてありがとう」

「これしきのこと……し、忍として当然でござるよ」

 息を切らしながら輪蔵は莞爾と笑ってみせる横でリビアが剣幕を浮かべヒュウの肩を掴む。

「ちょっと!」

「ああ?」

「落ちたらどうする気だったのよ!? 私もお嬢様もいたのよ! 彼が助けなきゃ死んでたじゃない!」

「何とかなったじゃねえか。だいたいてめえらの生き死になんて俺が知ったこっちゃねえな。

 俺はこいつの持ってる宝ってやつをとにかく手に入れるんだよ。なあ」

 脇に抱えたテアを睨みつけた。

 二〇万ガルのなどと言う前例を聞いたことのない賞金がかけられるようなお宝だ。ヒュウとしてはたとえどんなむごたらしい拷問にかけようとも口を割らせてみせる。

「そんじゃそろそろ聞かせてもらおうか。てめえが盗んだお宝のことを──」

 ──よくもやってくれたなっ!

「な、なんだ!?」

 聞き覚えのある声が谷底から響きヒュウの言葉へと割り込む。

「この俺を謀るとはっ!」

 怒声と共に谷底から一陣の風を連れて赤い翼を広げた白のレイ・ドールが天高くへ飛翔する。鷲とも鳥とも見紛う逆関節の脚に体を覆わんばかりの巨大な一対の翼。

 日の光を背に浴び赤の翼を広げたレイ・ドール。そしてそれを操るライダーの男がヒュウ達を見下ろす。

 その無精髭の目立つ顔には剣幕と表しても生易しいほどの怒りが満ちている。

 白い歯を食いしばり眉間に深い皺を刻んだ男の眼にはヒュウが映る。

「マジかよ……しぶとい野郎だ」

「うわぁっ! 空を飛べるレイ・ドールなんて初めて見た」

「量産されてる人型とは違う奴やな。それも飛行能力のあるレイ・ドールなんて滅多にお目にかかれへんな」

「このノード=グエンの操るレイ・ドール、シェード・ホークの前からは何人たりとも逃げることはできないぞ」

「まずいでござるな。ああも高い位置に居られては拙者の愛刀である華楽刀がいくら素晴らしい名刀でござろうと届かないでござるな」

 遥か高い場所でその巨大な翼を振るうシェード・ホークを見上げたヒュウは銃口を空に舞うレイ・ドールへと向けた。

「仲間が落とされてそんなに怒るもんかね?」

「仲間? ふふふ……ハハハッ!」

 愉快痛快とでも語るかのようなノードの笑い声が渓谷に二度、三度とこだまする。

「悪名高いヒュウ=ロイマン様からまさか仲間なんて言葉が飛び出すなんて思っていなかったぜ。

 俺たちは賞金稼ぎよ。

 賞金首を捕まえるまでの仲間であって、ターゲットが見つかった今、あいつらは取り分を減らされる厄介なだけ存在よ。

 あんたのおかげで邪魔な奴はいなくなったし、あとはその賞金首の女を俺が手に入れれば無事仕事完了ってわけだ。あんたはその女を俺に大人しく渡せば良いんだよ。さもないと──」

「さもないとどうなるってんだ?」

 骨董屋に並んでいても遜色のないレイ式銃が激しい唸りをたてて金色の光弾を遥か上空を飛ぶシェード・ホーク目がけて放つが、翼の一振りであっさりと光弾ははじかれ宙へと霧散する。

「この程度で何ができる。

 わかってんだろ。そんな玩具みたいな銃で俺のシェード・ホーク相手に立ち向かうなんて無謀な真似はやめた方が良いぜ。

 ここは隠れる場所もねえ渓谷だ。どう考えてもてめえらの負けだよ! その賞金首をこっちに寄越しな」

 ノードの言う通りだ。

 逃げ場もなければ隠れる場所もない、戦う足場すらろくにないこの渓谷。飛行能力を持つレイ・ドールと戦うにはあまりに不利のカードが揃い過ぎている。

 示然丸が幾ら輪蔵同様に常人離れした動きを見せようともその不利は決して覆らない。

「まあ確かに彼の言う通りだね。

 ここで戦って勝てる算段なんてたたないしね」

「その賞金首の女をさっさと渡しちゃいなさいよ」

「嫌だね!」

 即答だ。

 子供のようにあっかんべえと舌を出したヒュウはにやついた笑みを浮かべる。

「はあ……」

 ヒュウが相手の申し出に対してすんなりと応じるはずがなかった。わかっていた答えだけに全員溜息しかこぼれない。

「不利有利なんて関係ないね! 二〇万ガルもこいつの盗んだ宝ってやつも俺が全部頂く!」

 欲しいものは全て手に入れる。ただそれだけの純粋な欲望。

「この状況が見えないようだな!」

「ああ見えねえな! 俺の目には宝しか見えねえよ!」

 金色のレイがヒュウの体を覆う。

 何の躊躇いもなくただただ己の赴くままに欲望を吐き出せる者が持つ金色のレイ。

 懐から取り出したレイ・カードにその金色の輝きが集中していく。

「宝を手に入れるぜ! ゴールドキングッ!」

 ヒュウの快哉とした声と共に赤みを帯びた金色の輝きが渓谷を染めあげ、一つの柱が雲を割り天を突く。

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