5-6


  ◆


 ──レイ。

 個人が持つ魂の力と言われている。

 それはかつてこの世界のありとあらゆる技術の基礎となったエネルギーであり、いまでこそ科学が発展しその基盤が移り変わった現代でもレイ・ドールを動かすエネルギーとして必要不可欠だ。

 言われるまでもなくテアもそんなことは百も承知だ。

 ──WWWOOOOOOoooooo────────────

 渓谷から吹き上がる金色の柱のなかで巨大な口を開き大地を揺さぶる叫び声を轟かせる黄金のレイ・ドール。

「あれが……ヒュウのレイ・ドール……なんか?」

「うん!」

 見たままの光景を信じることができないテアの呟きに対してリンダラッドが強く頷いてみせる。金色の柱の中から踏み出したのは巨大な口を携えた赤みを帯びた黄金のレイ・ドールだ。

「俺様から宝を奪おうってのなら容赦はしねえぜ!」

 栗色の髪を持ち上げヒュウは歪な笑みで空を舞うシェード・ホーク、そしてそれを自在に操るライダーのノードを睨みつけた。

 金色の輝きはいまだ収まらず、一歩進むレイ・ドールの全身を覆っている。

 谷の闇を全て払い、青い空すらも侵しかねない強大な黄金の輝き。テアはそれの一挙手一投足に目が離せない。

「あれが……赫金のレイ・ドールやな」

「ん? なんか言った?」

「いや、なんでもあらへん。それよりもとんでもないレイやな。ヒュウにあないな才能あったんやな」

「あれほどあのレイ・ドールを扱うのに向いてる人も少ないよ」

 誰を犠牲にしても、足蹴にしようと、裏切ろうと欲しいものは全て手にするヒュウの欲望に応えたレイ・ドール。

 まさにヒュウの欲望のそのものを形とした存在だ。

「ど、どんなスゲエレイ・ドールだって俺のところまで攻撃が届かなきゃ勝てねえんだよっ!」

 渓谷を見下ろすシェード・ホーク。その羽が大きく広げられる。

 一対の白い翼は陽光を浴びながらそのまま勢いよく振り下ろされる。

 ──カッ──

「ん?」

 ゴールドキングの前へ白い羽の羽軸が音を立てて突き刺さる。

 研がれ鋭い羽軸の先は大地に根本まで月い刺さる。

「こっちはてめえに触れなくても攻撃できんだよ」

 おもむろにゴールドキングは屈むと、地面に突き刺さる白い羽を引っこ抜きまじまじと見た。

 鋭く尖っているが、それだけだ。何の細工もない羽一本に怯む欲望ではない。

「はっ! こんなちっぽけな羽一枚で何しようって言うんだ──」

「くらえっ!」

 ゴールドキングが摘まむように持っていた羽が轟音とともに爆発する。

「げほっ……」

 舞い上がった黒い煙の中から、顔を汚したヒュウが咳払いを一つしてみせた。

「ただの羽だと思って甘く見たな」

「爆発すんのかよ…………」

 黒煙のなかから汚れた顔を出したヒュウは口に溜まる煙を呟きとともに吐き出す。

「さあ、これで貴様が勝てないのは猿でもわかるだろう。大人しくその賞金首を渡せ」

「嫌だね。俺の宝を奪う奴は誰だろうと倒すまでよ」

 汚れた顔を袖で拭ったヒュウは歪な笑みを浮かべた。

 相手は一方的に攻撃が可能でヒュウは手も足も出ない。そんなことを分かり切ったうえでヒュウはまだ笑ってみせた。

「そうか。猿以下の頭か。

 それならば貴様を倒してから奪うまでよ」

 振るわれた翼からは幾十、幾百もの羽がヒュウ、そしてゴールドキング目がけて飛来する。

「全員、避けるでござるよっ!」

 輪蔵の声に合わせて全員がゴールドキングの立つ崖際から飛び退いた直後、雨粒の如き大量の羽がゴールドキングの立つ場所へと叩きつけられる。

 豪雨の如く叩きつけられる羽はゴールドキングを覆う。

「吹き飛べっ!」

 ノードの声と同時に谷を崩さんばかりの巨大な爆発がゴールドキングを包む。


「ひゅ、ヒュウ殿……」

「やられちゃった?」

 爆炎から生まれた黒煙に包まれた渓谷。

 容赦ない黒煙が岩陰に隠れたリンダラッド達まで包む。

「馬鹿が。逆らわなければ死なずに済んだものを」

 穏やかな声でノードは呟くと、眼を瞑りヒュウの顔を思い浮かべる。

 火柱が生まれるほどの巨大な爆発は谷の一角を大きく崩した。その威力たるやレイ・ドールを一体吹き飛ばすうえで過剰と呼ぶに相応しいものだ。

「馬鹿なうえにああまで褒めるところのない男も実に珍しいものだった」

 強欲に生き、強欲に死ぬ。

 最後まで己の信念と共に心中した男だ。

「立派と言えば立派なものだが、死んでしまっては元も子もないな」

 ──ああ。そうだな。

「むっ!?」

 黒煙の向こうから声が響く。

 どこまでも底意地が悪く、金となれば亡者の如く寄ってくる、謙虚など欠片もない男の声。

 風に攫われ薄くなった黒煙の幕のなかから頭蓋を金貨で割られた髑髏と赤みを帯びた金色の光がノードの眼に入る。

「死ねば宝を手に入れることもできねえからなあっ!

 宝を前に俺が、俺たちが死ぬわけねえだろっ!」

 ──WWWWWOOOOOOOooooooo────────!!!!

 天を飛翔するシェード・ホークを震わしたのは金色のレイ・ドールの雄叫びだ。

 何もかもを容赦なく噛み、砕き、咀嚼する、その鋭く尖った牙が並ぶ口から吐き出された咆哮が谷全体を震わせる。

 黒煙にまかれ汚れた、傷ついた全身からは敵意を孕んだ怒りだけが黄金のレイと共に噴き出す。

 ゴールドキングの鋭い視線がシェードホークを貫く。

「き、貴様が幾ら吠えたところで手の届かない私にどう勝とうと言うんだ。生きていたことは驚いたが、私の絶対な優位性は変わることはない」

「俺たちが飛べない限りは確かにどうにもならねえな」

 負けの宣告にも等しい言葉を呟いたヒュウはおもむろに顔をあげた。

 敗色などまるで感じられない白い歯を見せつけた莞爾とした笑み。

「ん?」

 おもむろにノードは操縦席から乗り出すようにしてゴールドキングを、その掲げられた手を見た。

「俺の羽……?」

 ゴールドキングの指先に握られた一枚の羽根。それは爆発した羽の残滓だ。

 何の武器にもならない羽の欠片を握ったゴールドキングとヒュウは笑みをかえす。

「ヒュウ、何する気や?」

「何する気でござるか?」

「てめえのその翼、俺も手に入れればはええ話しだ! ゴールドキングゥッ!」

「羽を──」

「食べよった!」

「でござる!?」

 羽を噛み砕くと同時に操縦席に跨るヒュウの体からこれまで以上の黄金のレイがゴールドキングを包む。

 太陽の如く輝く、黄金の光。

「さあ存分に俺のレイを使いやがれっ!!」

 一人の人間とは思えないほどのレイが放出されその輝きがゴールドキングを包む。

 視界が歪み、気を抜けば意識が足早に遠のくなかでヒュウの頭のなかは二〇万ガロと言う大金のこと以外考えられなかった。


「んなアホな話あるかいな……」

 目の前の光景を信じることなどできるはずのないテアが間抜けな声をこぼす。

「羽が……」

「生えちゃった……」

「ねっ……」

 信じられないのはテアだけではない。

 その光景を前に誰もが開いた口が塞がらない。

 ヒュウの操るレイ・ドール。ゴールドキングが黄金であること以外に特異な点など巨大な口以外なかった人型のはずだ。

 しかし今、目の前にいる黄金のレイ・ドールはその体を覆わんばかりの一対の巨大な黄金の翼を広げている。

 黄金の輝きを圧縮したように眩い光を放つ翼を上下に揺らす。

「てめえ! 羽生やしたんだからしっかり飛んで、あいつを叩き落すぜ!」

 ヒュウの一言で巨大な翼が大きく上下に振るわれる。

「行くぜぇっ!」

 その翼の力に躊躇いも恐怖も微塵もないヒュウの掛け声一つ。ゴールドキングのその巨体は宙へと舞う。


 勝負はわずか一瞬の交錯の出来事だった。

「ば、馬鹿な──!? 俺の空に──!」

 誰の手にも侵さることのない絶対の支配圏を漂うかのように舞っていたシェード・ホークへと黄金の塊が翼を広げ飛来する。

 ──何人たりとも足を踏み入れることはおろか攻撃することすらできない俺の空に──

 本来ならば決してあってはならないことを前に動揺を隠せないノードに対してヒュウはその鳶色の眼をかっぴらいて笑う。

「この空がてめえの宝か……なら俺が奪い取ってやるまでよ!」

 際限ない欲望の化身が黄金の輝きを放つ。

 上昇する速度は更に増し、空の支配者である、否、支配者であったシェード・ホークを遥かに凌駕するものとなっている。

「奪え! ゴールドキングッ!!」

 黄金の塊と空を舞う鷲。その二つが交錯したのはほんの一瞬の出来事だった。

 ──ガキッ──

「よくもおぉぉぉ────────────っっ!!」

 閃光のような一瞬で、シェード・ホークの翼は力任せに引き千切られ無惨な姿となり渓谷の闇へと呑まれる。

 黄金の翼を振るったゴールドキングの咆哮が谷を揺らす。・

「はっはぁーーーーっ!!」

 大口を開けて吐き出される笑い声が晴天に響き渡ると同時にヒュウの視界が暗転する。


  ◆


「……」

「ありゃ。目が覚めた?」

「…………………………なんで夜なんだ?」

 目が覚め、見上げていた空は一面眩いばかりの星達が粒となり輝く黒の夜空だ。

 傍にいたリンダラッドが覗き込んでくる。

 中性的で男とも女とも判別のつかない幼い顔が含みのある笑みを浮かべている。

「君、なんも覚えてないの?」

「……あー……俺様があの鳥野郎をぶっ倒したところまでは覚えてるな」

 ヒュウからすればなぜ自分が大地を背に寝転がっているまるでわからない。

 鳥野郎と呼ぶノードが操るシェード・ホークの両翼を千切った。記憶はそこでぷっつり途絶えている。そして目が覚めればここだ。その過程がすっぽりと抜け落ちている。

「そこで気を失ったんだよ」

「気を失ったぁ? 誰が?」

「誰がって、君しかいないよね」

 含みのある幼い笑みが寝そべったままのヒュウに向けられる。

「君、レイ欠乏症で翼が維持できずに落ちたんだよ。それを彼がレイ・ドールでキャッチしたんだよ。あの高さから地上へ真っ逆さまの君を助けたんだから、彼には感謝しないとね」

 体がまるで動かないヒュウは首だけを動かしリンダラッドが指さす先には火の前で膝をついたまま器用な恰好で寝ている輪蔵の姿がある。

 火を囲むようにリビアもドレスのまま横になっている。

「それよりもいつからあんなこと出来るようになったの?」

 リンダラッドの宝石のように輝く瞳がヒュウの顔を覗き込んでくる。

 抑えることのできない好奇心に突き動かされたリンダラッドの顔が荒くなる鼻息がかかるところまで迫る。

「何がだよ?」

「相手の翼を奪っちゃったじゃん」

「元から出来たことじゃねえか。相手のものを奪うことなんて」

「……そう言えばそうだね」

 一番最初。ゴールドキングを手に入れた瞬間。あの薄暗い遺跡のなかでヒュウが黄金のレイと共にゴールドキングを操ったときは相手の武器を食らい、それを金色のレイが生み出した。

「俺の欲しいものは全てこいつが喰らい、俺のレイで生み出す。そして倒して宝をゲットする!」

 金色の枠が輝くレイ・カードを取り出したヒュウは白い歯を見せつけて笑う。

 ──相手のものを奪う力……

 全てを手に入れたいと言う欲望そのものが原動力となったレイ・ドールに相応しい力だ。

「……そう言えば肝心のあいつの姿がねえな?」

「あいつ……?」

「とぼけるなよ。あの賞金首だ。あいつからさっさと宝の情報聞きだして賞金も奪ってハッピーエンドよ」

「ああ……」

 怪訝なヒュウの表情に対してリンダラッドはぽんと手を叩く。

 愉快にも取れる笑みがヒュウにはどうにも嫌な予感しかしない。

「あのシスターさんなら逃げたよ」

「……はっ?」

 リンダラッドの言っている言葉が瞬間で理解できないヒュウは眉に皺が寄る。

 体がまるで動かない中で顔だけで凄んでみせるがリンダラッドは意に介すことなく愉快な笑みを浮かべたまま顔を覗き込んでくる。

「逃げちゃったよ。

 だってしょうがないじゃん。僕たちも自分のこと守るのに精一杯だったし、捕まえてなんていられないよ」

 まるで悪びれる素振りすら見せないリンダラッドの言葉にヒュウは顔から力が抜けていく。

 さっきまでの気迫はどこへやら。一転して情けない顔になる。

「俺がなんのために戦ったと思ってんだよ! 完全に骨折り損じゃねえかぁ」

「そうだね」

「そうだねって……はあ」

 身動きの取れないヒュウは星が敷き詰められた夜空を見上げて大きく溜息を吐く。

 二〇万ガロと言う大金も、テアの持っているはずの宝もいまでは夜空に浮かんでは消える触れることのできない幻に過ぎない。


  ◆


「いやー……」

 満点の星に照らされた大地のうえでテア=フェイラスは一つ息を吐く。

 空を舞うシェード・ホークの翼を千切り、意識を失うヒュウとそれを助けるために慌ただしい連中の眼を盗むように逃げ、谷を抜けていた。

「赫金のレイ・ドール……まさかヒュウが枠の色がちゃうレイ・カードを待っとるとは思わんかったわ。よっと」

 あの黄金を纏い、まるで生きているか如く咆哮をあげたレイ・ドール。

 他のレイ・ドールの力を奪うその巨大な口。全てが鮮明に思い出すことができる中でテアは服の中から取り出した小さな紙片を取り出す。

 団子状に丸められた紙片は、皺を伸ばし広げても、テアの掌からわずかに余る程度の大きさのものだ。

 幾多もの皺が刻まれ変色した紙に書かれている文字はかすれ、満足に読むことすらできない。端はギザつき文字も千切られた先へと続いている。明らかに無理やり千切ったものだ。

「赫金のレイ・ドール。欲望。

 蒼白のレイ・ドール。高潔。

 行方知れずの残りは……あと四体ってわけや。うちが命張ってまで手に入れた情報や。さすがにただであんながめつい奴に教えられるわけないやろ」

 テアは抑えきれない笑みをこぼすともう一度かすれた文字をまじまじと見た。

「枠色の違うレイ・カード、『オリジン』は全部で六体……までは読めるんやけどな……」

 じっと見つめたところで読めない文字が読めるようになることもない。

 六体のレイ・ドール。

 細かいことが多々書いてあるであろうが、虫食いのページの一部を読んだところで全容はまるで想像できない。

「どうせなら本ごと盗めばよかったんやけど、あれで厳重な警備やったからな。

 まさかページの一部を盗んだだけやのに二〇万ガロの賞金かけるなんて思わんかったわ」

 自分の首にかけられた賞金にテアは呆れるようにため息を吐く。

「さて、ヒュウ達はこの方角の街へ向かう言うてたけど、うちはどないしよ」

 着の身着のままのテアとしては残り四体のオリジンの在処を把握したかったが手がかりなど何一つとしてない。

 風の吹くまま気の向くままに満点の星空に照らされた大地を歩く。

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