6-1


  ◆


 その日は珍しく見慣れない姿の客が店先の扉を叩いた。

 砂漠に点在する町の一つ、デューラ。

 旅人を迎え入れる砂まみれの門を潜りすぐ脇の目に付く酒場。そこで白髪の目立つ老年の男、ケリー=アシュカは磨いていたコップから顔を上げて入口を見た。

 古くくたびれた扉を容赦ない音を立てて開いたのはこの砂漠で珍しい黒いマントを羽織った男だ。

 険のある目つきも、ざんばらに刈りあげた栗色の髪。そして黒のマントに刻まれた金貨に頭蓋を叩き割られ嘲笑うされこうべ。その全てがただの旅人でないことを物語っている。

「あっちいなっ!」

 顔の汗を拭くこともせずに苛立ちを大声でこぼす男に続くように少年とも少女とも区別のつかな子供に、真赤なドレス姿が見目麗しい婦人。そして恰好だけならばマントの男に勝るとも劣らない珍妙な恰好をした青年と入ってくる。

 サーカス団とも違う、奇妙な集団を前にケリーは僅かに眉を潜めた。

 場所が場所だけに旅人が訪れることが多い町だが、目の前の一団の統一性の無さは明らかに違和感を覚える。

「おいオヤジっ!」

 マントの男がカウンターに寄りかかる。礼儀を知らない言葉遣いに態度。減点すべき箇所を数えたらきりがない。

「はい。なんでしょうか?」

 それでもケリーは慇懃な態度で男の顔を覗き込む。

 長年酒場を切り盛りしていれば礼儀を知らない若造が訪れることも一度や二度ではない。そう言ったときの接客など老練のケリーにはグラスは磨くこと同様に日常的なものだ。

「この辺で手頃な賞金首の情報はねえのかよ?」

「賞金稼ぎの方でしたか」

「冗談。賞金稼ぎなんて頭の悪い仕事やってられっかよ。どこからどうみても一般人だろ。ただ手っ取り早く金がいるんだよ」

 一般人と自称する男は人差し指と親指を合わせて輪を作ると卑屈な笑みを浮かべる。金に汚く、刹那的に生きる賞金稼ぎそのものの顔だ。

 下品だがこの手の酒場にはつきものの客の部類だ。むしろ後ろにいる面々の落ち着いた面持ちの方がケリーには珍しい。

「なあ。なんか賞金首の話はねえのかよ? いるだろう。極悪な殺人とか誘拐とか窃盗とかした奴がよ」

「一番してそうなヒュウ殿がそんなことを言うのは滑稽でござるな」

「ねっ」

「うるせえな」

 砂漠の町だというのに真赤なマフラーで首元を覆う珍妙な恰好をした男が茶化すように呟くと無垢で真っ白な髪が目立つ子供が満面の笑みで頷いてみせた。

「見ての通りこの辺は一面砂漠の町でございます。それも至極平和な町でございます」

「そんなこと言ってほんとは隠してるんだろう。ジイサン、隠さずに教えろよ」

「残念ながらお客様の眼鏡にかなう賞金首など……もしかしたらお客様の要望にお応えできる案件があるかもしれませんね」

「おっ!」

 白髪の目立つケリーの言葉にヒュウだけでなく後ろの面々までもが、その深い皺の目立つ店主を見た。

 ケリーは珍客達を前に手を一つ叩いてみせた。


  ◆


 ──砂漠の町、デューラ到着二時間前。


「あぢい~~~~」

 黄金のレイ・ドール、ゴールドキングを操縦席で操るヒュウは舌を出しながら虫の息のような声を漏らす。

「もうそろそろ町が見えるはずなんだけどね。どうにも地図で見ると正確な距離が測れないなぁ」

 刺すような激しい陽光がヒュウ達の肌を焼く。

 黄金の砂だけが地平線の先まで続いている。

 太陽光を跳ね返し、うだるような熱気が充満した大気にヒュウは吹き出る汗が止まらない。

「この程度で情けないでござるよ。心頭滅却すれば火もまた涼し。ようは気持ちの持ちようでござるよ! ほらヒュウ殿も気合を入れるでござる」

 口元を覆った真赤なマフラーをなびかせた輪蔵の姿は、お世辞にも軽装とは言えない忍者装束だ。

 しかし輪蔵の顔には汗一つ浮かんでいない。

「俺はてめえみたいな異常者じゃなくてごく普通の人間だ。あっちいもんはあっちいんだよ」

「まあ確かにこの暑さは参るものがあるよね」

 ヒュウの膝の上で収まり良く座り本を読んでいたリンダラッドはおもむろに空を見上げると燦然と輝く太陽。そして降り注ぐ熱気に思わずため息がこぼれる。

「お嬢様は私のレイ・ドールに入っててもよろしんいんですよ」

 示然丸に相乗りしているリビアが呼びかけた。

 豊かに膨らんだ胸の谷間からすっとレイ・カードを取り出してみせた。横眼で見ていた輪蔵の鼻の下が伸びる。

 倉庫として機能する彼女のレイ・ドール、アーパスならば、収蔵したものを暑さからも寒さからも身を護ることができる。

「いや、僕はここでこの景色を見てたいよ。色んな世界を見ないで君のレイ・ドールの中に入っちゃうとわざわざ城を飛び出してきた意味がないしね」

 黄金の砂漠が地平線まで続く光景。

 大気すらも歪ませるほどの灼熱。

 緑豊かなヒース国の深窓では見えなかった風景がリンダラッドの前に広がっている。

 人が行く道は様々だ。

 時に舗装された道を歩けば、今のように太陽の位置だけを頼りに道なき道を行くこともある。その経験の一分一秒がリンダラッドにとってかけがえのないものだ。


「……あれって町じゃねえか?」

「そうでござるな。町の入口に違いないでござるよ」

 どれだけこの灼熱の太陽の下を進んだだろうか。ヒュウ達の来た道には足跡が延々と続いている。

 地平線まで見える砂漠に薄っすらと熱に揺られる門が見えたことにヒュウが声を漏らすと輪蔵が間髪入れずに返事した。

「いよっしゃあぁぁぁぁっ!!!」

「うわぁっ!」

 突然立ち上がったヒュウに、膝の上で半ば眠りかけてたリンダラッドが落ちそうになる。

 そんなことお構いなしにヒュウは蜃気楼のごとく揺れる町を見つめたた白い歯を見せ笑う。

「町に着いたらまずは酒よ。それから女だ!」

 容赦のない暑さで今にもこと切れそうなヒュウを欲望だけが突き動かす。

「あっ、そうだ。ねえ」

「ん? なんだよ?」

 意気込むヒュウをリンダラッドの大きな瞳が見上げた。小動物のようにくりっとした碧眼の瞳はヒュウの険のある鳶色の瞳をじっと見た。

「次の町についてもお酒とかもう買えないから」

「はっ?」

 聞き間違いかと耳を疑うような言葉にヒュウは思わず間抜けな声をこぼすが、にっこりと微笑むリンダラッドの表情はまるで変わらない。

「なんでだよ!? 酒ッ! 女っ!! それが買うことができないってどういうことだよ!?」

「どういうことだよって聞かれても、簡単に説明するとお金がないんだよね。

 どっかの誰かさんが色んな町に行くたびに毎回贅沢をするせいで、お城を出るときに持ってきた路銀も底尽きそうなんだよね」

 町へ行けば宿泊費がかかる。更に野宿をするにも食料などを買わなければならない。その程度のことで底を尽きるような財力ではなかったが、町へ行く度、ヒュウが欲望の赴くままに暴飲暴食を行い、夜な夜な女を買い漁る始末だ。

 持ってきた路銀など湯水のごとく夜の町へと消えていくだけだ。

 これ以上ないほどわかりやすい理由にヒュウは一度だけ大きく息を吸い込む。

 熱を孕んだ大気が食道や肺を焼くがそんなことお構いなしだ。

「じゃあ次の町に行ってもどうすることもできねえじゃねえか! こっちは喉からっからなんだぜ!」

「水とか食料、それに最低限の宿泊費くらいはあるけど、お酒とか女性とかを買おうって思ってるなら、そのくらいのお金は自分で稼いでもらわないとね」

「貧乏旅行なんぞ聞いてねえぞ。勘弁してくれよ」

 ヒュウが情けない声をこぼす。


  ◆

 

「なるほど。旅の費用が底を尽きかけていると。そこで賞金稼ぎの真似事で路銀を稼ごうと言うわけですか」

 ケリーに案内された先はこれまた中年の整えられた黒の顎鬚が目立つ男だ。

 クラッシャブルハットにウェスタンシャツ。それにジーンズと、まるで西部劇のガンマンのような姿の男は極めつけと言わんばかりに腰に提げたガンホルダーに収まった銃が鈍い輝きを放っている。

 男は速足でヒュウ達を案内するように通路を歩く。

「こんなときに腕ききの方が二組もこの町を訪れてくれるなんて実にタイミングが良かった」

「二組?」

「はい」

 中年の言葉にヒュウは顔にクエスチョンマークが浮かび上がる。

 整えられた顎鬚の目立つ中年は振り向くこともないまま言葉を続けた。

「あなた方以外にもどこぞの大国で要人の警護をされてる方が一組いらっしゃって」

「要人の警護とは、それはさぞかし腕が立つでござるな」

「待って。その人たちはこんな場所に要人の警護をしながら旅をしてるの?」

「詳しいことは私も知りませんが、何か探し物をしている方々見たいですよ。

 私もお話は少ししか伺ってませんがね。ああ、この部屋にその方々もいますので、どうぞ」

 男が止まったのは他の扉同様にみすぼらしい扉だ。

 表札には応接間と書いてあるがそれ以外に目立つところはなにもない。

「──だから────」

「────なわけ──────。────」

 扉越しに僅かに話声が聞こえてくる。

 リンダラッドはその聞いたことあるような声に僅かに眉を寄せる。


「へえ。なんか考えがあるんだ。是非聞きたいね」

「簡単な話だ。

 こんな砂漠を横切るような道を姫様が行くはずもないだろうし、我々の方がルーゲル国へ早く辿り着くはずだ。そこで待ち伏せをするまでだ」

 部屋に入るなり物静かに会話をしている三名がヒュウの眼に入る。

 この暑い砂漠の町では見るも暑苦しいほどの重厚な鎧を全身に纏った三人だ。

「げっ!?」

 聞いたこともないような声と同時にリンダラッドはヒュウのマントの後ろに隠れる。

「方角としても──ん?」

 三人のなかで唯一椅子に腰を下ろしていた男が、扉を開いたヒュウを見るなりおもむろに立ち上がる。

 金色の髪に金色の瞳。整った鼻梁と垣間見える幼さ。青年と少年の境目の男はヒュウの前に立つとおもむろに首を傾げる。

「失礼ですが、どこかでお会いしたことありませんか?」

「ああっ?」

 突然の青年の言葉にヒュウは虚を突かれたように目を丸くする。

 目の前に立つ背格好に似合わないほど重厚な鎧に身を包んだ見目麗しい青年などヒュウの記憶にない。

 そもそも男の顔を覚えるなどヒュウからしてみれば滅多にないことだ。

「知らねえな」

「いや、そんなはずは……!!!──────」

 じっとヒュウの顔を見ていた青年は何度か首を傾げながらヒュウの顔を見つめると空いた突然目を見開く。


「こちらで座ってお待ちください。

 酒場の方が言うにはもう一組がもうすぐ来ますので」

「ありがとうございます」

 椅子に腰を掛けたバルド=ロー=キリシュの言葉にクラッシャブルハットの似合う男は一つ礼をすると部屋を出て行ってしまう。

「いいのか? このようなところで足止めを受けてしまって」

 椅子に座ったバルドに力強い声で語り掛けたのは第三師団の一人にして、今回の捜索隊の一人として加えられたリストン=アルカだ。

 女でありながら男も顔負けの高身長に鎧に覆われてもわかる鍛え上げられた肉厚な体のライン。化粧っ気のない顔と短く切り揃えられた青髪。目尻が吊り上がった鋭い瞳は睨む者を威圧するだけの迫力がある。

 リストンとバルド、最後に壁に寄りかかったまま動こうとしないドレイク=ハスクの三人は、互いが物心つく以前から顔を合わせてきた仲だ。

「困っている者がいればジール様なら迷うことなく助けただろう」

「そうだが、我々に任された使命は姫様の確保のはずだ。このような寄り道をしていればいつ追いつくことになるか。

 こんな使命、早々に片づけて私はさっさと戦場を駆け回りたいんだ」

 騎士一筋の家柄で育ったリストンとしては戦場を駆け巡り武功をたてることこそが生き甲斐であり、この旅は酷く退屈なものだ。

「ドレイクもこののんきな師団長になんか言ってやれ!」

 肩書こそバルドが『師団長』を持っているが、旧知の仲である三人のなかの関係で上も下もない。

「我らが師団長殿には深い考えがあるのだろう。そこにいち兵隊の俺が口を出す事じゃねえな」

 我関せずのドレイクにリストンは大きく息を吐き出す。

「うちの男どもと来たら情けないね。

 平和に慣れた体じゃ生き残れない戦場を駆けまわり武功をあげてこその第三師団じゃないの?

 こんな家出娘を探すのが第三師団の仕事じゃないだろ」

「俺は言われたことをするだけだ」

「王の勅命でもあるこの命を無視するわけにはいくまい」

「人助けもその勅命に入ってるの?」

「……入ってないな。だからと言って見捨ててよいと言う道理はない。幾らここがヒース国の領地外であろうとも我々はヒース国にその名を響かせる第三師団であり、弱き者を助け、暴力を盾にする者たちへは正面から叩き潰す。それがヒース国の御旗の下に誓った我々の信念だ」

 バルドが鎧越しに胸板を叩く。

 ガンッと音が部屋に響く。

 ジールが日頃から説く言葉をそのままバルドは語る。

「まるであの総隊長みたいな科白だね」

『みたいな』ではない。バルドの語った言葉はジールの言った言葉と一字一句として違いはない。

 どこからか姫様に拾われてきた男が自らのレイ・ドールを用いてライダーとして頭角を現すまでに時間はかからなかった。戦場を駆ける度に伝説を作るその男は瞬く間に総隊長となり、就任を命じられた際に語った言葉だ。

 城の中に蠢く命を賭けることもなく美辞麗句だけを吐き出す高官とは違う。

 ジール=ストロイ。その言葉を建前とせず、誰よりもその言葉に実直に生きる。

 その裏表の全くない生き方は市井の者だけでなく部下となった人々から信望を得るまでそう時間はかからなかった。

 そんなジールに対して、部下の中には王への忠誠以上の信頼を寄せる者も少なくない。バルドもそう言った者として顕著な存在だ。

「とはいえ、何も全く考えなしと言うわけじゃない」

「へえ。なんか考えがあるんだ。是非聞きたいね」

「簡単な話だ。

 こんな砂漠を横切るような道を姫様が行くはずもないだろうし、我々の方がルーゲル国へ直線だけに早く辿り着くはずだ。そこで待ち伏せをするまでだ──ん?」

 バルドの言葉終わりを遮るかのように静かな音を立てて扉が開かれた。

 入ってきたのは先ほどのクラッシャブルハットの似合う中年。そしてその後ろに目つきの悪い男が立っている。

 ざんばらに狩られた栗色の髪に鋭い目つき。鳶色の瞳がぎらつく。

 バルドがこれまでに討伐してきた幾多の極悪人と類似する顔つきだ。

 ──しかしどこかで……

「失礼ですが、どこかでお会いしたことありませんか?」

「ああっ?」

 立ち上がりまじまじとその顔を見るバルドの言葉に青年の目つきがより鋭いものになる。

 バルドとしてもこんな品もない人間が知り合いにいるなどと考えたくはない。

 しかしどこかで見た覚えのある顔だ。

 鳶色の瞳にざんばらな栗色の髪。そして黒いマント。

「お前なんて知らねえな」

 喉に小骨が引っかかるかのような気持ち悪さを覚えながらバルドは男の顔をまじまじと見た。

「いや、そんなはずは……!!!──────」

 瞬間ずれた歯車が噛み合うかのようにその男の顔を思い出しバルドの金色の瞳が大きく見開かれる。


 ──この男は────っっ!!

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