6-2


  ◆


「ジール、まだリンダラッドは見つからないのか」

 赤絨毯を速足で踏みしめてきた国王、ダライ=ロエスは扉を開く。

「……既に捜索隊を編成し出動させました」

 机に山のように積まれた書簡の一つを手に取ったジール=ストロイが扉の方を見た。どことなく急ぎ足で入ってきた国王のダライは机を挟んでジールの対面へと座る。

 王族の証でもある純白の髪と顎鬚。そしてその上には黄金の王冠が輝いている。まさに絵本に出てくる王そのものの格好だ。

「その報告は以前受けたがどうなのだ? リンダラッドは見つかりそうなのか」

 ジールの落ち着いた返事に対してダライは早口に語る。目に入れても痛くない愛娘。ヒース国の姫であるリンダラッド=ロエスが文を残し家出をした。

 もともと民衆の前で政を仕切る真似もしていなければ、人前に好んで出る性格でなかったため、家出の件を世間から秘匿するのはダライからしてもジールからしても城内に緘口令を敷くことで容易なことだった。

 しかし、だからと言って家出した相手は犬ではない。姫だ。いつになるかわからない帰りを悠長に待てないことも事実だ。

 知る者が知れば間違いなく悪用されてしまう情報だ。

「行く方向は検討がついてます。

 しかし追う相手も動いてますから、追いつくまでもう少しかかるものと思われますね」

「そ、そうか……」

「一国の王がそう浮足立たれては下に仕える者たちも言い知れぬ不安を覚えるものです。

 どうぞこれでも。庭園で育った茶葉からいれたものです」

 持っていた書簡を置いたジールはお茶を注ぎカップをダライの前へと差し出す。

 王としての威厳。それはいついかなる時でも凛然としてなければならない。ダライもそれは百も承知だ。

 しかし、ひとたび眼に入れも痛くない愛娘のこととなれば途端に王冠は転げ落ち一児の父となってしまう。

「ジール、お前さんが相談にのってくれてるおかげで幾分か私は助かっている」

「そのようなもったいないお言葉。

 王の周りには私以上に頼れる臣下など幾らでもいましょう。それに私こそ、経歴も書くことのできない立場にも関わらず王立騎士団へ入れていただいたことにこれ以上ない感謝を忘れることはできません」

 戦場で奴隷として拾われたジールが様々な経緯のもとでこの王立騎士団へと配属された。きっかけはリンダラッドだったが、それを許容したのもまた目の前にいるダライの采配によるものだ。

「元奴隷と聞けば反対する者も少なかったなか慣例を破ってまで入れたのは王の後押しがあればこそ」

「確かに王立騎士団に元奴隷が配属されたことは前代未聞の話だ。それができたのも口幅ったいが私の言葉が影響していることは否定できない……が、私はそこまでだ。

 そこから王立騎士団団長と言う立場まで駆け上がったのは紛れもなくお主とそしてお主の操るレイ・ドールの力だ」

「ありがたいお言葉」

 王、ダライに言われてジールは懐からレイ・カードを取り出す。枠が青く輝いたレイ・カードのなかでは巨大なランスを構えた蒼白のレイ・ドール、ガリエンが輝く。

「しかしリンダラッド一人で家出したところでそう遠くまで行けないものだと思って侮っておったわ。まさか、ヒース国の領地外へ行くとは」

「姫様も成長されているということですね」

 姫であるリンダラッド一人ならば捕まえることはどうということはないだろう。

 ただ、その旅に同行してるのはあの欲望にのみ生きる男が一緒だ。

 ジールとガリエンの力を前に欲望だけで向かってきた鳶色の瞳を持ち黄金のレイを放つ男、ヒュウ=ロイマン。

 ──どういうわけか姫様はあの男をいたく気に入っていたからな。

「もう少し姫として自覚を持ってもらわんといつまでも民衆の前へ出す事ができぬから、私としては困ったものなのだが」

「その先のことは捜索隊が姫様を連れ戻したときに考えればよろしいかと」

 二人はお茶を飲んで一息ついた。

 窓の外から見える管理の行き届いたヒース城庭園。そしてその先にある城下町まで全てが平和そのものだ。

 小さな諍いこそあれど大国としての絶対の安寧を見せている。


  ◆

 

「お、お前は──っ!!」

 目の前で指さしたまま固まった青年を前にヒュウは興味無さそうに横によけて椅子へどっかりと座る。

「どこでお会いしたか俺にゃあ記憶が全くねえし人違いなんじゃねえか?」

 ──間違えるわけがない。

 憎しみを宿した瞳でバルドはヒュウの背中を睨みつけた。

 どんな卑怯な手をもってしたかは存じないが、王国の英雄とも呼べるジールを相手に逃げ切った男。

 金のためなら泥水もすすり、裏切りも日常茶飯事。悪行をあげればそれこそキリがない男、ヒュウ=ロイマンだ。

「ここで会ったが百年目。貴様の命を持ってジール様の顔に塗りつけられた泥を払拭させてもらう」

「お前、ジールの部下かなんかか?」

 ジール。この世で最も聞きたくない人物の名にヒュウは眉をしかめて青年を睨みつけた。

 周囲から浴びせられる賛辞を鼻にもかけず、高潔を擬人化したような男、ジール=ストロイ。ヒュウが唯一覚えている男の名前かつ、この世で最も気にくわない男の名だ。

「あら! 姫様と侍女じゃん」

 部屋に入ってきたリビアとその真赤なドレスの後ろに隠れたリンダラッド。壁に寄りかかったままのドレイクは思わず視線が向く。

「……ずいぶんと早く見つかっちゃったね」

 どことなく気まずそうにリンダラッドはドレイクにはにかんだ笑みを浮かべてドレスの後ろから出てくる。

「ってことはここで姫様を連れて帰れば無事に任務完了じゃね──」

「悪いけど、お嬢様は旅の途中でね」

 手を伸ばして迫ってくるドレイクの前にリンダラッドが立ち塞がる。

「おいおい。こっちは王様の命令で動いてんだぜ。それを侍女が邪魔するってのか?」

「残念。私は王様に従ったことは一回もないんでね。私が従うのお嬢様一人なの」

「おや……皆様お知り合いでしたか?」

 クラッシャブルハットの似合う中年は椅子に座った。室内を満たす剣呑とした雰囲気を察することができないように優しい笑みを浮かべてる。


「そうでしたか。皆様知り合いでしたか」

 整った顎鬚に触れてから中年はぽんと手を叩いてみせた。

 大国のこと。家出した姫のこと。そう言った面倒な説明を諸々省くと、最終的に辿り着いたのが『昔会った知り合い』と言うなんとも曖昧な関係に落ち着いた。

「それがたまたまこの時期にこの町へ寄ったのもなにか運命めいたものを感じますね」

「それよりも賞金首の話を聞かせろよ。

 こっちは金を稼がねえとならねえんだ」

「そうでしたね。皆様をこの部屋にお呼びしたのも雑談に興じるためではありませんからね」

 不機嫌そうな顰め面のヒュウを前に中年はおほんと一つ咳払いしてみせた。

「改めて自己紹介させていただきます。私、このデューラで町長をやっていますラゼロと申します」

 ラゼロはそう言うと一つ礼をしてから帽子を取る。

「それでお二組に頼みたいということはですね、至極簡単なことです。盗賊をやっつけていただけないでしょうか」

「盗賊……」

 ──盗賊か。まあ俺にかかりゃ楽勝だな。ついでにそいつらの宝も奪い取ってやるかな

 ──盗賊か。面白ければ僕はなんでも良いけど

 ──盗賊でござるか。まあ拙者にかかればちょちょいのちょいでござるな

 話を聞いてた全員が一様にその言葉を反芻する。

 それぞれがそれぞれでその言葉に思うところがあるかのように視線が動く。

「ええ。

 道中御存知かと思いますが、この辺りは一面砂漠となっています。この巨大な砂漠を横断するために幾つもの町が点在してます。

 その全ての町が同じオアシスを共通の水源として貴重な水を得ています……」

「その道中に盗賊と言うわけですね」

 言葉を遮るようにバルドが口を開くと、その言葉は的を射ていたのか小さくラゼロは頷いてみせた。

 砂漠に点在する町にしてみれば水源を奪われることは死に直結する話しだ。

「とは言え、盗賊が出たのもつい最近のことで水の貯蓄があるゆえにこの町もすぐに干上がることはないんですけどね。

 街道を大きく逸れたこの砂漠へお二組がこの町を訪れたのはまさに天の配剤と思えるタイミングですね」

 事の重大さがいまいち伝わらない呑気な口調のラゼロに対して他の者たちは一様に顔を見合わせる。

「ただ、相手の盗賊団はレイ・ドールを持っているんですよね。ライダーじゃない我々にはどうすることもできなくて。もちろん旅の方々も大変危険な目にあうかも……」

「このような場所でレイ・ドールをもってして非道を働く者がいると聞けば成敗することこそが我ら王立騎士団の行くべき道だ」

 次第に語調が弱くなる町長に対してバルドは身を乗り出し、その手を握る。

 ふんと鳴らした鼻息が町長の顔を撫でる。

「素晴らしい心がけでござるな」

 意気込むバルドに対して輪蔵が腕を組みながら二度、三度と頷いてみせた。


「一ついいか?」

「えっ、は、はい! もちろんです。なんでも聞いてください」

 脚を組み腕を組んだまま黙り込んでいたヒュウが口を開いたのはたっぷり一分間経ってからだ。

 険のある目つきの奥に鳶色の瞳が光る。

 何を言い出すかわからない鋭い目つきに不安を覚えるバルドを前に、ころりと変わって満面の笑みになる。

「肝心の報酬は幾ら貰えるんだ?」

「ほ、報酬ですか……」

 あまりの態度の急変にバルドは一瞬言われてることが理解できなかった。

「そっ。報酬よ。こっちはただ働きを志願しにきたわけじゃねえからな」

「困ってる人を助けるのに金をせびるなんて足元を見た悪徳商売だな」

「あのなあ、こちとら明日の飯釜にありつけるかどうかの貧乏様よ。それに仕事をすれば対価を貰うのは当然の話だろ。

 てめえのその話だと賞金首だけじゃなくて世の全ての職業にボランティアしろって話になるぜ!

 泥水すすって生きろって言うのかよ」

「別にそこまで貧乏ではないけどなあ」

 睨み合う二人に聞こえないようにぼそりとリンダラッドが呟く。

 そもそも食費と宿泊費だけならばまだ当分はもつ。必要としているのはヒュウが湯水のごとく浪費する遊行費だ。

「裏路地を這うドブネズミにお似合いの旅じゃないか」

 バルドは敵意をむき出しにした言葉でヒュウを挑発する。

 ──姫様が見つかった今、こいつを倒す理由はない。だが……はいそうですか、などと帰れるはずはない

 バルドが神の如く尊敬し崇め奉るジールの顔に泥を塗りつけた男だ。万死にしてもその罪を償わすことはできないだろう。

「報酬ならもちろんありますよ。

 これくらいですが町から出せますよ」

 町長は机の下から金貨の詰まった袋を取り出すと、どんと机の上に置く。

「他の町とも相談して砂漠の入口となるこのデューラの町が預かった二〇〇〇ガロです」

「盗賊討伐で二〇〇〇ガロか。悪くねえ金額だな」

 ヒュウは舌なめずりしてみせた。

 遊行費で考えれば三日、四日は底を考えずに豪遊できるだけの金額だ。

「渡せるお金はこれだけなので、討伐の暁にはお二組で山分けとなってしまいますが……」

 気まずそうな町長を前にバルドが優しく微笑む。敵を作らない笑みであり、町娘であれば心を奪うのに十分な破壊力を持った笑顔だ。

「私達はあくまで人助けのためです。そのお金を受け取ることはできません」

「おーおー。実に立派な言葉だこって。そんじゃ俺たちが遠慮なくその金は頂こうかね。立派な仕事の対価なんだ。文句を言われる筋合いはねえな」

 金貨の詰まった袋を挟んで睨み合う二人に対して町長は再び手を一つ叩いて視線を集中させた。

「ところで、お二組はもう泊まる場所などお決まりでしょうか?」

「いや、私達はまだ……」

「俺達は泊まる金がねえからな」

「そこまで貧乏じゃないって」

 リンダラッドが再び聞こえない声で呟く。

「それでしたら歓迎も兼ねてここの宿舎へ泊ってください。いざというときの客間もありますので。

 町のために戦ってくれる方々ですし、歓迎させていただきます」

「そいつはありがてえな。タダより安いものはねえ」

 ヒュウが諸手をあげて喜んでみせると町長が柔和な笑みを浮かべる。

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