4-6


「ん~~……っはあ! 初めてレイ・ドールのなかに入ったけど意外に快適だったね。

 もっと色んなものをなかに入れたら人一人くらいは住めそうだね」

 レイ・ドールか出た少年はその小柄な体を思いっきり伸ばしたあとに一息ついて辺りを見渡した。

「ここがその例の発掘された遺跡ってわけだ」

 耳をすませば目にも華やかな明かりの灯ったディエロの町から祭囃子が聞こえてくる距離だ。それほど町から離れていない場所に盛大に掘り返された跡。そしてその中央には巨大な石板がましましと鎮座している。

 正面から見ればたんなる長方形だが横から見れば厚みがあり、それはまるで巨大な石箱のようでもあり墓標のようにも見える。

 しかし継ぎ目などない。石はどこまでじっくり見ても石以外に他ならない。

「これがねえ」

 バクスターから噂は聞いていた。町の傍で発掘された遺跡と巨大な石板。しかし自分の眼でもって直に確認するのはオリビアも初めてのことだ。

 すり鉢状に掘り返された巨大な穴の中央には石板を祀るが如く祭壇が掘り出されている。

「しっかし派手に掘ったもんだね。なんか色々とぶっ壊してくれてるし。よっ、ほっ!」

 身軽に突き出た石の上を渡り歩くようにして少年は後ろを見ることなく石板へと一直線に歩いていく。

 あからさまに人の手によって壊された箇所を見るたびに少年は露骨に眉を顰めて不機嫌な表情を作る。

「あ、ちょっと! ほら、あんたも来なさい! あんたが私を守るんだから」

「ああ」

 青年を引き連れてオリビアは一足先に石板へと向かう少年を追いかけた。


「それで罪に問われないためのなにがここにあるって言うの? どうみてもただの古びた遺跡にしか見えないけど」

「ちょっと黙ってて。それよりも明かり持ってない?」

 オリビアの言葉を遮った少年は懐から古びて黄ばんだ紙片を一枚取り出すと星の明かりを頼りにそれを睨む……が、見えるべくもない。

「これで良いか?」

「やった! さすが蒼のライダー!」

 青年は指先に灯した青い輝きを紙片に寄せる。僅かな明かりをもとに少年は紙片を睨む。

「もうちょっとこっちかな?」

 巨大な石板に沿うように歩き出した少年に二人もついていく。

「これって何の絵?」

 少年の横からオリビアが紙片を覗き込むが、普段使っている文字とはまるで違う。見たこともない絵の羅列にしか見えない。

「むっ! これは絵なんかじゃないよ。歴とした文字だよ」

「そんな文字は聞いたことも、見たこともないわよ」

「学がないからわからないだけでしょ。僕は君よりもずっと頭良いからね」

 少年の勝ち誇った顔。そしてその言葉がオリビアを苛立たせるには十分なものだった。

 大国からレイ・ドールを奪いだすなんて、自称頭の良い人間がすることに思えないオリビアとしては、まるで自分の方が頭が良いと語る少年の言葉が釈然としない。

「あんたにも絵にしか見えないでしょ? こんなわけのわからない文字」

 苛立ったオリビアの声はレイを灯している青年に突然向けられた。

 同意を求められた青年の綺麗な顔が少年の持った紙をじっと見つめてからゆっくりと顔をあげた。

「うん……私はもともと字が読めないからな。これが絵なのか文字なのかはさっぱりわからないな」

「あっそう。元奴隷に聞いた私が悪かったわ」

 これはこれで呆れた回答だけにオリビアはため息のような頷きをこぼす。

「元奴隷に娼婦に犯罪者……なんとも言い難い面子ね」

「それが揃いもそろって遺跡荒らしをすることになるとは」

 オリビアの呟きに対して青年も嘆くような声で言葉をこぼす。

「ちっ、ちっ、ちっ」

 少年がおもむろに指を横に振る。

「僕らは遺跡荒らしをしに来たんじゃない。王国の発掘隊に任せると、貴重な歴史的資料とかもお構いなしに壊すような形で掘り出し強奪していくからね」

「まるで目の前で見てきたような口ぶりじゃない」

「そりゃあ、その発掘の姿を見てたのは一度や二度じゃないからね。まあ、その遺跡荒らしが来る前に僕は確認しないといけないんだよ」

「確認?」

「そう。

 彼らが来たら、この祭壇とか全部力任せに掘り返すだけだよ。こんな重要な歴史的資料を力任せに掘り出されたらこっちとしてはかなわないから」 

 少年は心底嫌そうな顔をして喋る。

 夜ですらまるで闇に溶けない白髪の下に輝く碧眼はあまりに美しく、傍にいたオリビアは熱っぽく語る少年に思わず見入ってしまう。

「しかし墓荒しをして罪が軽くなるなどと言う道理は聞いたことないぞ」

「そこは大丈夫。

 僕がしっかり調べてきたんだ」

「なにをだ?」

「ふふふ。それじゃあ君たちに教えてあげるよ。僕がここに何をしに来たのか」

 少年は紙片を握りときおり石板を一瞥しながらゆっくりとした足取りで歩く。

「僕の研究が正しければここにレイ・ドールが眠ってるの」

「レイ……ドール……」

「ちょっと! 止まらないでついてきて」

 少年の言葉に二人はおもむろに足を止めて巨大な石板を見上げた。

 確かにレイ・ドールが一体入っていてもおかしくない巨大な石だ。だが、少年の言う言葉がどうにも信じられないと言った顔で青年とオリビアは顔を見合わせる。

「なんでレイ・ドールがこんな石の中にあるのよ? 普通は作ってもらうものでしょ」

「ここにある理由は調べたんだけどわからなかったんだ。僕だってそりゃわからないことあるからね。

 ただ、調べてたら凄いレイ・ドールがあるっていう事実。それとこの遺跡に辿り着いたんだもん」

「子供の夢物語にしては面白い話ね。そんな素っ頓狂な話のためにレイ・ドールを盗んで罪人となったわけ?」

「夢に自分の命賭けないでなにに命を賭けられる?」

 少年は白い歯を見せて笑ってみせた。

 普通ならばまるで信じられない話……だが、後先考えずに大国からレイ・ドールを盗むような少年だ。早い話が普通じゃない。狂人とも思えるだけの熱意は確かにある。

 おかげでオリビアも青年もとんでもない迷惑をこうむっているというのに、少年の仕草、表情、どれをとっても罪悪感の欠片も見えない。

「僕はね、生きてる意味なんて高尚なことは考えたことないけど、知りたいことを知る。それだけが僕の生きる理由だよ」

 まるで揺らぎのない双眸だけが二人を見た。

 これまで体を重ねてきた客の建前や詭弁を前にしたときオリビアは必ず目を見た。

 その赫赫の髪同様の色を持ったオリビアの瞳は相手の本心を全て見抜いてきた。言葉の裏に眠る野心、欲望、保身。

 吐き出した言葉と裏腹の本心。その渦がオリビアの会話のなかには常にあった。

 ただ二度。この青年と少年の会話を除けば。

 目の前の少年はただ純粋だった。

 渦もなく裏もない。

「その夢のために罪人になって死んでも良いの?」

「良くないよ。死ぬのは嫌に決まってるじゃん。死ぬの好きな人なんていないよ」

「それはそうだな。死ぬのは誰でも嫌だな」

 あっけらかんと笑う少年の言葉は恐ろしく裏がない。更に青年もそれに頷く。思ったことを躊躇を介さずそのまま吐き出してるかのような少年と青年。

「ただ、死ぬのは嫌だけど、知らないことを知ることはそれ以上に楽しいことだから、それだけだよ。まあ、僕の夢のためにちょっと周りに迷惑をかけちゃうかもしれないけどね」

「ちょっと……?」

 ちょっと、と言う言葉の定義を一度辞書でもひいて語ってほしいものだ。

 少なくともオリビアと青年は、この少年に巻き込まれて罪人となってる始末だ。

「君だって僕を匿ってくれたよね。共犯になることわかっていながらも。それにはなんか思うところがあるんでしょ?」

「私は……」

 なぜこの少年を匿ったのか。なぜこの奴隷だった青年を助けたのか。

 少年の言った通りなぜ共犯になってまで助けてしまったことがオリビアにはいまだわからない。ただ怪訝な表情を浮かべることしかできない。

「理由もなく共犯になってまで赤の他人の僕を助けてくれるなんて、君のほうがよっぽど変わり者じゃないの」

「……」

 少年の言葉になにか言い返したいがオリビアだが言葉が何も出てこない。

 当然だ。

 見ず知らずの少年を、それも大国に追われる犯罪者を何も考えず助けてしまう。自分のなかにそんな行動を取る部分があったなんてオリビア自身驚いている。

「なんでだかしらね。

 私にも──」

「あったぁーーー──っ!!」

 オリビアの言葉を叩き切るような歓喜に溢れた少年の声が夜空に響き渡る。

 少年は四つん這いになり、顔が土で汚れることも厭わないで石板に顔を擦りつける。

「ここっ! ここ見て!」

 少年が嬉々として指さす場所を二人は覗き込む。

 青いレイに僅かに照らされた石板。

 少年が土を払った場所を目を凝らして見れば、そこにはさきほどの文字とも絵とも判別のつかないものが渦のように円を描いている。

 更によく見れば巨大な石板全てを覆うようにその文字が刻まれている。

 その渦の中心となっているであろう部分にぽっかりと隙間がある。

「えっと、ここに青のレイを……か。君、こっち来て」

 少年は青年を手招きすると、その渦の中心に立たせる。

「これでどうするんだ?」

 渦の中心は成人一人が容易に入る大きさの空白がある。

 その渦に囲まれるような位置に立った青年がおもむろに少年を見た。

「そのまま青いレイを出して──」

「そこまでだっ!」

「げっ!」

 会話に割ってきた勇ましい声にオリビアは露骨に嫌な表情を浮かべた。


 大国からの使者、そして大国の王族を迎えるために連日続いた賑やかな祭りの日々。

 日増しに明るくなっていく夜のディエロ。

 その町を仕切っている町長、バクスター=オッドマンはすり鉢状となっている巨大な穴の縁でオリビアの顔を見るなり汚い笑みを浮かべる。

「よおオリビア。路地裏でお前がカードのなかに消えたときは目を疑ったが、そのまま男を追いかけてみれば、こんな夜更けに遺跡鑑賞か。娼館で働いてるお前には似合わねえロマンチックな趣味を持ってるじゃねえか」

 人々に見せている町長のバクスターの表情とは違う。野心と欲望にぎらついた瞳がオリビアを睨む。

「そうね。私にも自分にそんな趣味があるとは驚いたわ」

 おどけるようにオリビアはバクスターを見た。

「お前は祭りの夜ってのは実に賑やかで良いもんだ。だが、この祭りのなかでこの町の華が失われちまうと思うとなんとも心苦しいものがあるな。なあ、オリビア」

「なにが言いたいの?」

「お前たちお尋ね者の三人を大国の奴らは引き渡せば俺も手柄を得て一気に大国とのパイプが出来るってもんだ。この腹積もり。完璧だろ!」

 本当は言葉など聞かずともバクスターが何を考えているかなど手に取るようにわかる。その野心にぎらついた瞳が言葉以上に雄弁に語る。

「それで、あんたが私たちを捕まえるって話?」

「そうだよ。とは言っても、俺は喧嘩はからっきしだ。もしかしたらオリビア、お前にもかなわねえかもしれない。ましてやそっちの男は兵士達を倒したって聞いてるからな」

「分かってるなら怪我しないうちにどっか行きな。こっちの強さを知りながら兵士達を連れてこないのは失敗したね」

 バクスターの腕っぷしはオリビアも正確なところは知らないが、ひっくり返ってもこちらにいる青年が負けることはない。

「俺だって何の考えもななしにはこっちにこねえさ。よっと」

 バクスターの手にはなにか握られてる。遠く、それが何なのかオリビアに見えない。

「レイ・カード……」

 渦の中心に立った青年がおもむろに呟いた。

「そうだね。あれレイ・カードだね」

「御明察っ!」

 バクスターの握ったレイ・カードが萌葱色の光を放つ。


「こいつは俺にでも使える農耕用レイ・ドールだが、お前ら三人を捕まえるには十分すぎる代物だぜ!」

 バクスター=オッドマンの跨ったレイ・ドール。それはどこにでもある単純作業のために作り出された何の特徴もないレイ・ドールだ。

 しかし、そのサイズはやはり人とは比べ物にならない。

「今大人しく降参するなら痛い目に合わせないで引き渡してやるよ」

「私でも徒手空拳でレイ・ドールには勝てないな」

 ゆっくりとすり鉢状を降りてくるバクスターに対して青年は諦めにも近い声をこぼす。

 いくら農作業用の汎用レイ・ドールとは言え、サイズ、そして硬度は生身の人間が体一つで破壊できるものではない。

「ははは。オリビア! お前が大人しく俺のモノになるなら、お前だけは助けてやるよ」

「罪人になってもそれは願い下げね」

「そりゃ残念だ。だが、お前の器量がありゃ罪人だろうと上手くやってけるだろうから獄中生活も心配なんてねえな」

 次第に近づいてくるレイ・ドールを前に少年は青年の肩を叩く。

 その顔は相変わらず緊張感の欠片もないものだ。

「ささ。君は君のすべきことをして。

 蒼のレイでその渦の中心に触れて。ほら、はやくはやく」

 急かすような少年の言葉に男はゆっくりと深呼吸をした。

「いくぞ」

「むっ!? なにしてるやがる!」

 青年の輝きはあまりに眩いものだった。

 蒼の輝き。それも紙片を照らしていたときとは比べ物にならない、星明りすら霞む輝きが青年の全身を覆う。

「うそ……」

 ここまではっきりと人に見える形でレイが噴き出す光景にオリビアも思わず言葉失う。

 奴隷として露店に並べられていた男の持つ魂が夜空を割るように天を突く。

「凄いなあ」

 少年は口を開きっぱなしのままその吹き上がる蒼白のレイを見上げた。

「い、幾らレイが凄かろうと、それを運用するレイ・ドールがなけりゃどうにもならないだろ!」

 夜の星明かりにすら負けることのないその蒼白な青年の輝きを石板が全て吸い込んでいく。

 男の溢れだしたレイが伝播し巨大な石板を輝かせる。

「僕の思った通りだぁっ!!」

 輝いた石板を見て少年は歓喜の声をあげる。

 青年からレイを吸い込んだ石板はますます輝きを膨張させ遺跡一帯を包む。

 四人の視界が蒼白の輝きに奪われ、なにもかもが輝きのなかに消える。

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