4-7


  ◆


「な、なんだあの光っ!?」

「遺跡の方からだぞ!」

「花火かっ!?」

 夜の帳が降りた空を切り裂いたのは蒼白の輝きを凝固させたかのような一本の光。

 祭りの喧騒に酔った町人たちが吹き上がった柱を一斉に見た。

 人が崇め奉る存在を『神』と称す。

 今、空を見上げた者の瞳に映った天を突く蒼白の柱は人智を大きく凌駕した、まさに『神の御業』とおぼしき光景だ。

「なんか凄いし見に行こうぜ!」

「あんな派手な出し物があるなんてな」

 古いだけの何の利用価値もない遺跡から吹き上がるその輝きは間違いなく人々を魅了していた。

 町がその光に引き寄せられるかのようにゆっくりと動き始める。


 視界を覆う蒼白の輝きは次第に収まり、天へと吸い込まれるように消える。

「く、クソっ! なにが起きやがった!」

 夜の闇が再び光を呑み込み世界から蒼白の輝きが失われる。

 風が流れる草原。そしてそこにすり鉢状に掘り出された遺跡。なにもかもが光に覆われる前と変わらない……はずだった。

「石が……」

 その異変に最初に気が付いたのはオリビアですぐにバクスターと少年も気が付いた。

 遺跡の中央に鎮西していた石のオブジェが、まるで何かに切られたかのように二つに割れていることに。

「ちょっと!」

「なに?」

「レイ・ドールが入ってるんじゃないの?」

「おかしいなあ」

 中央から綺麗に二つに割れた石中身は漏れなく岩だ。レイ・ドールが入っている様子なんてどこにもない。

「まあ胡散臭い話だしね。当たるに転んでも、当たらぬに転んでも驚くことじゃないでしょ」

「そんなこと言ってる場合! 私たちじゃバクスターのレイ・ドールから逃げられないんだけど」

「ふはははっ! 光には驚かされたけど、なんてことのない手品じゃないかっ!

 その間に逃げなかった自分を呪うんだな。とは言っても生身でレイ・ドールからは逃げられないだろうけどな!」

「なんか逃げる手とかあるの?」

「うーん……困ったことにまるで思いつかないんだよね」

 少年は迫りくるレイ・ドールを前に笑顔を浮かべた。

 この状況で笑顔など狂人の沙汰としか思えないが、思い返してみれば少年はいつもそうだ。

 いかなる危機でも笑顔を浮かべている狂人。これだけ中性的に美しく、家に飾っておきたい人形のごとく整った顔立ちにも構わず、中身と言えば知識欲を埋めるために平気で命を天秤に乗せてしまう。

「その少年の言っていたことは間違いではない」

 さっきまでまるで言葉を語らなかった青年は唐突に二人の前に立ち、迫りくるレイ・ドールに構える。

「ちょ、ちょっと!?」

「なんだ? お前から痛い目に合わせてほしいのか?」

「いくら何でも素手で勝てるわけないでしょ!」

「素手ではない」

 静かに返した男の手には何かが握られている。

 蒼白の輝きを灯した青年はその手を天へと掲げた。

 青い髪と黒い眼。そして若く精悍な肉体。それら全てを包み込むように纏った蒼白の輝きが握った『それ』へと集中する。

「レイ……カード」

 男が持っていたものの正体に少年もオリビアも、そして向かってきたバクスターも気が付いた。

 手に握られているのは紛れもないレイ・カードだ。

「うーん……そっか!」

「な、なに?」

 何かを閃いたかのように少年がぽんと手を叩く。

 バクスターがライダーとして操るレイ・ドールがすぐそこまで迫ってきている。

 こんなにも逼迫した状態にも関わらず少年は相変わらずののんきな笑みを浮かべてる。

「きっとレイ・ドールで石のなかに入ってたんじゃないよ! レイ・カードで石のなかに入ってんだよ!」

「ってことは、あれがあんたの探してたレイ・ドール?」

「そう」

 青年の蒼白のレイが握ったカードへと集中していく。

「レイ・カードを持ったところで、それを使いこなせなきゃ勝ち目はねえんだよ!」

「……」

 迫りくるバクスターの姿すら目に入らないように青年はすっと目を閉じた。

 不思議な感覚だ。

 握ったレイ・カードから手を通じ、得体のしれない声に呼び掛けられるような。

 ──ガリエン──

「護れ、ガリエン!」

 聞こえた声のままに青年が声をあげるとレイ・カードが蒼白の輝きを再び放つ。

 ほんの一瞬の輝きだったが、その光の向こうには一体のレイ・ドールが立っている。

 右手に円錐状のランスを握り左手に紋様の刻まれた盾を持つ。

 それはバクスターが操る誰もが扱える農耕用レイ・ドールとは違う。

 蒼白の輝きを全身に宿し、武器を携えた完全なる戦闘用レイ・ドール。操縦席の上にあるガリエンの瞳がギラつく。

「これが……レイ・ドール……」

 操縦席に腰を下ろしたまま青年は戸惑うような声で呟く。

「あれがあんたの言ってたレイ・ドール?」

「そうっ! そんじょそこらのレイ・ドールとは勝手が違うし、全部が異なる!

 今のレイ・ドール製造技術の原点となったオリジンって呼ばれるレイ・ドールだよ!」

「オリジン……」

 そんな単語を聞いたことのないオリビアは、二人を護るように構えたガリエンの背を見つめた。

 寒気がするほどの威圧感だけがガリエンから放たれている。

「くっ! ライダーだったのかよ……な、なんだよ! かかってこねえのかよ!?」

 大地を開拓するためであろう、決して戦闘用のではないレイ・ドールでバクスターは構えたまま、蒼白のレイ・ドールを睨みつける。

「ほら、どうした! かかってこいよ!」

「相手ビビってるし倒しちゃえっ!」

「いや……」

 少年が快哉な声をあげて殴る動作をとってみせるが、オリジンであるガリエンは威圧感を放つだけでいっこうに動こうとはしない。

 何かが消沈していくように次第に蒼白の輝きも薄らいでいく。

「……レイ・ドールは初めてだから動かし方がわからない」

「はっ! こりゃ馬鹿みたいな話しだな。ライダーがレイ・ドールの使い方をわからないなんてな!」

「バカ正直なんだからっ! せめて動かせないことを黙っておけば良いのに」

 思ったことをそのまま口にしてしまった青年にオリビアは呆れるしかなかった。

 隠しておけば物事が有利に進められること。語れば不利になることを何の考えもなしに正直に語る青年は嫌いじゃないが、ことこの状況下においては怒りしか覚えない。

「動かせないレイ・ドールなんぞ手頃なサンドバッグだぜっ! いけぇ!」

「ぐわっ!!!」

 バクスターが操るレイ・ドールが、その欲望塗れの声に従い身を投げ出すようにガリエンへと全身を叩きつける。

 踏ん張ることもできず衝撃に身を任せたガリエンが吹き飛ばされる。

「ちょ、ちょっと! こっちじゃなくて離れて戦いなさいよ!」

「危ないな~。吹き飛ぶ位置がもう少しずれてたら僕らもぺちゃんこだね」

 なんとも危機感のない語りだ。

 間近に吹き飛んできたガリエンを少年は興味津々に眺め、とおきり手に触れてみる。

 知識としてはその存在を知っていたが目にするのは初めてだ。更に言えば触れることも。

 人類が持っているレイ・ドール製造技術とはあまりに異なった材質だ。

 無機質でありながらその表面には微細な幾何学模様が刻まれている。

「これがオリジンなんだ……」

 巨大なレイ・ドールを前に少年は物怖じすらせずに手に触れる。

「ろくに動かねえレイ・ドールよりもガキが先だ。兵士達が必死になって探してたのはお前だな」

 バクスターの照準とも呼ぶべき瞳が、オリジンに触れている少年へと向けられるとレイ・ドールが走り出す。

 走り出したレイ・ドールを止める術などオリビアにはない。人の脚では満足に逃げ切ることもできない。

「そいつを差し出して大国に俺の名前を、このバクスターの名前を売りつけるんだ!」

「ちょっと、しっかりしなさいよ!」

 倒れたままのオリジンをオリビアは思いっきり蹴とばす。

 もちろん硬くびくともしないオリジンをそして、操縦席に跨った男をオリビアは睨みつける。

「このままだと三人ともあんな奴の駒になるために捕まらなくちゃならないんだから!」

 オリビアの言葉通り、迫ってくるバクスターに捕まればそれこそ手駒として体よく利用されるのが目に浮かぶ。

「そんなふうになってもいいわけ!?」

「良くはないが……」

「よく聞いてね。君の心に思い浮かぶことをそのままイメージすればいいよ。

 だってそのオリジンは君をライダーとして選んだんだから、深く考えないで思うがままに動かしてみなよ」

「深く考えずに……」

 少年の言葉に青年は一つ息を吐く。

 今、自分が何をすべきか。そして何がしたいか。

 奴隷であった見ず知らずの自分を買い取り解放した彼女には恩がある。彼女はその恩返しを拒否するかもしれないが、私がその言葉に甘えるわけにはいかない。


 ──彼女は私が護る!


「な、なんだっ!?」

 失いかけていた輝きが再び青年を中心としてレイ・ドールが纏い立ち上がる。

「動かせないんじゃなかったのかよ!?」

「少年の言った通りだ。私の理念をこのレイ・ドール、いやガリエンは理解してくれてるようだ」

 青年の言葉にガリエンは背負った巨大なランスを抜き、盾と並べるようにそれを構える。

 動き出し再び輝きを纏ったオリジンの威圧感は見ているものの背を竦ませるには十分すぎるほどだ。

「オリジンは意思のあるレイ・ドールだからね。自分を操る相応しい理念を持った人にしか扱うことができないよ」

「護るぞ! ガリエンっ!」

 返事はない。だがガリエンは構えたランスを構える。輝き同様の蒼白の体に構えられた白銀のランス。その先端がバクスターのレイ・ドールに狙いを定めるようにゆっくりと動く。

「い、一朝一夕でレイ・ドールが使えるかって言うんだよ!」

 どんなレイ・ドールを扱うこともバクスターの言葉通り一朝一夕にはいかない。それだけに自在にレイ・ドールを操るライダーと呼ばれる者達は技術者としての立ち位置が与えられている。

「普通のレイ・ドールならね。

 でもそれは普通じゃないから。やっちゃえオリジン!」

 少年は満面の笑みで手を振り上げる。

 何の返事もないままただランスを構えたガリエンの全身が蒼白く輝く。

「護るためにも貴様のレイ・ドールを討つ!」


 ──閃光だった。


 オリビアと少年。そして標的されたバクスターに見えたものはただ、青く、白い閃光がバクスターを呑み込むように貫いた瞬間だけだった。

 夜の闇すらも塵芥に化さんばかりの眩い閃光は時間をかけゆっくりと霧散するように消える。

 光が消え、その戦いの場に立っていたのはガリエン一体だけだ。

「頭部が……」

 バクスターが操るレイ・ドールは操縦席から上がまるで何かに呑まれたかのように消失している。

 レイ・ドールの顔や胸が綺麗に消えたまま巨大な音を立てて地面に倒れる。

 レイ・ドール同士の戦いこそオリビアは見たことないが、戦場から戦果を挙げた者たち、または敗残した者たちがディエロの街へ訪れた姿を見たことあるが、こんな壊れ方をしたレイ・ドールは一体たりとも見たことがない。

「レイを伝えるための鉄よりも硬い特殊材質のレイ・ドールをこんなスポンジみたいに容易に穴を開けられる力……いや見事だね!」

 少年はにっこりと笑う。

「ここまでだな」

「ひ、ひぃっ!」

 倒れたレイ・ドールから這い出たバクスターに対してガリエンは鋭いまなざしと共にランスを突きつける。

「た、助けてくれっ!! 金なら渡せるだけ渡すから!」

「金などいらない。更に言えば戦えない者の命を取る気もない。ただここを去るが良い」

「わわわ、わかった!!!」

 震えで歯の付け根が合わないバクスターは四つん這いのまますり鉢状の穴を上っていく。

 あれだけの威圧感を放ったレイ・ドールに武器を突きつけられてるんだ。バクスターの気持ちもオリビアはよくわかる。

「ふぅ……」

 蒼白のレイがガリエンから消えると同時に青年は一つ息を吐く。

 何も考えることができないほどの疲労だけが全身を襲ってくる。

 個人が持ち得るレイを大きく上回ったレイを放出した。視界はぐらつく上に体もろくに動かない。

「お前ら、覚えとけよ! 今から大国の奴ら呼んでやるからな!」

「情けない捨て台詞だね」

「それまで大人しくここでのんびりしてるわけないでしょ」

 遺跡を駆け上がり姿を消したバクスターに二人は勝ち誇ったように笑みを浮かべた。

 破壊されそのまま放置されたレイ・ドールを見る限り『完全勝利』の四文字しか浮かんでこない。

「お前のおかげで助かった。しかしなかなか手加減の知らない相棒だ」

 青年は一度だけ操縦席を撫でると、ガリエンをレイ・カードへと姿を戻す。

「これからもよろしくな」

「お疲れ様」

「全くだ。これほど疲れるとは」

 ぐらついた、まるで安定しない足取りで男は一歩一歩ゆっくりと歩いてくる。

「疲れたがとりあえず、今はこの場を離れないとならない──っとぉ」

「うわっ!」

「ちょ、ちょっと!?」

 力を失った青年は前のめりに倒れるとそのままオリビアと少年の二人で受け止める。

「すまない。体が思うように動かなくて」

「そりゃあれだけレイを放出してれば普通の人間ならレイ欠乏とかで死んでじゃないの? 生きてるのが不思議なくらいだよ」

「私のレイ・ドールのなかに入って大人しくしてなさいよ。その間にここから離れるか──

「貴様たちそこまでだ!」

 聞いたことのない声が突然遺跡全体に響く。

 それはバクスターでもなければましてや三人の声でもない。

「レイ・ドールの軍隊……」

 遺跡を囲むようにすり鉢状の穴の縁にレイ・ドールが敷き詰められている。

 その数は一体や二体ではない。

 まさに軍隊と呼ぶに相応しい数だ。

 そのどれもが大国の紋様を刻んだ剣を手に持っている。

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