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  ◆


「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 山の頂に住まう身の丈八メートルもあると言われる化け物の牙だよ」

「熱帯で育った野菜。こいつも希少種で一目見て損はなし!」

 夜になれば町の喧騒はより賑やかなものとなる。どこの地方から訪れたかわからない行商達が大通りを挟み込むように露店を広げ、誘蛾灯に誘われる虫の如くその華やかな明かりと音に釣られて遠方から訪れた人々が表通りを満たす。

 これだけ大通りが賑わった例をオリビアはいまだ知らない。

「大国の王が来るってだけでこれだけの騒ぎになるなんて……」

 この通りを見るだけで『大国の王』と言う存在が世間的にどのような影響があるのか一目瞭然だ。

「見世物小屋もこんなに開いて」

 並べられた露店は何も物を売るだけではない。

 レイを使った奇術や鍛え上げた体による猛獣との戦いなど、それこそ様々だ。

「お姉さん! うちのレイを見て行かないかい?」

 そう声をかけたのは顎に残った白い無精髭が目立つ男だ。

 本来ならば商品でも並んでいるであろう絨毯の上には伏せたレイ・カードが五枚置かれている。

「何を見せてくれるの?」

「まあ見ときなって……よっと!」

 男の掛け声と同時に伏せられたレイ・カードが全て表へと向き、そこから小さなレイ・ドールが顕現する。

 手乗り人形ほどのサイズのレイ・ドールだ。

「あら、かわいい」

 レイ・ドールと言えば、軍事用や重労働などに用いられる巨大な人型と言う威圧的なイメージがオリビアのなかにはあったが、目の前のレイ・ドールはそれとはまるで違う。

 さながら生きた人形のように踊ってみせる。

「これはうちの地方で作られたレイ・ドールでね。見た目こそ小さいけど、これでも立派なレイ・ドールで、私はライダーなんですよ」

「ふーん。あなたも他の行商同様に遠くから来たの」

「ええ。出稼ぎと言ったところですね。ちょうどこの町に寄ったところ賑やかだったので逗留させてもらってます。」

 人形のようなレイ・ドールは男とオリビアに挟まれるようにしてクルクルと回って踊ってみせる。

 手を取り合い軽快な足取りで右に左にと。

「しかしこの町は賑やかですね。私がこれまでに寄った街道の沿いの町のなかでもとびきりです」

「タイミング良かったわね。近いうちに大国の王様が来るって話よ」

「なるほど」

 男はぽんと手を叩いてみせた。

「踊り、可愛らしいわね」

「私の住んでいたところに伝わる踊りなんですよ。もしよかったらお気持ち程度でも……」

「そうね。面白いものを見せてもらったし、このくらいなら」

「ありがとうございます!」

 使うあてのない小銭を男に渡すと踊っていたレイ・ドール達も一斉にお礼をする。

「いいもの見たわ。こういう夜は悪くないわね」

 祭りの夜と呼ぶに相応しい空気だ。

 賑やかでじつに屈託のない笑みが町に溢れている。

 ディエロの普段からはまるで想像のつかない夜景だ。人が人を呼び、いまやオリビアの記憶にあるディエロとはまるで別のものへと変貌している。

 オリビアは何を買うでもなくただ、その明かりの下を歩くだけでも自然と笑みが浮かんでくる。

 王が来ることを知ってか知らずか、この町に寄ってきた者達がひしめき合った大通り。

「どこからこんなに人が来てるのやら……わっ!」

「あでっ!?」

 歩いていたオリビアに何かがぶつかった。大人ではない。

 ぶつかってきたそれはオリビアの目の前で派手に転がってみせた。

「あたた……」

 顔を隠すように被った薄汚れたローブは転んだ拍子に外れ、その奥の無垢な白髪と少年とも少女とも区別のつかない顔が覗く。どちらかと言えば少年よりの顔だ。

「………………」

 初めてだ。

 オリビアは初めて人の容姿に対して唾を呑んだ。

 人形のように美しく、触れることすら許されない気高さすら感じ取れた。それでいて、どこか年相応の愛らしさが同居している。

 見れば見るほど謎が深まる顔をしている。

 ──どこだー!

 ──そっちに逃げたぞ!

「や、ヤバっ!」

 遠くからでも決して祭りの喧騒に混ざることのない男たち威圧的な声を耳にした少年は慌てて起き上がると、来た方向を一度見た。

 人ごみをかき分けるようにして武装した団体が駆け寄ってきている。この祭りの明かりに集められた人々の中ではあまりに違和感を覚える全身を鎧を纏った男達だ。

 仔細がわからずとも目の前の少年が追われていることくらいオリビアにも容易に想像ができる。

「こっちよ」

「うわっ!?」

 この少年が奴隷商から逃げ出したのか、はたまた重犯罪者なのかオリビアにはそんなことわからない。

 ただ、普段の自分だったら決して関わらないであろう事柄だ。

 そこに関わっているいるのは……やはり今日と言うこの賑やかな雰囲気に呑まれているのだろう。


 戸惑う少年の小さな手を引っ張ったオリビアはそのまま人ごみを抜け路地裏へと入る。

 ──ほんとになにやってるんだか……

 我ながら自門したくなる行動だ。

「ここまで来れば大丈夫よ」

「ありがとう!」

 声変わりもまだ果たしてない高い声はますます中性的なものだ。

 少年は短く整えた純白の髪を揺らして屈託なく笑ってみせた。

「助かったよ……な、なに?」

「いや、ちょっと……」

 オリビアはその少年の手を放さずに碧眼の大きな瞳をまじまじと見た。

 吸い込まれそうなほど鮮やかな青い瞳はあまりに無垢で純真なものだ。

「あの~……離してもらえないかな~。僕行きたいところがあるんだけど。早く行かないとまた見つかっちゃうし」

「この路地裏は地元の人間じゃないと迷うわよ。子供一人でうろつくにはちょっと治安には不安があるあし、表に出るとさっきのこわ~い方々が追いかけてくるんじゃないの?」

「……困ったなあ~」

 少年は腕を組み眉を八の字にして露骨に困ってみせる。

 こうまで顔や仕草に感情がそのまま表れているじつに可愛らしく、オリビアはその少年をじっと眺めた。

 小汚いローブに身を包んでこそいるが、埃一つない無垢な白髪はその姿にまるで似合わない。

「ところで、あんた何して追っかけられてるの?」

「ん?」

「さっき追いかけてくる男達の鎧が見えたけど、どこぞの王国の紋様がついてたから」

「へえ。あんな人の多いなかでよく見えたね」

 少年は裏も表もない表情でただただ感嘆するかのような声をこぼす。

 少年を追いかけていた鎧の男達。その胸には近いうちにこの町を訪れるであろう大国の紋様が刻まれていた。そんなものが血眼になって追っている少年は、どう考えてもちんけな盗人や脱走奴隷とは考え難い。

「国の紋様持ちに追いかけられてる僕をなんで助けてくれたの?」

「なんでって聞かれると……さあ」

 オリビア自身ですらわからないことなのに説明できるはずがない。

「はははっ!」

 オリビアの首をすくめてみせた態度に少年はカラッとした快活な笑い声をこぼす。

「理由もなく僕を助けてくれたのか。面白い人だね」

 少年はその幼い体つきにまるで似合わない言葉で喋りながら笑う。よほどオリビアの行動が面白かったのだろう。

「でっ、なんであんたは逃げてたわけ?」

「う~ん……まあこの町に通じた協力者がいてくれた方が目的も果たしやすいし、ここまで来たら共犯だから話すよ」

 少年はオリビアを上から下までじっと見てから納得するように何度も頷いてみせる。心の奥底まではかるかのような碧眼がオリビアの真赤な瞳を覗く。

 ──そっか。私も共犯者に扱いされてるわけね。

 この状況を見れば十中八九、少年の言葉通り共犯者だ。今更だがオリビアは自分の状況が非常によろしくないことだけを実感した。

「じつはね……」

 少年はその手に薄汚いローブのなかに突っ込む。膨らんでもいない胸のあたりをまさぐり抜き出す。

「それって……」

「そっ。レイ・カード」

 にこりと笑う少年が手に持っていたのは見紛うことなくレイ・カードだ。

 レイ・ドール。買うにしても決して安いものではない。ましてや、こんな汚れたローブに身を包んだ少年が持っているものではない。ともなればオリビアに考えられることは一つだ。

「もしかして……」

「そう。盗んできた。それも大国の倉庫からとっておきの奴をね」

 あっけらかんとした少年の言葉には事の重大さがまるで含まれていない。

 他人のレイ・カードを奪うことは重罪だ。それにもまして大国から奪ったとなれば、鎧の男達が少年を血眼になって探していることも合点がいく。

「……捕まったら死罪どころか親類縁者に至るまで三代に渡って打ち首獄門ね」

「そうかもね」

 よほど事の重大さが理解できていないのか、はたまた、理解したうえで笑っているのか。オリビアにはまるで判別できない。

「ちなみに、とっておきのレイ・ドールって言ってたけどどんなの? 見せてよ」

「どうぞ」

「レイ・カードを手に持って見るのは初めて」

 レイ・ドールの操縦者、ライダーの証となるレイ・カード。直に手に取って見るのはオリビアにとって初めてのことだ。

「なんか不気味な形したレイ・ドールね」

 カードのなかにいるレイ・ドールはこれまで見てきた人型のものとは違い、箱だ。

 箱におまけ程度の四肢をつけ這っている。

「盗み出したは良いんだけど、それが僕に扱うことができなくてね。てっきり誰でも操れるものだと思ったんだけど」

「それでこの使えないレイ・ドールを祭りのなかで売ろうって考えてたわけ?」

「いやいや。売るなんてもったいないことしないよ」

 少年は大きく首を横に振ってみせた。

 短く揃えられた髪だけが合わせるように揺れる。

「僕の目的のためにもそのレイ・ドールが必要なんだけど、僕が使えないとなるとそれを扱えるライダーを探すしかなくてね」

「そのライダーをこのお祭りで探してるわけ?」

「そういうこと。このレイ・ドールを動かせるライダー……ああそれと、もう一つ探し物があるんだ」

 何か思い出したかのように少年はぽんと手を叩いてみせた。

「もう一つ?」

「うん……って、あれ? もしかして枠光ってる?」

「ん? さっきから光ってるけど、これがどうかした?」

「やった! 拾いもの見~つけた!」

 少年は莞爾と笑みを浮かべると、わずかに枠が輝いたレイ・カードごとオリビアの手をしっかと握る。

 小さな手で必死に覆うように握ってきた少年の碧眼はまるで夢でも詰まっているかのように輝いている。

「枠が輝くってことはライダーの資格ありってこと。いや追いかけられて時間の無駄をしたと思ったけど、人間万事塞翁が馬だね」

 あまりに無垢な笑顔を前にオリビアはほんの数秒程度だが言葉を失ってしまう。


 ──ピーーーーーッ!!!


「こっちに居たぞ!」

 路地裏に笛の音が響き渡ると同時に男達の騒がしい足音が迫ってくる。

「うわっ!? 見つかった!」

「こっち」

 オリビアはすぐさま少年の手を握って走る。

「ま、待てっ!」

「逃げたぞ! 追えっ!」


 幾多も建った家と家の間を縫うような裏路地を走り抜けるオリビアだが、後ろから迫ってくる足音は徐々に距離が詰まっていく。

「曲がる路地を一つ間違えたわ」

「行き止まりだねえ」

 少年のいやに落ち着いた声は壁に目の前に立ち塞がる壁にぶつかって跳ね返ってくる。

 後ろにはもう男達の足音が迫っている。

「私も年貢の納め時……ってやつかな」

 まさかこんなことで罪人として裁かれるなんてオリビアは夢にも思わなかった。

「さて、レイ・ドールを返してもらいますよ」

 壁へと追い詰められた二人を更に追い込むように鎧姿の男が一人寄ってくる。

 ──渡したところで無事には帰れないだろうな。

「はあ……」

 諦めることを受け入れる準備ができたかのようにオリビアはため息をこぼす。

 人生どこで終わりが来るかなんて誰にも予想できない。ただ、この終焉はオリビアでも一片として予想してなかった未来だ。

「レイ・ドールをさあ返してもらいます!」

 男の語調が一層強まり突き出した手が迫る。

「こりゃ降参しかないね」

 少年の笑うような声にオリビアは小さく頷き両手をあげる。手中にはレイ・カードがしっかりと握られている。

「では──ぐっ!?」

「え?」

 不意に一つの影が路地裏に走る。

 それは目の前の男の意識を奪い地面に転がすと、闇に紛れ後ろで構えている男達に迫る。

「な、なにも────っ!」

 武器を構え問いを迫る男達に対してその影が間をすり抜けるように駆け抜けると、武器を握った男達は声を失い体を重ねるようにして地面へと倒れる。

 倒れた男達の傍に立っていた青い髪の男はそのまま息を一つ吐いてみせた。

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