3-18
◆
「うひょおぉぉ────っっ!!」
ヒュウの目の前にまるで山のように積み上げられた目もくらむばかりの金銀財宝。上を見上げてもまるで頂点が見えない。
口端からこぼれる涎を手の甲でぐっと拭うが、とめどなく溢れてくる。
「こんだけありゃあ俺様も大富豪だぜ!」
換金すれば一生遊べるだけの金額だ。
美女の給仕に美酒のプール。それを人々が羨むような大豪邸のなかにこれでもかと押し込んだ生活。
想像するだけで足が踊り始めスキップしてしまう。
「そうだなあ。
酒のプールに浸かり、両腕に美女をはべらせ、そして宝物を眺める日々。最高じゃねえか」
そのためには、とにもかくにもまずは換金しねえと話にならねえな。
こいつを……ん?」
山のように積まれた宝の一端に手を伸ばすが掴むことが出来ない。
まるで距離感が掴めないかのように宝に届かず触れることができない。
「な、なんでだよ!?」
意地になって手を伸ばしてみても、いくら前に歩いても輝きを放つ宝は、指先どころか爪の先すらかすりもしない。
あからさまに苛立つを隠せない顔でヒュウは栗色の髪をかき上げてから一度だけ深呼吸して再び睨む。
「せえ~の……おりゃ~っ!」
大きく吸った息を吐くと同時に宝に向かって大きく跳躍する。全身を投げ捨てるかのような派手なダイブ。
山のように積み上げられた宝に体を投げ出し抱き着く。
「わっ!?」
──『わっ?』……宝が喋った?
聞き覚えのある声だ。
「なななななな───!!」
掴んでも掴みきれないほどの宝に跳び込んだはずのヒュウの目の前には、リンダラッドが無垢な白髪の下に笑みを浮かべて見下ろしてる。
その横では言葉を吐き出す事もできないほどに顔を赤くしたリビアもいる。その顔色は次第に赤とも青とも黄色ともつかない不吉な顔色になっていく。
「起きた?」
「あれ? 宝は?」
リンダラッドのくびれもしなりもろくにない腰にしがみついてたヒュウはそのままの姿勢で左右を見渡す。
宝をその腕で囲むように抱き着いたはずなのに気が付けば掴んでいるのはリンダラッドの細い腰だ。
「涎垂らして一体どんな夢見てたんだい?」
「ん?」
「君はずっと寝てたんだよ」
「寝てた……いつからだ?」
「お、お嬢様にいつまでしがみついているの!! いい加減離れなさいよっ! この変態!」
「っとお。こいつのこと別に女なんて思っちゃいねえよ」
「そうはっきり言われるといくら僕でも少しは傷つくなあ」
いつまでも腰にしがみついて動かないヒュウを無理やり外すようにリビアが二人の間に割って入る。
「べつにお前が傷つこうと知ったこっちゃねえ。それよりもなんで俺は布団の上で……ああーーーっ!!」
言葉途中でヒュウは全てを思い出した。
自分が宝を前にゴールドキングで弾丸を撃ち出したこと。そして宝は幻であり雲散霧消の如く消え去ったこと。そして自分が力尽きたこと。
「やっと思い出した? 君、丸二日も寝てたんだよ。
死んだように眠ってるから実際死んだかと思ったこともあったけどね」
「そのまま死んでしまえばよかったのに」
「なんか言ったか?」
「言ったわよ。死んじゃえば良かったのにって。
あんたが死んじゃえば私とお嬢様でぶらりと二人っきりの素敵な旅をできたのに」
リビアの腰まで伸びた赫灼たる赤い髪と同色の瞳には隠す気など微塵もない敵愾心が宿っている。
「お前にとっては残念だけどな、山のような宝を手に入れるまでは俺は殺しても死なねえよ」
ヒュウの言葉には大きな矛盾があるが、それでもヒュウならやりかねない印象が二人のなかにはあった。
首だけになろうとも宝を前にしたら動きだしそうな、そんな生物の稼働範囲を大きく超えたことすら可能にしてしまいそうな底知れなさがある。
「まあまあ。僕としては君が無事で良かった」
不機嫌なリビアをなだめるようにしてリンダラッドは二人の会話に割って入る。
「こっちは何も良くねえ! 結局宝が手に入らなかったし、無駄骨だっただけじゃねえか」
無茶も一つや二つ、片手できく数ではない。何度、この世とあの世の境界線を反復横跳びしていたかを考えると、徒労に終わったことはヒュウからしてみれば腹立たしいことこの上ない。
もはや怒りのみで血管の二、三本が切れてしまいそうだ。
「君は宝となると後先考えずに突っ走るからね」
「あんな大層な城まで用意してて宝が偽物だなんて誰が想像つくかってんだ!」
宝となれば目の色を変えて走り出すヒュウだ。
まさか宝じゃないなど微塵も考えずに。
よく言えば疑わない。悪く言えば思慮が浅い。そして適当な言葉は際限なしの強欲。
「ねえ。改めてなんだけど僕と一緒に旅をしない? って言う僕の質問に返事を聞かせてもらえない」
「……なんでガキと一緒に旅しなきゃ──」
「君も本当はわかってるんじゃないの?」
リンダラッドはヒュウの言葉を遮るように語る。その大きな碧眼の瞳には苛立ちから眉を八の字にしたヒュウの顔が映る。
「君一人だと宝と言う言葉に騙されたりするけど、僕がいればきっと騙されずに宝まで辿りつけると思うよ」
「……」
いくら追いかけても捕まえられない宝の夢を見たばかりでリンダラッドのこの言葉。
「改めて返事を聞かせてよ。
僕と一緒に宝を求める旅をしない?」
リンダラッドが差し出した手を前にヒュウは小さな唸り声をあげる。
ガキを連れての旅なぞまっぴらごめんだが、逆に言えば、それ相応のメリットもある。
届かない宝を追い続けるなど訳の分からない趣味はない。届き掴める宝こそ追う価値がある。
「おい。見つけた宝は全部俺が貰うぞ」
「どうぞどうぞ」
「よし!」
差し出された小さな手をヒュウの手が握り返す。
──宝を手に入れるために思いっきり利用してやる。
利用価値がある。ヒュウが仲間を作るなどこの一点に尽きる。
「今、利用してやる、とかって考えたでしょ」
「なっ、んなこと考えてるわけねえだろ! 仲間だろ、仲間っ!」
「うわっ」
『仲間』と言う、天地がひっくり返っても考えないような単語がヒュウから飛び出したことにリビアは露骨に引いてみせる。
仲間などと言う概念がヒュウに微塵もないことはリンダラッドは百も承知だ。
「君はずっとその調子でいてね。ゴールドキングのライダーさん」
肩を一つ叩いたリンダラッドは白い歯を見せて笑みを浮かべる。
仲間などない。宝のために全てを利用し、平気で裏切る人並み外れた強欲さだけがあの黄金のオリジンを動かすことができる。
「それであいつらはどこにいるんだよ?」
「あいつらって?」
「そりゃあ里の奴らだよ。
散々言い争ってた癖に最後は全員で俺のことを敵視しやがって!」
「小雪ちゃん達なら三人でどこかに行ったよ。なんか大事な話があるとかで、君のことは僕たちに任せてね」
「よし。ゴールドキングの確認よし。マントの確認よし」
小雪たちがいないことを知ったヒュウは布団から起き上がると自分の恰好を確認し、レイ・カードを確認すると、抜き足差し足で部屋を出ていこうとする。
「どこに行くの?」
「どこに行くってそりゃ里を出るんだよ。
こっちは完全に敵扱いされてる身だからな。こんなところでのんびり寝てたらどんな処刑されるかわかったもんじゃねえ」
「処刑する人をいちいち看護したりはしないと思うけどね」
輪蔵達からしてみればヒュウは、里に代々伝わる財宝を奪おうとした外部の人間だ。
それをなんのお咎めも無し……などと上手い話はないだろう。
リンダラッドはもそこはわかっている。
「そうだね。
せっかく君が一緒に旅をしてくれるって言うし、面倒ごとは避けて通らないとね。
リビアも行こうか」
「お嬢様……」
いまだヒュウが同行することに納得のいかないリビアだが、リンダラッドに手を差し出されると、まるで逆らうことのできない魔力が働くかのようにその手を取ってしまう。
にこりと微笑むリンダラッドの前では、数多の男を手玉にとって転がしてきたリビアもまるで無垢な少女の如く無力となる。
◆
「ここに来るのも実に久しぶりだな」
積み上げられた旅行記の数々。
その本を一冊手に取って敷波冬玄は舞い上がる埃に咳き込む。
窓から入り込む陽光が舞い上がった埃を輝かせる。
静謐だけが取り巻いた家に舞う埃は昼に降り注ぐ雪のように鮮やかだ。
「ここに三人が集まるのはいつ以来でしょうか」
小雪の記憶が正しければ二人が里長候補として立ち上がり対立を始めた後は一度としてここに集まったことはない。
ここにあるのは幼き頃に三人で遊んだ記憶ばかりだ。
「ここにお主たちを集めたのは他でもないでござるよ。
里長の座を拙者は降りるでござるよ」
「……へ?」
「お、お兄様! なに言ってるんですか!?」
状況を呑み込めない二人を前に輪蔵を立ち上がるとゆっくりと本を一冊捲る。
「なに、簡単な話でござるよ。拙者は今一度あのころの夢に思いを馳せるでござるよ」
嬉々とした顔で語る輪蔵は小雪と冬玄の呆気にとられた顔を見た。
今日まで半ば無理やりたてられた対抗馬として、冬玄と里長の座を奪い合ってきたがそれも終わりだ。
まだ何も背負ってなかった幼少期に憧れていた、自分の知らない世界を歩く旅人。その再び追いかけるときがきた。
「お前が里長候補を辞めるってなら必然的に俺が里長になるけど、それでも良いのか?」
「良く思わない奴もいるでござるな」
冬玄の考えを阻止するために立てられた里長候補であり輪蔵がいなくなれば第二、第三とそれに続く里長候補が立てられるに違いないだろう。
「小雪、お主が拙者の代わりになるでござるよ」
「……ふぇっ!? わわ、私がですか!?」
普段は憂いを帯びたような小雪の表情がますます間の抜けたものとなる。
「お主の、里のことを想い覚悟を背負って決断する力。それがあればどのようなことに直面しようとも立ち向かっていけるはずでござる。
輪蔵、お主には小雪を傍らから支えてもらえないでござるか」
「……」
冬玄は、目を見開き驚いている小雪を一瞥したのちにもう一度輪蔵へと視線を戻す。
「別に俺は構わねえよ。それよりも、お前はあいつらと一緒に行くのか?」
「あのような強欲外道を世に鎖もなく解き放っているのは問題でござろう。義を見てせざるはなんとやらでござる!」
ぐっと握り拳を作った輪蔵の決意は揺るがないものがあった。
裏切ることなど朝飯前。己が宝を手に入れるためだったら何をしても許されると考えている男、ヒュウ=ロイマンをこの天下泰平の世で自由にさせておくのは義に欠けていると思うには十分だ。
「小雪。お主には示然丸を授けるでござるよ。里長として相応しいものがこれを従えるでござるよ」
懐からおもむろにレイ・カードを取り出す。その中では忍者装束で全身を纏った示然丸が輝いている。
「わ、私にはレイ・ドール、それも示然丸を扱いこなすなんて──」
レイ・ドール。それも輪蔵同様に扱えるようになることは一朝一夕の話ではない。それは輪蔵も小雪もよく知っている。
「だが、お主は今後里長として民達を導く身にある者──」
「なあ」
「ん?」
「お前が示然丸を持ったままで良いんじゃねえか?」
「冬玄……」
「そもそも、あの強欲男の鎖で行くなら、お前がレイ・ドール持ってないでどうするんだよ。あの黄金のレイ・ドール見ただろ」
化け物のような力を持っていたレイ・ドール、ゴールドキング。名に恥じぬ黄金を統べるが如く神々しい純金の輝きをレイ・ドール。
「あれを止めるのに、お前がレイ・ドールを持たないでどうするよ」
「そ、そうですよ! お兄様がヒュウ様を止める鎖となるならば示然丸は絶対に必要です!」
「しかしそれでは……示然丸は本来里長となるべき者が代々受け継ぐレイ・ドールの一体」
「何言ってんだ。俺が小雪ちゃんを支えてあげりゃ良いだけの話だろ。それともなにか? 俺と角竜だけじゃ不安だって言いたいのか?」
「いや、そういうわけでは──」
「グダグダ言ってねえでさっさと行けよ!」
「……かたじけないでござる!」
輪蔵は大げさな所作で礼をしてみせた。
二人の気遣いが嫌と言うほど伝わってくるなかで、これ以外に何一つできない自分が不甲斐なく思える。
「お兄様、私はレイ・ドールこそ扱えませんが身命を賭して里をよりよい方向へと導いてみせます。里のことは私たちに任せて、お気をつけて行ってきてください」
「小雪……何から何まで任せてしまって申し訳ないでござる……では行ってくるでござるよ」
輪蔵が顔を上げるとコマが飛ぶかのよう忽然とその姿が消える。
「しっかし小雪ちゃんが里長なんて話したら里の奴ら驚くんじゃねえか?」
「レイ・ドールを使えない私が里長の座に腰を下ろすことを良しと思わない人は大勢いるでしょう」
それは憶測よりもずっと確信に近いものだ。
これまで里で継承されてきた形式から全く外れた形で誕生する里長だ。
どれだけ周りから反発が返ってくるか予想できない。
「そんときは俺がこの角竜でしっかり護ってやるから安心しな」
「いいえ。大丈夫です」
小雪は毅然とした態度で首を横に振った。
「どれだけ心ない言葉を浴びせられようとも、私が課された命を果たさず挫け、冬玄さんを頼ってしまえばそれは甘えになってしまいます」
「……なんか変わった?」
憂いを帯びた表情でいつも兄である輪蔵の背に隠れ怯えたように顔を出す小雪とはまるで別人だ。
どこがと言及されれば冬玄には上手く言葉にできないが、あえて言葉にするならば背筋が伸びたように見える。
「私の好きな人が言ってたんです。弱い奴が弱いままの立場に甘えるなって。今の私はレイ・ドールも扱えなければ、冬玄さんやお兄様みたいに忍術の才だってありません。
けれども、自分の弱さを認めたならあとは強くなるだけです。私は冬玄さんよりもお兄様よりも、ヒュウ様よりも強くなってみせます! そのときは……」
「ん?」
「いえ、何でもないです! これから長い付き合いになると思いますが、お互い里のために頑張りましょう」
「ああ」
小雪の差し出した手を冬玄は握り返す。
──もしもヒュウ様より強くなったとき、あなたを縛り付けられる鎖としてお兄様とかわり私が御傍に行きます。
◆
「こっちで本当にあってるわけ!?」
「俺が道なんて知るかよ!」
「う~ん。これだけ立派な雑木林だと進んでるのか後退してるのか……」
あまりに太い幹の木が、まるで設計されたかのように等間隔で並び、茂った葉は陽光を遮る。
勢いだけで飛び出してきたヒュウはもちろんのこと、そのあとをついてきた二人も自分たちが今、どこを歩いているかなどまるでわからない。
何が問題かと言えば挙げればきりはないが、あえて言葉にするならば、飛び出して道に迷ってる張本人が何一つ悪びれていないところだ。
「だいたい、こんな不親切な道を誰が設計しやがったんだ!」
「たぶん、人が歩く道じゃないね。この辺」
理不尽な怒りでわめくヒュウをよそにリンダラッドはあたりを見た。
道らしい道などどこにもない。
人が歩くべき舗装されて道でなければ、獣すら通っている形跡がないにも拘わらず、ヒュウは茂みを押しのけるようにして進んでいく。
「本当にそっちに行って大丈夫なの!?」
「んなもん知るか! 進めばなんかに突き当たるだろ!」
「そっちへ行くと大きな道へ出るでござるよ」
「ほれ見ろ。俺の言った通り……んっ? ござる……」
聞き覚えのある語尾にヒュウはおもむろに後ろを振り向く。
赤いマフラーをなびかせ忍者装束に身を包んだ少年。
森の妖精にしてはあまりに不自然なその姿は、疑うまでもなく来蓮の里の里長候補だった菊虎輪蔵だ。
「な、なんでお前がここにいるんだよ!?」
咄嗟にヒュウはレイ・カードを構える。
「なんでもかんでもござらんよ。お主たちの旅に拙者もついていくでござるよ」
「なっ────────」
「これも、お主のような人間を自由にさせとくわけにはいかないと言う義でござるよ。世の為、人の為にも拙者は同行するでござる」
「なにが義だ!? これ以上変な奴が増えてたまるか!」
「もしかして、変なのって僕も入ってるの?」
「言ってる本人が一番まともじゃない」
リンダラッドは眉根を寄せて怪訝な表情を浮かべてみせる。
「まあでも、ライダーが一人増えるのは僕は賛成だよ。
用心棒は多いにこしたことはないしね」
「お前の都合なんか知るか。こいつと一緒に俺は絶対に認めねえからな」
「お主の意見なんてはなから聞いてないでござるよ。拙者がついていくと決めてからついて行くだけでござる」
「ふっざけんじゃねえぇぇぇ!!」
鳥の囀りや、一陣の風で葉がこすれ合う音。耳を傾ければ風情に包まれた森の中に無遠慮なヒュウの怒りと不満に満ちた声が木霊する。
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