強欲戦記 ヒュウ!

光丸

1-1



 人々が持つ魂『レイ』を用いることで操ることの出来る汎用兵器『レイ・ドール』。

 国家間の戦争を左右するほどの兵器であり民衆の生活に決して欠くことのできない日用品のレイ・ドール。

 己の分身となるレイ・ドールを駆る者『ライダー』達によって物語は紡がれてゆく。


  ◆


「なんでだよ! 軍に入りてえって言ってんだよ!」

 栗色の髪の男は周囲に聞こえるほどの遠慮のない大声で喚きたてたが、疲れた顔の中年は眉一つ動かさずに深いため息をこれみよがしに吐くだけだ。

 叫んだ怒りに任せ男は腰に携えた銃を感情に任せ構える。己の魂『レイ』を媒体に弾を撃ち出す。一昔前でとうに廃れた魔導機功だが人一人撃ち殺すには十分過ぎる代物だ。

「ここがどこかわかりますか?」

 銃口を向けられた中年男は深い溜息を終えると、怯える様子を微塵も見せずにゆっくりと顔を上げ度の深い眼鏡を一度持ち上げてみせてから横を指さす。

「……」

 怒りを隠すことのできない男、ヒュウ=ロイマンを標的として幾多もの銃口が鈍く輝く。実弾と火薬による最新式だ。

 ヒュウが使っている銃とは装填速度も弾速も比較にならない。

「ちっ……そんじゃ説明してくれよ。なんで俺が軍に入れねえんだよ」

 羽織ったマントを大きくはためかせ、銃を仕舞ったヒュウは再び椅子に座ると、偉そうに足を組んで目の前の疲れた顔の男を睨み付けた。

「ここはライダー専用の依頼仲介所ですよ。あなたは自分のレイ・ドールを持っていますか?」

 ヒース国の中央に位置する国家機関。その一つであるレイ・ドールの操縦士『ライダー』専用依頼仲介所であり、そこに来る者達はならず者から要人まで様々だ。

 壁には幾多ものライダー宛ての仕事が張り付けられている。護衛、運送、掃除、傭兵、などなどだ。数え上げればきりがない。それほどまでレイ・ドールを駆るライダーは労働力としても戦力としても不足している状態だ。

「ドールはない。でも軍に入れば自分のドールを与えてもらえるんだろ。この通り、年齢も肉体も入隊条件には問題ねえだろ」

「ではレイ・ドール部隊への軍務希望でしたら最低でも五年の訓練を受けていただきます」

「それが長いってんだ。それを飛び越してなんとかならねえのかよ!? 頼むよ!」

「では軍への入隊を許可できません」

「どうしてもか?」

「どうしてもです」

 手を合わせて頭を下げ頼み込むヒュウを前に男はまるで能面のような無表情な顔と平坦な調子で語る。

「仕事を御請けになりたいのでしたらご自分のレイ・ドールを用意なさってからまたどうぞ」

「ちっくしょう!」

 座っていた椅子を蹴とばしたヒュウはふんと鼻息をこぼして踵を返す。

 周囲の視線を険のある目つきで睨み返しながら大股で仲介所を出ていく。

 この街で金を積めば合法非合法区別なくこなす何でも屋。その悪名は裏路地にとどまらずこの街に響き渡っている。

 金額次第では命すらも賭けて仕事をヒュウが羽織ったマント。そこに刻まれた金貨で頭蓋がかち割られた髑髏が全員の眼に入る。

 ──命知らずのヒュウ=ロイマン。


  ◆


 城郭都市として巨大な壁に囲まれたヒース国の広大な敷地。そのなかでも、城門からヒース城までを一直線に繋ぐ大通り。そこは色とりどりの風船で飾られ、道行く人々はみな一様に笑顔を浮かべている。

 その手には菓子を握り、顔にはペイントを着け祭り化粧のなかではしゃぐ。

「オヤジ! 酒だ!」

「おいおい、こんなめでてえ日にそんな不機嫌そうな面で酒を飲むなよ」

 髑髏のマントをはためかせ怒声とともバーの扉を蹴飛ばすようにヒュウは入ってくる。濃い顎鬚に樽のような体型をしたマスターが水を一杯差し出す。

「ドール手に入れるためにレイ・ドール部隊に入隊するって話しはどうなったんだ? 命知らずのヒュウよ」

「ダメだ。入ってすぐに自分のドールを貰えるわけじゃねえ」

「そりゃすぐに与えてもらえるわけねえだろ。ちょっと考えれば子供にだってわかる事だって」

 大通りを歩く数々のレイ・ドールを見ながらマスターはわかりきっていたことだと言わんばかりに呆れてみせた。

「レイ・ドールってのはあんなでけえんだ」

 ゆうに人の四倍はあろうかと言う身長。その胸元にライダーが乗り込む座席が構えられている。護衛や傭兵。それら兵器としての面だけでなく、運搬、掃除、農作業。もはや日常に欠かせない道具だ。

「それをどこの誰とも分からない奴に入隊したから、はいあげます。なんて訳にはいかないだろうが。特にあんたみたいに法に触れるような仕事してる奴には尚更さ。

 軍の一人として入隊するなら軍規を護れる人間になるまではドールなんて授けてもらえねえよ。

 そんなにドールが欲しいなら普通は地道に働いて買ったりするもんだけどな」

 そんなことはヒュウも実のところ百も承知の話しだ。マスターに言われるまでもなくわかっていた。

 人々のなかにある魂『レイ』を使い操作できる大型機功兵器『レイ・ドール』。扱いを間違えれば容易に人を殺す事もできる兵器だ。

 それを入隊したばかりのどこの馬の骨とも知らない人間に無責任に差し出すことはないだろう。

「お前さんも地道に稼げばいつか自分のドールを持つことが出来るだろ」

「アホ言っちゃ困るぜ。ドールが幾らするかマスターも知ってんだろ。普通の仕事して貯金でもしようものなら一〇年はかかっちまう。そんなコツコツやるよりもドカンとデカい仕事を当てて俺はライダーになりたいわけよ」

「それならデカい仕事を請けないとな」

「そりゃそうだけどよ──」

 二人の会話を遮るかのように突然外が賑やかになる。

 人々の歓声が街を覆う。

「どれ。主役たちのお出ましだ」

 マスターの視線に釣られるかのようにヒュウも外を見ると、大通りの中央を何十体もの武器を持ったレイ・ドールが一糸乱れることなく行進している。

「レイ・ドール部隊」

「国境での戦争を、ものの二日足らずで終わらせてきたこの国の守護神様ってやつだ」

「けっ! 何が守護神だ!」

 目の前に置かれた水を煽るようにして一息で飲んだヒュイは尻上がりの眉をさらに吊り上げ喚く。

 ヒース国最強戦力として他国に名を轟かせているレイ・ドール部隊。その存在はヒュウももちろん承知だ。

 この賑やかなカーニバルも、全ては遠征を終え戦勝をもぎとってきたレイ・ドール部隊に対して行われているものだ。

「傭兵、護衛。どいつもこいつもドール、ドールだ! デカい仕事は全部軍隊や雇われライダーに持ってかれちまったんじゃ、何でも屋として稼業を開いてるドール無しのこっちは干上がっちまうよ。

 ドールが無けりゃ同じ舞台に立つこともできない。

 富と名声を手に入れるためにはドールは絶対に必要なわけよ。見ろよ。あの歓声!」

 店内で腐っているヒュウと対比するかのように外の喧騒は一層賑やかなものとなっていく。

 戦火に身を投じ、その先にある勝利を手にした者達の凱旋。そしてそれに送られる名声と冨。軍隊だけでなく中には傭兵として活躍し名をあげている者もいるが、それらは例外なく全てレイ・ドールを駆使するライダーにのみ与えられる報酬だ。

 一糸乱れず行進を続けるレイ・ドール達から一つ離れたところを歩く一際目立つ蒼白の装甲と目印のような巨大なスピアを背中に担いだレイ・ドールが街の中央を通る。それに反応するかのように人々は天井知らずの騒がしい歓声が街を包む。

「今回の遠征でも活躍された軍団長のジール様だな」

 マスターが口に出した名前はライダーではないヒュウですら知っている。

 若くし護国の盾とも称される活躍により異例の速さで最強部隊の統率者として抜擢された存在だ。

 レイ・ドールの操縦技術だけでなく頭脳明晰、容姿端麗。腹立つことにそれでいて性格は、地位を鼻にかけず弱き者に優しく、理不尽を容赦なく糾弾する高潔な精神を持っている男。

「ジール=ストイル」

 店前を通り過ぎていく蒼白のレイ・ドールを睨みつけヒュウはその名を誰に聞かすでもなく呟く。

「ジール様は高潔のレイを持っていると聞くが、その戦いぶりは英雄の名に恥じない相応しいものだと。一度はその戦いを拝んでみたいものだな」

「っけ、何が高潔だ。そういう奴に限って裏で何してるかわかんねえもんなんだよ。聖人面してる奴こそ実は下劣な趣味を持ってることが多いんだよ」

「おいおい、発言には気をつけた方がいいぞ。一部じゃ次期国王として噂されるような御仁だ。ジール様に熱心な奴が聞いたらその発言だけで喧嘩の引き金になっちまうんだから」

「ちょっと若くて、ちょっとイケメンで、ちょっと名家生まれで、ちょっと何でも出来るからってそんな特別視されるもんか? 俺がドールを手に入れたらあんな奴、三段飛ばしでぶち抜いてやる」

 冨も名声もその全てを、何の感慨も見せずにごく当たり前のように受け止めるジールの存在はレイ・ドールすら持たないヒュウからすればこれ以上ないほどの妬みの対象だ。

「よおよお。こんなめでてえ日にこんな日陰みたいな店で英雄様を腐してるのはどこのどいつだぁ?」

 外の喧騒に紛れ込むように店へと入ってきた男は背丈に合わないトレンチコートで全身を覆うように着込んでいる。浮かべた軽薄な笑みがなんとも信用ならない男だ。

 ところどころ尖った髪がぐりのようなシルエット。顔が逆光で見えなかろうとヒュウにはわかってしまう。

「日陰みたいとはひでえ言われようだな。レイン」

 マスターがレイン=ガイドの言葉に露骨に不機嫌になる。

 仲介屋レイン。依頼者と業者との間を持つ架け橋となる存在で顔を知られている。

「そんで仲介屋が何の用だよ?」

「何の用って、仲介屋だって人間だ。たまには街と一緒にはしゃいだりするのも悪くねえだろ。よっと。マスター、俺は二〇年モンのウィスキーで」

「ったく、こんな日に飲んだくれしか集まらないのか」

 真意がまるで読み止れない軽薄な笑みを浮かべたレインはヒュウの前に座ると、その不機嫌な顔をじっと見てくる。

「仲介屋レインが祭りを楽しむか。そんな人並みの心があったとは驚きだ。興味があるのは金くらいのもんだと思ったけどな」

「もちろん金が一番好きさ。特にこういう賑やかな日ほど色んな仕事が舞い込んでくるもんだからな」

「仕事か?」

「それもとびっきりのな」

「へえ」

 にやつくレインにつられるかのようにヒュウも口の両端を持ち上げて歪な笑みを浮かべる。


 仲介屋レインの仕事。それは裏稼業を営む者達の間でも有名だ。

 仲介するその仕事のほとんどが非合法であり、国のお膝元で運営される仕事斡旋所で取り扱えないものばかりだ。死線を潜ることもの少なくない仕事内容だが、報酬もそれに相応しい金額だ。

 要人の暗殺。敵国への潜入調査。強盗の傭兵。ときには兵器開発の演習相手など、表立ってん人を集めることの出来ないものがほとんどだ。そんな仕事ばかりを運んでくるレインの『とびっきり』だ。ヒュウは期待しないわけがなかった。

「まず、第一に……そのとびっきりってやつ。幾らだ?」

「聞いて驚くな。前金経費込々で二万ガル。依頼報酬は十万ガル」

「じゅ、十万!?」

 その報酬額に驚いたのはヒュウだけではない。盗み聞きするかのように耳をそばだてていたマスターも思わず声に出してしまう。

「今までの仕事とはちと桁が違うだろ」

 誇るかのようにレインは胸を張る。

「十万って言ったらドールに届くか届かないかの金額じゃねえか!」

「おうよ。そんなデカい仕事を待ってたんじゃないのか?」

「マスター、これよ。こういう仕事を俺は待ってたわけよ! 人生どこでチャンスが転がってくるかわかんねえから生きることが楽しいんだよ!」

 さっきまで机に突っ伏し口を開けば出てくるものは愚痴に妬み、嫉みときていた男がいまや満面の笑みで踊り出さんばかりの勢いだ。

「仕事内容は酷く簡単なもんだ。

 半日護衛だ」

「半日でそんなに貰えるのか? 一体何から何を護衛するんだよ?」

 大金に目が踊っていたヒュウは仕事内容を聞くと同時に笑みが消える。

 仕事内容があまりに呆気ない。それでこの報酬額はあまりに異例だ。訳がなければこんなことにはならない。

「要人一人の護衛だけどレイ・ドールみたいなバカでかいものを扱うライダー達には頼めない仕事だ。

 仕事の詳細はそれ以外一切不明。

 どうよこの胡散臭さ? 行く場所も護衛対象の正体もろくにわからねえと来たもんだ」

「……」

 ろくな情報が提供されないなかでヒュウは顎に手を当て考え込む。

 報酬額から推察するならば死線を二度、三度乗り越えても手に入るか分からない金額だ。

「やめとけってそんな仕事。分からないことだらけ。半日って言ったって人が死ぬには十分過ぎるじかんだぜ。棺桶屋が忙しくなるだけだ」

「おいレイン、無事に仕事終えたら金は払われんだろうな?」

「そこは大丈夫だ。そこだけは絶対に保証してやるよ」

『そこだけは』

 金以外の何もかも保証されていない。今聞いた情報もまるで違うかもしれない。何かの罠かもしれない。

 しかし『金』。この一点の保証さえあればヒュウには十分すぎる案件だ。

 マスターの制止の声などまるで耳に入ってないヒュウはレインを睨み付けた。

「よし! 請けてやる! 何でも屋のこのヒュウ=ロイマンがその仕事をきっちり果たしてやろう!」

「いや。良かった。他の奴らは全員この話しに乗らないから困ってたんだよ。

 依頼人には伝えといてやる。ちなみに出発は明日の夜だ。なにがあっても俺を恨むなよ」

「上等だ!」

 既にヒュウの目には金しか映っていない。

 今までどれだけの嫉妬の目でレイ・ドールを駆るライダー達を見てきたことか。

 その日々に終止符を打つチャンスがこうもあっさりと回ってきた。

 躊躇いなど皆無。進む以外の選択肢などヒュウの頭に塵ほども浮かんでこない。

「それじゃあ仕事を請けてもらえたし乾杯だ」

「そりゃ良いけどよ、お前、仲介に入って幾ら抜いてる?」

「……三だ」

「そりゃ抜きすぎだ。こっちは命賭けるんだ。せめて二でこっちの取り分を八にしやがれ! だいたい厄介事しか持ってこないくせしてそんなに抜いてんじゃねえよ!」

「その厄介事を俺が拾ってこなけりゃ営業努力ゼロのお前なんてドールに仕事奪われて、路地裏で干物にでもなってんだろ」

「んだとぉ! この仕事が終わったら覚悟しとけよ。話しをきっちりつけてやる」

 外の賑やかな喧騒とは別種。今にも掴みかかった喧嘩が始まりかねない二人を前にマスターは大きなため息を吐く。

 外はこれだけ賑やかなのに入ってくる客がこの二人。マスターの憂鬱が一層濃くなるだけだ。

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