幼馴染は価値を置く。
錫見宅では質問攻めにあった。どこで喧嘩を習ったのか、ということから、祖母の葬式はどうだったのか、まで。前の社長の秘書に護身術を習ったんです、マスコミの人は居なかったと思います、社員と近親者だけで行いました、食物アレルギー? はい、気をつけます。
お風呂に入って、純さんの部屋についた時にはもうぐったりとしていた。眠い、寝たい。
既に敷かれていた布団に倒れるようにして寝転ぶ。
「ごめん、お母さんがいつ来るのって煩くて」
「ん、楽しかった」
「取締役社長のこと、ご愁傷さまです」
深々と頭を下げてくれるので、起き上がらないわけにいかなかった。とんでもないです、とわたしも頭を下げる。
純さんはベッドの上に投げられていたわたしの携帯を持って、充電器に差してくれた。全く使い方の分からなかったそれを純さんは巧みに使って、電話の仕方と番号の出し方とメッセージの打ち方を教えてくれた。携帯には既に父親と恵都子さんと赤羽さんの番号が入っていたらしい。そこに純さんの番号を入れてもらった。
「元社長」
「そうだった。逆井先輩は来たの?」
「家族で。赤羽さんも社長って言ってたな、あれって恵都子さんとごっちゃにならないのかな」
「そっか、赤羽さんは新社長の秘書もやるんだっけ」
「恵都子さんが強引にって父親が言ってた。みんな忙しそう」
ふあ、と欠伸が出た。
大人は大変だね、と純さんはベッドに飛び込む。うつ伏せになったキャミソールから出た背中に紅い花が見えた。内海さんの腕に入っているそれと同じ。
葉は花を思い、花は葉を思う。
姿の見えないお互いを思い合うこと。内海さんと純さんはそれとは対にある気がする。毎日顔を合わせて、こうして内海さんは家にも来ている。彼岸花とも言われているくらいなんだから、あれか、死んだ人との……。
父親と母を考えてから、この部屋で純さんが曼珠沙華を彫った理由を話したときのことを思い出した。その相手は結婚して、その結婚式で内海さんに殺されるところだったらしい。
わたしは、内海さんはその人より純さんを殺そうと思っていたのではないか、と推測していた。曼珠沙華は姿の見えない人間を思う花だ。もしもその相手を殺してしまったら、純さんの曼珠沙華は本当にその相手を思う花になってしまう。でも、それは内海さんがその時点で自分の腕に曼珠沙華を彫っていなかったらの話。もしも彫っていたのなら、死ぬのは純さんで無くても良くなる。内海さん自身が死んでも、姿が見えない相手を思う花になる。
その真実は、誰にも分からない。内海さんに聞けば分かるけれど、教えてくれるはずがない。あの貸しを使うまでもない。
「純さんって」
「何?」
「好きなひといないの?」
わたしの視線の高さと純さんがこちらに顔を向ける高さが合った。
「なによ、自分が恋愛してるからって世界中の誰もが恋愛してるとは限らないんだから」
「純さん綺麗だしモテるのに」
「お世辞言っても何も出ないから」
「その背中の相手はどうして好きになったの?」
わたしも寝転んだ。紺瑠璃のカーテンが視界に入る。
少しの沈黙があって、眠ったのかなと思った。
「どうしてだろう、あたし嫌だなって思ったこと殆ど忘れちゃうの。だから去年どんなクラスに居たかとかも忘れてて、都合の良い脳みそだなって思うよ」
「羨ましいような」
「そーう? 年上って自分の知らないことをたくさん知っているみたいで格好良く見えたんだろうね。今はそれだけじゃないって分かるけど」
良くも悪くも成長したわけだ。
横を向いて目を閉じる。丸まって、すとんと眠りに落ちた。
予備校帰りの雪成に会えるかもしれないという下心から、駅前の本屋でふらふらしていた。
「蕨野楓」
わたしのことをフルネームで呼ぶのは、わたしが知っている中で一人だけ。
「どうも」
「なに、お勉強?」
「卒業出来るか分からない毅さん、遊ぶ余裕があるんですか?」
「できますー、休憩中ですー。あ、こっち」
わたしの後ろに視線をやって、誰かを呼んだ。振り向くと遠慮がちにこちらを見て、足を止めた女性がいた。毅さんと同じくらいの歳に見える。
可愛い服装の人だった。昔赤羽さんが言っていた。「容姿には相手の趣味と金銭の使い方が見える」と。赤羽さんの考えなのか祖母の教えなのかは分からないけれど、可愛い服装の人で目が合ってすぐに逸らされた。
「凪。この女子高生、蕨野楓。あの元蕨社長の孫で、今の社長の……姪? 姪にあたる」
「こ、こんにちは」
「こんにちは」
お辞儀をされたのでお辞儀を返す。凪という名前らしい。この人なのか、毅さんの不幸せにしたくないひと。
「北尾凪、彼女」
説明短い。わたしが新しく知った情報は彼女の名前だけだ。
「凪さん」
「あ、はい」
「蕨野楓といいます。久住さんとはお見合いをして破談になった仲です。立場としてこれから仕事の付き合いがあるかもしれませんが、そのときはよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
ぺこ、と頭を下げられたのでわたしも下げることにした。
本屋の袋を持った彼女は出口を指さして「あっち見てるね」と気を遣う。いや、一緒に行って良いですよ、と思ったけれど毅さんは動かなかった。
「彼女、大学生に見える?」
「違うんですか? 同い年くらいかと」
「夜の仕事してる。大学行ってないんだ」
それをわたしに言ってどうしたいのか。その視線は彼女の後姿を捉えていた。
「もしかして惚気話ですか?」
「そう……じゃねえよ」
「のりつっこみ」
「俺、今までそういう仕事って偏見持ってた節があるんだけど、彼女に会って変わった」
「はい」
「だから、これからお前も、いろんなものに会って価値観変わるぞっていう予告」
忠告じゃなくて良かった。「予告ありがとうございます」とお礼を言うと、毅さんは手を上げて去っていった。凪さんに声をかけて一緒に本屋を出て行くのが見える。もっと雪成に会いたくなる。
予備校から出てきた雪成を捕まえたのはそれから一時間後のことで、雪成は驚いた顔をしていた。
「ずっと待ってた?」
「んー、待ってたっていうか、本屋行ったりしてた」
行ったりの使い方が間違っている。わたしは暇を潰す手段として本屋以外を知らない。おしゃれなカフェに一人で入るのは心細いし、あそこで一人でお茶を飲みながら待つのは退屈すぎる。元々食に興味もないし、コーヒーよりも緑茶が好き。
「連絡すれば終わる時間言ったのに」
「あ、そっか」
「待っててくれてありがと」
手を握られる。一緒に歩いて家まで帰る。
純さんの家に泊まりに行った話をしていると、浴衣を着ている小さい子たちが横を通った。その背中を目で追うと、神社に入って行った。その周りに提灯がぶら下がっていて、太鼓の音がしてくる。ソースの匂いもする。
雪成の手を引っ張って、入り口に立つ。長い階段の先から人の声や笑い声が聞こえてきた。
これが夏祭りか……!
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