ここから

幼馴染は花を持つ。


縁側に座っていると、隣に住む幼馴染が庭に忍び込んできた。

躊躇いもせず隣に座って、ん。と手に持っていたものをこちらに差し出す。赤い椿の花だった。枝はついていないので落ちていたものかもしれない。わたしに椿なんて、家のひとたちに見られたらきっと燃やされていた。


「ありがと」

「ん」

「アイス要る?」


食べたくないと朝ごはんから拒否を示していると、午後過ぎにお手伝いさんがアイスを持ってきた。「少しは食べてください」と泣きそうな顔をするので、貰うだけ貰っておいた。泣きそうなのはわたしを心配しているわけじゃなくて、自分が大奥様に叱られるのを危惧してだろう。

いる、と答えた幼馴染は、溶けかかったカップを開けてスプーンを持つ。掬ったアイスクリームが彼の口に消えていく。


「飯、また食ってねーの?」

「ぼいこっと中なの」

「寿命縮まるぞ」

「つーん」


顔を背けてみせる。「楓」と名前を呼ばれて雪成の方を向いた。唇にスプーンを付けられ、無理に抉じ開けてくる。スプーンが歯に当たる感覚が嫌なので素直に口を開けた。舌に冷たい銀の味と温くどろりとした液体が広がる。

アイスは嫌いじゃない。肉をもぐもぐと咀嚼するより野菜をしゃきしゃきと咀嚼するより食べるのに労力を使わないから。そんな堕落した理由でアイスを食べるわたしを知っているのは目の前の雪成だけ。

半分残っている中身を掬って、またわたしの唇につけてくる。小鳥になった気分だ。


「学校こねーの?」


尋ねる声。

わたしはこの春に高校生になった。ぴかぴかの一年生だというのに、入学式と次の日まで通ってその翌日から二日間休んでいる。雪成は同じ高校に通っている三年生。わたしが学校に行っていないことなんてすぐ分かったんだろう。中学でもそうだった。


「わかんない」

「体調良いならちゃんと行けよ」

「そうする」


わたしにそんなことを言うのは雪成くらいだ。産まれてこの方、わたしはこのアイスクリームよりも甘い世界で育ってきた。元々病弱なのも相まって、熱を出せば学校を合法的に休めたし、わがままは気持ち悪いくらいにすっと通った。

母親が死んだからだ、と誰かが言った。

仕事が忙しい父親の姿は何年も見ておらず、わたしは祖母に預けられた。母が亡くなったのは病気だったらしい。わたしが病弱なのも母譲りなんだ、と自分で思っている。

雪成は最後の一口を自分で食べてしまった。お盆の上にスプーンとカップを置く。

わたしは月末には誕生日がくる。


「雪成」


この屋敷に来たとき、唯一気に入ったのはこの縁側だった。隣の家に住む二つ年上の男の子は、庭先に出てわたしと目が合うと驚いたように逃げた。

もう来ないかな、と次の日も縁側にいると、また来た。手に花を持っていた。

幼馴染はわたしとは違う世界の人間だった。あまり笑わないけど、友達がたくさんいて、よく食べてよく遊んでいた。生きること、を具現化したらこんな風になるのかな、と勝手に考えた。わたしとは反対の人間に出会うなんて、誰が思ったんだろう。

わたしが病弱であんまり学校に行かないことが分かり始めると、クラスメイトとは距離ができた。当たり前のことだと思う。たまにしか居ないわたしと毎日いる友達を天秤にかけたら、明らかに前者に傾く。

わたしだって同じだ。

こちらを見た雪成の唇に、自分の唇を合わせた。柔らかいけど、冷たい。わたしの唇だろうか、それとも雪成のか。


「もう来ないで」


右手に左手を重ねる。

左は、わたしの利き手だ。


「次来たら、」


その瞳を覗き込む。


「殺すよ」





何とも言い難い表情を見せた雪成は、口を開きかけて、何かに気付いたみたいに腰を上げた。数秒後に部屋の外に足音が聞こえて、ノックの音。


「楓さん、開けますね」


わたしはいつもそれに返事をしない。雪成が居たらしたかもしれないけれど、そんなことは過去に一度もなかった。

アイスを持ってきたお手伝いさんが扉を開ける。縁側に座るわたしを見てからすぐにお盆の方へ視線をやった。空になっているそれに驚くように口に手を当てる。殆ど食べたのはわたしじゃない。

でもきっと、誰も信じない。



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