幼馴染は部屋を片付ける。


父親から誕生日プレゼントを貰ったのは随分前のことだ。自転車を貰ったのが一番新しい記憶で、それ以降は貰ってない。


「まあ、聡子さんが可愛い孫を見せびらかしたくなる気持ちも分かるといえば分かる」

「え?」

「楓にはまだ分からないだろうけど」

「雅臣に似てないって言われたことあるけど」


きょとんとした顔。それが何を言いたいのか察することが出来ない。僕の子供じゃないんだから当たり前だろ、と言いたいのだろうか。


「確かに僕には似てない」

「……お母さんには似てる」

「千秋さんにも似てない。楓は、聡子さんにそっくりだ」

「そ……っくり?」


それは心外だ。


「どこか? どこらへんが?」

「言動が」

「はあ⁉」


頬の痙攣が治まらない。父親でも言って良いことと悪いことがある。ここにちゃぶ台があったらひっくり返していると思う。


「あと10分ほどらしいです」


赤羽さんがペットボトルのお茶を持って現れる。わたしたちにそれを差し出して言った。


「わたし、帰る」

「え、楓さん?」

「試験勉強あるから」


受け取らずに立ち上がる。送ろうと思ったのだろう。赤羽さんがこちらに足を踏み出そうとしたのを止めた。そうすると父親が一人になってしまう。もしも、そんなこと天地がひっくり返ってもないとは思うけれど、祖母の深刻な状況に泣いたら、誰があの人の傍にいるのだろう。一人で病院を出た。


「珍しく父娘水入らずで話していたと思っていたのですが」

「あんなに大きくなるものなんですね、娘って」

「もう16歳ですよ」

「そっか、結婚できる歳か。聡子さんに似てるって言ったらあの通り不機嫌に」


それに社長秘書が呆れた顔をしたのは言うまでもない。









歩いて帰れない距離ではない。家の近くまで来たとき、既に頭は冷えていた。

角を曲がった所で雪成が立っていた。


「あ」

「おかえり」

「ただいま、ごめん」


遅れてごめん、ではなく、忘れていたごめん。それが伝わったのか、苦笑いを見せた雪成は踵を返す。わたしもその隣に並んだ。


「一人?」

「行きは三人だった」

「あとで聞く。勉強道具持ってきて、家の前で待ってる」


わたしはさっさと家の中へ入って学校の鞄ごと持ってきた。きちんと筆記用具も入っている。蕨野の家の入り口と逆井家の入り口は同じ通りにない。一度曲がった先まで早足で行くと、雪成が玄関の鍵を開けようとしていたところだった。「はや」とわたしの姿を見て驚いた顔をする。


「そういえば、どうしてさっき外にいたの?」

「楓来るかもと思って」


玄関へ雪成の背中を追って入る。雪成の家へ入るのは初めて。あ、雪成の匂いがする。すんすんと気付かれないように鼻を利かせた。急に止まった雪成の背中にその鼻をぶつけたわけなのだけども。


「いったい」

「悪い。昼ごはん食べた?」

「食べてない。お腹空いてない」

「スコッチエッグならある」


すこっちえっぐ。わたしは簡単にそれをカタカナ変換できなかった。


「あ、お邪魔します」

「どーぞ」


リビングに入ると板間が広がっていた。純さんの家も全てそうだった。うちでは台所と床間と廊下以外全て畳なので、やはり感動する。


「夕飯の残りだけど、いる?」

「ううん。雪成は?」

「俺は食べた……けど、雨音はまだ」

「食う」


リビングと繋がった部屋から現れた男。久しぶりに見た姿は、前に見たよりもずっと背が高く骨ばっていた。なんというか、わたしに言われたくないだろうけれど、不健康な人という感じだ。鋭い目つきがわたしを捉える。


「なに、女? 受験生なのに余裕だねえ」

「楓だよ。挨拶しろ」


軽口を叩いた雨音の向う脛を蹴飛ばす雪成。二人揃っているのを見るのはもっと久しぶりな気がする。並ぶと確かによく似ている。尤も、雨音の方が人相が悪いけれど。

きょとんとした顔が間抜けでなんだか笑ってしまった。


「え、隣に住んでる?」

「ん」

「どーも、こんにちは」


それだけ言って、わたし達の横を通り抜けてキッチンの方へ行く。はあ、と雪成が溜息を吐いた。冷蔵庫を開けた雨音の隣に立つ。昨日の夕飯の残りらしいお皿を持って、電子レンジに入れる。それをじっと見ていると、怪訝な顔で「食べる?」と聞かれた。首を横に振る。


「スコッチエッグの正体を知った」

「楓ちゃんよく変なこと言うよね」


電動ポットから急須にお湯を注ぐ雪成の方を振り向く。湯気がたつ。三人分の湯呑みが置かれていた。少しずつ注がれていく。


「高いお茶じゃないからな」

「わたしの舌がそんなに肥えてると思う?」

「確かに」


それは失礼にあたるのかどうなのか。答えが出る前に雪成は冷凍庫からアイスを出す。わたしにアイスとスプーンを渡して上を指さした。わたしの視線は天井をさまよっただけで、その真意が汲み取れずに、再度雪成に視線を戻す。「上行ってて。階段の突き当たりの部屋」と雪成が説明したので、頷いた。リビングを出て通ってきた廊下を少し戻って階段を上がる。

突き当たりの部屋まで足音を極力たてずに近づいた。何かが出てくるなんて思っていないけれど、他人の家ってやっぱり落ち着かない。

じゃあ、わたしはあの家で落ち着いていたのか。

静かに扉を引くけれど開かなかった。何度か引いて、押してみた。開いた。思わず後ろを振り向いてしまった。今の見られていたら恥ずかしい。


「お邪魔します」


言う相手はいないけれど口からこぼれた。綺麗な部屋だ。

うん、雪成の匂いがする。

すんすんと鼻を鳴らす。


「へんたい」


後ろから声が聞こえて、本当に心臓が止まるかと思った。




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