幼馴染は正体を突き付けられる。


じろ、と雪成を睨む。恥ずかしい場面を見られた。きっと女子の見られたくないベスト3には入っている場面だった。それを見たうえに「へんたい」って。デリカシーがなさ過ぎる。

恥ずかしくてムカつく。


「アイス食べながら睨まれても」


ラグマットの上に座ってバニラアイスを食べながら雪成を更に睨む。苦笑しながら小さなテーブルの上に乗っていたファイルや蛍光ペンを片付ける。それからテーブルの角を挟んだ隣に座り、わたしの食べる姿を見ていた。


「祖母さん、どうだった?」


それを聞かれるのは意外で、その答えを用意していなくて、舌の上でバニラを感じながら考える。どこから話すべきか迷って、今日の朝食べたものからさっき言われた言葉まですべて答えた。雪成は静かに相槌を打ちながら聞いていた。


「お見合いって?」


顔色一つ変えず、お茶を飲む。訊かれてその話を伏せれば良かったと後悔した。説明が面倒くさいとか隠しておきたかったのではなく、あの時の自分の心境を知られるのが嫌だった。わたし自身が思い出したくない。


「形式的なかんじの」

「いつ」

「わたしの誕生日……」

「へえ」


言いながら自分の首が絞められていくのを感じていた。

機嫌を取るようにわたしは自分のバニラアイスをひと掬いして雪成に差し出した。神様に供物。触らぬ神に祟りなしとは言うけれど、触ってしまったのだから仕方がない。祟りを最小限に抑える方法を今考えるのが得策だろう。それを食べた雪成は、自然な流れで唇を喰んできた。わたしと同じ冷たい唇だった。


「勉強始めるぞ」


その言葉に頷いてアイスを食べ終わる。言われなくても分かっているけれど、わたしの耳は真っ赤だった。










試験が始まった。

教室内に様々な予想が飛び交う中、純さんは眠そうな顔をしながらペンを回していた。勉強しすぎて眠いのかと思ったけれど、洋画を深夜まで観ていて眠いらしい。頭の良いひとの考えがよく分からない。


「世界史やばいかも……」


わたしも同じこと思った、と顔を上げると中塚が溜息を吐きながら隣の椅子に座る。純さんは「ひっかけがあったよね」とある問題を指差すけれど、わたしはそれがひっかけということ以前に解けなかったことに絶望していた。赤点を免れれば良いという気持ちは本当に人を駄目にする。


「中塚さ、この前公園にいた?」

「あーうん」

「一緒にいたのって妹?」


次の試験は数学Iなので多分なんとかなる、と思っている。純さんは兎も角、中塚も同じ思いでいるのだろう。じゃなければ貴重な休み時間に近付いてきたりしない。

返事が来ないので、ノートから中塚の顔へ視線を移した。


「いや、まあ、うん」

「なんでそんな歯切れが悪いの? もしかして誘拐した子とかじゃないよね」


わたしの言葉に純さんが顔を上げる。


「そんなわけない。やっぱりな、と思って」

「なにが?」

「蕨野、その黒猫のこと視線で追ってることあったからさ」


示した方向。わたしと同じように純さんも顔を向ける。

いつからか、あの青い目をした黒猫が足元に座っている。


「視えるんだろ、蕨野にも」


教室に試験監督の先生がやってきた。クラスメートが机に広げていた教科書を片付け始める。

中塚が立ち上がって、自分の席に戻っていく。純さんも同じように立ち上がって、わたしの目の前で手を振った。


「大丈夫?」


心配した表情。わたしは頷いて返す。

きっと純さんには視えていない。この黒猫も、中塚の妹も。

つまり、そういうことだ。








「後悔してる暇ねーぞ、明日も試験だろ」


三年生は科目が少ないらしく、今日で試験が終わった。余裕なのはわかっているけれど、いつもより晴れ晴れした顔をしている雪成がわたしの眉間を突つく。


「ん」

「体調悪い?」

「ちがう」


この前中塚に言われたことを考えていた。あれから中塚とは話していない。純さんにも視えていなかったということは、雪成にも視えなかったのは当たり前だ。あのとき雪成は、『タイミングが合わなくて見えなかった』のではなく、『姿形が見えなかった』のだ。

じゃあ雪成や純さんに視えないあの子は一体『何』なのか。


「うちによく来る黒猫がいて」


陸橋の階段を上がりながらわたしは話す。今日、雪成は予備校らしく、駅までついていくことにした。明日は化学がひとつ残っているだけなので大丈夫……と思っている。


「……可愛いの」


何と言ったら良いか分からなくなって、適当に言葉を繋げる。


「楓、猫好きなのか」

「わりと」

「楓が小学生で俺が中学のとき、帰り道が一緒になったことあるの覚えてる?」

「んー……」

「そんとき、いつも行く公園で黒猫が死んでるの見つけて、楓がすごい泣いて、あの時ほど焦った記憶はない」


思い出した。

眠っていると思っていたけれど、恐ろしいほど冷たくて、わたしは訳もわからず泣いた。雪成はおろおろしながらわたしを宥めすかして、一緒に帰った、気がする。

もしかしたら、放っておいたのを恨んで、わたしを追いかけてきているのかもしれない。


「だから、あんまり猫好きじゃないと思ってた」


地獄の果てまで、追いかけてくるのかもしれない。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る